空の居場所   作:七九曜

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001-2008/03/30-もう一人の視点

田中律蓮(リツレン)。変わった名前だと良く言われる。皆んな各々銘々で好き勝手な形に変えて呼称する事は有っても、結局自分は此の名前から逃れられない儘だった。変だ可笑しいと馬鹿にされ乍ら呼ばれるのにも慣れて、気付けばもう時期小学六年になる。

何時から始まったのかは良く覚えていないし、昨今有り触れた名前の方が物珍しい中で、自分の名前ばかりが如何して論われるのかも未だに分からず仕舞いだった。

其処には、軽い障害持ちなのも原因として有ったのだろうか。

 

 

何でも可っ也昔に自閉だかアスペだかの検査に引っ掛かったらしい。物心着く頃から既に二月に一遍の間隔で病院に通う羽目になっている。

新学期を目前に控えた今日も、最早恒例となった担当医への近況報告の為、病院へと連れられて来た所だ。

態々車で十分以上も掛けて来た所為か、身体が矢っ鱈怠い。出来ればソファーにでも横になりたかった。

許可を求めて横目に母親を窺うも、如何も駄目らしい。

病院入り口の大きい総合受付から、やや奥のこじんまりした診療科受付へ、良く分からない書類挟みと、盥廻しの要領で移動する。母が診察票なる其を提出し終えてしまうと暫くは何もする事が無い。

担当医の部屋に通されるのを待つ間、天井から吊り下げられたテレビに申し訳程度に映される番組を眺め乍ら、狭っこい廊下の端に押し込められたソファーに行儀悪く凭れていた。

 

だから、だらしなく伸ばされた足に、其の直ぐ側を通り過ぎようとした少女がひっ躓き転び掛けたのは、ある意味仕方の無いの事だった。幾分かは向こうの前方不注意でもあったとは言え、其で此方に全くの非が無いとは言い難い。更に言えば相手はあわや怪我を負う所だった訳だ。得も知れぬ不安に、穏便に済ませてしまいたい、後ろめたい気持ちが膨らんだ。

 

 

「ごっ御免なさい!」

慌てて立ち上がり、謝罪を口にする自分に対し、此方へ顔こそ向けたものの、彼女はうんともすんとも言わなかった。

いや、其以前に反応すら少ない。付き添いのお婆ちゃんらしい人や看護師の方は当然としても、周囲の大人達の方が反応豊かな程だった。其程彼女は不自然な迄の自然体だった。

周りの目か、眼前の少女の無反応振りからか、積もる不安が胸中を埋め尽くした。

しっちゃかめっちゃかの身振り手振りに、整理も付かない単語の羅列。取り繕おうとしては襤褸を出す、あたふたしている自分を見て、彼女は軽く、然し乍ら確かに笑った。

 

瞬間、世界が固まった様な錯覚を覚えた。周りの音も事も、意識の外へ追い遣られた。先程迄忙しなく空回りしていた口や手さえも真面な動かし方すら忘れ、只呆然と彼女の一挙一句に釘付けになっていた。

 

そんな中で、彼女は右手で左、右の順で自身の肩を軽く叩く。恐らく何かの意思表示だろうとは推測はするものの、真意は分からない。

然し乍ら、自分には何の問題も無かった。

「らい、ひょっおぉうぶ」

続けて言った言葉に、其の笑顔に、呼吸すら忘れた自分は、迚も大丈夫ではなかったのだから。

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