樹海化警報。
それは、四国がバーテックスに攻め込まれた事を知らせる警報装置だ。
同時にそれは、四国が神樹の結界によって別の空間へと作り替えられていく。
四国を戦場とする際の最終防御手段である。
SOUGOは植物組織に覆われた四国の地に姿を現す。高嶋友奈も一緒だ。
「これが樹海化現象か」
前回、SOUGOは樹海化している四国の地に直接踏み込んできていた。
それは神樹に招かれたという訳ではなく、単純に四国の外から戦闘中の四国結界に割って入ってきただけである。
故に、今回の現実世界から樹海化に至るまでの過程を目の当たりにするのは初めてだった。
見たこともない植物が大地から生えてはいるが、大きな建物や大橋などには根が絡んでいるだけなど中途半端なものがある。神樹としての力が足りないためか、四国を覆う結界防御は完璧ではないと見ていた。
そして樹海の景色を見回しているSOUGOは友奈とともに同じく駆け付けた勇者達と合流することになる。
「常磐SOUGO、なぜお前が友奈と一緒にいるッ」
「乃木若葉……か」
青の勇者服を纏う、乃木若葉は口調を強めて言い放つ。そしてSOUGOに向けられる視線は確かな敵意を持ったものであった。
「友奈、こっちに来るんだ。その男は……」
「あ、あのね若葉ちゃんこれは―――」
「高嶋さん!」
状況を説明する友奈に食って掛かるように彼女の腕を掴んだのは朱の勇者服を纏った郡千景。
千景は恐る恐る、割れ物を扱うかのように友奈の身体に触れる。
「大丈夫!?なにもされてない!?こんな得体も知れない男と一緒にいるなんて危険よ!ちょっと身体検査させて、問題なければ服も脱いで!」
「問題しかないよぐんちゃん!?」
「友奈、色々と聞きたいことがあるが今は変身してくれ。 もう既に敵が迫ってきている」
若葉が指し示す、瀬戸大橋の内海から複数の浮遊体が見える。
個体は数こそ少ない物の、進化体が既に融合を終えていた。壁の外で素手に融合を終えてから侵入してきたのだろう。
今までは四国の結界内に入ってから融合というパターンであったために融合する前に潰せばよかった。しかし、今回はそれが出来ない。
勇者たちの脅威である、進化体の融合潰しを封じてくるという作戦なのだろう。
「また、変なのがいるわ……」
千景の目に映っているのは人型だ。
球子と杏たちを追い詰めた人の形態に最も近い完成体バーテックスが一体。
牛のように突出した二つの角を持つその人型は前回のサソリ型と同じように大地をゆっくりと歩いている。
その全身は緑の苔のようなもので覆われ、右手には巨大な鉄球のようなもの、頭部には教会などにありそうな鐘があった。
「牛みたいな姿……頭のベルは一体……」
敵を見据え、考察する若葉の隣で友奈が端末の勇者システムを起動し、変身をする。
山桜のようなピンクの勇者服を纏った友奈は若葉の頬に手を伸ばし―――――、
「ふにぃい!?」
両の口の端を掴んでぐにゅ、と引っ張った。
痛みはないが突然の事に動揺した若葉が驚きの声を上げると、友奈の手がぱっと離れて広がっていた口が元に戻る。
「な、何をするんだ友奈!」
「若葉ちゃんもぐんちゃんも!戦う前にちゃんと私の話を聞いて!私、さっきからモヤモヤが止まらないの!」
「な、なにも今話さなくても……目の前に新型が迫ってきて―――――」
「き・い・て・よ!!」
珍しく、高嶋友奈が声を張った。
温厚で、争う事を嫌うであろう彼女を知る者たちならば、友奈が声を張った事に目を見開かざるを得ない。
「私とSOUGOさんはただ一緒にうどんを食べてただけだよ!アンちゃんとタマちゃんの時のお礼がしたいからって!」
一息。
「どうして若葉ちゃんもぐんちゃんもSOUGOさんの事を疑っちゃうの!?魔王だから!? 関係ないよ!アンちゃんとタマちゃんの命の恩人なんだよ?」
