ガールズ&パンツァー 宮舞高校戦車整備科 作:キングコングマン
雪がチラついている。10月ではあるが気温は氷点下に近しい。プラウダの学園艦は随分と北を航行しているようだ。寒さも一層増して身も縮こまるような中、子供のように元気な男が一人居た。
「試合はタイマン!!作戦はとにかくケツに喰らいつく事じゃ!!」
勢いよくそう啖呵を切った男が一人。ノンナの挑発にまんまと乗せられた久我は寒さもなんのその。5秒程の短過ぎる作戦内容が告げられ、各々から返事が返ってくる。
「何でわだすが...」
その中に何故かニーナの姿があった。あの後、久我に強引に連れて行かれ強制的に久我の乗る戦車に乗せられたのだ。と言っても、勝手にニーナの戦車を久我が借りているだけなので何ともおかしな光景である。
「お前がおらんと戦車の動かし方が分からんじゃろうが!安心せい!!10分もすりゃ覚えるわ!!」
「いや...そう言うこどじゃあ...もういいだす...」
戦車の取扱説明書として連れてこられた不憫なニーナ。言いたいことはそういうことでは無いのだが今の久我には言っても通じないと思い、半ば諦めの境地に入っていた。
「...いいのですか?ニーナを向こうに貸してしまって」
久我と対面、T-34のキューポラから頭を出したノンナがそんな光景を見てカチューシャに尋ねる。
「フン、別に、1人貸したってどうって事ないわよ。アタシらが負ける理由なんて万が一にも無いわ」
不敵な笑みを浮かべてカチューシャがそう言う。それが余裕なのか慢心なのかは分からないが、彼女はどう足掻いても向こうに勝機がないと確信しているらしい。
「そうですね...同志カチューシャがそう言うなら。私もそれに従います」
ノンナが同調すると2人ともキューポラの中へ入って行く。
相手は今日初めて乗る戦車で模擬戦。どう転んでも負ける筈はない。そんな彼女らの"慢心"がこの模擬戦に大きく影響することになるとも知らずに。
「おほん、それではこれより模擬戦を開始します。内容は1対1、車輌は両車ともT-34、各自配置に就き次第試合開始となります」
模擬戦の審判に立候補したクラーラからハキハキとした声が聞こえる。周りにはほぼ全員のプラウダの戦車道履修者達が見物に来ていた。あまりにも異質なこの模擬戦に誰も彼も興味津々らしい。
「それでは各車配置についてください!」
クラーラの号令と共に2車ともそれぞれ開始のポイントに戦車を走らせる。慣れた動きでスムーズに戦車を走らせるカチューシャ車に対し、やはりと言うべきだろうか、久我車は何ともぎこちない動きでポイントに向かうのであった。
「や、やっと着いた.....」
ニーナが一息、疲れたようにそう言う。ポイントに向かうまで質問の嵐、ギアチェンジはどのように動かすのか、砲塔の射程はどの程なのか、矢継ぎ早に絶え間なく質問されるものだからポイントに着くまでにニーナはグッタリしてしまったのだ。
対して久我は真剣、ニーナに教わった事を反復するようにぶつぶつと呟いており、相当な集中をしていた。
「...おっし、そろそろええか?あんまり待たせるのもいけんしのう」
久我が確認を取ると各員からも了解の返事が返ってくる。まだこの戦車に乗り始めて10分少々、まだまだ動きは拙いがここからは実戦で動かした方が良いという、久我の判断なのだろう。
『こちら久我車、待たせたのう。準備オッケーじゃ』
久我は全員の確認を取ると無線で審判のクラーラにそう伝える。
『分かりました。同志カチューシャはもう配置についていますのでこれより模擬戦を開始します。ルールは1対1、相手の車輌を行動不能にすれば勝ちです。それでは、開始!!』
クラーラの号令と共に両車とも同時に動きだす。今回は1対1の特殊戦。つまりは接敵すればそこで決着が付く可能性が極めて高い。なので両車はまず先に敵車を捕捉する事に神経を研ぎ澄ます。
「どっちに動きますか?久我さん」
そう言ったのは2年生砲手の町田。車長兼操縦士である久我にどちらに行くかを尋ねる。
「あー、取り敢えず右行ってみるかのう」
「え!?そんな適当でいいんだすか!?」
適当に行き先を決めてしまう久我。ニーナは困惑しているが宮舞のメンバーは慣れた様子で指示に従う。久我はまだ操縦に慣れないのか、加速がぎこちない。
「あー、クラッチが近い、すぐ繋がるのう。やっぱ
そんな事をぶつくさ言いながらあれこれ試す久我。ニーナの説明を受けてはいるが色々苦労しているようだ。
「こ、これからどうするんだすか?」
そんな久我が心配なのか、弱々しい声でニーナが尋ねる。
「どうもこうもせん。適当に行って見つければ撃破、それだけじゃ」
作戦なんざ無い。と言う風にさらっとそう言った久我。余りにも無計画なその発言にどんどんニーナの顔が青くなっていく。
「まーまー、ちょっとは落ち着いて。ニーナちゃん」
そう言って緊張するニーナを宥めたのは町田だった。ニーナとは対照的にリラックスした状態のようだ。
「どうせ1対1の特殊な戦闘で作戦なんか立てようも無いんだから、ここであーだこーだ言ったってしょうがないでしょ?それよりも今は一刻も早く敵の姿を捉える事の方が大事なんじゃ無い?」
続けて町田がそう言うとニーナも少し落ち着いたようだ。が、その後はどうするのだろうか?
