ジェミニとの戦闘で気絶した友奈はその意識を既に覚醒させていた。
「……いつの間に、樹海化してる」
目覚めたのはつい先ほど。
体全体で感じた地面の感触に違和感を覚えた友奈は身を起こして、四国が樹海化している事に気付いたのである。
バグスターが実体化し、戦闘が始まった事を意味していた。
「あつつ……うぅ、頭いたい……」
頭を擦った高嶋は顔を歪め、座り込む。
ジェミニの戦闘で負ったダメージは未だに回復していない。
負傷し、意識を失ったこの樹海の中で敵に狙われなくて良かったと、友奈は己の運の良さに感謝する。
そして友奈は気付く。
「手当されてる……これ、誰が……」
擦り傷や裂傷などの目に見えて血が出ている部分は既に消毒されたようなアルコール臭と綺麗に捲かれた包帯。
友奈自身も覚えがないものだ。
歩いている人が処置してくれたのだろうか。
それにしては、あまりにもキレイな巻かれ方である。
まるで医療を齧ったことのあるような、そんな感じの丁寧さだ。
誰だか分からないけれど、治療してくれたお礼を言えないのは残念だ。
友奈が正体の知れない優しい人に感謝した時である。
「……そうだぐんちゃん、ぐんちゃんは!」
あの時に、傷ついた友奈を庇う様にその身を捧げた千景の安否を気にした友奈は端末の画面を見た。
端末の画面には無数のバグスターのアイコンが並んでおり、その最も敵の密度が濃い地点にSOUGOのマーカーともう一つ。
(ぐんちゃん……生きてる!!)
『郡千景』と。
たしかにその地点には彼女の名前が記されていた。
千景が現時点で生存している事実に友奈は胸をほっと撫で下ろす。
友奈が気絶してから数時間はゆうに経過しているであろう。
本来なら、千景がゲーム病の進行で存在を消失させていてもおかしくはない。
つまり、友奈の最後の電話を聞いて誰かが千景を救うために動いてくれたという事だ。
友奈の最後の祈りは届いていたのだ。
千景まだ生きている。
それだけで冷え切っていた心に再び火が灯るのを感じ、力が湧いてくる。
端末の着信履歴を今一度よく見れば、電話の相手が誰だったのかも確認できるが友奈は既に『千景を助けること』に行動の指針を立てていた。
「ぐんちゃんだって、頑張ってるんだ!私も諦めない!
よぅし……よーしッ!! 来いッ!酒呑ッ童子ィッッ!!」
両の拳を叩き合わせ、音を鳴らした友奈が自身の最強精霊、酒呑童子をその身に宿す。
小さき少女の拳は真紅の巨大な鬼の手へ、頭部には鬼の角と装束が大きく変わり、力の化身へと姿を変える。
友奈が見据えるのは千景のいる方角。
その周囲には他のバグスターが密集しているのが端末の画面からも、その方向から聞こえてくる破壊による戦闘の音から窺えた。
「待っててぐんちゃん!今助けにいくから!!」
大幅に身体能力を向上させた友奈が一度跳ねれば、数百メートルの大跳躍となる。
目指すは千景の場所だ。
しかし、その行く手を遮るようにバグスター達が立ち塞がる。
現れたのはソルティ、モータス、ガットン。
いずれもこの樹海で何度も戦闘し、大幅な強化を施されているバグスター達である。
『はっはっははぁ!人間の少女よッ レベル80となったこの私が、今日こそお前を塩塗れにして―――――』
『レベル70の俺様のスピードに付いてこれるかァ!?樹海を俺色ロードに染めて――――』
『システム起動。これより、レベル80戦闘プログラムに沿って対象を――――』
「どいて!勇者ァァァ!パァァァンチッッ!!」
『ぎゃあああ!!!』
『ぎゃあああ!!!』
『ぎゃあああ!!!』
その三体がセリフを言い終えると前に友奈が酒呑童子の拳を振い、遥か彼方に殴り飛ばすのは僅か5秒程であった。
友奈の進軍に気付いた周りのバグスター達がそれを止める為に集まり、攻撃を開始する。
空中からガトリングで弾丸を打ち込む、バーニアバグスター。
魔法で氷柱の雨を降り注ぐ、アンブラバグスター。
