第1話~御伽話における最終局面と新たなる舞台~
これは、遥か遠い世界で起きたある一つの“御伽話”の結末。
「そうだ。お前達の予想通り、すでにヤツは死んだ」
目の前にいる自分が所属する組織を半ば壊滅させた集団に対して、青年は自分が仕えていた主の死を告げた。たかだか十にも満たない人数の集団に幹部もろとも倒され、今や組織そのものが風前の灯となっている。もはや生き残った者は自分を除き一人もいない。もっとも心のない人形たちなら吐いて捨てる程いるが、それらを統率する者は青年しか残っていなかったのだ。よくぞここまで追い詰めたものである。げに恐ろしきは、人の底力ということだろうか。この有り様には素直に感服する他なかった。
「タナトス、てめぇよくものこのこと俺達の前に姿を現せたな」
集団の中で一番背丈が高い青年がそう述べる。その表情は苦悩と怒り、そして憎悪がないまぜになった複雑なものになっているようだ。背中まである長い黒髪と片目をサンバイザーで覆い隠している様子は、どこか常人とは違った道を歩んできたことが如実に表わされる。どことなく外見以上に精神が成熟している雰囲気がする青年。その者はかつて幾度もなく肩を並べ戦った仲間だった。
「お前達よく来てくれた。おれはお前達の来訪を心から歓迎するぞ」
「あらあら、それは嬉しいわね。いったいどんな持て成しをしてくれるのかしら」
タナトスと呼ばれた青年が、歓迎の意を表する。反応するは少女と言っても通用するかのような可愛らしき女性。銀色のショートカットに琥珀色の眼、そして東方にて着用される“袴”に似た服装。だが、動きやすさを重視したためか、下は丈が短いスカートを履いてるらしい。中々の美女だろう。
ただし、見た目とは裏腹に長き年月を生き幾重にも蓄積してきた経験を生かす卓抜した策略家でもある。さらに誰に対しても腹の底を見せず、相手を翻弄させる手腕は、タナトスにおいてやりづらい相手の筆頭候補であり天敵にも等しい存在に成り得るほどだ。
「持て成しには期待していい。何せお前達のおかげで、この手でヤツを始末することができたのだからな」
タナトスが発した言葉に驚くは、若干茶を混ぜた赤髪の少年と髪が水色に近い蒼、それと若干つり上がった目つきをした少女。少年、少女ともに歳が子供と大人の中間に位置するためか、一見子供っぽい外見だが所々に大人の雰囲気を醸し出している。
そしてタナトスが世界に人類に希望を持つキッカケを作った“掛け替えのない大切な仲間”でもあった。
「そうだ。おれの自由を奪い、意のままに操った憎き守護者はおれの手によって命を散らした」
「馬鹿な…。あんな化け物じみた頭で、俺達を散々苦しめやがったあいつを殺ったってのか」
「ああ、何度でも言おう。おれがヤツを殺したのだ…この手でな!」
何の感情も伴わない口調で、自ら手を下したかつての主を断罪していく。その裏には抑えきれない怒りと憎しみが秘められているのか、血を吐き出すような思いがあるのに気づいてるのはごく僅かだった。
多くのヒトを巧妙な手口と交渉術で意のままに操っていた者。その者は一言で言うと“道化”という名が一番相応しい性格だ。あとトリックスターという名称もあるが、やはり道化という言葉がしっくりとくる。人を食った性格と長年生きて得た経験と知識による張り巡らせた数々の策謀の罠、その絡め手を使って相手をじわじわと身動きを封じ、弱らせて葬る手段を突破した者は多くなかった。その様は道化と呼ぶどころか、元々彼が担った役目“人が見る夢を護る者”に引っかけて“悪夢”と呼ばれるまでになっていた。数百年以上の時を生きてきた経歴は伊達じゃないということである。
しかし、そんな彼でも運命の前では数多くいる“無力な者達”の一員でしかなかった。数々の謀略で数多くの豪傑や名将を葬ってきたが、年若き青年達の滾る情熱の前には、小賢しい悪知恵など通用せず、致命的な一撃を受けてしまった。そう遥か昔から伝えられた予言の通り、夢の守護者は自分の未来を変えられず、生きる明日を手に入れられなかった。
