末永く気長にお付き合いしていただけると幸いです。
公立の小学校から真っ直ぐ帰って来た、夕暮れにはまだ少し早い時間。
お世話になっている孤児院の裏手、加減の利かない子供たちのうっかり被害から守られた野菜畑の前で日課の練習を始める。
「封時結界」
言葉が発せられると同時に世界から音が失われる。
魔法の練習をするためにまず最初に覚えたこの結界魔法は、結界内を隔絶された異世界の様な状態にするもので、この中でどんなに破壊活動をしたとしても現実世界に影響しないという何ともご都合主義な優れもの。
準備ができた所で、今日の練習を始める。
「認識阻害結界」
5mくらいのドーム状に展開されたそれを崩れないように慎重に縮小していき、自分の体の周りだけに纏うようにして維持する。
この結界魔法は名前から分かる通り自分の存在を隠すもので、自分の発する音や体温、視線や気配といったものを他人に認知されにくくするものだ。
暗殺者やストーカーに重宝されそうとか思わなくもない。
その状態を30分ほど維持しながら走ったり浮遊魔法を使ったりして魔力消費や感触を確かめる。
最後は誘導性のある光球の攻撃魔法『ディバインシューター』の操作を魔力が続く限り練習して終了。
結界が解け、世界に音が戻ってくる。
日常と非日常の切り替わるこの瞬間が意外と気に入っていたりする。
『お疲れさまでした。マスター』
「うん、お疲れさま。ニケ」
裏庭に立つ人影は変わらず1人だけ。
少年をマスターと呼ぶ女性の声はするが近くにその姿はない。
「結界を二重に維持しながら他の魔法を使うのは今の魔力量だとキツイな」
『YES。しかしマスターの魔力量は緩やかな増加傾向にあるので改善されていくと予測されます
』
「将来に期待って事か。結界自体に周辺の魔力を吸収する機能とか付加できたりしないかな」
『検討してみます』
「お願い」
ニケの声は少年の胸元に下げられている、軍人が付けるような認識票から発せられている。
そう、それはただの認識票ではなく魔法の行使を補助するアイテム『デバイス』。
その中でも人工知能を搭載した『インテリジェントデバイス』と呼ばれるものだ。
ギリシャ神話に登場する勝利の女神『ニケ』の名が付けられたデバイスは、赤子の僕が孤児院の前に捨てられていた際に唯一持たされていた物で、そのおかげで僕の名前が分かった。
加藤(かとう)真(まこと)、AB型、8月10日生まれ
そして現在9歳の小学3年生だ。
ニケに教えてもらって練習している魔法は、そろそろ魔法歴4年。
でも攻撃、防御、拘束、飛行は苦手で見かけ倒しにヘロヘロ飛行、その代わり結界は得意で回復は願望込みで多分そこそこ。
多分の理由は、擦り傷や切り傷くらいしか治した事がないから。
普通に暮らしてたら大怪我とか遭わないって。
わざわざ回復魔法練習するために骨折するのとかは嫌だし。
本末転倒にもほどがある。
後、付け加えて、転移と探査はある事情から破格。
というか、ニケ曰くこれは正確には魔法じゃないらしい。
特殊能力なのかな。
受け継がれた知識で言う所のレアスキルってやつだ。
しかもなぜか「世界の扉(ワールドドア)」と「世界の窓(ワールドウィンドウ)」という恥ずかしい名前が付いている。
中二病くさい。
この中二病という表現もよく分からないが、子供特有の遊び、例えば幼稚園くらいの子供が戦隊ヒーローのマネをするみたいな妄想ごっこをもっと成長してからやっちゃうみたいな場合に使う表現らしい。
『らしい』というのは、又聞きみたいな知識だから正確なのか自信がないからだ。
秘密というわけでもないけど、実は僕には前世の記憶ってやつがある。
珍しい事ではあるんだろうけど、テレビのびっくり人間みたいな番組でたまに同じ様な人がいるからそういうもんだと納得している。
よく知らないけど仏教でも輪廻転生は基本みたいだし。
むしろ問題なのは、前世の記憶がある事じゃなくてその内容。
何て言ったらいいか迷うけど、よく出来た夢と言うか、前世、つまり今より過去の記憶なのになぜかその内容が未来予知に当たると言うか。
記憶にある前の自分は、心臓の不治の病気でずっと病院暮らしをしていて20歳を迎える前に死んじゃったんだけど、ジャグリングや手品を趣味にしていて、加えて2つ上の兄ちゃんの影響でアニメや漫画、それに小説や二次創作をよく見ていた。
