一般に友達は何の位の頻度で遊ぶ物なのだろうか。昨日直ぐの段階では『又会いましょう』程度の内容を告げる事が出来たと只糠喜びしていた。有頂天の高みに上った中では、自制の箍の無い儘楽観的な情景が次々と湧き上がり、只管次回を待ち焦がれるばかりで良かった。
其が熱も引き、後から冷静に思い耽る中で、ふと何時については一言も触れていない事に漸く気付く。途端、今度は止め処無い悲観的仮定の反復に、再び感情の昂りを覚えた。
勿論、端から西宮さんに其の気が無い場合は幾らでも考えられた。縦んば彼女の気が向いたとして、碌な約束も取付けていない状態では、其は別に明日に限った話ではない。然し乍ら、此等の推測は、万一も無く連日しては彼女が訪れる訳も無いと確信に至らせるには些か足りない。結局其を決めるのは自分には無い以上、幾らか仮定を浮かべた所で、解を出せる訳も無い。
学校が終わるや否や縋る様な気持ちで、自転車に跨る事半時間、橋の上で鯉を眺める西宮さんを見つけた。
自転車を停めるのも億劫に感じた自分は、稍乱雑にキックスタンドを蹴り付け、彼女へと駆け寄った。遅れて背後で派手な転倒音がするも構う気も湧かない。
其の儘嬉しさに任せ彼女の両手首を掴み、引き寄せる事暫く、我に返った自分の掌には否応無く激しい脈が伝わり、頰を赤らめた彼女が此方を伺っていた。
『御免なさい。会う、大丈夫、自分、嬉しい、だから』
『大丈夫だよ。貴方Trondheim krtmtydtwkxt私も嬉しい』
流石に知らない単語は読み取れなかったが、会話の流れや表情から察するに、恐らくは許されたらしい。
西宮さんは此からも自分と会いたいと言ってくれた。
『嬉しい』
そう伝えると彼女は一層目を輝かせた。如何やら、漸く彼女の中で幾らかは友達として自分の存在が認められているらしい事を実感し、頬が緩む。
只同時に疑念も又湧いた。西宮さん位の美少女ともなれば、自分の様な彼女の声目当てでなくても、当然何人かの男子が近付く筈だと思う。にも拘らず、前回も今回も西宮さんは一人で居る。昨日婆ちゃんの話を聞いたばかりとは言え、尚言葉通りに友達が居ないとは判断出来ずにいた。
丁度手元には、昨日の二の舞を避ける可く用意したノートが有る。
結果的に皮算用にならずに済んだノートに、早速質問を書く。
〈西宮さんは、普段友達と出掛けたりとか余りしないの?〉
要は、何の位彼女を巡る競合相手が居るのかを、聞き方を変えて尋ねた訳だが、西宮さんの反応は優れない。
使い古したペンと新しく用意したノートを手渡し促すと、真っ白な頁にポツンと浮かぶ自分の書き殴りの続きに、彼女は迷い無くペンを走らせる。
〈此迄一度も無いです。蓮君が初めての友達だから〉
あらっ?彼女の言葉を信じるのであれば、如何やら、西宮さんとの交遊関係において、自分は圧倒的な、殆ど絶対的と言っても過言でない優位な立場に置かれているらしい。婆ちゃんだけでなく西宮さん迄嘘吐いているとは思えないし、此は若しかして…若しかするかも知れません!
〈そうなんだ。御揃いだね〉
高揚感を前に、自分は深く考えもせず感想を続けた。
〈若し、若しも私に蓮君以外の友達が出来たら、蓮君は如何思いますか?嫌ですか?〉
再度ノートを受け取ってから彼是と表情を変える事暫く、大分硬い表情に落ち着いた西宮さんは漸くペンを動かした。少しして此方に渡されたノートにはそう書かれていた。
幾分唐突な質問は、束の間見せた逡巡の、一体何の様な思案の果てに辿り着いたのだろうか。
荒唐無稽な何かの冗談か軽口の類と捉えて顔を上げた先で、彼女は縋る様に視線を向けていた。迚も軽々しい気持ちを挟む余地も無い表情を前に、ふと邪な考えが頭を擡げた。
仮に、西宮さんに新しい友達が出来たとしたら?其の高が仮定に、薄ぼんやりとした不機嫌を覚えた。当然自分が口を挟む謂れは無い筈にも拘らず、不安が喉を超えそうになった。
自分達の関係が、割って入り込んだ誰かの分だけ薄まり疎遠な物にされたとしたら、比例して自分は空虚に成り果ててしまう気がした。其は出来れば何としても逃れたいと思った。
だから、返答次第では、彼女を自分一人にしか関わらなくさせる事も出来無くは無いかも知れないと、後ろめたい気持ちが湧いたのは否定出来ない。
でも、其は果たして友達の取る可き行動とは、如何も違うと感じた。初めての友達だからこそ、御互い妙に執着も湧き、余っ計な不安も湧くのだろうか。彼女の不安を取り除く為だと思うと、自然と握ったペンに力が込もった。
〈屹度歓迎するよ。自分だって他の人と、其こそ異性とだって関わり程度は有るから〉
我儘な気持ちに蓋をして、成る可く理性の囁きを文字として拾い起こす事に努めた。
自分は人付き合いが下手な事に違いは無いが、そんな自分でも現に今日だけで、掃除の時間や給食の時間、後は課題回収時に係を押し付けられた級友達とも一言二言は言葉を交わしている。
当然人間関係は断とうと思って簡単に断ち切れる物ではないし、其は友達関係にも当て嵌まる事だろう。況して、関係を断つに見合う利点が、彼女にとっての自分に有るとは思えない。そんな事で目くじらを立てる事は非現実的だと結論付けての事だった。
