まあこじつければ,何方も2と3で出来ている,16進法で一桁を過不足無く満たせる等有るのかも知れませんが,多分恐らくは子供の頃に見たアラビア数字の印象が強烈だったのだろう為と思います.
六月最後の水曜日。
長らく続く梅雨の明けが間も無くに控える他は、取り沙汰される事の少ない此の時期、珍しく一人自分は胸を高鳴らせていた。
昨日帰り際、水曜日自分の誕生日の御祝いをしたいと、だから明日も来て欲しいと、然う硝子から告げられた。以降、気も漫ろ、諸処の行事の前にも感じなかった待ち遠しい何て言う感覚を持て余している。
其の所以が、一昨日昨日に続けて三日間も西宮宅に押し掛ける方便を得た事か、或いは初めて友達に自分の誕生日を祝われる事自体かは、馬鹿な自分には判別も付かない。只夢見心地に浮かれては、早る気持ちに遅々と進まぬ現実との齟齬に焦れている事だけは理解出来た。
其は学校に着いた後も変わらなかった。
形ばっかりに開いた教科書に纏められた文章も、黒板に刻々と書き込まれていく文字も、目で追うのが精々だった。
黒板の上に掛けられた時計の針が、嫌らしく緩慢に刻み毎に逐一留まって見せる。聞こえる筈の無い針の音が、耳元で囁き続けているかの様に鼓膜から離れない。
漸く終鈴が鳴っても、だからと嬉しい気分にはならなかった。未だ四つも授業は残されている事に只管溜息が出る。
何人かのクラスメイトが廊下へと駆けて行く。
相変わらず空を覆う鈍色の雲から放られた雨粒が疎らに窓を叩く。真横の窓には、へばり付き損なった雨粒の跡が六条、銘々不恰好な直線を暫く残していた。
元々雨足の激しくなかった天気は、放課後には益々勢いを弱め、最早雨と称す事を憚らせる。只申し訳程度に水滴を降らすばっかりだった。
そんな中でも変わらず今日も硝子は傘を手に駅で自分を待っていた。彼女の家迄の道中、傘を差す人自体が少ない小雨の中を、2人して同じ傘の下歩く事に妙な心地を覚える。
到着後、玄関前で待たされる事数分、通された家の中は何時にも増して伽藍とした印象を受けた。僅かに電化製品の振動音と、何方となく発される、ねとりとした呼吸音とを、判然と耳にした。
今日は如何も御婆ちゃんも居ないらしい。
こんな日でも碌でもない考えは出てくる物なのか。自分達二人を除けば無人の室内には、何処と無く何時ぞやの様相が浮かんだ。馬鹿な自分の妄想を否定する可く、間違い探しの様な分かり易い差異を求めて彷徨わせた視線の先、三週間前の金曜日に自分が贈物を置いた机上の位置には、変わってケーキが目に付いた。
『此、何?』
何か困らせる事でも訊いたのだろうか。回答に苦慮する様に硝子の視線は虚空へと逸れる。
自分は只如何してケーキが置かれているのか知りたかった。此では丸で、ケーキが自分の為に準備された物の様にも見えて仕舞う。まさかと言う気持ちと、不相応な期待とから、早く放たれたくて仕方無かった。
『蓮君に食べて欲しくて、ケーキ作ったの』
肉癢ゆ気に視線を揺らせて告げる硝子の様子に、罪悪感にも通じた気遅れを感じさせられる。
ほんとぉ?咄嗟の機転とか利かせてない?
