ガールズ&パンツァー 宮舞高校戦車整備科 作:キングコングマン
「ど、どうだ!?大丈夫そうか!?」
アンツィオの格納庫では心配そうにP40を見つめてオロオロしているアンチョビの姿があった。
前山は直したいとは言ったものの絶対に直すと言う保証はしていない。それを確かめるために彼は今、戦車の中身、状態を確認しているところなのだ。
「うーん、所々部品の交換が必要なところがあるっすけど今んところ致命的なのは無いっすね」
前山の声が点検をしている戦車の下から聞こえてくる。これなら大丈夫、直せると彼は感じていた。懸念していた修復不可能レベルのダメージでは無いことに前山も内心ホッとする。
その後、点検を終えた前山が戦車の下から出てくるとアンチョビが尚も不安そうな顔をしていた。
「見た感じだと全然直せそうっすね。さっき言った通り所々交換が必要な場所はあるっすけど、動かなくなるってことは無さそうっす」
前山がそう言うとアンチョビはようやく肩の力が抜ける。
「よ、良かった〜〜...もう直らないものかと思ったぞ。流石、戦車整備の名門校ってところだな」
アンチョビがそう褒めると前山は照れ臭そうな顔をする。
「そ、そうっすか?まだ点検しただけっすよ?」
謙遜してそう言う前山。
「いやー、すごいな!前やん!!私たちが見ても全然分かんなかったぞ!!」
そんな前山にペパロニが称賛の言葉を送る。
「マジっすか!?アザッス!姐さん!!でもまだこれからっすよ!!」
段々と乗せられてきているのか、前山もどんどん上機嫌になっていく。
「ふふっ、凄いですね前山さんは。これなら全部任せられそうですー」
そしてカルパッチョが最後にそう言うと前山の雰囲気が一瞬にして変貌する。
「...ありがとうございます、カルパッチョさん...僕は貴女の為ならこの戦車を命懸けで直して見せます。文字通り僕に全てを任せてください...」
あまりにも似合わない前山の真面目モードにアンチョビは『またか』と少し呆れた表情になる。
「なあ、ペパロニ」
「ん?、なんすかドゥーチェ?」
アンチョビがペパロニに問いかけると目の前の光景と先程の自身への対応を照らし合わせる。
「私達との、この差は一体なんなんだろうな?」
「え?何がっすか?」
対してペパロニは質問の意図を分かってないようだった。
「...いや、何でもない。こっちの問題だ」
「?、変なドゥーチェっすね」
アンチョビは気持ちを理解できる人がいないもどかしさからか、大きくため息をつくのであった。
「...やっぱり凄いな...」
その後、アンチョビが一枚の紙を真剣に見てそう呟く。点検後、前山が戦車修理の見積もりを紙に書いて見せてきた。そこには業者に頼むより格段に安く、無駄のないパーツの発注項目が書かれていたのだ。
「うーん、妥協すればもっと安くできるんすけど、本来のスペックに戻すとなるとこんくらいっすかね?」
もっと安く、と彼は言っているが、今の見積もりでも業者に頼み込むより半分以上のコストカットに成功している。万年貧乏のアンツィオとしてはこれ以上に嬉しい事はない。
「本当にこの値段で大丈夫なのか?いくら何でも安すぎなんじゃ...」
あまりのコストの安さにアンチョビが心配そうにそう呟く。
「工賃は取ってないっすからね。業者の値段が高いのはその半分以上が工賃で取ってるからなんすよ」
前山がそう言うとアンチョビもやっと納得したような顔になる。
高校戦車道の戦車整備の仕方にはおおまかに分けて2種類ある。『自校で整備士を用意するか』、『業者に頼むか』の2択だ。サンダース、プラウダなどの規模の大きく、設備、知識が充足している高校は前者を選ぶ高校がほとんどだ。だがアンツィオのような規模の小さい高校になってくると後者を選ばなくならざるを得ない。自校で自前の整備士を用意しようにもそこに至るまで膨大な資金と時間を要するのだ。大洗などの例外は存在するが、規模の小さい高校にこのような事情が加わると、どうしても強豪校との差は開いてしまうのだ。
