最低最悪の魔王が征くのわゆ世界   作:バロックス(駄犬

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ルート分岐、その2




 樹海の中で走り続ける少女がいる。

 黒髪を揺らし、制服姿に身を包んだ少女は息を荒くし、しかし動きはひっそりとして、生えている樹木に身を隠しては()()が通り過ぎるのを待つ。

 

 

「――――ッッ」

 

 

 その何かが来た。

 少女よりも大きな体躯を持ち、巨大な人の口のような器官を持つ異形が。

 ゆらゆらと浮遊しながら樹木越しに少女の真横を通り過ぎていく。

 

 

 巻いたか。

 危機が去ったと思って漸く、千景の姿をした少女、ジェミニバグスターは安堵のため息をついた。

 

 

 オリジナルである千景のリプログラミングによる攻撃でバグスターとしての力を奪われたジェミニは形勢を逆転させるには壁から天の神による援軍が到着しなければならない。

 必死に命乞いをして、情に訴えた結果、千景の攻撃をタッチの差で停止させることに成功。

 満を持した天の神の援軍が四国結界の中に入り込んできた。

 

 

 ここまでは計画通りだった。

 バーテックスの大群が現れるまでは。

 しかし、それ以降はまったくもって計画外の出来事しかなかった。

 

 

 バーテックスがバグスター達を捕食し始めたのである。

 

 

 仲間が食い殺される光景を間近で、遠くにいる分身の自分が映し出す光景を目の当たりにしたジェミニは一連の流れを整理して、答えを出した。

 

 

 『天の神は人間とバグスターを残らず殺すつもりだ』、と。

 『自分たちは最初から利用されるだけに生み出された捨て駒だった』、と理解した。

 

 

 理解したが、納得は出来なかった。

 利用されるだけの人生、最後は捨てられるだけの存在理由なんて、あの女と一緒だ。

 

 

 オリジナル(郡千景)と一緒だ。

 幼い頃から周囲に虐げられ、勇者として利用され、最後にまた裏切られたあの女と。

 

 

 確かに、一緒だった。

 だけど、今のオリジナルは違った。

 郡千景には、仲間がいる。

 信じられる友がいる。

 守ろうとする世界がある。

 

 

 勇者として力を取り戻した千景の姿をジェミニは忘れない。

 千景は光を放っていた。

 目に見えるモノではなく、心の在り方による輝きだ。

 

 

 人は自分より相手の事を優れている部分を見た時に「いいな」、と思う事がある。

 それは例えるなら羨望や嫉妬の感情。

 ジェミニバグスターは、郡千景の人としての在り方に、勇者としての在り方を眩しく感じたのだ。

 同時に仲間から愛されて、仲間を愛している千景を羨ましく思い、嫉妬した。

 

 

「私の仲間は……」

 

 

 どこにいるのだろう。

 バグスターである自分の仲間とは、紛れもなく同じバグスター達だ。

 だが、今バーテックスを交えた混乱した樹海の中では多くのバグスター達とはぐれてしまっている。

 そしてその多くは、星屑達に捕食されてしまっているだろう。

 

 

 そう思って、制服と袖をぎゅっと握ったジェミニが居た。

 

 

『ぎゃああああああ!!』

 

 

 直後、ジェミニの耳に響いたのは絶叫だった。

 声の大きさからにして距離はだいぶ近い。この樹木の向こう側から聞こえる。

 身体を起こし、身を隠していた樹木から顔のみ恐る恐る覗かせるジェミニは目に映した光景に息を詰まらせた。

 

 

 それは星屑がバグスターを捕食している光景だった。

 

 

 

『あぁ゛! い゛っ、だっい゛ッ!や、べ、あ゛っ、ぇぎ、っ』

 

 

 モータスだ。

 バイクによる高速移動を得意とするゲーム『爆走バイク』に登場するキャラクターであるモータスは本来バイクに乗ったバグスター。

 しかし、千景のリプログラミングによる攻撃で力を書き換えられた為に攻撃手段であり、移動手段のバイクを失ってしまったのである。

 

