まだまだ至らない所も多く、更新も亀更新かつ安定しませんが、今後とも見守っていただけたら幸いです。
※15/1/25(土)前書き追加、レギの台詞を修正、全文に改行を追加しました。
「ようやく辿り着いたか。近郊都市トリスタ」
長い間、列車に揺られてトールズ士官学院があるトリスタに、男子は足を踏み入れた。
トールズ士官学院、大陸西にある大国において、恐らく五本の指に入るほどの名門校だろう。帝国人ならば、誰もがその名を知らない訳が無い。獅子心皇帝ドライケルス大帝が、晩年に設立したと言われる由緒正しい学院なのだから。
中興の祖と呼ばれる獅子心皇帝ドライケルス大帝、その由来は当時後継者争いによる内紛を発端に起こった長き内戦を終戦へ結び付け、国内を平定したことが大きな理由である。この偉業たるや正に歴史上においても、英雄と称される人物に相応しいものだ。
ただそのような偉大な大帝が、何故戦を呼び起こす側面がある軍人を育成する士官学院を設立したのか、そこに若干の謎が浮かび上がってくる。
たしかに軍人や武力は、侵略などから力無き民達を守る側面もあり、ある一定の武力を備える国家には、報復の危険性を考慮し、利益と損害を天秤にかけた結果、他国が迂闊に手を出さなくなるのは、歴史上から見ても事実なのだ。平和とはそうして守られる側面もある。
しかし、突出し過ぎた武力は、軍人の傲慢と腐敗を呼ぶ。高過ぎる誇りが、やがて選民思想へと変化し、自国こそ世界の中心と思い込んだ末に、自国が舵取りを担うべきだ!との声が高まって行く。それが原因で他国への侵略につながるのだ。自分達が政治のかじ取りを行えば、もっと豊かな生活を与えてやれる、もっと豊かな国にさせることが出来る、と。いわゆる国を挙げての“小さな親切・大きなお世話”である。必ずしも良かれと思っての行動が、相手にとって有益な結果を生むとは限らないのだ。人それぞれの価値観や常識、規則や事情などが存在するのだから……。
また他国からは恐怖心を植え付け、戦いを無駄に起こさせる側面も残念だが併せ持つものだ。殺られる前に殺れ、人は圧倒的な力の矛先が、自分達に向けられた時、平常心を保てず言い知れぬ恐怖感を感じるもの。人は恐怖の元では、安心して生活することなど出来やしない。故に安息を得る為に、恐怖の元を取り除こうとするのは、生物として当たり前の行動と言えるだろう。友を守る為、愛する家族を守る為、そういった想いの下、争いは繰り広げられてしまう。
そうした側面を長い間、戦乱を潜り抜けてきた偉大な英雄が、知らない訳もなかった筈だ。ならば、そこに何らかの思惑があった筈だが、残念ながら彼の心を読み取れた者など皆無だろう。ある程度推察することは可能だろうが……。
(ん、これは……)
トリスタの駅から男子が出ると、辺り一面にはライノの花弁が、空に舞い上がる光景があった。幻想的で風情がある。これから新しい生活を送る者達の門出に相応しい光景と言えるのではないだろうか。
男子は目だけを動かして、辺りを見回す。街並みの中には、男子と同じくらいの年頃の少年少女が、物珍しそうに周っている。中には一直線で学院へ歩いて行く者もいるが、まだ入学式に時間があるせいか、すぐさま会場へ行くような者はあまり居ない。皆入学出来た喜びか若干気持ちが浮ついているように見える。もっともそれは無理のないことだろう。実に初々しい光景だ。思わず笑みがこぼれてしまいそうになる。
(何ともまぁ微笑ましい光景だ。いや、初々しいと言った方が正しいか。しかし、妙だな)
男子には一つだけおかしなことに気付く。自分と同じ制服を着用している者が、一人も居ないのだ。もしかして制服を間違えたのか、とも思うが送られて来たのは、この制服だ。男子が着ているのは、辺りに居る緑の制服を着た者や白の制服を着た者と同じではなく、赤の制服だった。
因みに送られて来た資料などには、出自や身分によって、制服の色やクラス分けが別れるらしく、大雑把に考えると緑の制服は平民出の生徒が着用し、白の制服は由緒正しい貴族出の生徒が着用を義務付けられているとのこと。ならば赤の制服は何を意味しているのか、男子には到底見当が付かなかった。
