ガールズ&パンツァー 宮舞高校戦車整備科 作:キングコングマン
女の園、聖グロリアーナでは浅井たちの存在はかなり目立つ。女性しか居ないこの学園では、男が居るだけで好奇の目線を向けられるのだ。
それにここの生徒は正にお嬢様と言った風な生徒が多く、男のおの字も知らない様な生徒も多い。
校内を歩くだけで向けられる、まるで珍獣でも見るかの様なその視線は宮舞の整備士達が居心地を悪くするのも無理は無かった。
「……別に見たって何も無いんだけどな……」
廊下を歩きながら肩を窄めてそんな愚痴をこぼしたのは、整備科2年の佐々岡。
派遣研修が始まってから2週間。未だにこの視線に慣れない。
「気にし無い事だよ。そんなんじゃ終わる頃にはストレスで胃に穴が開いちゃうよ?」
「……浅井さんは見た目で目を惹く事が多いじゃないですか。俺は先輩みたいに人の視線に慣れて無いんです」
苦笑いになり、明るめの茶髪を掻きながらそう返す佐々岡。
この様に職員室などの校舎に用事があるたびに校内を歩くと、必ずすれ違い様などに一回は女子生徒に目を向けられる。
羨ましがる人もいるかもしれ無いが、話しかけられる訳でもなく只々遠目から見られるだけと言うのは、言葉は悪いが気持ち悪さしか感じない。
これが久我だったら"何見てんだ"と、一蹴するかも知れないが生憎女子校でそれをやる度胸は佐々岡には無い。
一度あまりにもこっちを見ていたので、こちらから『あの、何か用ですか?』と聞いた事もあったが、『な、何でもありません!!』と言い残したきり走って逃げて行ってしまった。
その様な事もあり、ここからまだ約1ヶ月間。この視線に耐えなければならないと思うと、気が滅入ってしまう佐々岡だった。
「……あ、浅井さん!佐々岡さん!こんにちは」
そんな校舎からそそくさと離れようとすると、背後から女性に声を掛けられた。
振り返るとそこに居たのはちょこんと、まだあどけなさの残る少女、オレンジペコが頭を下げて挨拶をして来てくれた。
「お、こんにちは。ペコちゃん」
「こんにちは。オレンジペコさん」
浅井と佐々岡も頭を軽く下げて挨拶を返す。
「だからペコちゃんはやめて下さいって……校内に居るなんて珍しいですね?」
「ちょっと職員室に書類を届けなきゃいけなかったからね。今から帰るつもりだよ」
いつものやり取りをしてオレンジペコは特に緊張した素振りも見せずに浅井と会話を続ける。
聖グロでは珍しい、男性と普通に会話ができるタイプの女子だ。今のところ佐々岡の中ではまともに会話が出来る聖グロの生徒で名前を挙げろ言われると、このオレンジペコとローズヒップの名前が真っ先に出て来る。
「それで、佐々岡さんも一緒に?」
「え?あ、ああ、はい。そうです」
色々と考えていたので、オレンジペコの問い掛けに反応が遅れてしまう佐々岡。
「実は用事があったのは俺の方だけだったんですけど、無理言って浅井さんにも来てもらったんです」
実は職員室に用事があるのは佐々岡の方だけだった。使ったパーツのチェックリストを職員室に提出しに行くのだが、前述の通り校内での女子生徒の視線に慣れていない佐々岡は浅井に一緒に行ってもらう様に頼んだ。
結果、浅井の容姿で逆に視線が増えたのは内緒である。
「へぇ、なるほど?……でもそれだけなら一人でも良かったんじゃないですか?」
「え!?それは……その……」
オレンジペコの一言に佐々岡の顔が引き攣ってしまう。オレンジペコに害意は無く、ただの疑問で聞いて来ただけなのだが、言いにくそうにする佐々岡に何か地雷を踏んだものかとオレンジペコも申し訳なさそうな顔をしてしまう。
それを見て浅井はケラケラと笑っていた。
「あっははは!!別に、大した理由じゃ無いよ?一人だと女の子がいっぱいで岡ちん緊張しちゃうって言うから、ついて来てあげたんだ」
「ち、ちょっと!!浅井さん!!!」
顔を真っ赤にして浅井に詰め寄る佐々岡。その言い方ではまるで自分の方が女性に意識をし過ぎている様に受け取られてしまう。
数少ない男性と話せるオレンジペコにそう言う誤解をされる事は、佐々岡にとって避けたい事だった。
「ち、違うんですよ!これはその、女子校の中に自分だけ居ると言うのが何だか抵抗があって……」