「がぁ…っ!おおおっ!……おおおおッッ!!!」
巨大な手甲を盾のように翳し、身体の正面をガードするように友奈が前進する。
それでも防ぎきれない物量故に、すり抜けた攻撃が友奈の肌を切り裂き、銃弾が柔肉を削ぎ、赤い雫が樹海を濡らしていく。
痛い。とても痛い、だけど友奈は止まらない。
ただ真っすぐに、最短距離で突っ走り、千景の元を目指すのであった。
――――――――――――――――――――――――――
「あれが未来の〝人柱〟、高嶋友奈……。
曰く、勇気の少女。
曰く、自己犠牲の精神を持つ少女。
曰く、神に愛された少女。
バグスターの軍勢をものともせずに立ち向かうその姿は、まさしくこの時代を代表する勇者となりえるでしょう」
友奈が戦っている遥か遠くの樹木の上から、その光景を眺めている男が居た。
どこか魔法使いを思わせる古着と、首からかけているやたらと長いマフラーが風に揺れている。
「かくして――――、人類とバグスターの存亡を賭けた最終決戦が幕を開けるのでした。
この戦いで勝つのは果たして人類かバグスターか、
そして、勇者・高嶋友奈は郡千景を助け出すことが出来るのか。
この物語の結末は―――――――おっと、お喋りが過ぎたようです、ではまた」
誰も居ない空間に向かって男は笑みを浮かべると首にかけていたマフラーが動き出し、その男の身体全体を包んでいく。
風が吹くと同時、マフラーが明後日の方向へ飛んでいくと男の姿は既に無くなっていた。
―――――――――――――――――――――――――
『ハァッ!!』
戦場と化した樹海の地で、仮面ライダーバールクスが剣を振う。
光り輝くエネルギーを纏う長剣、リボルケインが迫りくる異形達を横一線に切り裂いた。
一度に切り裂かれた三体のバグスター達は地面に転がり、動きを停止させた。
『さすが、強いのね……でもそんなんじゃ足りないわ』
三体のバグスターを一度に屠られた光景を目の当たりにしたジェミニは焦りを浮かべることなく、余裕の表情を浮かべる。
バールクスが倒した筈のバグスターから、黒い瘴気が漂い始める。
先ほど倒した筈のバグスター達が身体をくねらせ、起き上がってきていたのだ。
『フフハァ……ッ』
『ハァ……ッ』
『ヘェア……ッ』
白を基調としたバグスターはまるで生者の地肉を求めて徘徊するゾンビのような手つきで先ほど受けたバールクスの攻撃など無かったかのようである。
『何度やっても無駄よ。
DANGEROUS ZOMBIEは私が用意した完全体のバグスター。その能力は〝不死〟。
どれだけあなたが強く、彼らを打ち負かそうとも、
これがDANGEROUS ZOMBIEの特殊能力。
どこぞの傍迷惑な神を自称する男が蓄積させた『死のデータ』から作り出されたこのバグスターは『死』という概念を克服したバグスターだ。
どんな攻撃を受け、ライフを削られても、彼らは再び蘇る。
そして、不死性とは別にこのDANGEROUS ZOMBIEには特異な能力がある。
『さぁ、DANGEROUS ZOMBIE。もっと私にあなたの力を見せて?』
『フハハハッ!!』
『ハハッ……ァ!!』
『ヘァ……ッ!!』
『ヒーヒヒッ!!』
『ァァ……!!』
『ハァ……ブゥンッッ!!』
『なに……?』
地面から湧き上がる人型、DANGEROUS ZOMBIEと呼ばれる白のバグスター達が3対から6体へその身体を増殖させていた。
ゲーム『DANGEROUS ZOMBIE』、ゾンビゲーマーLvXは元々は一体のバグスターである。
その身に数々の特殊能力を宿し、予測不能の戦い方をするのがゾンビゲーマーの戦い方だ。
この増殖能力もその一つであり、ゾンビゲーマーは個体を増殖させることが出来る。
この手の増殖し、個体数を増やす敵は数を増えていくごとに個の戦闘能力が分裂し、低下するというパターンが多いがゾンビゲーマーには
『ゾンビと呼ばれるからには……増殖能力が付き物でしょう?