さらに満身創痍になったところをタナトスに付け入れられ、今までの積年の恨みを晴らすかの如く怒りと恨みの言葉とリンチ紛いの暴行を受けたのだ。それがとどめとなったらしい。悪夢と呼ばれたかつての主は大した抵抗もできずに消えていった。あっけない最期ではある。
「じゃあ、あとは僕達が元の世界に帰れば…」
一行の中でも一際背丈が小さく脛当てや籠手を装着した少年が、逸る気持ちを抑えて口にする。ちなみに右側の耳には何やら小型の装置らしきものを引っかけている。恐らく通信装置か何かの一種なのだろう。
彼は魔物を狩ることを目的とする軍事組織を有する国の出身で、また軍事組織が開発した“子供にしか適さない特殊な鎧”の適合者なのだ。だが、どちらかと言うと甲冑で全身を覆うプレートアーマー状ではなく、胴体や胸当て、背当てなどの人体の急所が多い部分に取り付ける装甲に近い。
適合者だと認められ軍事組織に入隊し、外国で危険な魔物の調査や退治を行っている。今はとある深い事情で組織から謹慎処分を受けている身ではあるが…。
「ええ、全て終わるわね。あらあら、折角楽しかった旅だったのに、もう終わってしまうのね。残念だわ」
気持ちが高ぶってる少年に追従する形で琥珀色の瞳をした女性が、まるでもっと居たいと言わんばかりに呟いた。しかし、注意深く見ると琥珀眼の女性、顔はおちゃらけた表情だが、目が笑っていない。これから起こることを見通すかの如く、タナトスに冷たい視線を向け続ける。そこには批難の色もあった。
「何を言っている。もう組織を壊滅させた気になっているのか。おめでたい連中だ」
既に何もかもが終わったと勘違いし、肩の荷を下ろそうとする連中を鼻で笑うタナトス。その瞳には若干の軽蔑と侮蔑があった。それはそうだろう。戦場では強敵を倒した後や戦いが終わり、一安心している時が一番油断しているのだから。そこを突かれて死ぬ者もさして少なくない。倒した後などもしばらく警戒態勢を解かずに周囲に気を配る必要がある。特に大戦では尚更だ。
「そっちこそ何言ってやがる。もうてめぇしかいねぇだろうが」
「ええ、彼の言う通りよ。まさかあなた一人で私達全員を相手にするつもりかしら。それも面白そうだけど、うふふふ…」
タナトスからの安い挑発に動じもせず、さらに無情な現実を突き付けるサンバイザーの男と琥珀眼の女性。そうすることで降伏させ、タナトスに想いを寄せる水色に近い蒼髪の少女を守ろうという二人なりの気遣いだった。
もちろん彼らも好きで戦いたい訳ではないのだろう。それもその筈、なぜなら二人はタナトスからよく相談されていたのだ。人に比べて何倍もの長き年月を生きることによって培われた豊富な知識と人生経験や社会経験、機転の速さをはじめ、ことあるごとにそれらを当てにされ、タナトスは彼らの意見に耳を傾けていた。時には人生相談や愚痴など、さらには恋愛に関しての相談にもなったことがある。それほどまでに男と女性の二人は頼りにされた。
サンバイザーの青年も琥珀眼の女性も長年生きてきたおかげか、彼の性格を全部ではないにしろ把握しつつあった。サンバイザーの青年は、長年の経験から培われた洞察力を発揮し、朧げながらもこうだろうとタナトスの性格を考える。そう青年は長き年月を過ごす傍ら色々な人間を始めとした心ある者達と交流を重ねてきた。それだけに常人の何倍も機微に敏くなっている。もっとも本人に自覚はないだろうが、要所要所で的確なフォローを行う様子が周りから頼られる原因だった。
だが、琥珀眼の女性は鋭い洞察力と観察力、そして機転により青年以上に確信めいたものを持って判断していた。敵対した青年は、離反するまで中々本心を見せないで一癖も二癖もある性格だったが、きちんと自分の想いを行動で示し、周囲の信頼を勝ち取っていた。時に厳しく時に優しく相手に接することで、自分の意思を伝えていたのだ。このようにあからさまに演技を行い、かつて仲間だった者達をボロ雑巾のように扱って切り捨てることは、短い間だったが彼の人となりを見てきた自分には違うという確信があった。これは彼のやり方に反している。本当に彼のやりたいことではないだろう。本当の気持ちを押し殺して、あえて悪人を演じている、と…。それにはきっと何か訳がある筈だ。尤も頑なに貫き続けている理由までは、流石に二人にも分からないのだが…。