佐々岡は必死に言い訳を述べているが必死になっている分それが逆効果になると言う事に佐々岡は気付かない。
しかしオレンジペコは引くこと無く、薄くクスクスと笑った。
「あははー。ここの生徒さんは男性に触れたことの無い人も多いですからねー。色々と気になっちゃうんですよ」
色々と察してくれたのか、オレンジペコはそう言って佐々岡のフォローをする。一年生とは思えない察しの良さと落ち着き様だ。
「なんで職員室に提出する書類などがあったら、私に渡してくれれば出しておくんで大丈夫ですよ?」
「い、いいですよ!そんな手間のかかる事させられません!」
流石に佐々岡はそこまでやってもらうのは悪いと思ったのか、オレンジペコの申し出を断る。
「えー?その度に俺呼び出されるのー?」
「今度から一人で行きますから!!」
すると今度は浅井から茶々が入る。今更ながらに浅井に付いてくる様頼んだのを後悔している佐々岡だった。
「ふふっ、そうですか。でも何時でも言って下さいね?私の教室と職員室は近いんでそんなに手間も掛からないですから。それと浅井さんも、あんまり茶化しちゃダメですよ?」
「はいはい」
オレンジペコに釘を刺され適当に返事を返す浅井。本当に反省しているのか分からない彼らしい返事の仕方だった。
「あ、それでペコちゃん、ちょっとお願いされても良い?」
「?、何をですか?」
すると浅井は話題を変え、右手に持っていた手提げ袋をオレンジペコの前に出す。
「いや、ちょっと凛から借りたものがあってね。校舎内で見つけたら返そうと思ったんだけど、結構広くて見つかりそうに無いんだ。会ったら渡しといてくれるかな?」
困った様にそう言う浅井。手提げ袋はそれ程大きくは無く、オレンジペコでも軽く持てる様なものだった。
「ダージリン様の?そう言う事でしたら渡しておきますよ」
そう言って浅井から手提げ袋を受け取るオレンジペコ。見た目より少し重く、見た感じでは本が数冊程入っているのだろう。
「悪いね。凛に会ったら"参考になった"って伝えといてよ」
「はい、分かりました」
浅井から手提げ袋を受け取ると、『それではお邪魔しました』と、一礼するオレンジペコ。それに釣られて浅井と佐々岡も軽く一礼する。
こう言う、礼儀作法がしっかりしている所は、流石聖グロリアーナと言ったところだった。
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学校では昼休みになれば、昼飯を教室で食べるか食堂で食べるか。その2つに分かれる。それは此処、聖グロリアーナでも例外では無く、食堂には沢山の女生徒で埋まっていた。
その一角の丸テーブルに、金色の髪をギブソンタックに纏めた少女と同じく金髪をオールバックにした少女が居た。
そんな彼女達にオレンジペコが近づいて行く。
「ごきげんよう。ダージリン様。アッサム様」
「ごきげんよう、オレンジペコ。貴女が食堂に来るなんて珍しいわね?」
オレンジペコが挨拶し、アッサムがそれに返す。オレンジペコは普段は教室でお昼ご飯を食べるので、アッサムは少し珍しがっていた。
「ええ、浅井さんから預かり物をしてまして。お昼にダージリン様に渡そうと」
"浅井"と言う名前を聞いて、ダージリンの肩がピクンと跳ね、アッサムは面白がる様な笑顔になる。
「浅井さんから、参考になったと言ってましたよ」
続けてそう言ってオレンジペコはダージリンの前に手提げ袋を差し出す。するとダージリンは残念そうな、しかし何処かホッとする様な表情を浮かべた。
「あ、ああ。そう、それね。……そう、参考になったなら何よりだわ」
「……?」
その微妙な表情のままダージリンは、手提げ袋を受け取る。いつもなら二言、三言目には浅井への文句が出る彼女がやけに素直な事にオレンジペコは違和感を感じていた。
「えっと……よろしければその中身を伺っても……」
「そうね、私も気になるわ」
ならば違和感の理由はその手提げ袋の中身だ。アッサムも気になるのか興味津々と言った表情だ。
しかしダージリンはなかなか渋っている。
「………あまり、他人の貸し借りには首を突っ込むものでは無いわよ?プライベートな物だったらどうするの?」
「あら、だったら浅井さんはそんな重要なものオレンジペコに預けたりしないんじゃないかしら?」