これがの無敵のゾンビ軍団。
壁の外のバーテックスたちと同じように、全世界を私のゾンビゲーマーで満たすことだって、とーっても簡単なんだから』
単体にして、群体を為す。
不死能力を宿したゾンビ軍団。
ジェミニにとって、一体のバグスターで数の優劣を覆すことが出来るお気に入りのバグスター、それがゾンビゲーマーである。
ゾンビゲーマーは更に増殖を続ける。
6体から12体へ、12体から24体へ。
僅か1分と掛からずに増殖したゾンビゲーマーがバールクスの周囲を囲んでいた。
その数、凡そ100体。
『どれだけ数を増やそうが、俺は全てを薙ぎ払うだけだ』
バールクスは数で圧倒的に勝るゾンビゲーマーに物怖じせず、リボルケインを構える。
それをジェミニが鼻で嗤った。
『いつまで強がれるかしら……いくら勇者と仮面ライダーが強くても、所詮中身は人間……そうでしょ?』
『……』
いくら大岩を砕けさせようとも、怪人を爆殺するキックとパンチを持っていようとも。
その変身者である勇者と仮面ライダーの中身はただの人間だ。
身体的な疲労と、積み重なるダメージは隠せないのである。
『それに……アナタも
ジェミニの言葉にバールクスは己の左胸を確かめるように触れた。
ジェミニは気付いている。
バールクスの身体が戦闘を開始した直後に比べて明らかに動きが鈍っている事に。
変身者であるSOUGOには天の神がもたらした祟りが施されている。
祟りはSOUGOの肉体を蝕み、時には激痛を与え、普段の身体能力を低下させていく。
ゾンビゲーマーの物量による消耗戦がこのまま続けば、祟りの影響で体力を奪われているバールクスに勝ち目がないのは明らかだった。
『今からでも遅くないわよ?私に降伏して一緒に人類攻略を手伝うっていうのなら許してあげても―――――』
許してあげる。
そう言いかけたジェミニの灰色の頬を光子線が通過していた。
焼かれた頬を慌てて擦ったジェミニが数歩後ずさる。
『――――ッ!?』
『口の減らないウィルスだな』
【ロボライダー!】
ジェミニが見据えた視線、バールクスが装備した『ボルティックシューター』が光子線を放った証拠だった。
『数が多い、死なない……ただそれだけだろう?
確かに俺の肉体は本来の力を発揮できていない。
全盛の俺に比べれば半分程度の力だろう』
だが、
『それだけで、この俺が引くと思うか?
その程度で、この俺が屈すると思うか?
言ったはずだ。
貴様らバグスターを切除すると。
それに、勇者もそれだけで諦めるような連中で無いことはお前も知っているだろう?』
『随分高く買っているのね、あの子たちを……ええ、でも確かにそうよ。
勇者達は侮れない……』
友奈との戦いで殴られた頬をジェミニが擦る。
既にダメージは回復してはいるが、劣勢に立たされた状況で打ち込まれた友奈の一撃はバグスターであるジェミニに他しかに恐怖と言うものを与えていた。
人類よりも優れている筈の自分たちがバグスターが追い込まれ、死の危険に晒されたという事実がジェミニに徹底した戦略を以って人類を叩き潰せと本能が告げる。
『だからこそ、ここで逆転の芽を潰させてもらうの。
勇者と、仮面ライダーという支柱であるアナタたちをここで始末すれば、人類は攻略したも同然!
そうなれば、人類が居なくなったこの世界は私達バグスターのもの!
腕を翳し、ジェミニが軍を動かす。
『行きなさいッ ゾンビゲーマー!!