「ライノの花か。こんなに咲いているのは、初めて見たな」
不意に隣から声が聞こえた。見ると自分と同じ赤の制服を着た男子が、宙を見上げていた。どうやら、同じように舞い散るライノの花に見惚れているらしい。
男子は内心眉をしかめたくなった。考え事をしていたせいか、隣に人が来たことにも気付かなかったようだ。やはり長年研究生活をしてたせいか、実戦の勘も相当鈍くなっている。昔はこの程度ならすぐに気づけた筈だが、一度どこかで本格的に実戦の勘を取り戻す必要がありそうだな、と男子は内心ごちていた。
「ええ、綺麗ですね。ここならば、濃密な二年間を過ごせそうです。そうお思いになりませんか」
「君もか。俺もそう思ってたところだ」
男子が返した言葉に、隣まで来た者は相槌をうった。中々整った顔立ちであり、かと言って女顔ではなく、まだ若さが残るものの、しっかりとした男の顔だった。充分に美形と言っても差し支えが無い。髪もきちんと切りそろえられていて、清潔感溢れる真面目そうな男子だ。因みに黒髪でもある。
ちらっと失礼ではあったが、身体を見てみると鍛えられているからか、筋肉質とまでは行かないまでもがっちりとした体型を保っている。恐らく何かの武道でも嗜んでいるのだろう。
「君も同じ制服なのか。もしよかったら、名前を聞いてもいいか」
「ええ、私はレギ、レギ・オルフィーユと申します」
「レギ・オルフィーユ、か。俺の名前はリィン・シュバルツァー、リィンでいい」
「それでは私もレギとお呼び下さいませ。その方が親しみ易いですから。リィン様、よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ宜しくな」
お互い自己紹介を行い、名前を確認し合う。双方この都市に来て初めて声を交わす相手だった。これを機に会話が弾み、色々な話題へ移って行くこととなる。
「レギはどこから来たんだ。俺は北にあるユミルからだけど」
「私はクロスベルから参りました。尤もクロスベルには数か月前に参りまして、それ以前はレマン自治州に滞在してました」
「レマン自治州!?かなり遠いな。たしか遊撃士(ブレイサー)協会の本部がある所だよな」
「ええ、それとエプスタイン財団の本部がある自治州です」
「そんな所から……」
やはりレマン自治州から来たのには、誰でも驚くようだ。実際はクロスベルから来たので、距離は若干縮まっているのだが、それよりも帝国内から来たというより、他所から来たのが何よりも驚くところなのだろう。黒髪の男子は、しばしの間、呆然としていた。
しかし、レギの方はユミルの位置が分からない為、どちらがより遠いのか判断付かない。そこはやはり、国外から来た故の弱みだろうか。帝都ヘイムダルを始めとした大都市や重要な都市の名前は、把握しているのだが、地方領地や地方都市の名前と場所までは、完全に把握出来ていないのだ。どう反応を返して良いのか、分からなくて少々戸惑う。
(ん?シュバルツァー……どこかで聞いたことあるな。いや何かの資料で読んだな)
レギの琴線に引っ掛かったのは、リィンの家名だった。帝国において、わりと重要な名前の筈だ。
皇族の血筋であるアルノール家、四大名門家であるアルバレア公爵家、ログナー公爵家、カイエン公爵家、ハイアームズ公爵家。それからアルノール家の護衛を務めるヴァンダール家、ヴァンダール家と武で双璧を成すアルゼイド家。帝都知事を務めるレーグニッツ家、国内で最大規模を誇る有数の巨大重工業メーカーのラインフォルト社、それを統括するラインフォルト家など。それらに連なるわりと有名な家名だった筈だが、あと一歩の処で思いだせない。もどかしいとは、正にこのこと。
「じゃ、レギは遊撃士か導力学者を目指していたのか」
「ええ、導力学者に籍を置いてましたが、職場が煩わしくて逃げて参りました」
「に、逃げて来たって、それは駄目だろ。皆困ってるんじゃないのか」