「でも、見つけた後はどうするんだすか?」
ニーナの問いに宮舞のメンバーはバツが悪そうに一様に顔を背ける。ただ1人を除いて。
「安心せい、俺に考えがある」
そう言って不敵な笑みを浮かべる久我。余にも無謀であるこの戦いに彼は何か勝算があるのだろうか?久我の態度からニーナはそのような思いを抱く。
そして何故だか分からないがニーナはこの久我龍平という男が何かしてくれそうな気がして、心の隅にちょっとしたワクワクを覚えるのだった。
「...どちらへ動きますか?」
「適当でいいわよ、それよりも先に敵を見つける事に集中しなさい」
一方こちらはカチューシャ車。彼女も久我と考える事は同じらしく、どこへ行くかよりもどうやって先に敵を見つけるかを考えているようだった。
「見つけた後はどうします?」
ノンナが続けて聞く。
「別にどうもしないわ。どうせ向こうは何も出来やしないんだから適当にぶっ潰しなさい」
見つけた後の対応も大体久我と同じようだ。
「...そうですね。向こうは初めて乗る戦車を操作するのに手一杯でしょうから。...見つけ次第早急に殲滅します」
「なるべく屈辱的な方法で潰しなさいよ」
「...はい」
挑戦的な笑みを浮かべてカチューシャがそう言う。小さな声でノンナも返事をするとカチューシャ車も動き出して行った。
「「見つけた!!」」
その声は同時に発せられたであろう。両車とも、敵車を発見したタイミングは同じであった。敵車を最初に見つけた方が有利なのは変わりないが、両車同時に発見したとなると装填、標準、発砲の準備の心構えが出来ている方が断然有利となる。両車の距離は200メートル程。その中で最初に発砲の準備ができたのは...
「装填、照準よし!!やったれ!町田!!」
慢心の無い久我車の方だった。砲塔はカチューシャの戦車を先に捉え彼女の戦車よりも幾分か速く弾頭を発射する。
「撃ぇ!!」
一閃、弾頭はカチューシャ車へと一直線_____とはならず、その遥か上を通り過ぎて行った。
「.......町田」
「...しょうがないじゃ無いですか、初めてこの戦車で撃ったんですから」
拍子抜けな結果に久我が問いただそうとすると、その前に町田が言い訳をする。
「む、向こうから撃ってきますべ!!!」
ニーナがそう叫ぶと他の隊員達もハッと我に帰る。
「全力で下がる!!捕まっときぃ!!」
久我がそう言い終わる前に激しい衝撃と共に戦車が勢いよく後退する。幸運だろうかカチューシャが撃ってきた弾頭も直撃せず久我車の足元を削っただけだった。久我の運転する戦車に振り回されないように各員取手につかまり、なんとかこの場を脱しようとする。
「...っち、外しました。...追いますか?」
「追いなさい!逃すんじゃ無いわよ!!」
ノンナの問いにカチューシャの叫びを上げる。逃げて行く久我車を追走し、追いかけっこの形になった。まだまだ序盤ではあるが戦況はカチューシャの方が優勢な形になったのだ。それをカチューシャも理解しているのか、彼女の中に更なる"慢心"が生まれる。
「すぐに潰すのはやめなさい。アイツらにどっちが上か分からせるのよ!なるべく屈辱的な方法でやりなさい!!」
カチューシャがそう声を張り上げると久我車に向かって次々と砲弾を浴びせて行くのだった。
それが仇となるとも知らずに。
「こいつ...!!ちょこまかと鬱陶しいわね!!」
カチューシャの中にイライラが募る。最初こそぎこちなかった久我車の動きが時間が経つごとに俊敏になっている。散々いたぶって屈服させようと息巻いていたカチューシャだが、久我の予想以上の操縦の上達の速さに焦りを覚えていたのだ。
今や後ろから数多の砲弾を撃てど、久我車に難なく躱されるまでになってしまっている。
最初こそ優勢であったカチューシャだったが時間が経つ毎にそれが覆されているのを感じていた。
「ノンナ!!手を抜いてるんじゃ無いでしょうね!?早く仕留めなさい!!」
当初とは真逆の事を言っているカチューシャ。凄まじいスピードで動きが良くなる久我車に、これ以上好きにさせるのは良く無いと、カチューシャの直感が頭の中で警鐘を鳴らし続けていた。