あの男を……仮面ライダーを殺せ!!』
ゾンビと言うには俊敏すぎる動きでゾンビゲーマー達がバールクスへ迫る。
『フッ……バグスターよ、その言葉……
対してバールクスはリボルケインとボルティックシューターをそれぞれ片手に全方位からのゾンビ軍団を真正面から戦う選択を取る。
挨拶代わりと言わんばかりに、前方の一体目掛けてボルティックシューターの銃口が火を噴いた。
地面にへたり込んでいた千景の目には敵しか映っていなかった。
空を埋め尽くす空中型のバグスター。
視界に広がるバグスター。
彼らはまるでそこにいる千景が妙な動きをしないように、監視するような配置でいた。
「凄い……あの人、たった一人で戦ってる……」
千景は息を呑んだ。
遠くではバールクスがゾンビゲーマーと戦いを繰り広げている。
囲まれた状況で多勢無勢にも関わらず、リボルケインとボルティックシューターを用いて応戦している光景が見えた。
バールクスの光剣が輝いては敵を切り裂き、光子の線が複数の敵を貫いていく。
バグスターが同時に襲い掛かっても物量で押し流されないような立ち回りを見せている。
敵を盾に使い、敵の視界を塞ぎ、敵越しに剣と銃を放つ。
近距離と中距離の間合いを理解している。
剣と銃の性能を乱戦であっても最大限に生かす、それがバールクスの戦い方だった。
しかし、それは一瞬でも対応が遅れれば大量のゾンビたちから攻撃を受ける、非情に集中力を求められる状況。
故に、たった一人で不死身のゾンビ軍団を相手に一歩も引かない戦いを見せるバールクスの卓越した戦闘技術を千景は感じ取っていた。
「あの人も戦ってるのに……私も戦わなきゃいけないのに……なんで……変身できないの」
戦火が広がりつつある光景を郡千景は離れたところで見ていた。
見ていた、と言うよりは
ジェミニによってロックが解除されたはずの勇者の端末、そのアプリが起動しない。
何度画面をタップしても反応がなければ、いつものように敵を識別する樹海全体のマップすら機能していない。
まるで
「もしかして……神樹様が……」
千景には一つ心当たりがあった。
それは樹海化が起きる前、勇者の力で変身した自分が一般人相手に勇者の力を振るおうとしていた事。
大鎌の凶刃を以って、明らかに殺意を込めて放たれたその一撃はSOUGOによって遮られていたが、それを後に勇者装束は解除されていた。
思えば、それから端末は反応を示さなくなっている。
考えられることはただ一つ。
恐らく、神樹によって勇者の能力を剥奪されたという事。
だが、なぜそんな事になったのか千景は理解が追い付かない。
『簡単な話じゃない。
勇者の力を与えている神樹が、
「あ、アナタ……なんでここに、あそこで戦ってるはずじゃ……」
その千景の疑問に答えるように、背後から顔を覗かせたのはジェミニだった。
千景は思わずバールクスが戦っている方向へと視線を戻す。
そこには囲まれているバールクスを遠巻きに眺めるジェミニの姿が確かにあったのだ。
肩に触れているジェミニの手には質量がある。
間違いなく、このジェミニは本物だ。
『こう見えても、
双子座らしく、対になる存在が居ても可笑しくはないでしょう。
私たちは同一の存在。
二人で一人のバグスターであり、バーテックスでもある。
見えているのも一緒。
意識と視覚を共有していて、お互いどこで何をしているのかも手に取るようにわかる。
今はこうして、アナタの監視を一手に引き受けているのだけ』
千景の勇者としての力が発動しない理由について。
『たしか勇者っていうのは穢れを知らない、無垢なる少女の存在……だったわよね?
