ガールズ&パンツァー 宮舞高校戦車整備科 作:キングコングマン
アンツィオでの派遣研修が始まってから二週間。全く自分達で整備ができないと言う訳でもなく、前山の助言ありきだが自分達で整備ができる様になって来た。しかしそれは助言があっての事。最初の頃はエンジンの点検は愚か、履帯の交換でさえ手間取る様な有り様だった。
しかしそこからのスタートと思えば今の現状はかなり良くなったものであるし、何より良かったのは壁にぶち当たっても曲げない"根気"を彼女達は持ち合わせていた。まだまだ知識不足ではあるが、これなら何とかなりそうだと前山も感じ始めている所だった。
「凄いっすね…まさかオーバーホールを一人でやり切るは思わなかったっす」
「そ、そうか?でもまだ時間がかなり掛かっているな。前山と比べれば倍以上掛かっている」
格納庫の一角。整備を終えたCV33の前で、前山とアンチョビが話をしている。
そして前山はアンチョビの整備士としてのポテンシャルの高さに心底驚いていた。
何と彼女一人だけでエンジンのオーバーホールをやり遂げたのだ。
前山でさえオーバーホールを一人で完璧にこなせるまでに半年は掛かった。しかし目の前の彼女はパーツの少ない軽戦車のエンジンとは言え、2週間と言う短時間で前山の助言も無しにこなせる様になっていた。
オーバーホールと言うのは戦車整備でも最難関の整備に当たる。
戦車の心臓たるエンジンを分解、清掃をして組み立て直す。と言うのがオーバーホールだ。
複雑怪奇、多種多様のパーツで構成されているエンジンを分解して組み立て直すと言う事は、勿論エンジンのパーツがどの位置にあってどの順序で組み立てるかと言うのを、全て頭に入れておかないとならない。もし一つでも順序やパーツの位置を間違えると、燃費が悪くなったり、逆にエンジンの寿命を縮める事にもなる。
最難関かつ、最重要の戦車整備がこのオーバーホールなのだ。
それを2週間で身に付けられると言うのは、前山にとって考え難い出来事だった。
「いや、こんなに早くオーバーホールが出来る様になる人はまず居ないっす。アンチョビさん、もしかして他のエンジンとかも弄った事があるんすか?」
「あ、ああ。私が入学した当初は整備士は愚か履修者さえ二桁居なかったくらいだったからな。戦車整備も自分一人でやるしか無かったんだ」
「なるほど…それで…」
アンチョビの説明に前山も納得がいく。彼女がここまで物覚えがいいのは知識は無いにしろ、戦車の中身は一年生の頃からずっと弄って来たからであった。ならばそこに知識を入れるとうんと良くなるのは必然と言えるだろう。
「当時は整備を業者に頼む金も全く無くて、何とか自分達でやりくりするしか無かったんだ。もう昔の事だがな」
苦笑いをして軽く言うアンチョビ。もう昔の事だと割り切ってはいるが、当時はどれだけ苦労をしたのだろうか。
履修者を集めることから始まって、戦車を買う為の資金調達の奔走。学校への予算拡大の交渉。
高校で戦車道をほぼゼロから始めるとはそう言う事である。
「….アンチョビさんはホント凄いっすね…」
「ん、なんだ前山、何か言ったか?」
前山が覚えたのは紛れもなく尊敬の念だった。消滅寸前のアンツィオ戦車道を大会に出場するまでに押し上げた彼女の功績。それは此処の生徒達の彼女への信頼の高さが物語っている。
ならば前山もその努力に応えたい。
「よーし!オーバーホールが出来るって事は次は電気系統っすね!!ジャンジャンやっちゃいましょう!!」
「お、オイ!なんだよいきなり…!」
アンチョビの手を引っ張って前山は意気揚々と電気系統の説明をする。
恐らくこの整備技術を身につける事は、彼女にとってアンツィオに残せる最後の功績になるだろう。その"最後の功績"に泥を塗る事はできない。前山に出来ることはその功績を最高のものに仕上げる事だ。
「もう、なんだよ…」
突然にやる気が出た前山に困った様に笑うアンチョビ。しかし嬉しそうに、真摯に説明をする彼に、どこか彼女も嬉しくなるのだった。
「ドゥーチェー!!前山さーん!!どこに居ますかー!?」
前山が戦車の中で電気系統の説明中、遠くから二人を呼ぶ声が聞こえて来る。女性の声だ。と言う事はアンツィオの生徒だろう。
アンチョビがキューポラから顔を覗かせると、そこに居たのはカルパッチョだった。
「あ、ドゥーチェ!ここに居ましたか!ちょっと来てもらっても良いですか?ついでに前山さんもどこに居るか分かります?」
彼女が二人を呼ぶと言う事は、整備の事で質問があるのだろう。前山だけでは言葉に不備があるので、整備の事で質問がある時は、翻訳家であるアンチョビもセットで呼び出すのが通例となっていた。
「ああ、ちょっと待ってくれ。前山!」
「ん?なんすか?」
アンチョビが車内で電気系統をチェックしている前山に声を掛ける。
「カルパッチョがお呼びだ。多分整備に関しての質問だろう」
「え!?カルパッチョさんっすか!?了解っす!!すぐ行くっす!!」
カルパッチョという単語を聞いて途端に表情が明るくなる前山。相変わらずであるがアンチョビももう慣れたもので、特に反応も起こさなかった。
「ほら、行くぞ」
「あざっす!アンチョビさん」
アンチョビがそう言って前山の手を取り、キューポラから引っ張り出す。
そんな光景も、アンツィオでは見慣れたものになっていた。
「どこが分からないんすか?」
「えっと…ここです」
カルパッチョが指を差した所を見て、前山は納得した様な表情になる。
