私は皆んなが嫌い。誰も私と理解し合おうとしてくれない。私に気持ちも何も教えてくれない。なのに何を考えているのか分からないからと、私を嫌いと言う皆んなが嫌い。
私は家族が嫌い。何も御礼が出来ない私に彼是構ってくれる。私の所為で何時も苦労ばかりしている。なのに何時でも私に優しくしてくれる、必要としてくれる家族が嫌い。
私は私が嫌い。私は皆んなと同じ普通には如何仕様も無くなれない。私は皆んなとは同じ様に喜楽を共有出来ない。何かに託けて皆んなに彼是と文句を付ける。なのに、何も出来なくて、結局は他の人に迷惑をかけ、只々厚意に甘えるしかない、そんな私自身が、私は一番嫌い。
私が言葉を覚えたのは物心付いた後だった。真面に声の聞こえない私が会話をする手段は限られていて、そんな私に手話や文字を教えようとお婆ちゃんは熱心に取り組んでいた。其には碌に自身の気持ちすら上手く把握出来ない子供乍らに、今考えると申し訳無さの様な不快感と危機感を感じて、必死に覚える事で応えていた。
一方で苦労して覚えた言葉に対して、作り笑いを覚えるのは難しい事ではなかった。
言葉を受け取り辛い分を補う為か、物心着く頃には周囲の感情に対しては自然と敏感になっていた。周囲の簡単な大雑把な感情であれば、問題無く手に取る様に把握出来てしまう。でも、大概会話の成立しない私が其の感情の理由迄理解する事は結局不可能で、其を誤魔化す為に、気が付くと能面の様に表情を顔に張り付けていた。
そんな私だからこそ、普通の人の様にはなれないのだとは否が応でも理解せざるを得ず、其の癖普通の人となって欲しいと言う母の希望に、無理だと知りつつ反駁出来なかった。勉強を頑張り、係の役割を頑張り、少しでも役に立つ人だと見せる努力しか、最早選択肢は残されていなかった。
足を引っ掛けられたのは何時振りだろう。初めてではなくとも、久々の、其も病院と言う周りの目が多く集まる場所だと言う事もあって、思いも寄らない悪戯に文字通り足を掬われた。
思わず転び掛けた体勢を、急ぎ右足を前方に滑らせ踏み込む事で支えると、遅れて心臓が動悸した。
勿論以前にもされた事は何度と有る。其でも、慣れる様な物ではない。
止めて欲しい。そう思い乍ら、口にする事は憚られた。自身の発声が可笑しいらしい事も、其の一声を切掛に悪戯が長引きかねない事も、此迄で充分理解している。黙って遣り過ごす方がマシだと打算しての結果だった。
男の子の姿を視界に収める前には、故意の物と疑いもせず判断し、勝手に悪戯と結び付けていた。
だから、其の後彼の慌て振りを見た時に後悔した。此方を心配そうに窺う姿を認めてしまって、端から悪戯と決め付けて掛かった事に後ろめたさを覚えていた。
如何して?
相手方の想定外の様子に頭は混乱するばかりで、一刻も早く此の居た堪れない状況から抜け出したくて、其の手掛かりが欲しくて、うっかり何時もの癖で手話をしていた。
『大丈夫だよ』
当然乍ら大抵の人には通じない手話を、彼が都合良く理解する訳も無い。真っ直ぐに此方を見詰める彼に、私の聲は理解しては貰えない事に考えが及ぶと、酷く悲しい気持ちに心が塗り潰された。
「大丈夫」
私の気持ちを彼に理解されたい。
押し付けがましい感情に背中を押されて、後から考えると大胆にも、公然と声を発していた。久し振りに発した声は考える迄も無く歪だったに違いない。
事実周囲の此方を窺う目は大凡排外的な其だった。にも拘らず、変わらず向けられた彼の視線からは嫌悪感は感じられなかった。
胸中は此迄に無い、形容の仕方も分からない感情が湧き上がる。只々私は、得も言われぬ熱を持て余す他無かった。