ガールズ&パンツァー 宮舞高校戦車整備科 作:キングコングマン
翌日、教室で八潮は学校の昼休み中に腕を組んで紙とにらめっこをしていた。派遣研修のプリントである。
派遣研修は基本的に4〜6人でチームを組み、一度行った高校は選べないのがルールだ。八潮は去年マジノ女学院というフランス戦車が主力の高校に派遣されたのでその高校は選べない。ならばソ連のプラウダか、アメリカのサンダースか、イギリスの聖グロリアーナか、はたまた今年新たに追加されたドイツの黒森峰か。八潮が最も興味があったのは第二次世界大戦で圧倒的な完成度を見せたドイツ戦車だったが、黒森峰とゆう名前でかなり足踏みしているようだ。それと八潮にはもう一つ気になる高校があったのだが……
「よお、やっつん。難しい顔して何見てんだ?」
そんな悩む八潮に、軽い感じで一人の男が正面から声を掛ける。
男は八潮の机に腰掛け、面白がる様にプリントを覗き込む。
「ん、まえやんか、派遣研修のプリントだよ。第一希望をどこにしようかって……」
八潮にまえやんと呼ばれたこの男、八潮と同じクラスであり、同じ整備科の2年でフルネームは前山翔吾という。
少し猫背で垂れた目が特徴的で、この様に軽い感じの八潮の友人である。
「もう悩んでんのかよ、まだあと6日もあんだからゆっくりでいいんじゃね?」
他人事の様にそう言い放つ前山に対し、八潮は少々顔を顰めた。
「そうやって去年テキトーに選んで痛い目を見たんだから。慎重にもなるよ」
「……あぁ、お前は去年マジノだったな」
痛い目と言う言葉を聞いて、前山もバツの悪そうな表情になる。
「うん、だから今年はもっとやりやすい高校を選ぶよ」
そして八潮は渋い顔のままそう言った。
________________
『戦車道は女の武道、男の入る余地は無い』
今でこそこの認識は薄まってきているが、昔は男が戦車道に介入するなどあり得なかった。戦車の整備でさえも女性が殆どで男に戦車を触らせる事など侮辱に当たる行為だったのだ。現在ではジェンダーフリーもある程度進み男の整備士が増えているが、それでも男が戦車に乗って戦う事は殆ど無く『整備士』と言う枠に収まっているのが現状だ。
八潮は去年、マジノ女学院に派遣研修として行った時にその現実を目の当たりにした。
それはマジノ女学院の戦車庫でルノーB1とゆう重戦車の整備を終え、動作チェックを行おうとキューポラに乗り込もうとした時だった。
当時のマジノ女学院の3年の一人が血相を変えてこちらに近づいてきて、八潮の胸ぐらを掴んで叫び出したのだ。
「何をしてますの!?貴方方は戦車の整備だけではなくって!?その汚い手でわたし達の戦車を動かさないでくださいまし!!!」
それは八潮にとって衝撃的な出来事だった。
この言葉に当時の整備班長も反発し、事態がかなり大きくなってしまった。だが幸い当時2年生であった古葉が緊急でマジノの派遣研修に参加し仲介して、なんとか事は収まった。
八潮にとってはこの出来事がトラウマで今回の研修に早くも頭を悩ませていたのだ。
「まあ、あんな出来事そうそう起こるもんじゃ無い。今回は気楽に行こうぜ」
前山に励まされるものの、八潮の表情は暗い。
「……はぁ、分かってるよ。と言うか、まえやんはもう決めたの?」
八潮の問いに前山はデレデレとしただらしない笑顔を浮かべて自信満々に言い放つ。
「そりゃもちろん今年も第一希望は聖グロよ、去年はダメだったから今年は絶対行けるわぁ」
クネクネと気持ち悪い動きを繰り返しながら下心全開なのを隠そうともせず前山は派遣研修倍率第一位の聖グロでの妄想を浮かべている。
「はぁ……相変わらず気楽そうで羨ましいよ……」
その光景を見て、だからお前は去年サンダースで玉砕しまくったのだ。と八潮は思った。
______________
派遣研修のプリントが渡されてから5日後、整備科の8割の人間が提出を終えているのに対し、八潮は未だに何処へ行くかを決めあぐねていた。幸い、日々の整備に支障をきたすことはないものの八潮の心の中はモヤモヤとしたスッキリしない気持ちが溜まっていた。