人を守る勇者が人を殺める行為に走ろうとしたならば、人類を守護するために人に力を与えている神樹がどういう判断を下すか、だいたい分かるでしょ?』
「そんな……まさか……」
神樹は千景をこう判断したのだ。
〝人を殺めようとした危険な人間に勇者システムを使用させるのは危険だ〟、と。
一度の殺意に駆られた衝動で。
怒りに任せた愚かな行為だと、神々は決めつけたのだろう。
同時に、神々の力を宿す器に、相応しくないと思ったのだろう。
故に神樹は千景から勇者としての力を『剥奪』することを決定したのだ。
今の千景にはどんなに頑張っても勇者としての力を発現できない一般人としての力しかなく。
どんなに武器である鎌をあんなに軽々と振っていたか細い腕にはまったく力が入らない。
ふらふらと持ち上げて、重さに負けて満足にも振れない状態だった。
『郡千景、またしてもアナタは奪われたの。
最後の心の拠り所であった〝勇者〟であることも、その神性を認めた神々から直々に奪われた……酷い話ね』
ジェミニが耳元で囁く声が聞こえる。
その口元は三日月のような形で笑っていた。
『これでもう、アナタは誰からも必要とされない。
誰からも見て貰えない。
誰からも崇めてもらえない。
誰からも愛してもらえない。
アナタを友と慕った仲間も、勇者達も。
周りにいた全ての人間が郡千景という人間に関心を失い、アナタの元を去っていく』
ジェミニの言葉が千景の心を汚していく。
もう誰に必要とされない、愛されない、存在を否定する言葉の数々に千景の瞳から生気が失われていく。
どこまでも堕ちていく、まるで底なし沼のような絶望の色を宿した瞳。
(わたし、もう勇者ですらなくなっちゃった……そうなんだ……)
涙は枯れ果てていた、既に。
(これでもう私は無価値な存在、誰にも愛されず、必要とされず、ただ朽ち果てていくのを待つだけ……なんだ)
ぽつりと、心の中で広がる闇が千景の友人たちの顔を塗り潰していく。
若葉、杏、球子、ひなた、大切な仲間たちの顔が黒くなって消えていく。
「高嶋、さん……」
浮かんでいた友奈の暖かな太陽の如き笑顔すらも闇に染め上げる千景の絶望がそこにあった。
千景はこう思っている。
勇者であったから、自分は誰からも必要とされていた。
勇者であったから、自分は高嶋友奈と友達に成れた。
『勇者である』ことが、郡千景の心の支えだった。
それもたった今奪われた。
自分にはもう、何も残っていない。
そんな、マイナスイメージの最果て。
己の破滅へと繋がるイメージが千景の中で容易に想像できてしまう。
それほどまでに千景の精神は精霊の穢れで汚染されていた。
千景の身体が少しずつ、透過を始める。
絶望と同時に生まれたストレスによるゲーム病の進行だ。
『フフ……いいわぁ。
絶望と一緒に、ストレスがいい具合に溜まってる。
さっきは邪魔されたから存在力を奪えなかったけれど……これで、私は完全体に!!』
千景は自分の肉体が次第に消えて言っている事に気付けていない。
自分の容態を確認できないほどに、絶望が深いのだ。
ジェミニは確信した。
これで完全体になれると。
これで人類攻略にまた一歩近づけると。
「はああああああっ!!!」
そう思った矢先だった。
ジェミニの遥か後方、轟音とともに舞い上がった土煙の中から一人の少女が現れた。
『なにッ――――ぐがぁっ!?』
ジェミニが反応するも、既に突き出されていた真紅の手甲がその灰色の頬を抉り飛ばす。
ボールのように地面を数回程撥ねるジェミニの肉体は樹海の木の壁に叩きつけられた。
「あがっ……くぅ……い、いたい……」
「た、高嶋さん……?」
ジェミニを殴り飛ばした少女、高嶋友奈が勢い余って着地も出来ずに転がる。
ごろごろと仰向けになった友奈の視線が千景の視線と交錯する。
危機的状況で友奈が駆け付けたのは大きく、進行していた千景のゲーム病は一時的には停止した。
身体を起こすと、友奈は千景の身体を抱きしめていた。
「ぐんちゃん……ぐん、ちゃん……ぐんちゃああああん!!」
友奈の顔から、涙が流れる。
それは、やっと会えたという嬉しさと。
まだ、生きてるという安堵からくるものだった。
「会いたかったよお……!
