その方がなのはにとってもいいだろうし……。
高町家にお邪魔した翌日、ちょっと目を腫らしたなのはちゃんと一緒に隣町まで遠征してパフォーマンスをしてきた。
お弁当を食べてる時に昨夜の話を聞いてみると、
「なのはちゃん、今日はお目めがウサギさんだね」
「えっ?」
「真っ赤ってこと」
「あ……」
「ちゃんとお話しはできた?」
「えっと、はい。お母さんたち、いっぱい泣いて困らせちゃったけど、ちゃんとお話しできました」
「そう、良かったね」
「うん♪」
とのこと。
せっかくの家族なんだから多少ぶつかったって本音で接する方がいいよね。
もちろん親しき仲にも礼儀ありだし、むやみに傷つけていいわけじゃないけど、変に我慢して一人でこっそり泣くくらいならちょっとくらい我儘になってもいいと思うんだ。
まぁ何事も加減が大事ということで。
なのはちゃんはその加減が苦手そうだけど、改善されていく事を祈ろう。
ちなみに、午前1回、午後3回で一万円ちょっと集まったおひねりをなのはちゃんと分けようとしたら受け取れないと拒否されてしまったので、その分帰りに翠屋でケーキを買って帰った。
直接的な売り上げ貢献だし、うちのお土産にもなるし、これはこれでOKかな?
翌日の月曜日。
学校が終わってから真っ直ぐ高町家に行き、なのはちゃんを連れて孤児院へ。
日曜日に京兄と幸兄に作ってもらった大道具を前にして、
「では、なのはちゃん。これから脱出マジックの練習に入ります」
「はいっ!!」
気合十分のなのはちゃん。
大道具は、学校の教室にある掃除用具入れのようなサイズの木製のロッカーと、1mくらいの階段。
もちろんただのロッカーと階段じゃない。
ロッカーの扉は、田んぼの田の字を想像してもらって、下半分、それをさらに縦に半分にした部分が押し入れるようになっていて、その継ぎ目をカモフラージュするためにペンキで白黒チェックに塗られている。
階段も同様に白黒チェックで、壁面がスライドして中に入れるようになっている。
これに加えて、小道具としてカーテンの付いた直径1.5mくらいのフラフープ。
「まずは簡単に流れの説明ね。僕がカーテンでなのはちゃんを隠すから、なのはちゃんはギャラリーにバレないようにロッカーのこの部分から中のエプロンを取って、すぐさま階段のここをスライドさせて中に入って隠れる。そこで狭いだろうけどエプロンを装着。そうしたら僕がカーテンを落として、ロッカーの中にもいない事をギャラリーにアピールして、それからもう一度カーテンを持ち上げるから、そしたらまた階段からカーテンに戻ってもらうと。分かった?」
「た、多分……」
随分と自信なさげな反応ですね。
「難しかった?」
「えっと、分かんないんじゃなくて、私、あんまり運動とか得意じゃないからちょっと心配で……」
しょんぼりしてしまったなのはちゃん。
うん、ここは年長者らしく励ましてあげないとな。
「大丈夫だよ。なのはちゃん」
肩に手を置いて笑顔を向ける。
それに釣られてなのはちゃんも顔を上げ、安心したような表情になり
「やると決めたからには出来るまで練習させるから♪」
そのままピシっと固まった。
「土曜日にお披露目予定だから、それまで毎日しっかり練習しようね」
「が、頑張るの……」
僕のサムズアップに、引き攣った笑みを返すなのはちゃん。
うん、とりあえず笑顔になったんだからフォロー成功だな。
なんて、もちろんわざとですよ?