 それが致命的な損失だった。

 結果として、走る事しか出来なくなったモータスは複数の星屑にあっという間に追いつかれ、囲まれ、捕食される。

 

 

 星屑の白い歯が腕をへし折り、脚の骨を噛み砕き、ねじ切るように食い破る。

 肩を、膝を、敢えて硬さのある骨の部位を砕いて執拗に痛みを与えていく。

 地獄の拷問のような痛みはモータスに血の涙を流させた。

 

 

『あ―――――!!』

 

「……ひっ!!」

 

 

 その血走る目が、モータスの瞳が樹木から少しだけ顔を見せていたジェミニの姿を捕らえる。

 思わずジェミニは視線を逸らす様に樹木を背にして座り込んでいた。

 

 

『あ゛、姐さ゛ん゛ッ だっ゛、だずげ、で、ぇ、あ゛、あ゛ね゛、ざんッ』

 

「ごめ、んなさい……」

 

 

 樹木の壁に隠れながら、自らを「姐さん」と慕ったモータスの断末魔を背に受けて、身体を震わせる。

 決してここから出る訳にはいかない、今モータスを助ける為に行っても、何も出来ずに殺されてしまうのが分かっていたからだ。

 

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 

 仕方ない事なのだ。

 自分が生きるためなのだ。

 力を失った今の自分では助けることも出来ない。

 そう自分に言い聞かせるジェミニは謝罪の言葉を何度も口にする。

 

 

 千景と同じ整った幼顔はどこへいったのか。

 目を閉じて、両耳を塞いだジェミニの顔は涙と恐怖に溢れ、歯をカタカタと打ち鳴らして震えていた。

 

 

 ぶちゅ。ぎちゅ、ぐちょ、ごき、ぶしゃ、と。

 肉を咀嚼する音と骨を噛み抱く音、血が飛沫する音が嫌と言うほど耳に響く。

 最初は叫んでいたモータスも次第に声を小さくしていき、

 

 

『―――――』

 

 

 モータスだった者は、モノを言わぬ肉塊と化した。

 抵抗を無くなったモータスの死体を星屑は興味を無くしたようにその場を去っていく。

 命が壊され、失われるまでの一部始終を耳にしていたジェミニは危機をやり過ごしたと思うのと同時に、

 

 

「――――ぶっ、ぅ、おぇっ」

 

 

 胃から喉を掛けてせり上がってきた違和感に吐き出した。

 仲間を見殺しにしたという事実が、ジェミニの心に鎖を巻いたように締め付けられて不快感が身体に現れる。

 

 

「はぁ、はぁ……ぁ、私は、悪くない……私は―――」

 

 

 耳にこびりつくように残るモータスの断末魔が蘇るたびに吐き気を催す。

 その度に粗い息を吐きながらジェミニは『悪くない』と言い聞かせた。

 

 

 悪いのは星屑で。

 悪いのは私たちの力を奪った勇者で。

 私は悪くない。

 

 

 仲間と一緒にバグスターの世界を作る、そのリーダーであったジェミニ。

 誰よりも仲間のバグスターを想っていた彼女だからこそ、『自分が生き残る為に仲間を犠牲にする』という、本来の信念を曲げた己の行動に心がぴしっ、と軋んだ。

 

 

「あ、あはは、そうだ……そうよ、わたしは、わるくない、あは、はは、ひゃ」

 

 

 ジェミニの心は最悪の状態だった。

 「生きたい」という生への渇望を持っていて、

 でもそのために仲間を「見殺しにした」という負い目を持っていて、

 自分の行いを肯定すると同時に否定したことによる矛盾が、彼女の心を崩壊させる。

 

 

 自分を保てない、狂ってしまわなければ、この状況に納得できない。

 そう思って、ジェミニは自らの心を手放そうとする。

 罪の意識から逃れるために、早く楽になるために。

 

 

 何もかも投げ出そうと、全てから逃げ出そうとしたジェミニは生気を失った双眸で誰かの両足を映していた。

 