「あー、ラジエーターっすか。確かにまだ教えてなかったっすねー。これは水を足しておけばオッケーっす」
「えっと…どこにですか?」
カルパッチョには水を足せと言われてもどこに足せば良いのか分からない。
「ラジエーター本体の横にキャップがあるだろう?それを開けて水を流せば良いんだ」
補足する様にアンチョビが付け加える。その説明で理解したカルパッチョは、キャップを開けて水を流していく。
前山と一緒にアンチョビが来るのは、こういう事が多々あるからであった。
「いっぱいは入れなくて良いぞ。ゆっくり入れていって、タンクが8割程になったらそれでいい。しかし前山、ラジエーター本体は洗浄して無いが良いのか?」
「あんまり洗浄し過ぎると本体が錆びついちゃうっすからね。見た感じそんな汚れてないんで今回は水を足すだけでいいと思うっす」
「なるほど…」
ここ2週間でアンチョビは随分と前山と専門的な会話が出来る様になって来た。実際、前山や宮舞の整備士達と一番会話をしているのも彼女であるし、一番前山に話を聞きに行っているのも彼女だった。
アンチョビと言う女性は、とにかく勉強熱心なのである。前山も2週間でそれをひしひしと感じていた。
「ドゥーチェは凄いですねー。私なんかまだエンジンに手をつけられないのに、もう前山さんの会話に付いて行けてるじゃ無いですかー」
カルパッチョもそんなアンチョビに感心しているなだろう。素直に褒め言葉が出る。
「カルパッチョだってかなり良くなってるじゃないか。前山、そろそろカルパッチョにもオーバーホールを教えてもいいんじゃないか?」
アンチョビの提案に前山も頷く。
「そうっすね。カルパッチョさんなら多分大丈夫っすから。…なら俺が手取り足取り…」
「カルパッチョには私から教えておくから良いぞ」
「…うっす」
アンチョビに釘を刺されて項垂れる前山。それはともかく、カルパッチョにオーバーホールを教えるのは彼としても賛成であった。アンチョビほどでは無いが、エンジンの構造も大分理解出来てきた所なので教えるに越した事はない。
上手く行けばアンチョビがカルパッチョにオーバーホールを教える様に、カルパッチョがまた他のアンツィオの生徒達にオーバーホールを教える事も可能になるのだ。
こう言う良い連鎖が起きればこの研修での目標達成にもぐんと近づく。
「今日はもう遅い。教えるのは明日からで良いか?」
アンチョビの提案にカルパッチョも頷く。
「はい!明日からお願いします!ドゥーチェ!!」
次へとステップアップ出来たことがカルパッチョにとっても嬉しいのだろう。嬉しそうな声を隠しきれずに元気よく返事をした。
「あ、まえやーん!!ちょっと良いか?」
すると、遠くの方から男性の声が聞こえて来た。前山が声の方へ振り向くと、そこには同じ宮舞の野村が居た。
「ん?どしたの野村?」
「いや、午後はペパロニさんに整備を教える予定だったんだけど見当たらなくて…どこにいるか知ってるか?」
「…姐さんが?いや、知らないな…アンチョビさん達はどこにいるか分かるっすか?」
前山の問いかけにアンチョビとカルパッチョも横に首を振る。
「…そうっすか、じゃあ自分はもうちょっと探してみます!」
野村がそう言うと、3人の前から足早に去って行った。
「…ウチの者が度々悪いな」
事情を察したアンチョビが前山に対して謝る。
「え!?いやー!姐さんにも何か事情があったんすよ!!…多分」
苦笑いをしてそう言う前山にアンチョビも同様な笑顔を返す。
「多分整備の事なんか忘れて、どこかでほっつき歩いてるんだろう。今度キツく言っておくから許してくれ」
アンチョビは困った様にそう言ってため息をつくのだった。
程なくして時刻は18時を回った所。アンチョビの号令と共にアンツィオの履修者達が一斉に片付けを始める。
各々片付けをしている最中、カルパッチョが一人の少女に話しかけた。
「あ、ペパロニ、戻ってたんだね。一体何処に行ってたの?」
カルパッチョが話しかけたのはペパロニだった。午後は格納庫のどこにもいなかったので彼女としても気になっていた所だった。
「え!?い、いやー。ちょっと稼ぎに屋台の方へ行ってたんだ」
焦る様にペパロニがそう言うとカルパッチョがジトっとした目を向ける。
「…午後は宮舞の人に整備を教えてもらう予定じゃなかったの?野村さんがずっと探してたよ?」
「っ…!!」
カルパッチョに指摘されてペパロニはしまったと言う様な表情になる。
「え、えぇと…わ、忘れてたんだよ!!の、野村には悪い事したなぁ!!…カルパッチョから謝っといてくれないか?」
「……」
カルパッチョは違和感を覚えていた。ペパロニと言う少女は良くも悪くもノリで生きているような少女だ。深い事は考えずその場の勢いでなんとか乗り切っているような少女。約束をすっぽかしたからと言って明日には忘れている様な少女。
その彼女が、何か後ろめたさを感じる様な態度を取っている。その事にカルパッチョは違和感を感じていた。
付き合いを始めて二年間。初めてと思えるほど、しどろもどろなペパロニを、怪しい目で見ている。
「…分かった。今回だけだよ?次はちゃんと整備を教えてもらってよ?」
しかし初めて見るペパロニの態度に様子を見ようとしている様だ。カルパッチョとて初めて見るペパロニの態度に困惑している様である。
「う、うん!分かってる、分かってるって!!」
いつも通りの豪快な笑みを浮かべてそう言うペパロニ。
しかしその笑顔が強情なものであるとは、長い付き合いのカルパッチョでも見抜けるものでは無かった。
今回は短めです。