心配だったぁ……!
もう会えないかと思ったぁ!
良かった……!良かった……!無事でいてくれて、生きててくれて!!」
「あ、あの……たか、しまさん……ぐ、ぐるじい!!」
「うわぁ!ご、ごめんぐんちゃん!痛くなかった!?」
「だ、大丈夫よ、高嶋さん。もう、大丈夫だから……」
勇者の力で抱きしめられていた千景が思わず格闘競技における肩タップする。
今の自分は一般人ではあるのだが、高嶋友奈に抱きしられて「嬉しさ」と「苦しさ」の気持ちが同居していた。
(勇者でなくなったことを高嶋さんが知ったら、やっぱり離れていっちゃうのかな……)
自分はそう、もう一般人だ。
もう勇者ではない。
彼女と、高嶋友奈たちとは並び立てない、遠く及ばない存在なんだ。
精霊の穢れに毒された千景は友奈と出会えた喜びも即座にマイナスなものへ変換されてしまう。
「ぐんちゃん?やっぱり、痛かった?なんか調子悪そうだよ?」
「え……」
「全然、元気がないから……」
友奈の怪訝な表情に千景が視線を逸らす。
彼女はとにかく、空気を読むのが得意だ。
表情からも、周りの微妙な違和感も。
それを感知するレーダーなるものを備えているのか分からないが、友奈は人の心の変化に敏感な少女である。
今の千景の心境に気付くのは時間の問題だったと言える。
いずれにせによ、隠していても仕方ないのだからという気持ちと、もうどうでもいいや、という半ば自暴自棄な気持ちで千景がぽつりと呟いた。
「あ、あのね高嶋さん、私ね……もう勇者じゃ、なくなっちゃった……」
「え……?」
「変身、できないの。
神樹様に、勇者としての素質を疑われちゃって……。
私が勇者の力で人を傷つけようと、しちゃったから……私がいけないの……私の心が弱かったから……」
拳をぎゅっと握って、千景は思う。悔しいと。
もっと自分は誰にも左右されない、心に芯を持っていれば、こんな逆境に屈すること無かっただろうと。
殺意に駆られ、人を傷つけることも無ければ、今でも皆と戦えていたのだろうと。
「私……もうみんなと一緒に戦えない、から。
勇者じゃないから……高嶋さん達といっしょにはもう……いられない……から。
皆の足枷になるから、守らなくていいよ……」
「そんな!!」
『その女の言う通りよ』
大鎌を構えたジェミニが言う。
『守るべき一般人に殺意を以って手を出し、亡き者にしようとした。
勇者としての力を奪われて当然じゃない。
病に心乱されるその弱い心。
もはや人として道を外れた外道。
何もかも失った女。自業自得。
こんな女を、勇者が守る必要なんて――――』
ないわよ。
そう言いかけた時だった。
高嶋友奈の拳がジェミニの眼前に向けて放たれていた。
鎌を振い、拳に充てて軌道を逸らしたジェミニだが身体を数メートル弾き飛ばされた以上に両の手に鈍い痺れが残る。
『なッ……こいつ』
「黙っててよ……」
友奈が構えを取る。
その顔には静かに、しかし怒気を感じさせるものがあった。
恐らく、その状態の友奈を見たのは千景ですらも初めてだろう。
ジェミニに対して、友奈がキレていた。
「ぐんちゃんを……そんな風に言うなッッ」
ひび割れた酒呑童子の手甲から小さく血が滲み垂れる。
「ぐんちゃんはずっと精霊の穢れで苦しんでたッ
ゲーム病は辛いのに、私に心配かけないようにして、ずっと一人で戦ってたんだッ
私達と同じで、別の場所で戦ってたんだ!弱くなんてない!