「冗談ですよ。きちんと休職届を提出しまして、受理されました。
それに仕事の引き継ぎも済ませて参りましたから、問題ありません」
レギの冗談じみた言動にもきちんと応対し、時には突っ込みを入れて来る。その様がレギには心地良く感じられた。見た目通り、真面目な性格をしており、礼儀正しくもあるが、かと言って堅苦しさなど感じさせない物腰だ。良い付き合いが出来そうな手応えで、良き友人に成れるかもしれない。リィンは、そんな期待を抱かせてくれる者だった。
「そうか、でもどうしてこの学院へ来たんだ。話を聞く限り、軍人と導力学者……丸っきり正反対の道だろ。学院ならルーレにある工科大学へ行く手もあったんじゃないか。そっちなら導力学方面の道を選べただろ」
リィンが御尤もな質問をしてくる。確かに彼の言うとおり、トールズ士官学院は、貴族の子弟や平民出の秀才などが集まる名門高等学校の色合いを強くさせているが、士官学院の名が示す通り、元は軍事学校である。表向きは士官学校の体裁を保っている為か、自然に武術も教わることになる。今までの話を聞く限り、とてもではないが、レギには合っていないのではないかと、リィンが考えるのは仕方が無い。
「そうですね。たしかに学者肌の私が入学するのは不自然でしょうが、それには色々と事情がございまして……ん」
疑問を投げかけるリィンに応えようとするレギだが、ふと後ろを見ると、駅から金髪の女子が歩いてくるのを視界に捉えた。先ほどの自分達と同じように、舞い散るライノの花弁やその景色に見とれているせいか、前を見ずにきょろきょろとしながら歩いている。このままでは自分達にぶつかって転ぶだろう。それに気づいてリィンに注意勧告を促そうとするも、時既に遅く……
「リィン様、危ないですよ。後ろから―――」
「え―――――」
「きゃっ!」
案の定、金髪の女子はリィンの背中にぶつかり、尻もちを付いて、背中をさすっている。どうやら、声をかけるのが今一歩遅かったようだ。手に持ったトランクも勢い良く地面にぶつかり、女子の手から離れて行った。
「あいた……」
「ご、ごめん、大丈夫か?」
ぶつかったと気づいたリィンが、後ろで尻もちを付いている女子を起こそうと手を差し伸べる。レギも女子が落としたトランクを拾い上げる。内心トランクに然したるキズが出来ていなくて良かったと安堵していた。
「申し訳ございません。私達が話し込んでいたせいですね。この通り、深くお詫びします」
「ああ、本当にごめんな。ケガはないか?」
すると、謝罪したことに気を良くしたのか、それとも元から気にしていないのか、彼女は微笑んで応え、差しのべたリィンの手を掴んで自分から立ち上がった。どうやら様子を見るに、どこも打ってはいないらしく、打ち身にもなっていないようだった。本当に良かったと安心してしまう。
「ふふ、気にしないで。私も花に見惚れちゃってたから」
「そうですか。はい、どうぞ。このトランク、貴方のでしょう?」
「ありがとう。助かったわ」
「いえいえ、どう致しまして」
立ち上がった彼女に、先ほど拾い上げたトランクを差し出した。女子は快く受け取り、レギにお礼を微笑みながら述べる。
(ん、この娘、どこかで見た事があるな。それほど昔じゃない気もするが、どこでだったか。思い出せないな)
既視感を覚えたが、その大本が分からずに必死に思い出そうとするも、残念ながら思い出せずじまいだった。だが、たしかにレギは、この娘と過去どこかで会っているのは、間違いないだろう。でなければ、既視感など覚える筈も無いからだ。
その間にも、彼女はリィンと会話を続けている。この街の印象について、凄く良さそうな街だとお互いに同意したり、落としたトランクの状態をリィンが気にかけ、心配するなと言われたりと。
「それにしても、あなた達も同じ色の制服なのね」
突如金髪の女子が、自分達の制服に着いて話題をふってきた。しばし考えにふけっていたレギも、この一言で我に帰り、会話に参加することを試み始める。