「し、しかし友奈……そいつは我々勇者の事を認めないと――――――」
「だったら、私たちが頑張って勇者の力をSOUGOさんに認めてもらえるように頑張ろうよ!これから一緒に戦っていく仲間なんだから!」
「おい、何でいつの間にか仲間になることになっている!?」
「違うんですか?」
「当たり前だ!俺が一体いつ仲間になったッ!? そんなシーン一つもなかったぞ!?」
「え、えーっと……う、うどん一緒に食べたら、四国ではみんな友達になるんです!仲間になるんです!人類みんなキョーダイン!」
「お、お前今考えたろッ 適当だろそれ―――――」
「なに、あなた……高嶋さんの好意を無得にしようというの?」
「おまっ……鎌を向けるなッ 危ないだろうがッ」
友奈が若葉の反論の一つ一つをワンパンで砕き、根拠の分からない仲間宣言にSOUGOが突っ込み、それに気分を悪くした千景がSOUGOに向けて大葉刈の刃先を向ける。
何が何だか分からないSOUGOだが、一つだけ言えることは敵が目前に迫ってきているというのに緊張感というものが何一つない状況であった事は確かだった。
―――――――――――――――――――――――――
勇者たちは樹海の中でそれぞれの配置に着く。
それぞれの勇者が、互いを認識できる距離間を維持して左右に戦線を構築していた
端末による通信機能を用いて作戦を確認する中で、ぽそりと千景が呟く。
「まったく、なんのよアイツ……」
そう言って、千景は勇者達とは離れたところで樹木に座り込んで陣取るSOUGOの姿を見た。
「結局、一緒に戦ってくれないという訳か……友奈、気にすることはない。我々は我々の戦いをするまでだ」
若葉も仕方ないと口にするが、友奈だけは違った。彼女の変身時のトレードマークであるサイドポニーテールが何故かぐるんぐるん、と揺れている。
それが友奈の苛立ちを表わしているのか定かではないが、少なくとも現状で友奈は不機嫌であった。
「むぅ……むぅ……」
皆に見えないところで頬を膨らませた高嶋友奈は動物のように低く唸る。
仲間の勇者が彼を意識的に遠ざけている事に。
SOUGOがこちらに歩み寄ってくれないことに。
高嶋友奈は心の根は仲間同士の争いを望まない、和を尊ぶ精神を持っている。
乃木若葉は大切な仲間だ。
郡千景も、大切な仲間だ。
だからこそ、常磐SOUGOに対して理解して欲しい事があるのに。
同じ人間同士だというのに、相互理解は難しいなと友奈は思う。
高嶋友奈はSOUGOを追い回す中で、彼の姿をずっと見ていた。
うどんを食べさせようと、友奈が彼と出会う度に感じていたのは『寂しそう』であった。
道行く人々の中でSOUGOだけが取り残されていた感じがした。
何故かは分からない。でも―――――、
『どうして、一人でいる時……いつも寂しそうなんですか』
うどん屋でその点について自分に問われ、口を閉ざしたときのSOUGOの表情と瞳が友奈は忘れられなかった。
何かがあったんだと思う。
この四国に来る前に。バーテックスで世界が荒らされているこの状況だ。理由はいくらでもあるだろう。
四国以外から逃げてきた人たちは皆、心を閉ざし、病んでいた。
理由は、襲来してきたバーテックスに親族や友人、恋人など大切な人を失ったからである。
奈良で勇者に目覚めた友奈はその力で戦ったが、混乱し、逃げ惑う人々を守り切るには限度があった。
何度も何度も倒しても湧いてくる敵。
その間に逃げ遅れて殺されてしまう人々を友奈は何度も見てきた。
奈良から四国までの道中で友奈は生き残った人々を気に掛けていたが、一人ずつ声を掛けていった時の家族や友人を殺された人々の絶望と悲しみに染まった表情、虚無に染まった瞳を今でも忘れられない。
その人たちとSOUGOにも共通点はあった。
