ガールズ&パンツァー 宮舞高校戦車整備科 作:キングコングマン
サンダースと言う学校は超が付く程のマンモス校である。大人数の生徒を抱えていながら他の高校の追随を許さないほどの設備の充足。それは教室、食堂、体育館、多目的室に至るまでであり、ここの生徒は何一つ不自由なく過ごせるのだ。
「...改めて見ると本当に全て新品みたいだな」
「
そしてそれは戦車道とて例外では無い。格納庫の設備が隅々まで整っている様を見て柴原と緒方はもはや驚きを通り越して苦笑いをしていた。
「改めてようこそ、我がサンダースへ。今日から本格的に私達の戦車を触ってもらうわ。いきなり改造、って行きたいところなんだけど、とりあえず今日はシャーマンの中身を見てもらおうかしら」
そこへブロンドの髪の少女、ケイが現れて柴原達に話しかける。
「そうしてもらえると助かる。まずは既存のスペックを把握しておきたいからな」
ケイの提案に柴原も概ね賛成のようだ。改造を教えようにもまずは戦車の詳細を知っておかないと話にならない。大体は予想できるがそれでも実際に見なければ分からないものなのだ。とりあえず、目の前にズラリと並んであるシャーマンを隊員たちは見始めた。
「どうですか、ノッポさん、手応えの方は」
「大体予想通りだ。きちんと整備されていて変なクセも無い。マニュアル通りやっている証拠だ」
戦車の下から緒方と柴原の声が聞こえる。やはり柴原の予想通りサンダースのシャーマンはどれも驚くほど統一されていた。車で言うならば納車前の新品の車がノーマルのままズラっと並んでいる感じ。特徴が無いと言えばそこまでだが、だからこそ柴原はこのシャーマン達に可能性がある事を予感していた。
「弄ればもっと良くなるだろう。スピードを上げても良し。装甲を厚くしても良し。砲塔をもっと大きいものに変えても良し。...本当にバランスの取れた良い戦車だ」
「わお、そこまで褒めてもらえるなんて光栄ね」
柴原の呟きを聞いていたのか、ケイが戦車の下を覗き込んでそう言う。驚いた柴原は頭をぶつけて少し悶絶した。
「...驚かせないでくれ...心臓に悪い...」
アメリカ気風なのもあるかもしれないが、とにかくこのケイと言う女性は距離が近い。男子校で女性にあまり慣れていない柴原にとって、ケイの距離感は気が気では無いのだ。
「あら、ごめんなさい。あまりに真剣に会話してるものだから気になっちゃって」
クスクスと笑って相変わらず悪びれる様子のないケイ。半分冗談、半分はそんな柴原の反応を見て楽しんでいるのだろう。
「それで、私達の戦車がポテンシャルがある事は分かったわ。早速改造に着手して貰いたいのだけれど、良いかしら?まずは貴方達の改造作業を見てみたいわ」
再びケイがそう提案するが柴原は疑問に思う。
「それは良いが素材はあるのか?改造しようにもチューンアップするモノが無いと力は上がらないぞ?」
彼が格納庫の中身をザッと見ただけでは、それらしき交換用のパーツは見当たらなかった。まさか素材もなく改造しろなどと言うとは思わないが一応、柴原は聞いてみる。
「それならとっておきがあるの。付いて来て貰って良いかしら?」
小さくウィンクをして付いてくるようケイが言う。サンダースのとっておきである。きっと金にモノを言わせた凄まじい物なのだろうと、宮舞の整備士達はワクワクしながらついて行くのだった。
「これは...」
柴原達が連れてこられたのは別の格納庫。戦車の部品だろうか、埃がかぶらないようにそれぞれのパーツのような物にブルーシートがかけられている。しかしその中のひとつだけ、シートが剥がされた部品があった。
「ディーゼルエンジンか...」
そこにあったのはエンジンのパーツ。剥き出しのエンジンの構造から、柴原はこれがディーゼルエンジンだと確信する。
「思い切った事をするな。シャーマンはガソリンエンジンだろ?資金もサンダースなら問題ないだろうに。わざわざデメリットの多いディーゼルに換えるのか?」
続けて柴原がそう言う。彼としてはシャーマンのエンジンをガソリンエンジンからディーゼルエンジンに変える理由が見当たらなかった。