「お前たちこそ何をふざけたことをほざく。たしかにおれ達を束ねていたリーダーは倒された。おれ以外にもう心なき人形を導く者はいない。組織も半壊どころか風前の灯と言っても過言ではないだろう。
しかし、まだおれがいる。おれがいる限り、何度でもこの組織を立て直してみせる。お前達を全て倒した後でな」
投降を勧める様に眉を若干吊り上げ、真意を量りかねるとの意思表示をした。本当は分かっているのだが、今まで歩んできた道がそれを否定させる。
タナトスは、これまで比べようもないほど沢山の罪を犯し、数々の人道に外れた行為を繰り返してきた。信念や大義の元に自身のエゴや醜き感情を綺麗に取り繕い物事を推し進めてきた。例えそれが大勢の人々を不幸のどん底に叩きつけようとも……。
だが、どのような理由があろうとタナトスがやってきた事は、決して簡単に許されるようなものではない。どれだけ自身の過去に悲惨な境遇があろうと、どれだけ不幸を重ねて来ようとも、それが他の幸せな時間や生活などを壊して良い免罪符になど決してならないのだ。そう“それはそれ、これはこれ”である。必要悪だろうと何だろうと悪は悪、一度やってしまった行為と出た結果には、きちんと真正面から向き合い責任を背負わなければならない。それが人の人権や意思を尊重するということだ。
ましてやタナトスは、自身の命を人質に取られ、上の言いように扱き使われた背景はあれど、何の罪もない村を焼き討ちし大勢の者達の命を奪った身。今更命乞いなど通用するはずもないし、またする気など皆無だった。後戻りなど出来はしない。ただ理想と目的に向けて邁進するのみ。
「そんな…タナトスさん、貴方はこんな状況になってもまだ抵抗するつもりなんですか!?」
「隊長!あなた一人戦ったところで、もうこの戦況を覆すことはできないことぐらい隊長なら分かってる筈です。なのに、なんでそこまでして戦うんですか!?それが隊長の願いなんですか!?」
「そうだ」
若人たちの悲痛な訴えなど聞く耳持たないと言わんばかりにタナトスは、ただ一言肯定の言葉を発するだけだった。ここまで来るのに多大な犠牲を払い、償いきれぬ大きな罪を犯してきたタナトスには、降伏という二文字など頭の中には存在しなかった。そうタナトスは、傍から見れば身勝手で醜悪な願望である“生存欲”つまり自分の命惜しさに掛け替えのない兄弟をその手にかけていた。
タナトスを弟と慕った者は、絶えず湧き上がる怒りと憎しみに翻弄され、心を壊していった。そして、自分達のあり方に絶望し、歪みのない本来の歴史を辿った世界に一縷の希望を持って、今の世界を消滅させようと画策した。だが、タナトスはそれに賛同できず、兄だった者と対立し、ついには自らの手で殺めてしまったのである。唯一家族だったヒトを兄と慕った者を身勝手な願望と欲望で殺してしまったのだ。
横たわる兄の死体の目前で、タナトスは嗚咽を漏らした。涙が枯れるまで泣き続け、喉が潰れるかと錯覚するほど慟哭の声を上げた。いざ身内を自分の手で殺めた時に込み上げる感情は、抑えが効くものではないのだろう。
後日、その後悔の念からタナトスは、あることを報告するべく彼の墓前へと足を運んだ。強過ぎる責任から生じる自責の念により、彼は墓前の前で一つの誓いを課したのだ。すなわちタナトスの最終任務(いきるいみ)を果たした後、今の名前を捨てて彼の名前を襲名することだった。
運命に選ばれし使徒であるこの者達を全て殺して未来(よげん)を書き替え、あの世界を思うがままに支配する者達も全て倒し、運命という神を掌握するその日まで…未来(あした)を手にするその時まで道を変えることなど許されないのだ。それが今までに自分を慕い、散っていった多くの仲間や部下、自分が殺してきた多くの罪なき者達、そして自身の身勝手な欲望と目的のために創られた息子や娘達の犠牲に報いることにも繋がるのだから。
そのために今一度仮面を付け、与えられた役割を最後まで全うしなくてはいけない。英雄を生み出す為に用意された“対極の駒”にして生贄の存在である“反逆者”の役割を……。