しかし、その表情には悲しさはあれど、絶望しておらず。その瞳の奥には怒りがあった。
自らを魔王と称し、孤独が当然とのように語る彼の背からは圧倒的な強者の風格を感じる。
しかし、友奈はどこかでその『強さ』がSOUGOの『装い』に見えてならなかった。
まるでワザと他を寄せ付けないように魔王を名乗っているかのようだった。
『俺は魔王だ』というセリフが、自分自身に言い聞かせているようだった。
でもそれは、ふとしたきっかけで直ぐに崩れてしまいそうな『強さ』だった。
そんな姿を見て、友奈は思う。彼の助けになれないか、と。
・・・・・何があったか分からない。どうしたらいいか分からない、けど。
けど。
・・・・・SOUGOさんと、若葉ちゃんとぐんちゃんや……他の皆が手を繋げられるようにしたい。
その為には。
「私がぁ……頑張る!」
「うお、どうした友奈?」
突然、自分の両頬を叩いた友奈に若葉が驚いていた。
びっくりさせてしまったと、友奈はにへら、と笑って。
「ううん! なんでもない! 若葉ちゃん、ぐんちゃん!いつでもいいよ!アンちゃんやタマちゃんが怪我して戦えない分、皆で頑張って四国を守ろう!」
「お、おお……ふふ、いつもの友奈だ。ならば行くか……前回のようにいくとは思うなよ、バーテックスども!」
「今度こそ、倒すわ……!」
若葉が号令をかける。攻め時だ。
配置されていた場所から飛び上がると、勇者達はそれぞれの身に切り札である精霊を下ろした。
高嶋友奈は『一目連』。
乃木若葉は『義経』。
郡千景は『七人御先』。
強化形態に姿を変え、友奈たちは他のバーテックスに構うことなく真っすぐ角もちの人型バーテックスへと迫った。
目指すは一点突破。三人の勇者の力を結集させて、もっとも強固で強大であろう完成体のバーテックスを排除を行う。
完成体バーテックスは勇者達の力量を上回る力を有する。それは前回の戦いで身に染みたことだ。
サソリ型の強固な装甲を貫けなかったのは一重に戦闘していたのが球子と杏の遠距離タイプだったからと杏は予想した。
近接三人による一点部分をぶち抜く方法ならば、勝機はあると、この作戦を立案している。
しかし、それはあくまで力による正攻法でしか対応する手段がなく、それすらも通用しない場合は現存する勇者の力では完成体を倒す手段はないという事を意味していた。
故に、捨て身を覚悟で勇者たちは攻め入る。
「だあああッ!!」
八艘飛びによる重加速で音速の域に達した若葉が、並みのバーテックスならば両断せしめる一太刀を浴びせた。
ギィンッとまるで巨大な金属を打ち付けたかのような鈍い音に手ごたえを得る。しかし、完成体の胸部装甲には傷がついただけ。
「まだだッ 続けッ!!」
「はあああああっ!!!」
予想の範囲内、自慢の剣技で仕留められなかったことに悔やむ時間すらも惜しい。
若葉が駆け抜ける中、白い衣を纏った千景達が大鎌、大葉刈を振う。
精霊・『七人御先』によって7人に分身した内、六人の千景が振るった六連撃が若葉が抉った傷を更に深くしていく。
それでも、完成体の装甲を破壊するには至らない。
「いけッ 友奈!!」
「高嶋さんッ!!」
若葉が千景が、第三の矢、友奈に向かって叫ぶ。
人類最後の砦と言って差し支えない、尋常ではないプレッシャーが友奈の身体にのしかかる。
「うおおおおおっ! 千回ぃ……連続ぅ!」
それでも。友奈はいく。己の拳を通す為に。
弾丸を凌駕する威力の拳を完成体の傷が集中する部分に叩き込んだ。
一発、微動だにしなかった。
百発、装甲が沈んだ。
三百発、狙いが逸れ、別の場所が沈んだ。
五百発目、装甲にヒビが入った。
暴風を身に纏う友奈の精霊、一目連が嵐のような荒々しさと手数の拳を完成体へと浴びせ続ける。
六百発、拳が広がる亀裂を追う。