以前彼女の誕生日祝いに自分が贈った品々は、初対面の外国人の店員さんから勧められる儘に購入しただけの物だった。対して硝子は、態々手作りのケーキ迄用意してくれている。何方が心が込められているか等比べる迄も無い。
唯でさえ不均衡さを覚えさせる自分達の関係の手前、仮に御返しの積もりなのだとしても過分な其を貰う資格の有無を、馬鹿な自分をしても疑わせた。
『自分、食べる、本当、結構、か?』
なのに、自分は彼女へ随分と卑怯な言葉を返していた。
食べてはいけない(自戒)。
でも食べたい(煩悩)。
果たして彼女に素っ惚けた顔で冗談だとでも言って欲しかったのだろうか。尋ねておき乍ら、どんな答えを望んでいるのか、自分でも良く分からなかった。
『勿論!遠慮しないで』
只、彼女からそう告げられ、幸いと葛藤を手放して仕舞った自分は、救い難い存在なのだと改めて感じさせられる。
手付かずだったケーキへと円状に手際良く突き刺されていった12本の蝋燭は、装飾品としての鮮やかな色合いが純白な乳脂肪分の上で映える。自分には其が却って基を汚して仕舞っている様にも見えた。だからと今更引き抜い田所で、屹度深々と刺された跡は、雪化粧を踏み荒らしたかの様に、対処の仕様も無く残り続ける。
コレハネェ、モウ…ケセナイノ……ケセナイヨ……ワカル?ネェ。分カル?此ノ事ノ重サ(背徳感)。
背筋を這うぞくりとした感覚の為す儘に任せて、蝋から突き出た芯の先端に次々と火の灯されていく様を、自分は大人しく眺めていた。
横で彼女が何かを口遊むのが聞こえる。
誕生日御目出とう。そう繰り返し歌っているのだと稍遅れて理解した。
たった6単語だけで構成される、其以上の解釈を挟む余地すら無い単調な歌詞を聞き間違える筈も無い。世界中で恐らくは絶える暇すら無く歌われ続ける、一世の流行歌以上に陳腐な歌に、珍しく感情が揺す振られる。
「ーーーりぇん、ひゅぅん」
丸で呼び掛ける様に発せられた歌声に、釣られた視線が彼女の其と打つかる。震わされた心臓に胸が苦しくて、口からも息が漏れた。なのに、早く続きを聞かせて欲しいと思って仕舞う。
焦らす様だと、静寂を長く感じた。単に溜めを狙った物だとしたら、既に充分役割を果たしていた。
噯気にも再開される様子も無く、瞬きすら挟まず見詰め合った中で、彼女の向ける表情の正体を、馬鹿な自分は遂に分からずにいた。
反対の自分は、余っ程可笑しな顔をしていたのだろうか。硝子の吹き出し笑いに漸く沈黙が破られた。
嫌に間を置いて再度紡がれた歌声は、静かに結ばれた後も余韻となって、胸中に騒めきを残した。
『有難う。自分、今、凄く、嬉しい』
比べて今の自分が伝えられる事は、酷く薄っぺらい感想だけだった。
合唱コンクールで審査員の方々は、少なくとも自分には大差無く感じた各校各級の合唱を、然も雲泥の差の開きが有るかの様な大袈裟な文言で批評してみせた。其を今は羨ましくも滑稽に感じた。
彼等をしても恐らくは如何せ、彼女の歌も声も正しく評価出来はしない様に思えてならなかった。ならば幾ら美麗な単語や表現を持ち合わせていようと宝の持ち腐れではないかと侮っては、一方で其で構わないと自惚れてみせた。態々説明しひけらかずとも、友達の自分さえ理解していれば良いだろう?然う、利己心が騙るに委ねていた。
内心の揺れすらも吐き出そうと強く吹いた一息に、儚く掻き消えた12点の火は、僅か煙の香を鼻腔に残した。
尚も無為な、半端な思考を続ける自分を他所に、硝子は手にした包丁でケーキを切り分けていく。元の円形から切り分けた分だけ、ケーキは欠けて均整が崩れる。稲荷を欠いた寿司桶とは比較に成らない程、一層露骨な迄に手を付けた跡が残されていく様子に、思わず息を呑み込んだ。
纏った乳脂肪分の合間から不規則な模様を覗かせる包丁に、気が付けば自分はすっかり目を奪われていた。自分の分にと、目の前の皿に置かれた一切れに目を向ける余裕は無かった。一層怪しく光る刃先に魅せられてか、きっつく閉じた狭い口内で湿り気を帯びた舌先が疼いた。
卑しい自分の姿に重なる様にして、蛇に唆されるが儘に果実を捥いだ男女の姿が脳裏に浮かぶ。恐らくは、屹度彼等も、仮に其の後に待つ罰を知っていたとしても、変わらず過ちを犯したのだろうと今なら自分にも分かる気がした。
言われる儘に手にしたフォークでケーキを口へと押し込んでは、彼等に違わず自分も矢っ張り土の子、人の子なのだと、諦観染みた納得を一人勝手に覚えていた。
16~20と暫くは暗い展開が続く予定なので、苦手な方は多分S-03迄で止めるのが良いかも知れません。
然う言っておき乍ら16以降は未だ全然書けていません。