「英雄の血を受け継ぎし末裔達よ。お前達はおれ達が築いて行く覇道の生贄になって貰う」
くっくっくっくと頬を吊りあげ、悪辣な笑みを浮かべたタナトス。その笑みを見た一行の胸中にはある一つの予感が膨れ上がる。認めたくとも認められないある想いが考えがむくむくと浮かび上がった。
「この世界の新たなる歴史の道は、このおれの手によって切り開かれて行く。そう運命すらも凌駕し、歴史すらも支配する新たな支配者の手によってな!!」
認めたくないと身体をブルブルと振るわせる若人たちに非情な現実を突きつけ、戦意を煽り闘争心に火を付けるように、タナトスは満を決して宣言した。今この時から自分がこの世界の支配者に…歴史を操る担い手になることを……。
「タナトス、貴方はそのためにあの子達を殺すことを企んで私達を呼び寄せ、さらに自分の子飼いの部隊を創ったのね」
「そうだ。彼等とお前達は最期まで役に立ってくれた。おかげでおれを縛る枷は砕かれ、今こうして自由の身となった。本当に死ぬ間際まで良い手駒だったぞ」
まるで人を人も思わぬ言い草に、淡い想いを寄せていた少女は目を瞠っていた。これが彼の本性なのか、と。自分は今まで彼のことを見誤っていたのか、想いに囚われて彼の本当の姿まで見抜くことができなかったのか、ひたすら自問自答を繰り返す。
「ああ、そうだ。彼等は最期まで使い勝手の良い道具だった」
「隊長、あなたは……っ!!」
次々と吐き出される非道な言葉の数々。それにとうとう我慢がならなくなったサンバイザーの青年は、手駒と呼ばれた者達が、どのような想いで戦い散って行ったか、その主に向けて訴える。
彼等は最期の最後まで父と呼び主と呼び、自分たちでは計り知れない忠義と愛を主に捧げていた。それこそ文字通り虫の息になろうとも、仲間を次々と倒され孤立しようとも主のために少しでも役立とうと全身全霊身体を張って足止めを行ったのである。ただ愛する父の為に…主の為に……それだけの理由で、だ。
それをあろうことか、青年達に立ち塞がっている主と仰っていた者は、ただの使い勝手が良い駒だと述べたのだ。これでは何のために彼等はその身を賭して闘ったのか意味が無くなってしまう。あんまりにも惨めで報われないではないか。
「ふん、下らんな。何故人形如きにそのように怒りに身体を振るわせるのだ。おれには理解などできない。例えばそこにいる小娘……」
「え、私?」
またも鼻で笑い付き合っていられないと軽蔑した眼で一行を見るタナトス。
タナトスに指名された水色に近い蒼髪の少女が一瞬自分が話題になったことを理解できずにきょとんとする。何故この時になって自分のことが話題に上がるのか。答えはすぐに分かることになる。それも彼女の精神を八つ裂きにするまでの非情な答えが……。
「そこの小娘に生きる意味を与え、心を蘇らせたのはおれだ。全ては自分の目的のために、な」
「タナトスさん、もう一度言って見ていただけませんか?俺よく聞こえなかったんですよ」
淡々と告げられる本音に、少女の心に言いようもない多大なショックをもたらしたが、自分達の道の為にぐっとこらえた。対して茶を混ぜた赤髪の少年は、自分が想いを寄せる少女を事もあろうに利用し、今また使い捨てようとするタナトスに対する凄まじい怒りの爆発時を伺い唇を噛み締め、腹に貯めて我慢する。
「聞いていなかったのであれば、何度でも言おう。己の無力さに絶望し、自分を見失いかけ絶望に膝を折っていた小娘に“生きる意味”を与え“生きろ”と命令したのは他でもない、このおれだ。
廃人(にんぎょう)に生きる意味を与えるのは、生命を吹き込むのと同じこと。おれはそれを行ったまでなのだ」
「っ!!」
少女の淡い期待を一気に霧散させるかのごとく、タナトスが冷徹としか言いようがない言葉の刃を投げつける。その瞳は既に遊び飽きた玩具を見るのと同じく冷めた色しか浮かんでいなかった。
「もっともその人形が、おれに対し恋心を持つまでになるとは、流石に誤算だったがな。
惜しむらくは恋心に囚われ、迷いを振り切れず心身ともに成長しなかったことだが、それはそれで良い。お前を葬ればとりあえずの目的は達成される。管理者に脅えることも死に恐怖する日々もようやく終わる時が来たのだ。そうお前達を殺せば全て終わる」