だからこそアンチョビはこの状況を打開しようとしている。
「...前山、改めてお願いがある」
アンチョビの表情は真剣そのもの。今後のアンツィオの運命を左右する分岐点に立たされている彼女にとってはここが正念場だ。
「さっきも言ったがウチには戦車整備の知識が無い。このままでは資金がひっ迫して戦車道自体が無くなる可能性だってある」
真剣な瞳で前山を見つめるアンチョビ。
「...」
前山もそんな雰囲気を感じ取ったのか真剣にアンチョビの言葉に耳を傾ける。
「そんなことにはしたくない。やっとここまで規模を大きくしたんだ」
言葉に熱が入るアンチョビ。1年生の頃、消滅寸前のアンツィオ戦車道を救うべく推薦で入学し、ここまで必死にやってきたアンチョビにとってそれだけは避けたいことだった。
アンチョビがそこまで言うと一つ、大きく深呼吸をして覚悟を決めたように本題を口にする。
「...君たちの力を貸してほしい。どうか私たちに戦車整備の何たるかを教えてくれないだろうか?」
そう言って深々と頭を下げるアンチョビ。対して前山は少し考え込む。
「...1か月半すか...」
アンチョビの言葉にしばらく考える素振りをした後、前山がそう呟く。
「今回もそうっすけど基本派遣研修の期間って1か月半っす」
深刻そうな顔をして続けて前山がそう言うと、アンチョビは首をかしげる。
「?、そうだがそれがどうかしたか?」
前山が言わんとしてる事が分からないのかアンチョビは素直に疑問をぶつける。
だが次に前山が発した言葉はアンツィオの生徒たちにとっては聞きたくない言葉だった。
「...ちょっと言いにくいっすけど、自分が戦車を触り始めてまともに整備できるようになるまで半年はかかったっす。パーツとか全部理解するようになるまでは1年以上かかったっすかね」
前山の残酷ではあるが現実的な言葉にその場にいたアンツィオの生徒の顔がどんどん青ざめていく。将来の戦車整備のプロである前山でさえ多大な時間をかけて身に付けた技術。それをアンツィオは1か月半で身に付けようというのだ。途方もない難題を突きつけられてアンチョビ達の表情は一層強張る。
「でも、それでも...諦めたくはない...!」
しかしアンチョビの決意は固い。諦められない彼女は前山に近寄って両肩をガッシリ掴みブンブンと揺さぶる。
「ど、どうにからないのか!?もうこのチャンスを逃したら後がないんだ!!前山は一流の整備士なんだろう!?出来る事なら何でもするから見捨てないでくれ!!」
「ちょ、ちょっと!!落ち着いて下さい!!まだ自分は出来ないとは言ってないっすよ!!」
必死に懇願するアンチョビにあたふたしながら前山がそう言う。
「で、でも、お前は出来る様になるまで半年掛かったって言ったじゃないか...1ヶ月半で私たちに出来るものなのか...?」
アンチョビがそう言うと前山は落ち着いて返す。
「俺が元々戦車整備に興味を持ったのは中学3年からっす。それまでは戦車のせの字も知らないようなど素人だったんすよ。つまり全く知識の無い状態から半年掛かったって事っす」
前山の言葉にアンチョビは素直に頷く。彼が戦車整備に興味を持ったのはなんと中学3年生の夏。普通なら志望校も固まっており受験に向けての対策をしていくのだがここで前山は強引に志望校を宮舞に変えたのだ。
多種多様な技術知識が求められる戦車整備を半年、それも独学で身につけると言う事は途方もない努力が必要なのだ。結果として前山は宮舞の戦車整備科に入学出来た訳である。
「アンチョビさん達は自分達なりにここの戦車を整備してたっすよね?」
「...確かにそうだが、知識なんて一つも身に付かなかったぞ?」
前山の問いにアンチョビはそう返す。
「別に知識はいいんすよ。大事なのは戦車の中身を触ったことがあるかどうかっす。何処にどのようなパーツが有るかを感覚で覚えていれば知識、技術を教えればうんと伸びるっすからねー」
前山がそう言うと希望が見えたのか、アンチョビは明るい顔になる。
「そ、それなら多分大丈夫だ!!中身は自分たちも散々弄ってるからパーツがどの場所にあるかはバッチリだぞ!!」