七百、八百、九百と手数を重ねるごとに亀裂は加速し、上半身全体を捉えていた。
九百五十、六十、七十、終わりが見えかけ、友奈が歯を食いしばる。
肉体を蝕む超負荷に耐え、無呼吸の限界を超え、拳を繰り出し続ける。命ある限り殴り続ける。
押し切れる。誰もが思った。
友奈が敵を砕いて勇者たちが勝つ。誰もが思った。
九百八十発目。上半身に走っていた完成体の亀裂が『塞がり始めた』。
「――――――ッ!?」
直接攻撃している友奈が感じ取る違和感と、目の前に起きている現象への困惑。
自分が打ち込み、加速させた勝利の亀裂が塞がりつつあることに。
亀裂から新しい液体が浮かび上がり、隙間を無くすように。
友奈の手数をものともせずに行われ続けるそれは『再生能力』。
しかも、ただの再生能力ではない。千にも及ぶ拳の連打をも圧倒する速度の『超高速再生能力』。
人型バーテックス・タウラスが手にした異質な能力だった。
「勇者ぁぁぁパァァンチ――――」
そして千発目。
勝利を呼び込むはずだった友奈の千発目の拳はタウラスの胸部装甲は砕くに至らず。
最後の一撃を叩き込んだ頃には全ての装甲は塞がりきっていた。
「はぁ…っ、はぁ…! 千回で、だめなら……二千、三千回だって……っ!!」
肩で息するほどに友奈が疲労している。
自分の番で倒すはずだった敵。
これまで全力で叩き込んで倒した自慢の拳が通用せず、未だ健在だったことは肉体的ダメージよりも精神的ダメージが大きかった。
他の勇者二人が思った。『今のでダメならば、突破できる手段はない』。
だから頭の中で『思う』だけにした。口にしてしまえば、本当に誰も勝てなくなってしまう気がしたから。人類の敗北が決まってしまう気がしたから。
「うぉおおおおおおッッッ!!!」
友奈が拳を突き出す。怒気とともに放たれる拳。その心は不屈。
勇者として、勇気溢れる者としての意地が友奈を奮い立たせる。
その拳がタウラスの装甲に触れる直前―――――タウラスの頭部のベルが鳴り響いた。
「―――――がっ!な、にこれぇ……」
「ぐぅ……!! この音は……!?」
ベルから発せられる『音』に千景と若葉が思わず両耳を塞ぐ。
脳を四方八方から揉みくちゃにされ、掻き回されるような不協和音は平衡感覚を失い、膝を着いてしまうほどのものだった。耳を塞いでいて、強く意識を持たなければすぐにでも気を失ってしまう可能性すらある。
「ゆ、友奈は……!?」
若葉はぐらつく身体に鞭を打って友奈を見る。タウラス本体から離れている若葉たちでさえこれなのだ。敵にもっとも近い距離にいた友奈はどうなってしまうのだろう。
「がっ……ぁ!!」
視線の先に友奈は居た。生きていた。
生きてはいたが、攻撃の最中で耳を塞ぐことが出来ずに突き出した拳はタウラスの身体に届く前に停止していた。瞳孔が開き、耳と、口の端から小さく血が垂れている。
攻撃を無力化するほどのタウラスの快音波によって全ての勇者の動きが止まった時。
タウラスの鉄球の如き太さの右腕を振りかざす。目の前に佇み、いわゆる棒立ちになっている友奈目掛け、剛腕が唸り、ぶち当たった。
「ああああっ!!」
鈍重な動きであったが、威力は絶大だった。
重機の振り子鉄球に当てられた衝撃に友奈の身体が遥か彼方へ吹っ飛んでいく。
咄嗟に腕をクロスして防いだが、それでも殺しきれない威力。
ロケットのように斜め上へと弾かれた友奈は樹海の大きな樹木に叩きつけられ、地面へと落下する。
鐘が止み、全ての勇者の自由が利くようになると、悲痛な声が上がった。
「た、高嶋さん!高嶋さん!うそ、うそよ……いや!!」
千景が絶望に染まった瞳で友奈が落ちていった場所を見て叫ぶ。
ここからでは地面に落ちていった友奈の姿が視認できない。至近距離であんな化け物の一撃を食らってしまえば、どうなるかなどは球子と杏の時を考えれば容易に想像できる。