これまでタナトスは、幾つもの自身の天敵である存在の陰に怯えながら生きてきた。つい先ほどタナトスが引導を渡してきた者に対しても、その肉体に呪いをかけられ生存権を剥奪された挙句、生殺与奪を握られていた。
また生まれから宗教上で発生した人種差別により、生まれ落ちた大陸から安息の地は既に無くなっている。それは何故か、理由は明白だった。何故ならばタナトスの種族は、大陸全土に繁栄している宗教の教典上においてもその歴史上においても、女神と崇められていた存在と敵対していた許しがたき種族だからである。しかも、それを裏付けるかのように、その種族達が樹立した国家では人が人を自分達の意のままに創り出す“禁じられた技術”を用いて奴隷階級を創り上げていたのだ。
特に軍事方面において、兼ねてから大陸の住人を忌み嫌っていたその種族は、野蛮人と罵っていた住人たちとの争いに、己の命を賭けることすら行わなかった。生命は最も尊いものであり、従ってその尊きものを野蛮人との争いでむざむざ自分から手放すなど無意味であり、かつ愚かな者達がする行為だと認識していたのが理由である。
そうした思想の元、軍事におけるほとんどの役職をすぐに製造可能で幾らでも使い捨てが効く言わば人口生命体に就かせていた。流石に総指令などの取締役には、自分達が就いて細かな指示を行う必要があるが、基本的に必要最小限にとどめて自国民の損害を極力抑える方針だった。
だが、それらの行動は一般感覚にしてみれば、命の尊厳を汚す行為にも等しく、義憤心に燃えるには充分な理由だった。もっとも様々な国家間の思惑は存在していたが、教会が掲げた“人が人を創り出す大逆非道を行う悪魔の国に正義の鉄槌を下す”という大義名分の下、侵略戦争は始まり、徹底的に皆殺しにしたのである。それこそ王族や家臣はおろか物心付く前の赤子までも……。
そうした背景もあり、タナトスの種族は問答無用で存在すら許されぬ劣等民族だと看做されていたのだ。万が一正体が露呈されれば、有無と言わさずに処刑台送りになるだろう。タナトスも過去に起こった戦争には、自国にも非はあり自分達は全くの被害者だと認識してはいなかった。むしろ、滅ぼされるのなら、それもまた止む無しと思っていたほど自国を愛してはいないし盲目にもなっていない。
それだけならまだしも更なる残酷な事実がタナトスの思考を硬化させている。その事実とは、世界を支える活力(エネルギー)が枯渇し、世界が崩壊あるいは消滅の危機に立たされていること。管理者達がそれを回避するべく世界を分断し活力の消費を抑えて回復させようと画策すること。その際に余波で自分達は一度消滅してしまうことだ。その事実はタナトスの心を日々恐怖で蝕んで行った。
たしかに管理者達の判断は的確であり、理に敵っているものだ。何故なら大を生かす為に小を犠牲にする。人の上に立ち物事を管理するとはそういうものであり、時には非情な判断を下さなければならないからだ。ましてや根本的な解決策が他に見つからぬ以上、現状対策としてそれらの作戦を決行し解決策が創られるまでの時間を稼がなければならない。反論の余地などどこにもない。
しかし、消される側にしてみればたまったものではないだろう。管理者達からにしてみれば、数多ある物の内の一つではあるだろうが、相手にしてみればそれが全てであり現実だからだ。自分達の命や生活がいつ壊されるか、いつ自分達より上の存在に壊されるのか、分からないから来る恐怖感は並大抵のものではない。故にタナトスは逆に管理者達を排除し恐怖の元凶となるものを取り除こうとしているに過ぎないのだ。
恐怖は克服するもの、不安は取り除くもの、だからこそ排除を行い心の安寧を得ようとする。それだけだ。
「我等が求めるは、超絶にして圧倒的な自由の行使者」
まるで予め描かれていた詩篇を読み上げるかの如く滑らかに言葉を発するタナトス。
「我等が求めるは、不動不変の運命の開拓者」
さながら演説を行う為政者のように、さながらこの世界に君臨しうる絶対者のように……。