「そのようですね。尤も私が降りた時、他の方々のお姿を拝見しませんでしたが…」
「え、そうなの!?私は何人か見かけたわよ。あなたは」
「ああ、俺も見かけたな。え~と、三~四人ぐらいだったか」
レギの発言に女子は少々驚き、リィンも思い当たる節があるのか、列車から降りたホームとここに来るまで、何人か同じ制服を着た者を見かけたと述べる。しかし、レギには一人も見かけたことが無い為、若干おかしいことになってしまった。
「う~ん、どういうことでしょう。お二方は何名かご覧になられて、私どもは拝見してない、と……」
「それは俺も分からないな。どういうことなんだ」
「私も分からないわ。どういうことかしら」
三人で考えるも一向に分かる気配もなく、ただ時間だけが過ぎ去って行く。そして、今日来た自分達が考えていても分かる筈が無いと金髪の女子が述べ、それもそうかと二人も納得する次第であった。
またもしかしたら、同じ制服なのは、士官学院で同じクラスになるかもしれないからという推測をも述べていた。現実としては、それが一番可能性が高いなと二人は思い至る。だとすれば、少しばかり楽しみではある。何故ならば先ほどの会話にもそうだが、変に会話に不自由しなかったり、ギスギスした雰囲気にならず、比較的円滑に会話が弾んでいた為だ。これからの学院生活が楽しみになってきたなとレギは、頭の片隅で考えていた。
「さて、そろそろゆかれますか、お二方。入学初日から遅刻なされては、何かと大変でしょう」
「ええ、あなたの言う通りね。早く行きましょう」
「ああ、そうだな。行こう」
あまりここで話し込んでいて遅刻でもしたら、笑い話にも成らない。話をするのは別に歩きながらでも出来るからで、ここで三人揃って立っていても、他の通行人の邪魔に成るだけだ。現にレギとリィンの二人だけの時でも、リィンが彼女とぶつかってしまった前例もある。
それに周りを見回して見ると、先ほどまでは何人か居た筈の生徒達が一人も居なくなっていた。恐らくは皆校舎へ向かったのだろう。自分達も早く行かなくては……。
「あ、まだ名前聞いてなかったわね。私はアリサ、アリサ・R…アリサでいいわよ」
「俺はリィン・シュバルツァーだ。リィンでいい。宜しくなアリサ」
「私はレギ・オルフィーユと申します。レギとお呼び下さいませ。よろしくお願いしますアリサ様」
「ふふ、こちらこそよろしくね。リィン、レギ」
歩きながらお互いに一通り自己紹介しあう。まるで十年来の友人に成ったかのように、会話が弾んで行く様は、思わず時間を忘れさせてくれる。これが青春なのかは分からないが、こういうものならば、学院生活も悪くは無いと思えてしまうのだ。
「リィンにレギ、あなた達はどこから来たの?私はルーレから来たんだけど」
「俺は、ユミルから来たけど…ってルーレってああ、四大名門のログナー公爵家が治めるノルティア州の州都か。重工業メーカーのラインフォルト本社がある所だろ。
それからルーレ工科大学がある所でもあったよな」
「更にユーゲント三世皇帝陛下の直轄地にして、ラインフォルト社とノルティア州が共同管理なさる鉄鉱山がございますね。たしかザクセン鉄鉱山でしたか」
「ええ、そうよ。二人ともよく知ってるじゃない」
「ま、まぁルーレは有名だからな。ラインフォルト社は、生活に役立つ導力器を数多く創ってるから、帝国にとって今じゃ生活に欠かせない存在になってるし」
「たしかに、ラインフォルト社の快進撃は留まることを知りませんね。次々とシェア及び事業グループを拡大されてるとか」
「え、ええ…そうね。……」
ラインフォルト社の話題になった途端、心なしかアリサの声に暗くなった気がするのを二人は、見逃さなかった。背中から冷や汗が凄く出て来た。もしかしたら、同じクラスに成り、共に学生生活を送る可能性もあるのに初日からとんだ失態を演じてしまったようだ。やってしまったと心の中で、途方に暮れる二人。
「申し訳ございません。触れてはいけない話題でしたか、無神経でした。この通りお詫びします」
「ああ、俺も失言だったよ。ごめん、アリサ」