 

「……」

 

 

 勇者、郡千景だった。

 玉藻前による精霊降ろしを解いておらず、その身にはリプログラミングによる炎を宿し、手にはこれまで多くのバグスターを屠ってきた大鎌が握られている。

 

 

 

「―――――は」

 

 

 乾いた笑いが出た。

 顔も卑屈に歪んだ笑顔を浮かべていただろう。

 

「殺れば?」

 

 終わりだな、と思った。

 同時に良かった、と思った。

 

 それ以前に「もうどうでもいい」という気持ちがジェミニの中で混在していた。

 生きる活力を根こそぎ失ったジェミニの姿はゲームにおいて致命的なバグを前に抗う事を止め、攻略を放棄したプレイヤーの姿に似ていた。

 

 

 生殺与奪の権利を持つ千景だが、殺さないという選択肢はない事などジェミニは分かりきっている。

 自分を殺そうとした相手だ。

 その身体を利用して散々嫌がらせをしたし、彼女の仲間だって傷つけた。

 己に身を置く病原菌を、わざわざ生かす必要がないのである。

 

 

 だから両手を広げて、甘んじてその刃を受けようとしたジェミニの手を千景が掴んで引き寄せた時、心の中で「は?」と唱えていた。

 

「ちょ、ちょっと……!!」

 

「こっちよバカ!早く来なさい!!」

 

 

 

 星屑が二人の動きに反応して接近してくる。

 足が止まりそうになるジェミニを強引に引いていた千景が一旦停止して、大鎌に炎を乗せて振るった。

 巨大化した炎の刃が星屑を飲み込み、焼かれた星屑が力なく地面へと落ちていく。

 

 

 千景が先頭に立って、ジェミニを護るように星屑を切り伏せた。

 その光景に、守られているジェミニは呆然としていた。

 ジェミニの手をこれでもかと強く握りしめて、傍から離さないように星屑から彼女を守り続ける。

 千景の鎌から放たれる炎が迫る星屑を撃ち落としていく。

 

 

 精霊によって近距離でも遠距離でも対応した千景は本来ならば困難である守りながらの戦いを可能にしていた。

 

 

「なんで……私を助けてるの?」

 

 

 ジェミニが不思議そうに問う。

 人類の敵を守ろうとする千景をジェミニは理解することが出来なかった。

 

 

「そんなの……私だって分からないわよ!!」

 

 

 そして、その理解に及ばない感情を抱いていたのは千景も同じであった。

 

 

「あなたの事は許せない!

 私にしてきたことも、乃木さんや高嶋さんにしてきたことも全部。

 今だって、すぐにでもあなたの事をこの手で切り倒したいくらいよ!」

 

 

 でもね、

 

 

「あなたは……バーテックスで、バグスターだけど……私から生まれた〝命〟だから!放っておけないのよ!」

 

 

 己の存在を奪おうとしたジェミニだが、千景と同じように必死に生きようとして、自分の運命を変えようとした事を知っている。

 理由は分からないがバーテックスから裏切られて、理不尽な死を押し付けられようとしているその姿は、過去の自分に似ていた。

 

 両親から疎まれ、村人から利用され、捨てられそうになっていた自分の境遇を自分に重ねていた。

 

 敵であっても心を持って千景から生まれた紛れもない「命」だ。

 それを見捨てることなど、千景には出来なかった。

 ここでジェミニに手を伸ばさなければ、自分は自分をこれまで育ててきたあの両親と同じ事を繰り返してしまうと思ったからだ。

 

 

 その想いを、上手く言葉にできないのが千景だった。

 だけど、言葉にできないなりに行動で示すのが千景だった。

 

 

「それに……〝あなたは、私〟だから」

 

 

 そう言って千景はジェミニと走り続ける。

 

 

 

(敵わないわけね……人間ってヤツに、勇者ってヤツに)

 

 

 ジェミニは、自分の手を引く千景の背がとても眩しく見えた。

 他者であっても、敵であっても命を守る為に戦える千景の姿はまさに英雄そのもの。

 

