ガールズ&パンツァー 宮舞高校戦車整備科 作:キングコングマン
派遣先の発表から数日後、宮舞高校戦車整備科では格納庫での最後の整備を行なっていた。何故なら今日は金曜日であり、来週の10月の第一月曜日からは各派遣研修先の出発日だ。
そうなれば宮舞の戦車に触れる機会は、1ヶ月半全く無くなる事になる。そう言うこともあってか整備科の面々はより一層、整備に神経を使っていた。
そんな緊迫した空気の中、1人の男が格納庫の高台の足場にいた古葉に話しかけた。
「隊長、ちょっと良いかい?」
古葉にそう声をかけたのは聖グロの整備班長になった浅井だった。
「おー、まこちん、どしたい?」
古葉はいつものヘラヘラとした顔で答える。
「派遣先の高校には俺らの名前って伝えてあるかい?」
「んー、場所にもよるかね、プラウダやサンダースは伝えてあるけど。聖グロには伝えてないはずだよ」
それを聞いて浅井はいつもの意地悪な笑顔を浮かべる。
「そりゃ良かった。そっちの方が都合がいいからね」
古葉は予想外の反応をした浅井に少し面食らう。
「へー、伝えといてくれって言う人はいたけどその逆は初めてだねー。何か理由でもあんの?」
「まあね、言ってなかったけど聖グロには俺の知り合いが戦車道やってるんだ」
それを聞いた古葉はさらに驚いた顔になる。
「おー、そりゃ初耳だ。でも確かまこちん去年も一昨年も聖グロは希望に入れてなかったよね?何で今年になって?」
古葉の質問に浅井は少し懐かしむような顔をして感慨深そうにこう言った。
「……今年だから意味があるんだ。それに伝えてない方がビックリさせやすいからね」
古葉は浅井のその口調から何かを察したのか、少し考えて言葉を返す。
「……へー、なんだか理由があるようで。まあそう言う事ならこっちからは伝えないでおくよ」
「ありがとうね、隊長」
浅井は人の良さそうな笑顔を浮かべてそう言った。
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一方戦車が集められている場所では、整備士達が忙しなく整備を進めている。そんな中で一人、浮かない顔をしながらレンチを回している人物がいた。大洗の整備班長になった八潮である。
「なんじゃい八潮、そのシケた面は」
そんな八潮に声をかけたのは、プラウダの整備班長になった久我だった。
「あ、久我さん、そんな顔してました?僕」
八潮は慌てて笑顔をつくり、久我にそう返す。
「お前って割と顔に出やすいけんのう。……班長になった事が不安なんか?」
久我に図星を突かれたのか、苦い顔になって八潮は言葉を返す。
「……ええ、自分で本当にいいのか不安で」
久我は『またか』と思い、自身の頭を片手で乱暴に掻きながら、イライラとした口調で八潮に迫る。
「それじゃ八潮、それがいかんのよ」
「な、何がです?」
八潮は唐突に説教モードに入った久我にたじたじとなる。
「お前は度が過ぎる程に自己評価が低い。今回の派遣研修で何で自分が整備班長になったか深く考えんかったんか?お前の今までの成績、よく思い返してみい」
八潮は整備科2年の中ではトップクラスの成績を残している。整備の腕こそ同じ2年の前山には劣るが、座学、戦車への理解度は2年の中では頭ひとつ抜けて良い。
だが八潮は依然目を伏せる。
「成績だけよくても人の上に立つ器だとは限らないですよ……」
自分で言いながらどんどん暗くなる八潮。それを見てまた久我は大きくため息をついた。
「はぁー……重症かのうこりゃ」
それを見た久我は大きくため息をついてそう言った。
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時は過ぎて今日の整備も終わりになろうかと言うところ、隊長の古葉が突然2回手を叩き、作業をしている面々の注目を集める。
『はい、ちゅーもく。一旦手を止めてこっちに集まってー』
拡声器で古葉がそう言うと、ゾロゾロと整備科のメンバーが集まる。
全員が集まったのを確認すると古葉は拡声器を使わずに少し大きめの声で話し始める。
「全員集まったね、とりあえず今日の整備はこれで終わろうと思うんだけど来週の月曜日はもう出発日だからね。まだ整備に時間をかけたいって人は居るかい?」
集まった整備士の中からちらほらと手が上がる。
「りょーかい、でも8時には格納庫を閉めるからそれまでにお願いねー」
古葉はそう言って一つ咳払いをした。そしてさらに大きい声で締めに入る。整備科の面々達も古葉の雰囲気が変わったのを感じてか、身体に力が入る。
「来週から派遣研修がスタートする。一月半ここを空けるので各員整備のやり残しなど無いように。そして研修では先方に失礼のないように気を引き締めて行くように。それではこれにて戦車整備を終了とする。各員、派遣先での充実した時間を祈る。……それでは、撤収!!」
「「「「はい!!!!」」」」
古葉の号令とともに各員は撤収作業に入っていった。
その顔はどれも待ちきれないと言わんばかりの表情で、誰もが研修先での活動に思いを馳せながら、あーだこーだと、友人同士で語り合う光景がそこにはあった。