「いや、いやよ高嶋さん!いやぁっ!!」
叫び、『友奈を失ったかもしれない』という喪失感に千景の心が悲鳴を上げた。
瞬時に千景は友奈を殴り飛ばしたタウラスへと目を向ける。それは悠々とこれまでのダメージが無かったかのようにこちらへと向かってきていた。
「あ、ああ………っ!!」
異形が迫る。
仲間を殺したかもしれない最悪が迫る。
死が千景を手招こうとする。
次はお前だと、タウラスが放つ無言の圧力に戦意が削がれていく。
死にたくない。まだ死にたくない、と千景が思わず後ずさるのを若葉が止めた。
「落ち着け、千景!」
「の、乃木さん……」
両の肩を強く掴まれ、焦りはあったが千景よりも遥かに冷静な瞳がこちらを見据えていた。
「友奈は大丈夫だ。端末の機能が友奈の生体反応を示している……無事ではないかもしれないが死んではない」
端末の画面を千景は確認する。確かに遥か後方まで飛ばされた友奈の場所には位置情報として『友奈』と表示されていた。彼女が生存していたことに千景は心の底から安堵する。
「よかった……」
「それよりも、周りの進化体が神樹様へ向かい始めている。そちらの排除を先に行おう」
「あの人型は……どうするの」
「あいつは思ったより、これまでの個体よりは動きが遥かに遅い……強固体の早期排除に失敗した今、優先すべきは神樹様にもっとも近づいている個体だ。
樹海に影響は出るかもしれないが……戦線を下げつつ、進化体を撃破し、友奈と合流する」
「ええ、分かったわ。ごめんなさい、乃木さん……取り乱したりして」
「気にするな。私たちは仲間だ……いこう」
若葉の冷静な判断に千景も同じく冷静さを取り戻す。彼女は仲間が生きていることを信じている。だから戦うことを諦めない。
その心の強さが羨ましくも、妬ましいと感じてしまう自分は一体何なのだろう。千景はそう思った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ぁ……ぅ…」
若葉と千景が奮戦する中、タウラスの攻撃を受けた友奈は樹木を背に倒れていた。
舞い上がった砂煙を吸い込んで、せき込んだ友奈は地面に赤い液体が飛び散ったのを見る。自分の血だ。
勇者装束が赤く染まる。至近距離であれほどの攻撃を受けてしまったのだ。当然だろう。
頭がぼーっとする。
耳鳴りがする。
口から血が流れ続けている。
腕が痛い。
お腹が痛い。
肩も、足も痛い。全身が痛い。
その瞳が虚ろと化している事に本人は気付いていない。
死ななかったことも、意識を手放さなかったことも奇跡と言ってもいいだろう。
・・・・・みんな、だいじょうぶかな。
そんな満身創痍の状態に関わらず、友奈は今も尚戦う友人たちの身を案じていた。
助けに行きたい、今すぐ立ち上がって、駆け付けてあげたいのに。
・・・・・あれ。私、なんでこんなに苦しい事してるんだろう。
その心は折れかけていた。友奈の不屈が砕かれそうになっていた。
精霊を連続で身に宿し、使用者に溜まりつつある穢れを友奈は持ち前の心の強さで打ち消していた。
完全に打ち消すことは出来なくとも、誰しもが認める強メンタルが穢れの進行を遅らせていた。
しかしダメージが重なり、肉体的にも精神的にも追い込まれてしまい友奈の弱り切った心を精霊の穢れが容赦なく蝕んでいく。
・・・・・ほんとうだったら、こんな戦いなんてしないで、いつものように友達と遊んでた、かな。他のみんなが元気に遊んでるのに、私はなんで。
―――――なんで戦ってるんだろう。
樹海化によって四国が結界に包まれた中、友奈たち勇者がバーテックスと戦っていることを認知できるものはいない。
自分たちが血反吐を吐きながら戦う一方で、現在も笑いながら、事情を知らないままのうのうと日常を過ごしている者たちがいる。