アンチョビのその言葉にやはりかと、前山は思う。彼がP40の中身を散見したとき、ガワと同じで散々弄くり回した痕が残っていた。それ即ち彼女たちは知識は無いにしろ、パーツの位置は完璧に把握している事だろう。そこにパーツ各々の役割やそのパーツをどのようにすれば戦車の調子が良くなるかなど、『知識』を叩き込めば戦車への理解度はグンと上がる。つまり彼女らは素人ではあるが、全くの素人のスタートラインよりかは一歩先を行っている訳である。
「これならなんとかなりそうっすね。本格的に戦車を触るのは明日からっすけどまずは周りの軽戦車達からっすかね。軽戦車は構造が単純で初心者向けっすから多分とっつきやすいと思うっす」
「そ、そうか!わかった!!明日は軽戦車からだな!!」
アンチョビも素直に前山の言葉に頷く。なんとかなると言う前山の言葉を聞いて俄然やる気が出たようだ。
「...それでも1ヶ月半で教えるとなるとかなり厳しくなるっすよ?覚悟はしといた方がいいかもっす」
「う、うん!!私達も全力を尽くす!私らとしても藁にもすがるような思いなんだ!よろしく頼む!!前山!!」
そう言うとアンチョビが握手を求めて前山もそれに応える。ここで時間も遅くなってきたこともあり、初日の派遣研修は終了したのだった。
そんなこんなで初日が終わり、前山たちはアンツィオの学園艦に設置された宿舎に戻っていた。各々、荷物を整理しているとその中の1人が口を開いた。
「どうだった?前やん」
「ん?なんだ野村か、どうだったって何が?」
前山に話しかけたのは宮舞の同じ2年生の野村だった。
「いや、アンツィオの戦車どうにかなりそうなのかなって思ってな」
「うーん、特に致命的ってわけでも無いからな。問題はアンチョビさん達が整備を覚えられるかどうかだけど」
前山がそう言うと野村も難しい顔になる。
「問題はそこだな。...あの場では言わなかったが、アンツィオが戦車整備を身に付けられる確率はどのくらいだと思う?」
野村が核心をつく質問を投げかけると前山は少し考え込む。
「...まだ分かんねーよ。彼女達がどれだけ戦車の中身を理解してるか分かんないからね」
「個人個人で差もあるだろうからな。しかし1ヶ月半だ。ある程度理解してたとしても、業者を介さないで本当に自分たちだけの力で整備出来る様になるのか?」
野村が質問を重ねると前山は苦い顔になる。確かにある程度までは業者に頼らずに出来るレベルまで持っていけるだろう。だが、彼女達が目指している『完全に自分達の力だけでの整備』が出来る様になるかと問われれば前山も首を縦には振れなかった。
「...正直、そのレベルまでにするとなると半分の確率も無いかもしれないな。自分たちだって先輩達からのアドバイス無しに完璧に整備をこなせるようになるまで入学から3ヶ月は掛かったからな」
アンチョビ達には言わなかったが、前山はその様に感じていた。彼が入学当初、事前に知識を身に付け、万全の状態で臨んだとしてもいざ実際に戦車に触れてみるとまともに整備出来なかったのだ。
それともう一つ、前山には危惧していることがあった。
「...だよな。それに戦車整備はポテンシャルだけじゃなくて"根気"も必要になる。アンツィオの生徒達にそれが備わっているといいが...」
野村がそう言うと図星を突かれたかのように前山は軽く唸る。複雑怪奇な戦車の構造を完璧に把握するにはやはり時間がかかる。しかも完璧に整備出来たと思っていてもいざ動かしてみると全く力が出ないことが
初心者には多々あるのだ。それに向き合う根気の強さが戦車整備には必要になってくる。
「...問題は山積みだ。一つずつ解決するしか手立てはないけど、そこは彼女達の"ポテンシャル"と"根気"に賭けるしかないな」
前山がそう言うと野村も難そうに頷くのだった。
彼らにとってはなんて事のないと思っていた派遣研修。だがこの研修で技術を伝える難しさ、数々の大きな壁に前山達、そしてアンツィオの命運は大きく翻弄されていくことになる。