空の居場所   作:七九曜

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008-2008/06/02-良い耳してんね、何か訓練とかしてるの?

若し気になる女子から、此の辺に自宅有るんだけど、寄ってかない?と聞かれたら如何答えるだろうか?そこそこに仲の良い間柄であれば、即座に満面の笑みで賛同の意を示す事だろう。

では若し此迄に碌な関わりが無いと言う状況が加わった場合は如何だろうか?

当然、自分は断わろうとした。付き合いが長いなら未だしも、会って早々の間柄の相手を、仮に友達相手だとしても本気で家に上げたい訳が無い。

会話には、何時だって有るよ、建前(真理)。

 

〈婆ちゃんの所、行こう〉

此方を気遣ってか、執念い位に誘う西宮さんだったが、自分はきっぱりと用件を伝え切り上げ、話はもう終わりだと強引に取り上げたノートを彼女の鞄に押し込む。其の儘手を取り、婆ちゃんの居るであろう公園へと引っ張って行くと、急に大人しくなった。少し嬉しそうな、安心したと言わんばかりの顔を横目に見ると、矢っ張り毅然とした自分の対応は間違っていなかった事を認識させられる。

嗚呼、婆ちゃんとの行違い?此処から公園迄教わった通りの道を其儘遡っているし、擦れ違う何て起き様が無いだろうから大丈夫だって。

 

未だ公園に居た婆ちゃんと合流するや否や、西宮さんは手話で何かを婆ちゃんに訴える。表情からだけでは窺える事にも限界が有る。

分からないって辛い。分からないって辛いな手話。

蚊帳の外軽くいじけていた自分を余所に、事情を把握したらしい婆ちゃんが、今度は御誘いを掛けてきた。

こんなにして誘ってくるのって、若しかして嫌われていない可能性が微レ存!?

嬉しくないと言えば真っ赤な嘘となる。

でも勘違いとかだと嫌だし此処はおn…

「此迄硝子、友達が遊びに来てくれた事が無くてねぇ。初友達訪問になるのかねぇ。硝子の初めての友達って事もあるし、蓮君が来てくれると、婆ちゃんも嬉しいんだよ」

おかのした。じゃ、行こうか(赤子並掌)。

少し前の、空気を読もうとした殊勝な心掛けも虚しく、自分は海千山千な婆ちゃんの口車に嫌な気も無く乗せられていた。

 

恐らく男性は心理的に初めてと言う言葉に非常に弱いのだろう。何でも"初"という単語を付ける風潮に、以前は小聡明さを感じていた自分が、好意の有る娘からだと、直接に無いにしろ、いざぁ使われると小悪魔的な響きを持って耳朶を打つ。

確認の仕様も無い、仮に事実であろうと彼女の掃いて捨てる程な有る内の、高が一つの初めてに過ぎないと頭では理解している。にも拘らず誰かに奪われる前に奪ってしまえと、そう囁く声に、冷静な判断も儘ならなかった。痘痕も靨と言う所か、嫌悪感無く脳内を満たした誘惑を前にして、自分は為す術無く従った。

 

 

今度は逆に西宮さんに腕を引かれ、先程の道筋を再び辿る様に進む事少し、此↑処↓と彼女が指差す先には高層マンションが聳えている。はぇ、凄く大きい(年相応の感想)。

実際通された住居も結構広かった。

彼女の初めてを二つも同日に占めたのだと言う妙な達成感に酔いしれ、勧められるに従って通された居間で席に着く。

此方をニコニコと監視する婆ちゃんが居るとは言え、他は周りに西宮さんへ彼是文句を言う邪魔者は居ない。耳元でゆっくり判然とした声であれば判別出来るとの事なので、遠慮無く早速気持ちを伝えてみる。