故にこの焦りようである。
「すみません...!!もっと近づいてから仕留めます...!!」
対して砲手であるノンナも焦りを感じている。
表情は変わっていないが口調は険しく、冷や汗も少し額に滲んでいる様だ。
自分はある程度砲手としての技量を持ち、乗り慣れている戦車。対して相手は今回はじめて乗る戦車で知識も少ない。最初こそ余裕だと考えていたものが今となってはそれが焦りに変わっている。
「...何て屈辱かしら...っ!!」
そしてノンナとしては焦りよりも"屈辱"の感情の方が勝っていた。初めて尽くしの相手にこうもいい様に振り回されているのだ。無表情に努めている彼女だが、心の中は心底穏やかではない。
「!!...近づけない!?まだ速く動けるの!?」
ついにノンナが声を荒げる。こちらとしても目一杯速度を上げているがそれでも久我車との距離は一向に縮まる様子がない。そんな"異常"な光景についにノンナも焦りが表情に出てくる。
「アリーナ!!何やってるの!!もっと近づきなさい!!!」
ノンナの背後ではカチューシャの怒号が飛ぶ。何よりもこの状況を不味いと思っているのは他でもない隊長の彼女なのだ。もっと近づく様に操縦士をしているアリーナと言う少女に激しく責め立てる。
「む、無理だす!!こっちも全速力なんです!!本当にアレ、ウチと同じ戦車ですか!?!?」
ニーナと同じ東北訛りで悲鳴を上げるアリーナ。一年生である彼女は隊長であるカチューシャの怒号と久我車の異常なまでの快速にもう頭がパンク寸前だった。なんとか喰らいつくだけでも精一杯なのである。
「文句言わない!!...もしも万が一負ける様なことがあればアンタ達全員シベリア送りよ!!分かってるわね!!!!」
幼いが心の底まで冷えるような冷たい声でカチューシャがそう言い放つ。それを聞いたノンナとアリーナは一層自分たちの表情が強張っていくのを感じるのだった。
「.....」
「.....」
「.....」
一方こちらは久我車。向こうとは対照的に驚くほどに会話が無い。聞こえるのは耳が割れそうなほどの爆発音と、唸るようなエンジン音のみが車内に響き渡っていた。皆、自分の仕事を理解、集中しているからこその、この静けさだった。
「す、すごい...」
そうポツリと溢したのはニーナだった。久我の異常なまでの操縦の上達の早さを間近で見ているのである。相手の弾に当たらんと激しく蛇行運転する久我に振り回されないよう必死に取っ手にしがみ付きながらも
久我の運転する様から目を離せないでいた。
「...から........いって......,.げき.....」
そんな久我は真剣な表情で聞き取れないほどの小さな声で独り言を呟いていた。頭の中で考えている作戦などが口から漏れているのだろう。
それに自分自身が気が付かないほど、彼は深い集中に入っていた。
「...久我さん、接近戦に持ち込みましょう」
ピリっと張り詰める緊張感の中、そう提案したのは町田だった。
「...ええけど、理由は?」
久我もそれを考えていたのか、驚きもせずに町田にそう返す。
「このまま追いかけっこを続けてもジリ貧です。かと言って相手を振り切って遠くから狙ったとしても今の自分じゃあ砲弾が掠ることも無いでしょう」
少し自虐的に町田がそう言うと少し間を置いて続ける。
「...至近距離での戦闘なら久我さんの十八番です。勝機があるとすればそこしか無いと思います」
町田がそこまで言うと久我は少し黙り込む。
「...かなりのリスクじゃ。ほいでもやるんか?」
再度の確認。周りの隊員達も頷いており、町田の提案した作戦に賛成のようだ。
「...分かった。次の砲弾を躱したら即座に反転、急接近する!!チャンスは一回切りじゃと思え!!気合い入れいよ!!!」
「「「了解!!!」」」
久我の決断に隊員達も気合を入れ直した。
撃てども撃てども当たらない。もう自分が何発相手に向けて発砲したのかも定かでは無い。ノンナの中では砲弾が一つ一つ外れる毎に疑心暗鬼になっていた。
どうして当たらないのか?相手のポテンシャルを甘く見ていたからだろうか?それとも自分の砲手としての腕が不足しているのだろうか?