「この世界を管理する理を越えた者達…管理者、それらも凌駕し支配する存在…すなわち刻、歴史、運命!それらを手中に収め、支配する者、それは我らだ!」
今こそタナトスは宣言する。自分に課せられた理不尽な運命を塗り替えるべく、そして今度こそ自分の思うがままに生きる自由な道を切り開ける力を手にするために……。
「さらにそれらを行使し、運命を書き換え未来をも操る者、己が運命を開拓する者、絶対なる開拓者……それも我らだ!!」
――――――――――
『…日…は……ィック経由……都…ヘ…ム……ル行き旅客列車をご利用頂きありがとうございます。
次はトリスタ、トリスタ。』
車内アナウンスにより、男子は目を覚ました。紫の髪を首元まで伸ばし、金色の瞳の整った顔で、見た目から十七かそこらの歳のようだ。紅い学生服を着用し箱形の座席に着いている。
どうやら、今まで深い眠りについていたらしい。長い間、身体を全然動かしていなかったせいか、身体中が張ってしまい、コキコキと動かす度に鳴ってしまっている。
(あの頃を夢で見るのは、随分と久しぶりだ。もう既に振り切れたのかと思っていたのだが)
先ほどまで男子が見ていたのは、この大陸ではない世界で生きていた頃の光景だ。もう十五年以上も前の話になる。あれから随分と年月が過ぎ去って行ったものだ。目を閉じれば昨日の出来事のように感じられるのに……。
あの頃に背負った後悔や悲しみなどからは、既に解放され迷いも吹っ切れている。それもこれもこの大陸で、巡り会えた掛け替えのない大切な愛すべき家族の尽力があったからこそだ。
気さくだが、その実物事の本質をも見抜くほどの慧(けい)眼の持ち主であり、遥か先を見通すほどの優れた知略を併せ持つ養父、優しくも強く深い包容力と寛容力で、男子に温もりと人情を教えてくれた養母、持ち前の明るさと前向きさ、出会った者達に親しみを与える天真爛漫な太陽の娘の義姉、穏やかな性格だが、冷静沈着な物腰で物事を鋭く観察し、周りを諫める義兄…この四人と多くの仲間達から支えられ、人生をやり直して来た。今一度自分がこの大陸で、本当にやるべきなのは何なのかを探し出し、答えを出す為に……。かつて犯してしまった数多くの罪を清算する為にも、だ。
そして、贖罪(しょくざい)は今も尚続いている。十五年以上も経た現在でも、常に己の心に問いかけている。己の罪を償う為に、この大陸へ貢献するには、どうしたら良いのか。自分の道は果してどこにあるのか、と。
「やれやれ、ようやく到着か。クロスベルからとは言え、それでもかなり遠かったな」
もう少しで目的地へ付くと気付き、安堵のため息を付く男子。
二大国に挟まれた緩衝地帯とも言える自治州、通称魔都と言われるクロスベルから男子は、鉄道で西へ西へと移動してきた。目的地は、帝国有数の名門と言われているトールズ士官学院がある近郊都市トリスタだ。他に国内で有数な名門校と言えば、帝都にある貴族子女のみが通える聖アストライア女学院だろうか。
因みにトールズ士官学院の校章は、獅子を意匠にしているようだが、聖アストライア女学院は、一角獣を意匠にしているようだ。形はどうあれ、二つとも大地を駆ける動物をモチーフにしているところが面白い。
(そう言えば、この国の国章は黄金の軍馬だったな。四大名門の家紋もそうだが、共通点があるな。国の意向なのか。だとしたら、何故このようになったのか、興味深くはある)
何せ男子の母国では、シロハヤブサを国章として掲げられているのだ。その由来は、昨年に起きた周辺地域を巻き込んだ一大事件、その事件の際に踏み入れた天空都市を通して、おぼろげながらも推察することが出来るだろう。
(調べてみた処によると、ハイアームズ公爵家は、中央に日光が描かれているな。ログナー公爵家は、バッファローらしき動物が…アルバレア公爵家には天馬らしきモノが、カイエン公爵家はモリを携えている動物、そして錨らしき物が描かれている。これは…あれなのか。火・水・風・土の四属性を象徴しているのか)