「い、え、にっ、こ、れ、てっ、う、れ、し、い」

『貴女、家、来る、嬉しい』

一応手話もしてみるが、必要なかったらしい。

「ほんどぉお!わだじぃ、も、うで、いぃ」

滅っ茶喜んで下さっている。嬉しい…嬉しい…。って、いかんいかん危ない危ない。危うく彼女の迫真の表情に呑まれる所だった。気と表情を確りと引き締めると、言葉を紡ぐ。

「こ↑、こ↓。た、く、さ、んっ、こ、え、がっ、き、け、る。う、れ、し、い」

「りぇんぐぅ、ばっだじのごぶぇ、どふひぃで、ずぅき?」

首を傾げる姿も小聡明さを感じる。其が妙に愛おしく思えて、口元は自然と笑みを湛えた。

可愛いな西宮さん。

暫く其の余韻に浸りたい気も湧いたが、西宮さんからの問い掛けに先ずは答えるべきだろう。

只でさえ足りない頭を、容量の大半を幸せの余波に割いた儘、返答の推敲に巡らせる。

如何して私の声が好き、か。

沢山の理由が頭を過っては腑に落ちずに切捨て、漸く其らしい答えが浮かんだ。

 

 

『貴女、色、好き、何、か?』

「ぅゔぇ?わぁぢぃ、ぎびぃお、うっき!」

突然の話題に驚いた様だが、口頭で返してくれる西宮さん。可愛い(可愛い)。

にしても黄色か。因みに自分は黄色と桃色と緑色は正直嫌いだが、今後下手に口を滑らさない様に注意しておこう。寧ろ、此からは身の回りに黄色の物を増やして、苦手意識解消に努める可きか。

使命感を横に、次の質問を出す。

『理由、何、か?』

「みでぇふろ、げぇえき、なでぇうがら」

『成程』

そう言う理由も不思議ではない。明るい色は見る人を元気にさせる効果が有ると言うし、特に視覚からの情報に人並み以上に依存する聴覚障害者、色に対する感性は人一倍に敏感なのかも知れない。

 

流石に此処からは手話では言い表せない。

再度西宮さんから恥を忍んでノートにペンを拝借し、字を書き連ねる。

〈ならさ、赤色や青色の綺麗な花を見たら、西宮さん元気になれない?〉

「なてぇぶ、よ」

〈うんうん、反対に黄色であっても嫌な物も有る筈、でしょ?〉

其の言葉に応じて蜂とかカビとかが、脳裏に瞬時に浮かぶのも、元々黄色に持つ印象が悪い事に起因するのだろうか。一方の西宮さんの方は一体何を想像したのか、何度も頷いて見せた。

 

「たじぃがぁに。れえぐぅ、の、いぶだぁい、ね」

未だ別に自分は西宮さんの問いに答えを提示し切った訳ではない。当然何を言いたいのか要領を未だ得ぬ有耶無耶な事に違いない。其でも彼女は満面の笑みを一杯に湛えていた。

可愛い。交際、しよう!笑顔に当てられ、思わずネット界隈の常套句を書き添えそうになる右手を左手で抑える。恐らく見せたら、特に婆ちゃん辺りからのTDN冗談では済まない恐ろしい未来が見える見える。

咄嗟の反応で事無きを得た自分は、『如何したの?』と聞いてくる彼女を誤魔化し、何食わぬ顔で続きを書く。

〈好きって事にも、嫌いって事にも、一見理由が有る様で、実は結構例外が有ったり、好い加減だったりする事も少なくないと思う〉

〈其の上で尤もらしい理由を挙げるなら、西宮さんの声は自分を幸せな気持ちにさせてくれる、聞いただけで頭の中が幸せ一色で一杯になるから、…〉

 

 

「ずとお、どぼたあぢ」

『ずっと友達、約束だよ?』

此は、友情の開始と見る可きかか、其とも恋愛対象として見れないと言外に牽制する所謂ズッ友宣言と見る可きか。

『ずっと』と言う言葉が、会話中も浅慮な欲求を濫りに思い浮かべた自分を意識して、向けられた様に思えてならなかった。

大事な事だからとばかりに、口頭と手話とで繰り返し伝えられ、複雑な気持ちで『永遠、友達、約束』と返す自分に、曇り無い満面の笑みは眩し過ぎた。

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