なのに、そう思い書いた途端に、奪う様にして取り上げたノートへと、彼女は即座に何かを書き込んだ。
〈矢張り私何かは邪魔ですよね〉
彼れ、可笑しい。
成る可く友達としては誠実に答えた筈の自分の返答の何処に、そう尋ねさせる原因が有ったのか、瑕疵の正体を掴むには時間も頭も足りなかった。
西宮さんの中では何の様な考えが浮かぶのか、自棄に真剣な表情で此方にノートを突き付けてくる。頭の悪い自分でも、此処ではTDN普通の友達云々の回答が望まれていないのだけは何とも無しに乍らも分かった。
〈邪魔な訳無いよ。寧ろ自分が邪魔にならないかを心配してる位〉
〈初めての友達だからさ、大切にしたいって気持ちが変に働きそうで、独占欲なのかな〉
〈正直言うと、若し西宮さんが他の人に夢中になって、自分が捨てられたらって想像すると、其だけで充分嫌な感情で一杯になる〉
〈我儘な友達で、いや友達として相応しくないね。友達、友情って何だよって話だよね。御免なさい〉
少なくとも最底辺の誤解だけはされたくない。そう割り切り、必死に赤裸々と心情を吐露した。其の所為か、改めて文字に起こして見ると自分でも此書いた奴多分絶対変態ストーカーだと思わせる文章が、で〜、出ます、出ますよ。
最後は自分で自分が居た堪れなくなって、其の儘誤魔化す様に謝罪で結んだ。
理由は遂に分からぬものの、自分の回答は彼女を充分に満足させたらしい。此方を向く表情は何時の間にか柔和な物へと変わり、醸し出される独特の気が辺りに立ち込めていた。恐らく近所の兄ちゃんが教えてくれた、母性と言う物に相違無い其の幻想の片鱗を、何故か西宮さんの表情から感じ取った。刹那自分は、強く彼女を独り占め、捕まえたいと言う利己的な気持ちに一入深く囚われる。
大神からの睡眠御手付き疑惑の有る処女ママへ向けられる熱烈な信仰然りマザコンを拗らせ囲い幼妻なる一分野を独力で開拓した好色家然り母を偲び自ら黄泉入りした暴れん棒♂然り果ては余りの傾倒の末に腐れ縁の友人と終始痴話喧嘩に乗じた英雄然り古今東西問わず男性の原始的求心力とも言う可き存在に他ならない男性は母性に弱い其は間違いないだろう生まれて間も無い無防備な自己に注がれる無償の愛幾度と重ねた過失を受けて尚も揺るぐ事の無い慈愛の目生まれてきた事を全肯定してくれる抱擁の温もり男性には決して抱く事が出来ないからこそ其を外へ女性へと何時迄も追い求めてしまうのだろう
一見愚かしい男性の例に漏れず自分も又、成程、泥沼へと足を進ませずにはいられなかった。縋る様に見つめているであろう自分をあやす様に、彼女は微笑み返して見せる。
〈じゃあ、此からは硝子って呼んで欲しい〉
理由も分からずにい乍ら、酷く魅力的に映る提案に一も二も無く頷き掛けた。
〈私は家族以外の他の人には此迄も、ううん此からも屹度下の名前は呼ばれないから、そしたら蓮君はずっと特別な友達でしょ?〉
気にしなくて良いよ、其の儘の我儘で良いよと、優しく訴える言葉に安心する。
特別と言う言葉が、迚も甘美な響きで以て腑に落ちた。思わずも心臓が高鳴る。
彼女は此方に左耳を向けた。
馬鹿な自分でも此の意図は良く分かる。早速名前を呼んでくれよと言う催促に相違無い。灯火に誘われた羽虫の様にフラフラと近付く。耳元へと口を寄せると、彼女の体が軽く跳ねた。
「しょ、う、こ、ちゃ、ん」
早口に、何時も以上に急かし回ろうとする舌を努めて抑えて、彼女の名前を明瞭に呼んだ。
なのに、彼女は何か気に食わなかったらしい。
遅れて左肩に走った衝撃に、今度は自分が大きく跳ねた。
硝子ちゃん。そう確りと名前で呼んだのに、何故か彼女に弩突かれていた。あぁん?何で?(無知)
肩の痛みも幾らか後に引いたが、其以上に彼女の機嫌が直るのには随分時間が掛かった。自分の事は蓮君蓮君と敬称付けするのに、自分がちゃん付けして、何で怒られる必要が有るんですか?如何言う事なの?(無知)
曰く、彼女の方が年上の筈だから自分が合わせる可き当たり前だよねとか、蓮君を呼び捨てにするのは未だ恥ずかしいから今はNGとか、兎角彼是と彼女は理屈を並べた。
実際誕生日を確認してみると西宮さんは6/7。確かに自分の6/25より一応は早いが、学年は疎か誕生月迄同じ。高々三週間弱でとも思ったが、一応の筋は通っている様な気もする手前、年上の言う通りに大人しく呼び捨てにする事にした。でも其なら御姉ちゃん呼びの方が未だ幾分は適切な様にも正直思い乍らも、又再び彼女の機嫌を損ねる勇気は、無いです。
まあ其は其として、兎も角、硝子の誕生日がもう直ぐ迄迫っていると知る事が出来たのは、怪我(物理)の功名と言う可き、思い掛けない収穫の様に感じた。今週末に控えた誕生日、流石に当日は家族と何かしら予定が有るだろう。其でも折角の初友達の為、何かしらの形ででも祝いたいと思った。或いは前日金曜日にでも手土産片手に訪れてみようと思えば、自然と頬が緩んだ。
改めて「硝子」呼びで機嫌をすっかり直した彼女とは、此からも毎週火曜日に会う事だけを約束した。