こうして考えてみると、どうも思い浮かんでしまうのだ。母国に古からそびえ建つ古塔、四輪の塔を……。あれらの古塔も塔の意匠や色合いが、火・水・土・風の四属性に沿っていた。更に身内の話によると、塔に異変が起こり、真の姿を現すと事更に、それらが顕著になっていたという。
実際に男子は、その場に居合わせた訳ではないので、細かなところは不明だが、四輪の塔に起きた異変を全て治めた直後、空に突如巨大な天空都市が出現し、広大な地域の導力器を停止させたという報告例がある。その天空都市の内部には、伝承などに伝わるある秘宝が存在していた。つまり、四輪の塔は秘宝を安置している天空都市を封印する役割を持っていて、それが解除された故に現れたという見方が出来る。
それらの事象などを参考して考察すると、四大名門は秘宝を安置する場所に繋がる道への鍵を、代々管理してきた一族ではないのだろうか、と突飛な発想に至ってしまう。普通ならば、童話や小説の読み過ぎだと鼻で笑われるほど、根拠のない推論だ。
しかし、一昨年に起きた異変事件、その裏で暗躍した秘密結社、さらにこの国の宰相による不可解な外交活動など、嫌が応にも邪意する。まさかとは思うし、幾らなんでもそんな摩訶不思議な事実がそう何度も転がっている訳がないが…。
これから二年間の学生生活で、何も起こらなければ良いと願うばかりである。
(おっと、こうしては居られない。そろそろ降りる用意をしないと駄目か。それから忘れ物しないように、注意しなければいけないな)
数分の停車となるので、忘れ物が無いように、と注意勧告を促す車内放送を耳で聞きつつ、少年は荷物を持ち上げ、止まるまで待つことに……。その間に荷物の中を漁り、紛失した物がないかどうかを点検しながら時間を潰していく。
それにしても、レマン自治州からクロスベルへ…更にエレボニア帝国へと渡る事になろうとは、財団で務めていた時は思いもよらなかったことだ。尤もエレボニア帝国へ渡ることは、かなり以前から打診されていて、男子もある目的で承諾したのだから文句などある筈も無い。とは言え、今この時期にこの国へ入国する上に在住するのは、流石に無謀としか言いようがないだろう。政府上層部達による派閥抗争が激化し、内戦の気運が高まっているこの状況下で、だ。
平民出身の宰相を中心とした革新派、四大名門を中心とした貴族派、この二つの派閥の対立が行き着くところまで来ているのだ。もはやいつ内線が始まろうとも不自然ではない程まで、両陣営の緊張状態が高まっている。そんな中で少年がわざわざ入国したのは、色々な目的を内に抱えているからに尽きる。と言えども理由の一つが、実はまだまだ青春を謳歌したいから、という周りに知れれば間違いなく駄目人間の烙印を押されてしまうものなのだが……。
男子は、五十数年前に人の生活基盤や社会経済基盤を大幅に変えてしまった導力革命、その礎となる導力を用いた器具などの開発を主とする導力学者の端くれであった。より厳密に言えば、設計や図面を引いたりする方面で、技術者よりも設計者あるいは学者の方が近いと言えよう。
今は亡き友の遺産と技術、それから意志を現世に復元したいと願い、この大陸での動力源などを学ぶ為、幼くして故郷を離れ、母国で最も導力開発が盛んな工業都市。そこに住むある天才導力学者の元へ赴き、教えを請いたいと申し出た。兼ねてからの父の人脈で、その者との対面が実現し、無事に教えを請うことに成功した。それから日曜学校と工房を行き来し、日曜学校では一般教養や常識などを、工房にて導力学者の元で導力学を学んで来たのである。
そんなある日、男子が引いた亡き友の遺産“子供にしか適さない特殊な鎧”を生前所属していた組織が、万人向けに改良した“外骨格型鎧、及び強化服”、その設計図をたまたま出張に来ていたエプスタイン財団の導力学者が目を留め、財団へ来ないかと勧誘してきた。導力学の本場で学び、より精度の高いものを創る為に、師と相談した上で許可を貰い、張れて財団へ出向することになった。
しかし、ここで問題が生じる。財団に出向した後、現時点での技術では、予算や材質などの関係で、完全に再現するのは不可能という結論に達したのだ。