見事なアッサムのカウンターパンチを喰らい、表情が強張るダージリン。
そして、堪忍した様にため息を吐くと、手提げ袋の中身を開け始めた。
「……はぁ。まあ、貴女達なら別に見せても大丈夫でしょう。別に、モノはそんなに特別な物では無いわよ?」
そう言って二人の前に差し出されたのは、戦車の操作マニュアルだった。3冊。マチルダとクルセイダーとチャーチルのものだ。
「マニュアル?懐かしいですね。私も入学した当初はお世話になりました」
オレンジペコは何処か懐かしむ様にそう言う。マニュアルは戦車操作についての教科書みたいな物で、聖グロリアーナの戦車道履修者達は皆このマニュアルにお世話になる。
「でも、浅井さんがそのマニュアルを借りたなんて珍しいわね」
アッサムはそれを見て意外そうな顔をしてそう言う。
「え?何でですか?勉強熱心で良いことじゃ無いですか?」
対してオレンジペコは発言の意図が分からなかった。
「だって浅井さんは"競技者"じゃ無くて"整備士"じゃない。だったら操作マニュアルじゃ無くて設計図を見た方がいいでしょう?」
アッサムのその発言に、ダージリンは思いっきり不機嫌な顔になる。
「……そう、ね。アイツが本当に整備士を目指しているなら、その意見は正しいわ」
「?、どういう事ですか?」
「貴女らしくも無いわね。もっとハッキリ言ったらどう?」
アッサムもオレンジペコもダージリンの言葉の真意を汲み取れない。
「……同情、なんて私が出来るものじゃ無いけど、アイツには色々あったのよ」
すると、ダージリンは悪態を吐くように、昔話をし始めた。
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数年前、横浜市のある街の公園で男女が2人、ベンチに座っていた。カップルなのか、はたまたそれとも告白でもするものかと、遠目からみれば甘酸っぱく微笑ましく見えるこの少年少女だが、実の所はそうではない。
2人とも顔を見合わせる事無く、重苦しい沈黙が2人の中で流れていた。
「おめでとう凛。聖グロ、合格したんだってね」
そんな中会話を切り出したのは今よりもあどけなさが残る少年、浅井誠だった。祝福の言葉を上げているが、2人の表情を見る限りお祝いのムードでは決して無い。
「姉ちゃんなんか一緒のところに凛ちゃんが来るって大騒ぎしてたよ」
「…………」
少年、浅井誠は何とか会話を持たせようと凛、今のダージリンに何とか話題を振る。しかしダージリンは俯いたまま、浅井の言葉に返事をする素振りを見せない。
「……姉ちゃんの厳しさは知ってると思うけど、潰れない様に「ねぇ、誠」
「………何?」
話を遮ってダージリンは俯いたまま呟く様に浅井に問い掛ける。
「アンタは納得してんの?」
俯いて無表情。彼女の感情を知ることは叶わない。しかし何かを訴えかけている事は分かった。
「……しょうがないよ。俺は"男"なんだし。それに、俺だって宮舞に受かったんだから戦車から離れる訳じゃ無い」
「そうじゃ無いわ。納得してるのかしてないのか聞いてるの。それと今のアンタのその無理矢理な笑顔、気持ち悪いからやめて頂戴」
普通の男が聞いたら膝から崩れ落ちそうな事を平気で浅井に言い放つダージリン。対する浅井は傷つく様子もない。そして今度は貼り付けてた笑顔をやめて、怒りが湧いて来たのか拳を思いっきり握り締める。
「………凛にはバレちゃうか。……正直、暴れたいくらい悔しいかな」
先程までの優しい声色では無く、突き刺すような静かな怒りの声。
ダージリンの瞳が微かながらに揺れた。
中学生までの浅井誠は、戦車道に"整備士"では無く、"競技者"としてその道を目指していた。女の武道と呼ばれる戦車道に、男が介入するとなっては良い顔をしない者も多い。整備士としての門戸は多少開いたが、男性が競技者になると言う話は夢物語の様なものだ。しかし浅井は競技者として戦車道に打ち込んだ。
中学の大会までは男子も戦車道の大会に競技者として出る事が許される。しかし男子の競技人口は少ないどころか、浅井しか居ないと言っていい有り様だった。それでも浅井は必死に競技者として戦車道に取り組み続けた。
