私には真面な人付き合いは出来ない物だと決め付けていた。だからこそ、此の一月近くの、本の一時の神様の気紛れに、怨嗟しつつも感謝もしていた。過分な物だと思い込もうとはしても、親切にされて嬉しかったのは事実だし、其が脆く簡単に破綻するのも此迄の経験からしても当然だと、そう納得も出来た。
幸先良い手応えに目が眩んでいた。
佐原さんが手話を勉強すると名乗りを上げてくれた時はどんな気持ちだっだろうか。
その彼女が虐められているのだと気が付いた時には、冷水を被せられた気持ちになった。遅れて何処に居ようと結局私は受け入れられていなかったと理解した。親切心を覚えたばかりに私に関われば、不幸にしてしまうのだと、現実を突き付けられた。
何れ崩れる物だと達観して見せるものの、積木の塔の傾きが決定的となった瞬間の様に、矢張り一抹の喪失感は拭えなかった。
暫くして佐原さんは学校に来なくなった。彼女にとんでもない迷惑を掛けていたのは、其の後の級友達の私に対する態度の変わり様からだけで充分明白だった。
佐原さんだけではない。気付かない内に彼等にも不幸を齎していたとしても不思議な話ではない。だとすれば、屹度、此は当然の報いなのだろう。
だから、此からは不相応な高望みはもう止めよう。私の所為で虐められてしまった佐原さんに、ちゃんと謝ろう。後は大人しくしていよう。彼等からの不満も確りと受け止めよう。
私が皆んなに出来る償いは、其位しか無いのだから。再び手を伸ばす気は起きず、只茫然と成れの残滓を見届ける事に徹した。
疫病神。自身で言っていて悲しくなる一方、此が一番私を表現している言葉だと思う。家族にしろ佐原さんにしろ誰にしろ、皆私の所為で平穏な日常を奪ってしまった。
或いは寄生虫でも良い。他人の幸を奪って依存する。家族は私の事を必要だと言ってはくれるが、私の何が必要とされているのかと問えば一様に困らせて仕舞うのが決まりだった。
餌を強請る足元の鯉達の様に、其が一方的利用関係だとしても、そんな風に目に見える形で必要だとされたい。贅沢な悩みだと、餌を食べ終えた鯉達に言われた気がした。
ぼうっと彼等の泳ぐ姿を眺めていると、突然足元の水面にパン屑が落ちるのが目に入った。其に釣られて、散り散りになりつつあった鯉達が再び集まり始める。何時の間にか他にも餌遣りに来た人が居たらしい。
一体誰だろうかと、好奇心から何気無く向けた視線は、其の儘捉えた相手に釘付けとなった。見間違えか、他人の空似かと思った。判断に悩む中、視線に気付いた彼が此方を向いた事で、漸く此の前の病院の少年だと確信した。
嬉し気にヒラヒラと振られた手に、如何反応したものかと悩む私に向けて、続けて彼はぎこちなく手を動かして見せた。
『君の鯉達ね、取ってやったぜ』
驚いた。多少間隔は痞え痞えではあったものの、見間違いでなければそう言う内容の指文字。如何して此処に居るのとか、何で指文字出来るのとか、脳裏に浮かんだ事は止め処無く沢山有って、言葉として出た物は一つも無かった。
咄嗟の事に混乱して一杯一杯の私に、彼は深く考える時間を与えてくれない。視線を促された先では、確かに彼が撒いた餌に釘付けとなる鯉達の姿が在った。鯉と指文字、二つの悪戯が成功したと、再び戻した視界の中では満足そうに彼が笑っている。そんな姿を認めた途端、何かが胸の中で吹き荒ぶる感じがした。
ごた混ぜとなり、自身でも自身の気持ちが良く分からない儘、其でも其の内の一つは手掛かりを掴んだ。
如何やら私はムッとしたらしい。
如何して、手話や指文字覚えようと思ったの?別に蓮君には必要無いよね?
『貴女と話がしたくて』
其だけ?分かんないよ。私と話したい?如何して?
『友達になりたい、駄目かな?』
何で?私じゃなくて良いでしょ?私じゃ、私何かじゃ貴方も不幸にしちゃうよ?其に、声だって、本当は気持ち悪いんでしょ?
〈西宮さんの声は自分を幸せな気持ちにさせてくれる、聞いただけで頭の中が幸せ一色で一杯になるから〉
だから友達になって欲しい。自分の初めての友達に、なって欲しい。
蓮君。
其の言い方は、狡いよ。
此迄の経験則が訴える警告に不安を掻き立てられ乍ら、結局私は都合の良い期待を捨て切れなかった。
ねえ、蓮君。
蓮君にとっては高が『コイ』だったのかも知れないけれど、私にとっては其でも大事なんだよ?分かってる?僅かな私の拠り所迄取り上げられるみたいで、凄く不安で、傷付いて、怒っているんだからね。
でも、御互い初めての友達だから…そう!初めて同士だから特別に許してあげる。だから、もう私から大切な物を奪おうとはしないでね。
言語化って難しいですね。
投稿には、又暫く空きますが、宜しく御願いします。