外道なんて言うなッ ぐんちゃんは、他人を思いやれる、とっても優しい人なんだッ!!」
ぎゅぅ、と拳を握りしめては増す血の度合い。
それが友奈の怒り度合いを示している事に誰もが気づいていた。
「ぐんちゃんを……ッ 私の大事な友達を……ッ 馬鹿にするなぁああああああッッ!!!」
『くッッ PERFECT PUZZLE!!』
大事な人が心を痛めたことに対する怒り。
大切な友達が蔑まされたことに対する怒り。
血を纏う拳が、真っすぐに振るわれた鬼の手がジェミニに放たれた。
轟ッ、という空間を抉り取るような圧を放つ拳を全うに受けるわけにもいかないジェミニはパズルゲーマーに援護を要請する。
パズルゲーマーがプレイヤーを強化するメダル、エナジーアイテムを作成してジェミニに投げつける。
白色のメダルがジェミニに吸い込まれるとその身体が鋼の如き色に輝いた。
≪鋼鉄化!!≫、≪鋼鉄化!!≫、≪鋼鉄化!!≫
防御を底上げしたジェミニの皮膚が鋼と同じ強度となる。
友奈の拳を一度は砕いた拳と鬼の拳が激突し、凄まじい金属音を打ち鳴らす。
「うあああああああッッ!!!」
『こ、コイツ……がッ!!』
ジェミニの拳が押し負ける。
鋼鉄化による防御を重ね掛けしても、酒呑童子の拳は砕けない。
実際にはその拳にはヒビが入りかけている。隙間からは皮膚が裂けているか、血が噴き出してきている。
それでも、友奈の拳は止まらない。
ここまでの道中で多くのバグスターと戦い、身体はボロボロの筈の友奈が見せる鬼神の如き強さは友奈の心の強さに由来するもの。
拳以前に心が強く、硬く、揺るがない。それが高嶋友奈なのである。
バフ能力で、勇者の力を上回っているはずのジェミニ側が一方的に押されつつあった。
アッパーカート気味に放たれた友奈の拳が防御に回していたジェミニの両腕を勝ちあげるように弾き上げる。
友奈が渾身の一撃を叩き込もうとした、その瞬間。
『アランブラッ!!』
このままでは、負ける。
その状況を打破するために繰り出すジェミニの一手。
「なに、これ……くぅ……うご、けない……っ!!」
友奈の動きが止まる。
拳を突き出した状態で、ジェミニの身体に触れることなく。
その様はまるで
『時間よ……止まれ! 我が魔法の力を受けよ!』
その正体は、ジェミニの後方で待機していたバグスターによるものであった。
魔法使いのような出で立ちで、白と赤を基調とした色のバグスター・アランブラ。
レベル80クラスのアランブラは限定的ではあるが、対象の時間を停止させることが出来る能力を持っていた。
「卑怯者!!正々堂々と戦いなさいよ!!1人相手に寄ってたかって!!」
その声は友奈のものではなく、千景のものだった。
一人で戦う友奈に対して仲間の力を借りて、圧倒的に数の利で勝とうとするジェミニに対する憤りであった。
『これは私がゲームを純粋に楽しんでいる証。
アナタ達人間だって、強大な敵を前にしたら一人で戦わないで皆と戦う方を選ぶでしょ?ゲームと一緒。
私はただ強いモンスターを狩る為にパーティを組んで
「こんなの……こんなの協力プレイとは言わないわ!ただのリンチよ!!」
『何とでも言えばいいわ』
ジェミニが手に持つ大鎌を構えた。
刃先を時間停止によって動きを封じられている友奈の首筋に充てている。
生殺与奪はジェミニにあった。
『私はこの
私が生まれた意味を知る為に。
存在する意味を知る為に。
新しい世界を得る為に。
「やめて!!」
『死ねぇッッ!!』
ジェミニが大鎌を振り上げる。
その様はまさしく、命を刈り取ろうとする死神のソレ。
無慈悲にも友奈の命が奪われようとしている。
千景は叫んだが、絶望的な状況だった。
この場所には、勇者になれない千景と時間を止められたことによって身動きできない友奈しかいない。
どんなに彼女達が足掻いても、友奈の死のイメージは消えてなくならない。
刃が友奈の首を撥ね飛ばす残酷な惨状が容易に浮かび上がる。
(だめだだめだだめだ!!そんな事させない!させるもんか!!)