お客さんに見てもらってお金をもらうわけだからその辺の妥協はできません。
それにこういう姿勢はパティシエの桃子さんにも通じるものだから、なのはちゃんも実感として理解できた方がいいと思うんだ。
そんな感じで夕飯の時間まで練習をしました。
孤児院のメンバーにも見てもらいながらの猛特訓を経て、なんとか及第点をもらえたなのはちゃん。
それと並行してチラシの内容を桃子さんと相談して、お持ち帰りシュークリームの十円引きか、喫茶のケーキセット百円引きかを選べる感じで落ち着いた。
アルバイトについてはとりあえず却下で、家族だけでもう少し頑張ってみるとのこと。
今まで一人でお留守番してたなのはちゃんにやる事ができたのも一因みたい。
ディナーのマジックショーは現時点では却下だけど、入院中の士郎さんが退院してから相談するということで保留という形になった。
一応お酒の取り扱いの免許はあるそうなのでディナー自体は問題ないんだけど、そうすると逆に給仕に未成年を使いづらくなってしまって、士郎さんがいないと回せないとのこと。
美由希さんは中学2年生、恭也さんは高校1年生だから仕方ない。
ちなみにお酒なしは利益が薄いので問題外です。
と、そんな感じで話はまとまり、土曜日。
いよいよなのはちゃんのパフォーマンスデビューの日となった。
晴れ渡る青空に天高く舞い上がったディアボロを2本のスティックをつなぐ糸で見事キャッチし、決めポーズ。
ワッと沸き上がる歓声と拍手。
それにうやうやしく一礼してから、なのはちゃんに目配せをする。
緊張した面持ちで頷きを返すなのはちゃん。
ロッカーや階段はすでに配置してある。
「それでは最後に、本邦初公開となる脱出マジックを披露いたします」
ジャグリングでボルテージが温まっているギャラリーの表情に興味の色が浮かぶ。
なのはちゃんがロッカーを開け、その横に立ち、僕は彼女が見えやすい様に少し横にはける。
「まずはアシスタントのなのはちゃん、自己紹介をどうぞ」
みんなの視線が彼女に集まる。
「高町なのはです。家は駅前の商店街で翠屋という喫茶店をやってます。看板商品のシュークリームに美味しいケーキ、自家焙煎珈琲が自慢です」
緊張しながらも無事つっかえずに言い切れた。
なのはちゃん、本番に強いんだな。
「お店の宣伝までするとは、その年でしっかり者だね。なのはちゃん」
「にゃはは、宣伝だけじゃなくて割引券にもなるチラシも用意してあるんだよ」
ロッカーの中にかけてあるエプロンのポケットからチラシを取り出すなのはちゃんを見て、ギャラリーに笑いが広がる。
「じゃあ、それはマジックが成功したら配らせてあげよう」
「お店のために頑張るのっ!!」
彼女の愛くるしさもあって反応は上々だ。
「それではお集まりの皆さん。この演目で最後となります。お付き合いありがとうございました。無事マジックが成功したあかつきには、可愛いエプロン姿の『喫茶翠屋』未来の看板娘が皆さんの前をチラシを配りながら回りますので、よろしければお心づけをお願いいたします」
タイミングを合わせ、なのはちゃんと一緒にお辞儀をする。
「それでは、ショータイム」
「凄いじゃない、なのは。あれ、どうやってるのっ」
今日のパフォーマンスを撮っていたビデオを見て興奮ぎみの美由希さん。
夜、夕食をご馳走になってからなのはちゃんの記念すべきデビュー映像の鑑賞会をしたのだ。
「にゃはは」
恥ずかしそうに照れ笑いをするなのはちゃん。
「なのは……」
それを優しく抱きしめる桃子さんに
「頑張ったわね」
なのはちゃんは
「うん…………うんっ♪」
満面の笑顔で応えた。
その光景を邪魔しないように見ながら
「良かったね。なのはちゃん」
そっと呟く。
士郎さんが退院するまで大変なのは変わらないだろうけど、これでなのはちゃんは寂しくても家族に疎外感を感じることはなくなるだろう。
我慢や成果のない事ではなく、家族のために自分の出来る事をしているのだから。
寂しさに関しても、孤児院に通っているうちに、うちの家族とも仲良くなったしね。
特に同い年という事もあって、オシャマな双子姉妹ランとルンと仲がいい。
律姉とマト姉ともそれなりだけど、少し年が離れてるせいで、どうしても姉と妹みたいな感じで友達って感じじゃない。
まぁ可愛がられてることには違いないから問題ないけどね。
そんな事を考えていると家族の輪から外れた恭也さんがこちらにやってきて
「真君、本当にありがとう」
手を差し伸べられたので
「いえ、そんな」
恐縮しながら握手をする。
「父さんが入院してから長男の俺が頑張らないとと思ってがむしゃらにやってきたが、そこには家族の笑顔がなかった。でも君のおかげで、なのはも俺たち家族もみんなが笑顔になれた。感謝してもしきれない」
ここまで言われて謙遜しては逆に相手に失礼だと思うけど、さすがに照れくさい。
「じゃあ、士郎さんが退院して落ち着いたらお願いしたい事があるのでいいですか」
「あぁ、俺に出来る事なら何でもしよう」
「ありがとうございます」
うちの京兄と幸兄も頼れるけど、ちょっとハッチャケ過ぎてるというか落ち着きがないので、恭也さんみたいな大人な感じの兄さんもいいな。
なんて思いながら男同士、楽しく談笑した。
釣りはまだしも盆栽が趣味とか渋すぎるよ、恭也さん。
「ショータイムだ」
シャバドゥビタッチヘーンシーン、シャバドゥビタッチヘーンシーン
フレイム
プリーズ
火ー 火ー 火火火ー
あれは衝撃だった…………いや、笑撃だったwwww