_________だが、ただ一人、八潮学だけは依然として浮かない顔をしていた。
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そして月曜日の朝、出発の日、整備科の連中は舞鶴港に集合していた。ここから各方々の学園艦へのフェリーが出るので、桟橋には大荷物を持った整備科の面々が今か今かとフェリーの到着を待っていた。
それが我慢できないのか、前山がうずうずしながら、静かに下を向いている八潮に話しかける。
「おはようやっつん、いよいよだな。去年より今年は2回目な分緊張も少ないか?ってなんだその顔!?すっごい隈だぞ!?」
驚いた様子で前山は八潮の顔を見る。八潮の顔は、離れた場所からでも分かるくらいのくっきりとした隈を作っていた。前山の言葉に反応をかなり遅らせて返事をする。
「……あぁ、おはよう前やん。何?」
寝ぼけているのか、前山の言葉が理解できず再度聞き返す。
「いや、お前酷い顔してんぞ、俺も楽しみすぎて昨日は寝れなかったがお前は重症な感じだな!」
そう、前山は研修先での事を考えていたら興奮しすぎてしまい、出発前日の夜には遠足前の小学生のような状況に陥っていた。彼は八潮が自分と同類だと思ったのか嬉しそうにそう返す。
「……いや、楽しみとゆうか、別のドキドキで眠れなかったよ……」
ワクワクが抑え切れない前山に対し、低いテンションのまま八潮はそう返す。
「なんだよ、そんなんじゃ大洗の子たちに笑われちゃうぜ?」
「……お前は気が楽そうで羨ましいよ。と言うか前やんは班長なのに不安じゃないの?」
それを聞いた前山は八潮が寝不足な理由を察して、ニンマリとした笑みを浮かべる。
「……はあー、なるほどね。今回もお前のナーバスなところが出たって訳か」
「……わざわざ言わなくていい」
煽る様な前山の態度に、八潮が不機嫌になりながらそう返す。
「まあ、そう言うな。俺だって最初は疑問に思ったわ。なんせ2年生で整備班長だなんて殆ど無い事だからな。だけど俺は隊長に『お前の整備の腕を買った』って言われて納得したんだ。やっぱ隊長は分かってるよなー」
班長になった理由を少し捏造しながらも前山は鼻高々にそう言う。
「なるほど、まあ前やんは整備の腕だけなら一級品だからね」
「だけってなんだよ、……まあそうなんだけど。とにかく俺がこう言う理由で班長になったようにお前にもなんか理由があって隊長はお前を大洗の整備班長にしたんだと思うぜ。あの人が理由のない事をするはず無いからな」
八潮はそれを聞いて少しだけだが気持ちが楽になったような気がした。
すると、前山は少し恥ずかしがるよつな表情を見せる。
「それに俺はこれでもやっつんの事をライバル視してるんだぜ?お前がそんなんじゃこっちも張り合いがないわ」
言いにくそうに、前山は八潮にそう告げる。その前山の顔は少し赤くなっていた。
八潮は前山の言葉に驚きながらも、前山と同じく恥ずかしがりながら言葉を返す。
「……なんだよ、らしくないな。……でも、お前の話を聞いたらなんだか気が楽になったよ」
少し笑顔を見せた八潮に対し、前山は薄く笑って
「そりゃよかった」
と、短くそれだけ返す。
気恥ずかしい沈黙が少し流れた後、
《ボォーーーーー》
海の方向から船の汽笛が鳴った。どうやら前山が乗るアンツィオ行きの船がやってきたらしい。
「っと、俺はそろそろだ。じゃあな、やっつん。次会うのは1ヶ月半後だ」
そう言うと前山は自身の荷物を持ち、足早に船の方へ向かって行った。
「ちょっと待って」
そう言ったのは八潮の方だった。前山は足を止め、八潮の方を振り返る。そして八潮は言葉を続ける。
「……戦車戦、整備の腕でも前やんに負けるつもりないから。そっちでヘマしないようにね。ライバルなんだからみっともない事はやめてよ?」
前山はそれを聞き、不敵な笑みを浮かべる。そして
「はっ、こっちのセリフだよ」
そう短く言って、今度こそ船へと向かって行った。
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港での出来事から数時間後、八潮の乗る大洗行きのフェリーは日本海上を航行していた。すると遠くの方に何やら空母の様な形をした船が一隻、海上にポツンと現れた。それをボーッと見ていた八潮に声が掛かる。
「そろそろですね。あれが大洗の学園艦ですか、大きいですね」
そう言ったのは八潮と同じ、大洗の整備班になった一年生だった。
突然の声に八潮は少しばかり驚くが、気を取り直して言葉を返す。
「うん、そうだね。ウチのよりもかなりでかいかな?結構早めに着いたね」
大洗町は太平洋に面した港町だが大洗女子学園の学園艦は現在、日本海上を航行していた。なので本来なら舞鶴から大洗まで航路で何日もかかるところを、大幅に短縮してたどり着いたのだ。
八潮は自分を落ち着かせるように大きく深呼吸し、そして自分のタイミングで話始める。
「……みんな、そろそろ降りる準備をして、降りたら向こうの生徒会長さんが迎えに来てくれるらしいから気を引き締めて行くように」
「「「はい」」」
各員の返事を聞いた八潮はなんとも言えないむず痒い感覚になる。
まだ新米班長の彼はこういうのには慣れてないのだ。