 

 今の郡千景は紛れもない勇者だった。

 

 

 千景の強さに、自分の敗北した理由に納得した。

 これが人間の力。

 これが勇者の力。

 

 限りある時の中でも団結し、天へと抗う者たち。

 自分なんかが、敵う道理などなかったのだろう。

 

 

「羨ましいな……」

 

 小さく笑ったジェミニは進行方向の更に奥、()()()()()()()千景の手を振り払う。

 慌てて止まった千景が振り向いた瞬間、ジェミニは両手を突っ張らせて千景の肩をど突き飛ばした。

 

 

「ちょっ――――」

 

 

 不意に押された千景の身体がのけ反って地面に尻もちをついた。

 今の千景にとって大したダメージにはならないが、ジェミニの行動だけが不可解だった。

 

 ジェミニが千景を突き飛ばした理由を、千景は戻した視線の先のジェミニを見て()()()

 

 

 同じ千景としての姿をしたジェミニの身体に巨大な針が突き刺さっていたから。

 

 

「がは……っ」

 

 

 胸の真ん中に巨大な杭が打ち付けられたかのような構図。

 背中を貫通する巨大な針は遠くの彼方にいた進化体が()()()()()()打ち込んできたものだ。

 

 

 口から大量の血を吐き出したジェミニの身体が大きく揺れて、地面へと倒れ込もうとして、千景が抱きかかえるように受け止めた。

 

 

「あなた……どうしてっ!?」

 

「ふふ……あなた、シューティングゲームでも息を潜めてる遠くのスナイパーからよくダメージ貰ってたわよね。

 そういう悪い癖、私が忘れてるとでも思ったの?ずっと、あなたの中で生きていたんだから知っていて当然じゃない」

 

「そういうことじゃなくて!!

 なんで……なんで助けたの!!私なんかを庇って!!」

 

「さぁ、なんででしょうね……自分でも分からない、バグスターが人間を庇う理由……そんなもの、ないはずなのに。

 でもせめて、一つだけあるとすれば―――――――〝私は、あなた〟……だから?」

 

 

 遠くにいた進化体の気配に気づいたジェミニが、千景を突き飛ばして助けたという事実。

 胸に刺さる巨大な棘を抜こうにも力が入らない。

 手が棘の表面に触れているだけで、少しも動くことは無かった。

 

 

 ならば、と千景が代わって棘を抜こうとすると刺さっている部分からどくどくと血が溢れてくる。

 顔色を青くして、棘を抜く行為を止めた。

 これ以上無理に血を流すことは避けなければならないからだ。

 

 

「いいわよ、もうダメなんだって……自分でも分かってる」

 

 

 自分の事は自分だけしか分からないというように。

 諦観して、どこか気の抜けたような顔をするジェミニは己の死期を悟った。

 

 

 しかし不思議と痛みは無かった。

 樹海に広がった自分の血が水たまりのようになっているのを見るに、血を流しすぎたせいなのだろう。

 

 

「ああああああッッ!!!」

 

 

 千景が片手で大鎌を振う。

 遠くで第2射を行おうとしていた進化体に狙いを定めて、炎の斬撃が飛んでいく。

 月の形をした斬撃は少しも違うことなく、進化体の胴体を真横に切り裂いた。

 

 

「強いのね……ほんとに」

 

「まだ、まだ助かるから……!!

 諦めないで!

 生きるんじゃなかったの!?

