誰もが下らない事に意味付けする。
食事に衣服に其から住居。生存上最低限の此等以上に、礼義やら希少価値やら証明やら、附属品ばかりが取り立てて目を奪う。見掛けや耳触りばかりが良い高尚な教義では御腹も膨れない事を無視して、既存の価値観を押し付ける。そんな社会で息苦しさを覚えるのは、只々自分が出来損ないなだけなのだろうか。
五月の終わり、今日も例の担当医の先生との面談の為、病院を訪れていた。彼れから二ヶ月程、手話の勉強をしてはいる。勿論早々に習得出来る物でもなく、初歩的会話もやっと、日常的会話に至ってはガバガバも良い所だ。其でも、『今日は』『以前』『御免なさい』『有難う』『友達』『再度』『会う』等基本的な単語は覚えた。案外、簡単な意思であれば伝えられるかも知れない。
いや、確りと会話が成立出来なくても良い。
自分は彼女に、西宮さんに話し掛けてみたくて仕方無かった。
何時もであれば暫くは後に引く車酔いも、不思議と気にもならなかった。言う迄も無く西宮さんと又会えるかも知れないと期待していたからだろう。手間が掛からず良かった程度の認識からか、母からは深く尋ねられる事も無く診察室へと連れられる。男は古代より一度の例外無く単純だって、其一番言われているから、気にするだけ詮無い事かも知れない。
都合の良い期待を胸に、意気揚々と病院に来たのは良いものの、結局肝心の彼女と会う事は叶わなかった。矢っ張りね(傍並感)。
帰りの車内で深い溜息を吐くと、何を感じてか母に心配された。
「如何したの?深い溜息何か吐いて」
そう問う母は流石に運転中の手前、正面を向いている。
言った所でとも思ったが、かと言って別に隠し立てる程の事でもあるまい。狭い車内での暇潰し程度とする事に、幾らかの抵抗感を覚え乍らも口を開いた。
「いやさ、前回の西宮さんの事、覚えてる?」
「えーっと、確か硝子ちゃんね。何か有ったの?」
「今日も会えたら良かったなって思って」
まさか、自分が他人に興味を持つとは思わなかったらしい。言い切った後の少しの間が、嫌に長く感じた。
此迄の五年間、クラスで喧嘩こそしないが、特別親しい友達も居なかった。周りに興味や関心を持たない事を、両親からは度々心配されてきた。
自分が他人に興味を示した事に、歓迎こそすれ、難色を示されるとは思っても見なかった。
「あーっと、そのね、律蓮。お母さんとしてはだけど、律蓮には普通の交友関係を築いて欲しいなって思っている」
「えっ?」
だから、複雑そうな母の様子に、頭の理解が追い付かなかった。
「だってほら、硝子ちゃん、耳聞こえないみたいじゃない?律蓮、少し気難しい所も有るし、普通の子からでさえ良く誤解されちゃって、上手く付き合いがいかない時が良く有るみたいだし」
何其?
最初、自分は耳を疑った。幾らか騒々しい車内とは言え、聞き間違う様な声量でも距離でもないと言う状況が、自分の勘違いだと言う可能性を、稍遅れて否定した。
残された疑問に突き動かされる形で、今度は自分の理解力を疑った。其の言葉には何か裏が有る様に思えて、其の癖全く見当も付かなかった。
耳が聞こえないから?だから手話が有るんじゃ無いの?
気難しい?嗚呼、自閉とやらの所為?其を治す為に、此迄何十回も病院に通って来たんじゃないの?
誤解され易い?確かに空気が読めないとかは言われるよ?なら、其の癖皆んな如何して判然と自分が分かる様に言わないの?必要なら如何して前以て言ってくれないの?有耶無耶にして、本当は其方に分からせる気が無いんじゃないの?
普通の子?抑々何が普通の基準なの?
考えても答えが出てこない。要領を得ない問いだけが次々と頭に浮かぶ。
「勿論硝子ちゃんと関わる事自体が駄目って訳じゃ無くて、飽く迄沢山友達が居て其の中の一人として付き合う分には良いのかなって母さんは思う」
沢山の友達と言う言葉に、自分は引っ掛かりを覚えた。友達百人出来れば何て歌も有る様に、気の合う相手に恵まれるのは良い事で、当然多いに越した事は無いのだろう。
でも友達と言う関係は、強制されて成る物ではなくて、成る可くして成る物じゃないの?其に、付き合い方も個人毎バッラバラで多岐に渡るのに、多寡ばっかりで良し悪しを論じて意味が有るの?
多分友達が百人も出来る人間である事を強いられたら、少なくとも自分の様な人間には生き苦しいだろうなとは思う。必要も無い形ばっかりの友達を作る事の必要性が少しも思い浮かばなかった。まさか母とて、友達が百人千人も居る訳でもあるまいに、子供の自分に要求するとも思えない。
自分は矢っ張り頭が悪いらしい。
母が何かを言いたいのだろうとは推測出来ても、其が何かは全くさっぱり分からなかった。
只、多分、母の希望は自分とは平行線の儘なのだろうとだけは、何と無く理解出来た。
「そっか」
だから、此の件で母と話をするのは、今後は、少なくとも暫くは止めようと思った。
自棄に煩い空調の音を聞き乍ら、窓の外を流れる景色にぼんやりと目を向けた。