そこでまずは試作型を創り、改良を重ねるという方針を打ち立てることとなった。その最初期型として、胸部に着込む装甲板を開発した。また並行して魔導杖計画にも参加し、生前に得た知識と技術を提供して完成度を向上させ、強化装甲とセットで運用することを提案。計画の一員として実戦データを解析するべく、適合者と主任と共にクロスベルへ渡った。これは魔導杖と装甲板の適合者による強い要望があった為だ。
余談だが、適合者に選ばれたのは、まだ十四かそこらの少女である。何やら自身が持つ特殊な能力を買われ、財団入りしたが若干愛想に欠けるキライがあり、人と上手く接して行けるかどうか少し心配な性格をしていた。こんなことを本人の目の前で言ったら、即座に余計なお世話と言われ、貴方に言われたくないと切り返されるのは、容易に考えられて苦笑してしまうのだが。
その心配とは裏腹に、思ったよりも新しい職場に馴染めており、少年が懸念していた事柄は、全くの杞憂に終わっていた。職場で一緒になった同僚たちも上司も、皆基本的に良い者達ばかりなのが、少女が馴染めていることに、一役買っていることもまた事実だった。
そして、数か月ほど主任と適合者の少女と一緒に実戦データを取った後、少女の件に関しては問題などもはやないのも同然だと判断した故、主任達に後を任せてクロスベルを去ることとなった。無論、トールズ士官学院に入学する為だ。
まったくの余談ではあるが、クロスベルではもう一つの計画が運用されており、それが端末同士を導力回線で繋ぎ、莫大な情報処理を可能にしようという内容で、導力ネットワーク計画と呼ばれる。こちらは既に五年前から実地されており、まずまずの成果を出しているようである。ネットワーク計画は、これから人々の生活基盤を大きく塗り替えるほど、画期的な企画となる。クロスベルで一定の成果を上げた後、各国の主要都市から先に配備されて行くだろう。
このように、クロスベル側は今の処問題はないのだが、帝国は彼の母国との関係を通して見ると、色々と問題が浮上してくる。十数年前に起きた忌まわしくも哀しい出来事が嫌でも思い出させる。そう戦争だ。百日戦役と呼ばれる戦争の歴史が、両国民の関係をややこしくさせる。憎しみから来る偏見、差別意識などがそれに該当した。
(あれから十数年、もう十数年も経ったと見るべきか、まだ十数年しか経っていないと見るべきか。人に寄ってまちまちだろうな)
男子にとって戦争によって失われたものは、幸いにして多くもなく重くも無かった。家族が皆五体満足で生きていることが、何よりの証拠だろう。
だが、故郷の街に居る友人達の中には、侵略に巻き込まれて家族を失った者も少なくなかった。その者達にとっては、未だあの戦争は記憶に新しいようで、表面上は立ち直り平穏な様子を見せているも、時折夜中にうなされて飛び起きる者がいるということを、手紙によって知らされていた。その者達にとって、帝国は憎き相手となっているようで、偏見に満ちた言動を洩らす者も居るほどらしい。
更に男子には、異変事件の最中、偶然身内が誰かから戦争発端の真実を聞かされ、男子にも伝えられた。その時、内容の酷さとエグさに唖然としてしまい、思わず眉をしかめたほど。しかも戦争終結の裏事情も知らされたのが災いして、帝国と帝国人に対し、何か思うところがあるようになってしまった。尤も道中で出会った数名の帝国人と出会って接するうちに、徐々にその認識は改められて行き、見た目や人種で人を判断することは無くなったが。
(さて、これからの学園生活、どうなる事やら……。楽しみでも有り不安でも有り、だな)
そんなことを思いつつ、目的の駅に着いた列車からホームへと降り立った。
これは運命に翻弄(ほんろう)され、過去に大罪を犯した罪人が、罪を償う為に自分の道を見出す物語である。
初めまして、恋の又二郎と申します。
軌跡シリーズにおける零~碧と閃の軌跡をプレイ致して、衝動で書いてしまいました。
何せ書くのは、初めてなものですから至らない所や突っ込み処がありますでしょうが、どうかお手柔らかにお願い致します。
完結まで書き切れるよう頑張りますので、今後ともよろしくお願い致します。
※15/1/24(土)全文に更なる改行を追加しました。