 この世界を手に入れるんじゃなかったの!?」

 

「そうね……生きたい、そう思ってた。願ってた。

 自分が何で生まれてきたのか……考えても分からなくて。

 私のゲーム、バッドエンドしかないから……その運命を変える為に頑張ってた……結局、私の結末(エンディング)変わらなかったけど」

 

 

 だけど、

 

 

「私の命で、あなたの運命を変えることが出来たなら……

 私がこの世に生まれてきた意味も、少しはあったんじゃないかなって……思ったのよね」

 

 

 言葉を紡ぐ度に肉体が崩壊し始める。

 身体が少しずつデータの塵となって空中へ霧散していき、ジェミニの全身がうっすらと透けていくのが分かった。

 

 

「でも、それを誰かが覚えていてくれるのかしら……

 未来を救う勇者を救った、敵怪人バグスターのリーダー、『C・Shadow』。

 その功績はやがて人々から忘れられる……よくある展開じゃない。

 

 それだけは……いやだな、ぁ……」

 

 

「忘れない」

 

 

 意識の消えそうなジェミニの手を千景が握りしめた。

 

 

「私が覚えていてあげるから……たとえ私の魂が尽きても。

 〝C・Shadow〟は勇者の窮地を救った、本当の英雄だって」

 

「そっか……」

 

 

 千景の悲痛そうな表情とは裏腹にジェミニは満ち足りた顔で空を見る。

 勇者達が星屑を撃退した事で樹海は夜空を取り戻していた。

 天に浮かぶ星々は結界の中からでは見ることが出来ないのは残念である。

 

 

 自分が忘れられることに少し不安を抱いていたジェミニは千景が覚えてくれると約束してくれたことに安心した。

 

 彼女なら、自分の分まで幸せなルートを歩んでくれる。

 そう確信したジェミニは最後に千景の顔を見つめて。

 

 

「ありがとう」

 

 

 全てから解放された微笑みを浮かべながら、その肉体を消滅させていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バグスターと星屑を粗方片付けた頃に、()()()()()()()()

 

 

 

「うわぁ……デッケェ……」

 

 

 勇者、土居球子は旋刃盤の上から自身の目の前に現れた存在を見上げながら、呆然と呟いていた。

 巨大な男が黒い甲冑を身に付けて樹海に立っているのである。

 

  

 そのデカさ、実に()()メートルくらいだろうか。

 風でたなびく裏地が赤で真っ黒なマント、どこか機械染みた見た目と悪魔を思わせるような鉄兜。

 

 

 

 試しに打ち込んだ輪入道の炎を身に受けた巨体は微動だにすることなく前進を続ける。

 

 

 

 いつものバーテックスとは違うな、いや、違いすぎるなと球子は思った。

 

 

「新型……こんなのが居たなんて……」

 

 

 雪女郎の吹雪をまるでストレッチをする感覚で動かした手で押し返す。

 勇者の切り札が通用しない。

 

 

 

 

 隣に居た伊予島杏も規格外すぎる異形の登場に思考が回らなかった。

 小さい人型で、強力な個体はいくらでも居た。

 デカくて、強い個体もたくさん居た。

 

 

 だけど、『人型でデカくて強い個体』は初めてだった。

 

 

 赤い眼光が、球子と杏を射すくめる。

 その大男の正体は『巨大ロボット』だった。

 暗黒政府、『GOD機関』の悪人軍団を率いる最高幹部。

 

 

 その者の名を『キングダーク』と呼んだ。

 

 

「精霊の力が、通じない……?」

 

「あんず!諦めるなッ タマたちが諦めたら……!」

 

 

 その瞬間、キングダークが黒の腕を振った。

 目の前の蚊を振り払うように、掠めただけというのにその衝撃は旋刃盤ごと球子と杏を吹き飛ばした。

 

 

「きゃああああ!!!」

「うわあああああ!!!」

 

 

 旋刃盤は球子の念じた通りに自在に動かせるが、この時の球子は360度をぐるぐると回転する中、振り落とされない事に必死でコントロールを失っていた。

 その時速は100キロを超えている。

 このまま地面に叩きつけられては無事では済まない。

 

 

 せめて杏だけでも守りたいという球子は必死に杏の存在を視覚で捉えようとして。

 旋刃盤から振り落とされた杏が目に入った。

 

 

「あんずッ!!うおおおおおおッッ!!」

 

 

 咄嗟に手を伸ばそうとして、それが届かないものだと分かった時、球子はいやな感覚が蘇った。

 サソリ型のバーテックスに襲われて、杏を護れなかった時の無力感だ。

 大切な者をもう、絶対に傷つけさせない。

 

 

 そんな思いを胸に、球子が旋刃盤に「動け」と強く命じた。

 出鱈目に回転する旋刃盤が態勢を取り戻して、感覚を取り戻した球子が急速に地面へ向かって滑空し、落ちる直前の杏をキャッチする。

 

 

「タマっち、先輩……?」

 

「へっへぇ! ちゃんと二人で無事に帰らないと、真鈴が泣いちゃうもんな!!