「ううん、気にしないで。こっちの話だから、あなた達が気にすることじゃないわ」
即座に二人ともアリサに軽く頭下げて自らの失言を謝罪する。
それから少しばかり三人とも沈黙し、無言の時間が流れて行くこととなる。凄く気まずいのは自明の理であり、罪悪感で少しばかり気が重くなる二人だった。
(申し訳ございません。私の配慮が至らないばかりに…)
(いや、俺の方こそ悪かった。先にラインフォルト社のことを話したのは、俺の方だしな。なんとか別のことを話して話題を変えないと)
(御尤もでございます。微力ながら、私も助力致します)
アリサに気付かれまいとヒソヒソ話を行うリィンとレギ。これは藪蛇(やぶへび)だったのかと密かに焦っている二人の姿があった。何とかして雰囲気を変えないと気まずいことこの上ない。
目一杯頭を回転させて、何か違う明るくなれる話題がないものかと考える。ふとピンと来たのかレギは、リィンに質問した。それはアリサがレギとリィンに投げかけた質問に関係のある話だった。
「え、ええとリィン様…ユミルからいらっしゃいましたが、ユミルはどこにございますか。
申し訳ございませんが、私は生憎と入国致してから日が浅いものでして、場所が把握出来かねます。北側にあるというのは仰いましたが」
「ああ、そうだったか。レギはクロスベルから来たんだから、分からなくても仕方がないよな」
「え!?レギ、あなたクロスベルからわざわざここまで来たの!?」
場の雰囲気を変えようと、話を逸らす意味で尋ねたレギに、そうだったかとリィンは手で相槌を打ち、リィンの発言に今度はアリサが驚き、レギに対して尋ねて来た。やはりクロスベルやレマン自治州から来るのは、相当奇特な人物らしい。国外から来たことも驚かせる要因でもあろうが。正直どういう表情で返すのが一番なのか分からず複雑な気持ちにさせる。まず喜ぶことや誇るべきことではないのは確かだ。
「ええ、仰る通りです。クロスベルでは、数ヶ月間IBCに在籍してました」
「IBC、クロスベル国際銀行のことよね。どうしてそこに……?」
「IBCには、エプスタイン財団の支部がありますからね。ある計画の研究チームとして、数ヶ月間派遣されていました」
「なるほど、レギは導力学者だったな。それでクロスベルに滞在してたのか」
アリサの質問答える形で、自分のことを簡単に説明するレギ。そこにリィンが、レギの職業を告げると同時に、レギがクロスベルに滞在していた理由に、納得の意を示していた。アリサが驚いていたようだが、質問される前に、先にレギの方から話を元に戻すように提案する。自分の経歴などを訊かれるとまた話が長くなってしまうからだ。
「おっと、話が逸れましたので、元に戻しましょうお二方」
「ああ、ユミルがどこにあるかだったか。ユミルは、帝国北部に位置する地方領地だ。ルーレから数日かかる所にあるな」
「たしか温泉で有名な場所よね。それから狩りも盛んに行われてるって聞いたわ」
「ああ、アリサの言う通り、家紋も鹿を意匠にするほど、狩りは代々行われる行事だ。領主自身が狩りを趣味としてるのも一役買ってるな。中々住み易い場所だぞ」
「私も小さい頃、一度だけ行ったことがあるけど、のんびり温泉に浸かれて気持ち良かったわ。また遊びに行きたくなるほどいいところよ」
二人からユミルの説明をレギはされた。どうやら、この話を聞く限り、アリサは幼い頃一度ユミルに観光で行ったことがあるようだ。それも興味深いのだが、更に興味があるのはリィンの方で、まるでユミルに在住してたかのように、説明するのだ。いや、まだ確信はないが十中八九今まで在住していたのだろう。二人の説明に耳を傾けていたレギは、ユミルに一度観光旅行しても良いだろうなと考えていた。
「ははぁ~、拝聴しますと良き場所でございますね。機会がありましたら、是非とも伺いたいものです」
「はは、そう言ってくれると嬉しいな。ともかくいい場所だから、一度は遊びに来てくれ。その時は、喜んで案内させて貰うからな」
「ええ、是非ともこちらからお願いします」