現代でこそディーゼルエンジンが主流だが、第二次世界大戦時の戦車はガソリンエンジンが主流だった。もちろん、シャーマンとてガソリンエンジンを採用していたし、ドイツのティガー戦車もそうだ。ガソリンエンジンのメリットはディーゼルエンジンに比べて小型、軽量、高出力な点にある。被弾すると炎上しやすい、高価、燃費が悪いなどのデメリットもあるが、当時のディーゼルエンジンの技術の未発達さを鑑みればどの高校だってガソリンエンジンの積んだ戦車を選びたいのだ。金銭面などの理由でディーゼルエンジンの戦車を使う高校もあるが、資金が豊富なサンダースでそれをする理由が見当たらない。
「イツキなら分かるでしょ?ディーゼルエンジンのメリットが」
「...そりゃあまあ、メリットはあるがデメリットの方が勝つんじゃないか?」
尚も余裕を崩さないケイだが柴原は何の目的で彼女がディーゼルエンジンに換えようとしているのかが読めなかった。
ディーゼルエンジンのメリット、それはガソリンエンジンとは逆で炎上しにくい、安価、燃費が良いなどが挙げられる。しかしデメリットもまた、ガソリンエンジンとは逆で大型、重い、低出力などのデメリットがあるのだ。そしてそれは"戦車道"と言う競技では致命的な弱点になり得る。長期戦となればディーゼルエンジンは真価を発揮するが、その前に決着が付きやすい戦車道競技ではあまりにもデメリットが大きいエンジンなのだ。
しかしケイには考えがあるのか、薄く笑って口を開く。
「イツキ、何もこのエンジンをそのまま換えろとは言ってないわ。今の時代、主流はディーゼルエンジンよ」
「それって...」
それを聞いた柴原は何か合点がいったのか驚いた顔でケイを見つめる。
「ディーゼルエンジンのデメリット、それが克服出来ればこれ程心強いものはないでしょ?」
ケイの狙い、それはディーゼルエンジンそのもののチューンアップだった。彼女も述べた通り現代の戦車はディーゼルエンジンが主流だ。
大戦時より技術が進歩した今、そのノウハウを目の前の古いディーゼルエンジンに反映すれば正に最強のエンジンが完成する。ケイはそう結論付けたのだ。
しかしそこには一つ問題がある。
「...ルールがあるだろう。確かに今の戦車技術はディーゼルエンジンが主流だが競技になると話が変わるのはケイも知っているだろう」
柴原の言う通り、いくら現代のディーゼルエンジンが進歩しているとは言え、戦車道競技では全く役に立たない。
"戦車道競技で使用する戦車、およびエンジンなどの部品は第二次世界大戦中、もしくはそれ以前に製造、設計されたものに限るとする"
これはルールブックにも明記されている事で、つまりいくら現代の戦車技術が進歩しているとは言え、使えるモノは大戦以前の部品に限るのだ。
「知っているわ。でもそれは"パーツ"だけよ」
ケイがそう言うと格納庫の奥の方へ歩いて行き、他の部品に掛けてあるブルーシートに手を掛けた。
「"エンジン"なら各種、良いのを取り揃えたわ。これならレギュレーションにも引っかからないでしょ?」
そう言ってブルーシートをバッと剥ぎ、隠れていた他の部品が露わになる。
それを見た柴原は、ようやくケイのやろうとしている事の意図が理解できた。
「...なるほど、これらを合わせれば確かに良い物が出来るかもしれないな」
感心して柴原がそう呟く。現れたのは他のディーゼルエンジンだった。しかし、どれも同じディーゼルエンジンでは無く、日本製、ドイツ製、アメリカ製、ソ連製と各国の戦車用ディーゼルエンジンがかなり良い状態で並べてあったのだ。
そしてそれらはどれも第二次世界大戦中、もしくは以前に製造、設計されたものだった。
「ディーゼルエンジンの大改造。まずイツキ達にやってもらいたい事はこれよ。パーツはルール通り、後は現代ディーゼルエンジンの知識を反映すればかなり良いエンジンになると思うわ。どう?出来そうかしら?」
正にルールブックの穴を突いた改造。これならばレギュレーションに引っかかる事は無いし上手くいけばディーゼルエンジンの欠点も補える。
「...流石だな。改造をした事がないと言っていたが知識は十分にあるじゃないか」
柴原もケイがここまで考えているとは思っていなかったのか、感嘆の言葉を口にしていた。