時には怪訝な目や罵倒を浴びせられる事もあった。しかしそれでも折れなかったのは、幼馴染のダージリンと言う存在が居たからに他ならないだろう。彼女が浅井本人や彼を良く思わない周りの人間にフォローを尽くしたからこそ、浅井誠は中学時代を"競技者"として全うする事が出来た。
そしてそれが実ったのか中学3年生の夏、とある高校から、『ウチで戦車道をやらないか』と、声が掛かったのだ。
"整備士"としてでは無く"競技者"として。
話を聞く限り内容は『男性だけの戦車道チームを作り、戦車道の男性進出のパイオニアとなって欲しい』と言うものだった。
勿論浅井はこの話に乗った。高校では大会に男性が出る事は許されておらず、競技者として戦車道に関わるのを半ば諦めていたところにこの話が舞い込んできたのである。
しかし、そんな話に飛びついてしまったのが運の尽きだったのだろう。
その年の冬になったある日、誘ってきた高校から突然、『戦車道の話は無かった事になった』と、通告が来たのだ。
もちろん説明を求めた。学校から一方的にその様な通告をされて納得の行くはずもない。
しかし、幾ら理由を聞いても学校側はのらりくらりと曖昧な返答を繰り返すばかりで、遂には『3年間の学費を全額免除にしてやるからこの話には首を突っ込むな』との様な事さえ言われた。
そこまで来ると浅井の中でもうこの事は完全に冷め切っており、その学校へ行く気さえも起こらなかった。
一応保険として戦車"整備士"の名門校である宮舞高校も受験していたので、戦車に乗れないならば、整備士として戦車道に関わろうと浅井は無理矢理、自分自身をそう納得させた。
しかし、これに納得しなかった人間が1人いた。
「……私は納得してないわよ。だってアンタ……それだけの才能があって……なんで………」
ダージリンである。幼馴染として、同じ競技者として浅井の実力を一番知っている彼女は、浅井よりも悲痛な面持ちで地面を睨め付けていた。
彼は競技者としての生命が絶たれたも同然なのに、自分は戦車道の名門校に受かった。その事も、ダージリンが納得の行かない理由の一つだった。
「そんな顔すんなって。俺もようやく納得して来たところなんだ。……まだ怒りはあるけどね」
「………辞めないわよね?戦車道」
「辞めはしないよ。……もう競技者として会う事も無いかもしれないけど、整備士として会うかもしれないだろ?」
「………」
「だから、今はそう言う事で、納得してもらえると嬉しいな」
困った様に笑ってそう言う浅井。ダージリンもやり切れない思いがあるものも、浅井の言葉にゆっくりと頷くのみだった。
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「………私がアイツに操縦のマニュアル本を貸すのも、私だけ戦車に乗っていると言う負い目を感じてるからかも知れないわね」
ダージリンの独白する様な自虐に、言葉を失ってしまうオレンジペコ。何処か、ただの幼馴染とは違うなとは思っていたが、こんな過去があるとは予想外だった。
「………なるほどね。貴女が執拗に浅井さんを避ける理由が分かったわ」
対してアッサムは何か点と点が繋がったかのような、納得した表情でそう呟く。
ダージリンがあまり浅井と顔を合わせたく無い理由、それは自分だけのうのうと戦車道をしていると言う、"負い目"があったからなのだ。
「でもダージリン、それはもう昔の事でしょう?あれからもう何年も経っているのに、まだそんなギクシャクした関係でいるつもり?」
アッサムは真っ直ぐと、ダージリンの顔を見てそう言う。
「それは……分かってるのだけれど……」
「負い目を感じてるのは貴女だけで、浅井さんはそんな事気にして無いんじゃないの?」
アッサムの言葉に、ダージリン瞳が微かに揺れる。
「……本当に、そうかしら?」
救いを求めるように、ダージリンは不安げな顔をアッサムに向ける。
「……さあ?それは貴女自身で確かめなさいな。私達が出来るのは、話を聞いてあげるくらいよ。玉砕したら私達に泣きついて来なさい」
すると、今度は柔らかな笑みを浮かべてアッサムはそう言った。この言葉で少し救われたダージリンも薄く笑みを返す。
出来る女は、友人の悩みに対してもこうして親身に接するのである。