精霊の穢れは基本的な思考をマイナス方面へと持っていく。
心の根っこが十代の少女の友奈は、普段それが自分の役割だと胸を張って話せる前向きさを持っていた。が、精霊の穢れによってそれは強制的に他者への恨み辛みへと変化する。
まさに心を蝕む毒。白を黒に、光を闇に変えてしまう、それが精霊の穢れ。
・・・・・もう、いいや。私……疲れた……みんな、ごめんね、ごめ、んね……。
視界が暗くなっていく。
謝る理由も、何なのか分からない。
ただ、この辛い状況から逃げ出したい。
楽になりたい。
諦めたい。
負の感情が友奈に意識を手放せと言う。
早く眠ってしまえと心と身体に訴える。
友奈はゆっくりと息を引き取るように瞼を閉じようとして―――――――。
「その程度か。勇者というのは」
声を聞いた。
声のする方向、友奈のその瞳は自身を見下ろしている常磐SOUGOの姿を見ていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
常磐SOUGOが高嶋友奈を見下ろしている。
今にも意識を手放して、この世からいなくなってしまいそうな彼女を。
「SOUGO、さん……」
「俺に――――勇者の力を見せると言ったのはお前だろう。 あれは……嘘だったのか?」
歩み寄り、友奈を起こそうともしなければ、身を案じるような気遣いもない。ただSOUGOは友奈に対し、言葉を掛け続ける。
「痛いのか。苦しいのか。いっそのこと、何もかも投げ出して、逃げ出したいか」
どこか憤りさえも感じるSOUGOの言葉に友奈は答えることが出来ない。
ただ視線を離さず、意識を繋ぎ留め、小さく呻くだけ。
「俺の知る勇者は―――――、どんなに傷ついても戦う事を止めなかった。
どんなに怪我をしても、血にまみれても、決して諦めることをしなかった。
全ての人が諦めてしまえば、世界が闇に呑まれてしまう事を知っていたからだ」
一息。
「その勇者は自分が挫けないことが皆を励ますことだと、信じていた。
その勇者の行いを、笑う者もいれば、"意味がないことだ"と言う者もいた。
それでも、勇者は馬鹿みたいに明るく笑って、へこたれなかったぞ」
『どんなにつらい目にあっても、人は必ず立ち上がれる、』と。そう言っていた勇者がいた。
理不尽に満たされた世界で。
閉ざされ、押し込まれ、不条理を極めた大地で。
いつだって前を向いていた、最後の最後まで眩しい未来を夢見た少女がいた。
「お前はどうなんだ高嶋友奈……託されたんじゃないのか、諏訪の勇者に。
そいつの願いを……"世界を守り続けていてほしい"という希望の
熱い眼差しだった。
まるでその場所の出来事を鮮明に覚えているようだった。
SOUGOがその勇者の姿を何よりも眩しく感じていたということが分かった。
「朽ち果てるなら、弱さを抱いて消えていけ」
熾烈な言葉は、『立て』と言っている気がした。
「どうせ死ぬのなら、俺の見えないところで死んでいけ」
その瞳は『戦え』と言っている気がした。
「う、おぉぉぉっ!!!」
友奈の身体に力が戻る。
血が沸騰する感覚がある。
冷え切っていた身体に熱が生まれる。
「あ゛ぁああああ……っ!!!」
命の叫びが木霊する。
激痛を堪え、五体に力が入るのを感じる。
膝に手を当て、半分ほど身体を起こした時にSOUGOが口を開く。
「いいのか、また……痛い思いをするだけだぞ?」
戦えば、また傷付く。
戦えば、自分達勇者がどんな理不尽な世界の仕組みに囚われているか気付く。
「痛いかもしれない、辛いかもしれない。でも……っ、でも…っ!!」
でも。
「私は……勇者っ! 勇者なんだ……!!
諦めないッ 挫けないッ 託してくれた人たちの願いを叶えて、皆が笑って暮らせる明日を作るんだ!!