だが、その結末を千景は否定する。否定しなければならない。
(助けなきゃ!今度は私が……高嶋さんを助けなきゃ……)
頭の中で、思考を巡らせる。
大切な友人を救うために、自分が出来ることを模索する。
考えて、考えて、考えて……その果てに浮かんだのは、ある言葉だった。
――――私、知ってる!ゲーム病の人が死ぬと怪物も生まれてこなくなるんだって!!
それは、ある意味で今の千景にしか出来ないジェミニバグスターに対しての最大の攻略術。
チートのレベルでもない、ただバグスターの性質を理解していた故に編み出した裏技だった。
「うわあああああ!!!」
『なにッ!?』
ジェミニが振り下ろす鎌の前に、そして友奈を護るように。
千景が刃の前に立ちはだかったのだ。
「ぐん、ちゃん……っ!!」
完全体バグスターはバグバイザーがある限り、何度でも復活できるがジェミニなどの不完全バグスターはそうではない。
一度撃破され、データとなった場合は回収をしてまた他者に感染させるプロセスを踏むが、寄生した宿主が死亡した場合は宿主と一緒にバグスターも死滅する。
これは千景による特攻で、自殺行為でもあった。
(高嶋さん、ごめんね。こんな事しか、私……もう出来ることがないから……
でも、貴女だけは……絶対に助けて見せる……)
自分が命を捨てる方法など、いくらでもあった。
舌を噛み切る。
大葉刈で首を掻っ捌く。
高い所から身を投げる。
しかし、どれも目の前で殺されかけてる友奈を救う事は出来ない。
ジェミニの刃に掛かり、友奈を護り、このバグスターと自分の対消滅を千景は望んだのだ。
千景は思う。
自分が死んだら、友奈は悲しむだろうか。
自分の葬儀で、泣いてくれるだろうか。
友奈は心が強いから、もしかしたら「泣いたらぐんちゃんに申し訳ない」と言って、涙を見せないかもしれない。
もしかしたら、赤子のようにわんわんと泣き散らかすかもしれない。
どちらにせよ、自分の事をこんなにも想ってくれる友人が居てくれたことは千景にとって最大の幸福だったと思えることだ。
(皆、ありがとう……)
千景は色んな人に感謝していた。
恋愛小説とゲームを貸し借りした伊予島杏に。
ゲームを一緒にやろうと約束してくれた土居球子に。
嫌いだけど、同じくらいに好きで、憧れだった乃木若葉に。
そして、自分の人生に光を与えてくれた最大の友、高嶋友奈に。
死ぬ前だというのに千景の顔に恐怖はなく、絶望もなく。
吹っ切れたような清々しい笑みを浮かべていた。
「これで少しは――――勇者らしい事が出来たかな……?」
続きが気になる人は今日の2400からの投稿をお楽しみに。
・ゾンビゲーマーlvX
パンチ力:24.2t キック力:30.2t ジャンプ力:52m 走力:2.5秒
ゲーム『DANGEROS ZONBI』から生まれたバグスター。仮面ライダーゲンムの新たな形態。とある傍迷惑な自称神が蓄積させた『死のデータ』から誕生したこのバグスターの能力は『不死』。どんな攻撃を受けても、ダメージを受けても既に死んでいる状態なのでライフゼロ時の無敵時間を再現し、維持することが出来る。死にっぱなし状態。
増殖能力、相手の装備を腐敗させるなど、なにかと厄介な能力を持つ。
また、視覚センサーを誤作動させ、幻影を見せることが出来る妨害機能。
頭部のジャミング装置、『デッドリージャマー』は仮面ライダーの装着者保護機能を停止させ、変身解除させず、ゲームエリアからの離脱を許さない。(エグゼイドのライダーはライフがゼロになる前に変身が解除される、ライフがゼロになると光になって消える=死)。
この世界において、エグゼイドのライダーは存在せず、勇者に対してもその能力が生かされることはない。
バグスターは皆個性豊かだが、このゾンビゲーマーに関しては個がぶっちぎりで突き抜けているのはお約束。