 一旦体制を立て直そう、若葉達と合流して――――」

 

 

 

 そして不意に見上げた球子の視界にキングダークの『足』があった。

 巨体は鈍重というイメージを覆すかのような早い動きでキングダークは攻撃を繰り出してきた。

 

 球子は「しまった」と思った。

 

 どう足掻いても、この角度からは逃げられない。

 どう抵抗しても、急造の旋刃盤の耐久力ではこの攻撃に耐えられない。

 

 

 杏を逃す為に自分が犠牲になる時間もなく、二人とも同時に死ぬ。

 直感的に球子の脳内に告げられた死の宣告。

 

 

 今度こそ、終わりだ。

 そう思った矢先だった。

 キングダークの足裏に向かって、飛び上がる者がいたのを二人は見た。

 

 

 キングダークに比べれば酷く小さい者だった。

 緑の装甲に覆われ、マントを靡かせたそれは昆虫を思わせる姿をしていた。

 

 

「顔に……文字?あれってもしかして……仮面ライダー?」

 

 

 顔面に書かれた「ライダー」という文字に杏はSOUGOと同じ仮面ライダーの存在を感じ取る。

 

 

『―――――ッッ!!!』

 

 

J(ジェイ)!!】

 

 

 ライダーは右手に握っていた時計のようなものを可変させると、電子音が鳴り響いた。

 その直後だった。

 緑のライダーの身体が突然と膨れ始めたのは。

 

 

『……ゥゥゥォォオオオオオッッッ!!!!』

 

 

 細い声が徐々に太くなって響く様に、ライダーの身体もそのサイズを急変させていく。

 ライダーの巨大化した両手が球子たちを踏み潰そうとしたキングダークの足を受け止めて、巨大化したライダーの足が大地を踏み、キングダークを押し返す。

 

 キングダークにしたら、踏み潰そうとした場所から山が生えてきたようだった事だろう。

 突然と現れたライダーのような存在に文字通り足元を掬われて、キングダークの巨体は樹海の地面に背から倒れ込んだ。

 

 

『……フンッ』

 

 

 巨大化したライダーはそうやって鼻を鳴らすと、地面に倒れたキングダークを一瞥した。

 2メートルにも満たない小さきライダーが瞬時に巨大化を果たした現象に杏も、それを遠くで見ていた勇者たちも困惑せざるを得ない。

 

 

 ただし球子だけは――――、

 

 

「う、ウルトラマンだぁ!!」

 

「ちょっとタマっち!?」

 

 

 嬉々とした、子供としては年相応の笑みを浮かべていた。

 

 

「あんなでっかいのウルトラマン以外にないだろ!M-78星雲からタマ達のピンチに駆けつけてくれたんだ!」

 

「タマっち、もしかして仮面ライダーとウルトラマンの区別ついてないんじゃ……おかしいな、こういうのには詳しそうな筈なんだけど。

 思いっきり顔に『ライダー』って書いてるのに……」

 

 

 変身すると同時に巨大化し、人々を護る光の戦士を球子は目の前のライダーに重ねた……というか勘違いしているらしい。

 

 

 そんな気の抜けた会話をしている最中、キングダークが起き上がった。

 相対する巨大ライダーが構えると、キングダークも構えた。

 

 

「いっけー!ウルトラマーン!怪獣をやっつけろー!」

 

「タマっち……たぶん、違うと思うよ」

 

 