そんなネガティブな思考ばかりが頭の中に渦巻き、それを必死に振り払おうとがむしゃらに久我車に向けて砲弾を浴びせ続けていた。
「どうして距離が縮まらないのよ!!」
そしてカチューシャは一向に縮まる気配のない久我車との距離に焦りも限界に来ている様だった。
「こっちも全速力です!!」
アリーナも苦渋な表情で必死に追いかけているがそれでも状況は変わらない。カチューシャの戦車では皆が皆、焦りを隠しきれず、戦車の中の雰囲気は最悪の一途を辿っていた。
「ぐっ....!!...このままじゃジリ貧よ。何か別な方法を...」
焦る気持ちをなんとか抑え、やっとこの追いかけっこが無益な事に気付いたのか、カチューシャも別の作戦を考える。
だがそんな暇も無くノンナが声を上げた。
「敵車反転!!!!こっちに向かってきます!!!!」
その言葉に皆反応が遅れる。誰もがまさかといった表情で一瞬、時間が止まったかのように硬直する。
それは、隙を生み出すのには十分な間だった。
「ノ、ノンナ!!なんとかしなさい!!!」
いち早く状況を理解したのはカチューシャ。もう敵は目の前まで来ている。このままじゃやられる。そう直感した彼女はノンナに発砲の指示を出した。
「まだ装填の準備ができていません!!早くしなさい!!!」
装填主に向かって声を荒げるノンナ。慌てて弾をセットしようとするが間に合わない。まるで狙っていたかのようなタイミング。まさか自分の発砲のタイミングを読んで反転した...?そう理解すると彼女の中に悔しさが一層募る。
「...どこまでも舐めてくれますね...!!っ!?!?」
その直後に衝撃、最初に被弾をしたのは、カチューシャ車の方だった。
「まだ相手は生きとる!!もう一回反転して接近する!!!」
久我がそう叫ぶと再び反転してカチューシャ車の方へ向かう。
彼の取った作戦は一撃離脱戦法。高速で相手に接近し、砲弾を浴びせた後、相手の反撃を喰らう前にそのままの速度で退避する戦法だ。航空機などで多用されるこの戦法だが、久我はそれを戦車とのすれ違い様に
用いる応用をした。相手が砲弾を発射するタイミングを見切り、すぐさま反転。敵車が装填を終わらせる前にこちらが高速で接近し、反撃の隙を与えないままに撃破する。と言うのが彼の作戦だった。
「右の履帯がやられました!!動けません!!!」
戦果としては上々。後は後ろからエンジンなり何なりに砲弾を浴びせて試合終了。誰もがそう思い、久我自身も勝利を確信したのか、不敵に笑って履帯が動かなくなったカチューシャ車にトドメを刺そうとする。
「トドメじゃ!!!」
標準を再びカチューシャ車に合わせてまた加速をする。相手は履帯を損傷し、もう満足に動く事もままならない。
自分達はもう勝ったも同然。
だが、その油断がこちらに頭を振ろうとしているカチューシャの砲塔に気付くのを遅らせてしまった。
履帯は死んでいるが、カチューシャ車の砲塔はまだ生きているのである。
「...調子に乗らないで!!!!」
ノンナの叫びと共にようやく装填の完了したカチューシャ車から砲弾が飛び出す。それに一瞬遅れて久我車も砲弾を発射するが、
___ガァァァァン!!!!
まるでこの世の物とは思ないような音を立てて久我車に直撃した砲弾。その衝撃で止めになる筈だった久我車の砲身はズレてカチューシャ車の右側の地面を抉った。
そしてその衝撃で砂埃が上がり2台の戦車を包み込んだ。
誰もが息を呑む光景、砂埃が晴れたらどうなっているのだろうか?プラウダの履修者達も固唾を飲んで視界が良くなるのを待っている。
すると、シュポッという子気味のいい音を立てて白旗が上がるのが見えた。決着が着いたのだろう。あとはその戦車がどちらの戦車なのかを確かめるだけである。
勝ったのは.....
「.....久我車、戦闘不能!!!よってカチューシャ車の勝利とします!!!!」.
審判であるクラーラから声高らかにそう宣言される。
楽勝であった筈の模擬戦、ここまで追い詰められるとは思っていなかったのだろう。勝利の一報を聞いても、カチューシャ車の隊員に喜ぶものは居なかった。
やっぱ戦車戦描写って難しい....