「...よう、八潮、しけた顔で整備してんな」
そんな中、八潮に声を掛ける人物が一人。
「ノッポ先輩...」
話しかけてきたのはこの派遣研修を仕切る一人でもある柴原だった。
八潮はプリント提出の催促にきたものだと思いすぐさま謝る。
「すみません、プリントは明日までに提出します」
それに対して柴原は無表情のまま言葉を返す」
「……別にいい、お前の事情はここにいる2、3年なら全員知っている」
「ですが……」
「期限は気にしなくていいから、ゆっくり決めてくれ。後はこっちでなんとかする」
八潮が皆まで言う前に、柴原はそう言い切る。
この柴原と言う男、いつも無表情でぶっきらぼうだが「ノッポ」とゆうあだ名を受け入れている様に、心は結構寛大なのである。
「……すみません、ありがとうございます」
対して八潮は申し訳なさそうにそう返すしかなかった。そんな彼を見て柴原は軽くため息を吐く。
「はぁ……八潮、まだ踏ん切りが付かないか?」
「………ええ、正直」
柴原の問いかけに、やりにくそうに八潮はそう返す。
「……なら、今日終わったらミーティング室に行ってみろ」
「ミーティング室?」
思ってもいなかった言葉が柴原から出て、目を丸くする八潮。
「隊長直々にお呼びだ」
それを聞いて、今度はやっぱりかと言う様な表情に変わった。
「あー……そうですよね。隊長にはバレますよねー……」
「バカ。隊長じゃなくても分かる。ここ最近のお前は辛気臭いんだよ」
「あはは、返す言葉も無いです……」
柴原に痛いところを突かれ、苦笑いを返す八潮。
「行くか行かないかは自由だが、そのままじゃお前も嫌だろう?」
「………ええ」
「なら行ってみろ。……隊長もお前の事は気に掛けてるからな」
「……了解です」
ただの社交辞令かもしれないが、そこまで言われてしまっては行かない訳にはいかない。あまり気が進まないが、八潮は少し俯き気味でそう返した。
_______________
日はすっかりと落ち、時計の針は7時20分を回った頃、ミーティング室のドアがコンコンッと2回ノックされる。
「入っていいよ」
古葉に催促され八潮はゆっくりとドアを開く。
「失礼します」
八潮が入ってみると、古葉は部屋の前方にある来客用のソファーに腰をかけていた。古葉は八潮に気がつくと向かいのソファーに座るよう手招きする。
ソファーに座り最初に言葉を発したのは古葉の方だった。
「誠が持ってきたお茶があるんだ、飲むかい?」
「あ、はい、お願いします。」
八潮の表情はまだ固い。古葉が席を立ちポットの方に歩いていくとしばらくしてお茶の香りがしてきた。緑茶の匂いだ。
「お待たせ、お茶はあるけど茶菓子は無いから勘弁ね」
「いえ、大丈夫ですよ」
少しばかりか八潮はリラックスしたような表情に変わる。それを見た古葉はこのタイミングを逃さずと本題へ切り込んだ。
「もうあれから1年くらい経つねえ」
あれとは、去年のマジノ女学院での事件のことだろう。八潮もそれを察して言葉を返す。
「あの時は隊長が居なかったらと思うとゾッとしますよ」
「そうそう、もっと感謝してくれてもいいよ」
「ハハッ、なんですかそれ」
古葉の冗談に、八潮は軽く笑って返す。すると同時に何やら重たいものもスッと下りたような気がした。……今なら隊長に相談していいんじゃないか、そう思った時、古葉から核心を突く言葉が出る。
「……今でもあの時のようになるのが怖い?」
いきなり本題に入られ、八潮は言葉を飲み込んでしまう。古葉が心理戦に強いことは、八潮も一緒にいた1年半で嫌と言うほど経験してきたが、こんなほんの少しの隙を見せただけで付け入って来られるとは八潮も思わなかったのだ。
それは優しく問いかけるような言葉で、しかし目は射抜くように八潮をしっかりと見据えている。
「……言えない?」
古葉は更に優しく、言葉をかける。
タイミング、声色、表情。その全てが優しいものに見える。ただ一つだけ、目だけは全てを見透かした様に。心の奥底を覗かれているような錯覚を覚える。
だからだろうか、ポロっと、八潮の口から本音が出る。