 球子の声を皮切りに、最初に動いたのはキングダークだった。

 黒の腕を大きくテイクバックさせ、腰を切ると同時に放たれる右ストレートがライダーの顔面に迫る。

 ずおお、と空間を歪ませるような一撃を、ライダーは半歩身を動かして躱すと同時に右腕と脇を使って締めるようにキングダークの腕を受け止めた。

 威力を完全に殺しきり、キングダークの肘を地面に向けさせて、締めつける力を強めながら肘の可動域とは反対方向へ思いっきり持ち上げる。

 

 

『――――ッッ』

 

『!?』

 

 

 次の瞬間、バキンと。

 伸ばされたキングダークの右腕がへし折れていた。

 あらぬ方向を向いたキングダークの腕は機械がショートしたように火花を放っている。

 自らの腕が機能を停止した事に気を取られたキングダークにライダーはパンチを放った。

 

 

 キングダークと同じ、右ストレート。

 しかし、空手の型を踏んだ流麗とした淀みの無い動作で風巻き起こすかのように腰を切って放つ、『正拳突き』。

 巨大化した者として破格のスピードで放たれたソレは間違いなくキングダークの顔面を捉え――――、

 

 

 その頭部だけを遥か彼方まで弾き飛ばした。

 

 

 活動を停止したキングダークの巨体が呆然と立ち尽くし、ライダーが軽く突いただけで樹海の地面に大の字で倒れ込む。

 

 

「す、すごい……あんな大きいのを一撃で!」

 

「うおー!やった!勝ったぞ、ウルトラマンが勝ったぞー!」

 

「だから違うってタマっち」

 

 

 窮地を脱した二人だったが、楽観的な球子とは別に杏の中で新たな不安が生まれていた。

 果たして、目の前に現れたこの巨人ライダーは敵なのか、味方なのか。

 

「例え相手が敵で、私達より遥かに大きかろうと……最後まで抗って見せる……いいな、友奈」

 

「うん、若葉ちゃん!私もまだまだ戦える!」

 

 

 もし敵でこれから戦う必要があるのなら、バグスターとの戦いで疲弊している今の杏たちに勝算はない。

 不穏な空気が漂う中、全ての勇者が身の丈40メートルはありそうな巨人を見上げて、武器を構える。

 いつこの巨人が仕掛けてきても対処できるようにだ。

 

 

『カゲン……よせ、ソイツらは敵じゃない』

 

 

 沈黙を破った声は巨大ライダーの足元から発せられた。

 その声に勇者も巨大ライダーも反応している。

 声の主はバールクスだった。

 

 

「SOUGOさん!危険だ!ソイツは……」

 

『乃木、構わない。武器を納めろ』

 

 

 心配など無用、とSOUGOが言うと巨人ライダーが足元に佇むSOUGOをじっと見つめていると、その巨体が縮み始めた。

 

 

「おお?アイツ小さくなっていくぞ?」

 

 

 40メートルはあったライダーの身体は全く間に巨大化する前の大きさへと戻っていた。

 ベルトのウォッチを外したライダーの変身が解除されていき、仮面の下の素顔が明らかにされる。 

 

 

「……」

 

 

 若葉達の前に現れたのは中年の男だった。

 縮れの強い癖毛に恰幅の良い体格が特徴である。

 

 

 バールクスも、変身者の姿が知っている者だと確信が取れたからか自身も変身を解除した。

 

 

 

 カゲン。

 SOUGOにそう呼ばれた男は押し黙ったまま近づき、やがて口を開く。

 

 

「SOUGOッ」

 

「……」

 

 

 その言葉に頷くSOUGO。

 やり取りはこれだけであったが、多くの言葉を必要としないのかカゲンとSOUGOは通じ合っているように見えた。

 同時にSOUGOと出会えたカゲンは口にはしなかったが、その表情からは安堵の感情が見て取れた。

 

「カゲン……お前がここ居るという事は、ジョウゲンも―――――」

 

「ご名答、さっすがSOUGO、俺達のリーダー」

 

 