その中で特に兄ちゃんに勧められた作品が、普通に暮らしていた小学生の女の子が偶然出会った魔法で世界を守ったり、友達になりたいと言いながら死なないのをいい事にトラウマ必至の超大型砲撃魔法をぶちかましたりするシュールギャグの様な面もある『魔法少女リリカルなのは』。
主人公が小学3年生の『無印』と『A's』、そこからいきなり10年飛んで19歳になった『StrikerS』と続いていく人気の作品。
その作品の舞台の一つが主人公の住む海鳴市。
そう今僕が住んでいるこの街だ。
探してみたら主人公の親が経営する喫茶店翠屋や、通っていた私立聖祥大附属小学校もあった。
そして何よりもファンタジーな空想世界にしかないはずの魔法の存在。
僕にとって運が良かったのは、物心ついた頃の自分が前世の記憶や魔法、ニケの事を周りに話さなかったことだ。
まぁもし話していたとしても、話すだけなら子供の妄想として片付けられていただろうとは思うけど。
もちろん今はこの世界に魔法がないこと、それに地球出身でも出来ればその存在は隠しておいた方がいいことだと分かっている。
魔法世界において立法権、裁判権、警察権を合わせた地球の価値観でいったら大問題な危険を孕んだ組織『時空管理局』が管理外世界、魔法の存在しない世界での魔法使用を禁止してる事を抜きにしても、いきなり魔法なんて使ったらどんな組織に捕まるか分かったものじゃない。
第二次世界大戦の時は軍隊で真面目に超能力の研究してたらしいし、そこまでじゃないにしても何だかんだと研究対象にされるのは確実じゃないかなと思う。
話を戻そう。
集めた情報と記憶を照らし合わせると、かなりの点でこの世界と前世での『魔法少女リリカルなのは』の世界は似ている。
『世界の窓』で調べたところ、高町なのは、アリサ・バニングス、月村すずか、八神はやても住んでいるようだし。
ちなみに『世界の窓』は、魔力を使ってないから正確には魔法じゃないんだけど、分かり易く言うとすっごい探査魔法。
個人から特定の物まで思い描くだけでその場所が分かるもので、詳しく知っていればいるほど精度が上がって、反面知らないものは曖昧になる。
その基準は知識だったり映像だったり自分との距離だったり他にも色々なんだけど、実際に彼女たちを探した時はアニメでの映像や声を想像したら探知はできたけど海鳴市の何丁目辺りにいるか分かるくらいの精度だった。
多分、現実と二次元は違うという事なんだと思う。
そう、この二次元との違いというやつがまた問題なんだ。
仮にこの世界を『魔法少女リリカルなのは』の世界だとすると、僕は限られた未来ではあるけど、いくつかの未来を知っている状態にある。
でもそれは『かもしれない』でしかない。
何かの要因で未来が変わるかもしれない。
例えば、ユーノ・スクライアが高町なのはに助けられる前に死んでしまい、ジェエルシードが各地で暴走。
フェイト・テスタロッサが奮闘するも返り討ちに遭い、見かねたプレシア・テスタロッサが海鳴市ごと次元震を起こし地球消滅。
とか、あるかもしれない。
ネガティブな妄想だけど、うっかりありそうで怖い。
確認する術がない以上、どうしたって未来は不確定だからね。
だから僕にどんな知識があろうと実際やれる事は至って普通の事しかない。
自分の中で優先順位を決めて、目標を設定。
それに向けて準備をしておくだけ。
まぁ、当たり前の事だね。
とりあえず、今のところ魔法やレアスキルを活かした生活を目標にしてる。
探査の『世界の窓』を使って探偵とか、転移の『世界の扉』を使って手品師とか。
中学出たら働くつもりだから高学歴なのは無理というわけで、今の所この2つが候補になってる。
ズルだろうと何だろうと生活できればいいのですよ。
ちなみに努力目標ではあるけど、人助けはできる範囲でしたいと思ってる。
孤児院出身者としては、近い境遇の人には思い入れがあるので、それ関係。
まぁ努力目標だからどうなるかは分からないけど、とりあえずジュエルシードは横から掻っ攫う気満々です。
まぁ、降ってくればだけど。
それまでは地道に魔法の練習と…………奥の手の用意かな。
1行ずつ空いているのは、僕が個人的にその方が読みやすいと思っているからなので変更はなしの方向で失礼します。
行が詰まってるの、縦書きなら平気なんですが横書きはどうにも慣れなくて……。
ちなみに原作開始は大分先です。