「……正直なところ、怖さはあります。でもそれは詰め寄られるのが怖いんじゃなくて、問題はその後です」
古葉は驚きもせずに微笑んで八潮の言葉を待つ。いつものヘラヘラとした顔では無い。
「………あの時、僕は相当なショックを受けたと思います。自分達が一生懸命に整備した戦車なのにあんな言葉をかけられたんです。もちろん怒りもありましたが、それよりも……」
八潮は下を向いたまま力なく言葉を紡ぐ。そして息を一つ呑み消え入りそうな声で呟いた。
「なんだか、悲しかったんです」
時刻はまだ8時にもなっていない。部屋に入って10分ほどしか経っていないが八潮にとっては何時間もそこにいるように感じられた。
しばらくの無言の後、用意されたお茶を一口飲み、口を開いたのは古葉の方だった。
「戦車道は女の武道、男の入る余地は無い」
「………は?」
古葉のあまりにも突飛な発言に八潮は目を丸くする。
「昔は戦車道と言えば全員女性でやっていて、男性が触れようものならば侮辱行為とみなされていたらしいよ」
「………」
何を言おうとしているのか大体察したのか、八潮は黙って古葉の言葉に耳を傾ける。
「それは伝統、と言えば聞こえはいいけどね。でもその伝統に縛り付けられたら途端に視野が狭くなることもあるんだ」
保守的、と言えば良いだろうか。
戦車道には歴史がある。しかし長く続くと、変化が起こりにくいと言う問題が発生する。
「今回の派遣研修だって伝統を重んじる学校は少なくない。やっつんの行ったマジノ女学院、イギリスの伝統を重んじる聖グロリアーナ、そして今回新しく加わった黒森峰、どの高校にも受け継がれている伝統ってのは存在するんだ。その伝統を履き違えて去年のようなことも起こったりする」
ここまで言うと、古葉は一呼吸置く。そしてその表情を、面白がる様なものに変えた。
「………だけど一つだけ、例外中の例外の高校がある」
見透かした様な古葉の言葉に、八潮の心臓が一つ跳ねる。一つ、心当たりのある高校がある。
その高校は今年新設された新しい戦車道でありながら波ある強豪校や伝統校を全く見たことのない戦法で次々と撃破し、今年の戦車道全国大会の優勝まで登り詰めた、全くもって新しい高校……
「大洗女子学園………」
そう呟いたのは八潮の方だった。
その言葉を聞いて古葉は占めたと言わんばかりにニヤリと笑う。
「なんだ、知ってるじゃんか。そう、大洗。どう?やっつんは興味ない?」
分かっていると言わんばかりに、見透かした様に古葉は尋ねる。
「……あります」
希望用紙を受け取った時から、目を引いた高校。
テレビで見たその戦車道は、八潮には何もかもが魅力的に映っていた。
「テレビで見ましたけど、あんな戦い方、見た事ありません。何もかも新鮮でした」
「やっぱりそう思うよね。俺としてはあの隊長が結構切れ者だと思うんだけど」
好奇心丸出しで八潮がそう言うと、それに応える様に古葉も嬉しそうに大洗戦車道について語る。
「でも、あの複雑な指示に応えられる他のメンバーも凄いと思います」
「それといい意味で統率が取れてないのもな」
「あ、やっぱり隊長もそう思いましたか?」
先程の陰鬱な空気は何処へやら。二人は時間も忘れて戦車道談義に花を咲かせるのだった。
_______________
ーーーポーン...ポーン...ポーン...ーーー
しばらく話していると時計の方から7時半の時報を知らせる音が鳴る。その音で二人ともハッとした様に時計に顔を向けた。
「もうこんな時間か」
「ですね」
二人とも時間を忘れるほど語っていたらしく古葉は一瞬、残念そうな顔をした後に真面目な顔をして八潮の顔を見る。
「……話した感じ、問題なさそうだね」
確信した様に頷いてそう言う古葉。
「何がです?」
「いや、こっちの話。それよりもどうする?派遣研修」
古葉はそう言うと、八潮の前に派遣研修の希望用紙を出す。先程まで悩んでいたあの姿は何処へ行ったのか、八潮は迷わず、ごく自然に第一希望の欄に校名を書く。
八潮学
派遣研修
第一希望
大洗女子学園
ガールズ&パンツァーなのにガールズが全く出てこない件