 SOUGOの問いに答えるように現れるもう一人の男。

 SOUGO、カゲンと名を連ねる男衆の中でも、彼は最も若々しい優男の風貌があった。

 前髪を七三分けに、後ろ髪はウルフヘアよりに、毛先が外側へ跳ねている男、その名をジョウゲンという。

 

 

「この時代に飛ぶまで苦労したよ。タイムマジーン使ってさ。

起きたら俺とカゲンだけしかいないし、というかジオウにやられて死んだのに何故か生きてるしって、最初は滅茶苦茶戸惑ったんだよねぇ」

 

「SOUGO、探したぞ!」

 

 

 ジョウゲンはのらりくらりとマイペースにこれまでの経緯を語り、カゲンは元々口数が少なく断定的にしか言葉を喋らない性格なので物足りなさを感じるが、それはもう慣れた。

 

「わざわざこの時代まで戻って来るとはな」

 

「あったりまえでしょ。

 こう見えても、一応優秀な部下なわけ。

 ま、例えどんなに遠く離れちゃっても、また出会っちゃうのかな俺達ってさ……腐れ縁って奴かもねぇ」

 

「そうなのかもな」

 

 

 にへら、と笑うジョウゲンにSOUGOも釣られて笑っていた。

 別の世界とはいえ、やはり元の世界の知人に出会えた事が少なからずとも嬉しくあったからか。

 

 

 

「あ、あの……SOUGOさん、この人たちは……SOUGOさんのお友達ですか?」

 

 

 男三人のやり取りを見ていた友奈が恐る恐る声を掛けると、それに振り返ったジョウゲンが答える。

 

「そそ。俺達、SOUGOの友達。トモダチ」

 

「ト、トモダチ?」

 

「トモダチ!」

 

「トモダチ!」

 

 

 何故か途中から片言で、両の手を組んで謎のポーズを見せると同じく手を組んでジョウゲンと楽し気に反応する友奈。

 それらを見かねたSOUGOが大きく咳ばらいをして見せる。

 

 

「ジョウゲン、ふざけるな」

 

「あれ、SOUGOもしかして……照れてんだねぇ」

 

「SOUGOさん、照れてるんですか!?」

 

「違う。ジョウゲン、いい加減な事をこの馬鹿に教えるな」

 

 

 戦闘が終了したからか、緊張感から時は慣れた雰囲気に誰もがやれやれと言った表情だ。

 

 

「済まない……私からいいだろうかSOUGOさん」

 

 

 

 だが、若葉だけがこの異様な者たちの登場に不信感を抱き続けていた。

 それは勇者側のリーダーとして、最後まで油断をしてはいけないという彼女なりの生真面目さからくるものだろう。

 

 

「SOUGOさん、説明を求む。

 あなたが彼らと知り合いなのは分かった。だとすれば、彼らも仮面ライダーなのか?」

 

「そうだ……」

 

「ならば、SOUGOさん達は私達と出会う前に……これまで何をしていたのか……教えていただきたい

 バーテックスを倒し、巨人をも倒す強大な力……ライダーの力を持って、あなたは以前、何を……」

 

「……」

 

 

 若葉にしてみれば、当然の疑問だった。

 バーテックスを屠る戦闘力を持つ戦士、仮面ライダー。

 そして敵巨人を打倒す巨大化能力を持つライダー、3人同じ道を歩んでいた者が持つその力は一体何のために使われていたのかが。

 

 

 SOUGOは思考を巡らせた。

 これから先、彼の口から語られる全ては下手をしたら勇者達とのこれまでの関係性を一気に崩してしまうほどのものだ。

 だけど、真実はいつまでも隠し通すことは出来ない。

 

 自分の事も、諏訪の事も……いつかは話さなければならないと思っていた。

 その時がただ来ただけなのだ。

 

 不安そうな顔でこちらを見つめる友奈を一瞬だけ瞳に映したSOUGOは閉ざしていた口をゆっくりと開き、告げた。

 

 

「俺達はQuartzer(クォーツァ―)――――歴史の管理者だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、千景編感動?のフィナーレ、お父さんも出るよ
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