若葉ちゃんもぐんちゃんもアンちゃんもタマちゃんもヒナちゃんも! 四国の皆もSOUGOさんも絶対に守って見せる!!!」
大きく息を吸って、立ち上がると同時に友奈は叫んだ。
「私は……勇者、高嶋友奈だぁぁあ!!!」
それは命の雄たけびだった。
それは勇気ある者の叫びだった。
覚悟を決めた少女の姿をSOUGOは見て、
「そうだ。それでいい」
小さく、一瞬ではあったが。初めてSOUGOが笑った気がした。
【ジクウドライバー!】
手に持つベルトを腰に装着したSOUGOは更に『バールクスライドウォッチ』を起動する。
【BARLCKX‼】
可変したウォッチが電子音を発すると同時、ドライバー部分に装着し、ロック機能を解除したSOUGOの背後には巨大な昆虫の翅、懐古時計の盤面には悪の組織、ゴルゴムの紋章が浮かび上がる。右手の甲を天に向け、自身の顔付近まで引き寄せた彼は変身
「――――――変身ッ」
【RIDER TIME‼】
ドライバーが反時計回りに回転し、鐘の音が鳴り響いた。
ジクウドライバーの中心部分からキングストーンフラッシュにも似た眩い光がSOUGOを包む。
「キレイ……」
友奈はその光が綺麗だと思った。
その輝きを放つ者が、魔王と言う人が放つにはあまりにも不釣り合いな光だったから。
光の中から戦士が現れる。
金の装飾と黒の装甲、顔には「ライダー」という謎の文字。
【仮面ライダーバールクス!!】
己を最低最悪の魔王と称する、仮面ライダーバールクスが四国に再び現れた瞬間だった。
「例え精霊という切り札が無くなっても、それを凌駕する切り札があることを俺は知っている。そしてその力を、勇者となった者たちは必ず持っている」
バールクスが背中で友奈に語り掛ける。
「切り札は、人の心の中にある――――研ぎ澄まされた"勇気"だ。
勇気を見失わない限り、勇者は負けない。
勇気溢れる者こそ、最後に勝利を呼び込む。
戦え、高嶋友奈。お前の中に、勇気があるのなら」
「はいッ!!」
―――――奇跡を起こすなら、その時の切り札は自分だけ。
切り札はまだ、自分の中にある。
形のない、だけど、友奈にとって一番大切な物。
友奈を友奈とたらしめるもの。
それが『勇気』。その『勇気』を胸に、友奈は再び立ち上がる。
「その勇者に敬意を表し、俺も戦おう」
「SOUGOさん!!」
「……勘違いするな、今回だけ、今回だけだ……別に仲間になったわけじゃないからな」
「へぇ……そうなんですねぇ」
「そうだ……そうなのだ」
表情が見えない仮面の下で、照れていたのが何故か分かった友奈だった。
いつものような朗らかな笑みを浮かべ、少しだけ歩いて止まる。友奈の隣にはSOUGOがいる。バールクスがいる。仮面ライダーがいる。
『勇者』と『魔王』が並び立つ。
「来いッ――――――――酒呑童子ッッ」
友奈が呼ぶのは新たな力。
大社からはあまりにも危険と言われ、使用を禁じられていた、友奈にとっての最終兵器。かつて日本に君臨した三大妖怪の一角、鬼の王と呼ばれる大悪鬼。
勇者装束が大きく変わり、額に角の装飾、両の腕には巨大な真紅の手甲と、まさしく『鬼』の姿へと変貌を遂げる。
「いくぞ……お前はあのウシに向かって突っ走れ」
対してSOUGOが手に持つのは自身に残されたライドウォッチ。その一つを起動する。
【ロボライダー!!】
呼び出すのは『悲しみの王子』の名を持つ戦士の力。またの名を『炎の王子』。
百発百中の狙撃手、電子をも操る頑強な機械の戦士だ。
勇者と魔王の共同戦線が始まった。
SOUGOが手を貸す時は大抵ツンデレです。ベジータ的な。
友奈ちゃんは曇ってこそ……でしょう?
バーテックスタウラス(人型)
全長:250cm
体重:200kg
牡牛座の名を持つバーテックス。牛のような角を持ち、全身をコケで覆っている。
コケの下には強靭な装甲を持ち、頭のベルからは回音波を放つ。
装甲は斬撃攻撃を無効化する。有効打は打撃技。
しかし、装甲がひび割れても即座に修復する再生能力を持ち、酒呑童子の力を纏った勇者パンチも耐えることが出来る。圧倒的な防御力と再生能力を以って確実に目標地点に進む移動城壁の役割を果たす。
これを倒すには相手の防御力と再生能力を上回る一撃を与える必要がある。
モデル怪人:斬撃無効とか防御力は『仮面ライダークウガ』よりゴ・ガドル・バ。再生能力は『仮面ライダーZO』より怪人ドラス。ただしロケットパンチはない。
見た目は『仮面ライダーファイズ』より、オックスオルフェノク。