こうして、お互いのことをある程度、話し合っている内に、士官学院の正門前まで来ていた。広大な敷地にそびえ立つ学院は、舞い散るライノの花弁のおかげか、より一層美しく三人には見えた。
「ここがトールズ士官学院……」
「ドライケルス大帝が、創設したと伝えられる学校ね」
おお、とまるでおのぼりさんのように、呆然として学院を眺めている三人。これから彼等は、ここで二年間学院生活を営み、学問などを修めて行くのだ。その意味を三人共が、それぞれの想いで受け止める。果して、二年後ここを卒業した時、どのようになっているのだろうか。またどういう道を選択し歩んで行くのだろうか。学院生活には馴染めるのだろうか、と。
「ご入学、おめでとーございます!」
三人が目を伏せて想いに馳せている時、少女の声が三人を迎えた。見ると自分たちよりも若干背が低めて小柄な少女と、作業着と帽子を着用している恰幅の良い青年の二人がこちらにやって来る。どう見ても先輩としか思えないのだが……。
「うんうん、君達が最後みたいだね。
ええと、リィン・シュバルツァー君、レギ・オルフィーユ君、それからアリサさんでいいんだよね?」
「はい、そうです」
「ええ、仰せの通りです」
「は、はい…そうですけど」
一斉に名前を言われて、リィンとアリサは少々驚きを隠せなかった。何故自分の名前を…そんな考えが頭から離れられない。レギも表面上は平常を装っているが、心では何故自分達の名前をと若干警戒心が生まれていた。
だが、よくよく考えれば新入生の書類は、予め教官達から生徒会役員に渡っているものだ。三人は知らないが、何てことはない。つまりは予め一通り新入生の書類に目を通し、名前を顔をあらかた覚えていたということだろう。
「ええと、どうして自分達の名前を?」
「えへへ。ちょっと事情があってね。今はあんまり気にしないで」
(ん、なるほど…そういうことか)
小柄の少女とリィン達の会話をしり目に、レギは考えていたが、ほどなくしてあることに気づき、目の前に居る二人が何故自分達の名前を知っていたのか理解していた。
「それが申請した品かい?一旦預からせてもらうよ」
作業着を着た青年に、持ってきた包みの中にある品を預ける。ここは案内書に記載されていた通りだ。ちなみに持っていた包みは、三者三人ともそれぞれ違う形状をしており、中に何が入っているのかは、お互い分からなかった。いや、形状を良く見てみると分かるのだが…。
青年からきちんと後で返されると思うから、心配するなとの言葉を受け、この作業を不思議に思いつつも、とりあえず気にしない方向で行こうと決める三人。
そして、小柄な少女が入学式の会場に成る講堂の場所を教えてくれ、まずはそこに行くように案内した。最後にトールズ士官学院へようこそ!と歓迎の言葉を述べ、恰幅の良い青年も入学に対するお祝いの言葉と、充実した二年間になると良いという激励の挨拶を三人に述べて送り出した。言われるままに講堂へ向かおうとする三人。
「なぁレギ・アリサ…俺達が最後ってどういうことなんだ」
「う~ん、どういうことなのでしょうね。額面上に受け取るなら、私達で新入生が全員揃ったということでしょうが」
「そうね~。あ、もしかしたら、この制服の生徒が、私達で最後ってことじゃないかしら」
「あ~、そういう風に捉えることも出来るな」
先ほどの小柄な少女の言葉の意味を三人で歩きながら話し合う。レギ、アリサとも別々の考えを述べたが、そのどちらとも合っていそうだから悩ましい。尤もさして深く考えることでも気にすることでもないのだろうが…。
その時、どこからか時刻を告げる鐘が鳴り響いた。もうすぐ入学式が始まる合図だろう。三人は、急ぎ講堂へ向かうことに決めた。自然と足が速まって行く。
学院生活という名の新たなる舞台で、三人はそれぞれ何を手にし、どのような道を歩んで行くのか。それはまだ誰にも分からないことだった。そう己自身でさえも……。
しかし、舞い散るライノの花弁が、三人の門出を祝っているのは事実であった。