「勉強したのよ。でもそれだけじゃ技術は身に付かないわ。このタイミングでイツキ達が来てくれたのは本当にラッキーだったのかもね」
サンダースでの柴原達の役割、ここまで入念に彼女が考えてきてくれたとなれば、柴原達もそれに応えない訳にはいかない。
「...エンジンの改造、全力を尽くす。恐らく俺らでも骨が折れる作業になるだろう。それを君たちに叩き込む。相当厳しくするが良いな?」
ケイの覚悟、それは先程柴原も聞いた。こんな脅し文句では怯まないと思いつつも一応ケイに尋ねてみる。
「ええ、もちろん。覚悟の上よ。でも主に教えてもらうのは私達3年生じゃないわ。もうじき私も卒業しちゃうしね」
柴原の問いに即座に答えるケイ。しかし彼女は先を見据えているのか、自身より下級生にを優先して指導させたいようだ。つくづく彼女の器の大きさと言うものを感じさせる。
「...なるほど、となれば主に教えるのは2年生か?」
柴原も納得して頷く。今回の研修で鍛える改造技術を来年の戦車道大会で活かせればこれ程理想的な事は無い。
「そう言うこと。そのためにピッタリな人材もいるわ。Hey!!アリサ!!いい加減隠れてないでこっちに来なさい!!」
ガタンッと柴原達の背後から物音がした。慌てて後ろを振り向くと、1人の少女が物陰から顔だけを半分出してこちらを覗いていたのだ。
ケイに呼ばれて少しオロオロしつつも、おずおずと柴原達の前に出てきた。
「...えっと...彼女は?」
目の前に現れたは良いが、恥ずかしそうに下を向いて話そうとしない少女に困惑して、柴原がケイにそう尋ねる。目の前に出て来た少女は低めの身長で赤みがかった髪を短いツインテールにまとめていた。
「アリサ、黙ってちゃ分かんないわよ。ちゃんと自己紹介しなさい」
ケイが苦笑いをしてそう言うとまじまじと柴原達の方へ顔を向けてやっと少女が口を開く。
「...え、えっと、こんにちは...サンダース大付属、2年生のアリサです...お願いします...」
かなり辿々しいがアリサと名乗った少女がぶっきらぼうに挨拶をした。
「あー、うん。よろしく。宮舞高校3年の柴原だ。これから1ヶ月半よろしく頼む」
そんな彼女の反応にどう対応して良いのか分からず、柴原も微妙な返しをしてしまった。
「...」
「...」
なんだか気まずい沈黙が流れる。このアリサと言う少女も柴原と同じであまり喋るタイプではないのか、どう会話を切り出して良いのか分からないようだった。
「ふふっ、アリサ、そんなに緊張しなくても良いわよ。確かに少し威圧感はあるけれど悪い事をするような人では無い...と思うわ」
ケイがアリサの緊張を解そうとちょっとした冗談を飛ばす。対して見た目の事を言われた柴原は目に見えて落ち込んでいた。
「...やっぱり俺って近寄り難いのか...」
気にしている事を異性に言われたとなっては、その落ち込み方は尋常ではなかった。周りの宮舞の隊員達が必死にフォローしている。そんな柴原を見てケイは大笑いしていた。
「ぷっ、クククっ...」
そしてそんな光景につられたのか、アリサも吹き出してしまう。
「わお、やっと笑ったわね」
それを見ていたのか、横顔を覗いてそう言ったケイにアリサは慌てて表情を戻す。
「す、すみません。失礼な事を...」
「もう、そんなに固くならないの。そんなんじゃ宮舞の人達だって困惑しちゃうわよ」
「で、ですが...」
困惑した表情で柴原の方を見る。少し緊張が解れたとはいえ、やはり年上の男性がいるとどうしても身構えてしまうようだっ
「んー、アリサはイツキが怖いかしら?」
ケイの質問にアリサの表情が一層強張る。
「い、いえ、そんな事は...ただどうしても年上の男性と思うと緊張しちゃって...」
「...大丈夫よ。イツキは大丈夫。私が保証するわ。」
今朝の公園での一件でしか絡みは無いがケイはイツキが信用できる人間だと確信しているようだ。
「えっと、根拠はあるんでしょうか?」
アリサは柴原を疑うわけでは無いが、ケイがそこまで柴原に信頼を置く理由を知りたいようだ。
「うーん、あんまりコミュニケーションは無いんだけど...そうね、強いて言うなら...」
そこで一呼吸置くと得意げなウィンクをして自信満々にこう答えた。
「女の勘ってやつよ」