ガールズ&パンツァー 宮舞高校戦車整備科 作:キングコングマン
「…どうもうまくいかないな…」
柴原がポツリと、誰も居ないサンダースの格納庫で呟く。この研修でケイに頼まれた事は二つ。サンダースへ改造技術を教える事と、ディーゼルエンジンの改造。そして後者、ケイにディーゼルエンジンの改造を頼まれたのは良いが、コレが中々上手くいかない。元々、WWⅡ時代のディーゼルエンジンはどれも未熟で開発段階だった物も多い。各国のディーゼルエンジンの良いとこ取りとは聞こえがいいが、まずその"良いとこ"を探すのに柴原は手間取っていた。
「どれも技術的に未熟過ぎる。これじゃ現代のディーゼル戦車の技術なんて反映出来ないぞ…」
用意されたディーゼルエンジンと現代のディーゼルエンジンでは技術的に差があり過ぎる。エンジンの設計図と睨めっこをして何とか現代戦車との共通点を見つけ出そうとする柴原だが、皆無と言って良いほどだった。
「…ノッポさん、そろそろ上がりましょう。もうすぐ20時になっちゃいますよ」
手伝いをしていた緒方が帰る様に促す。熱中し過ぎて時間を忘れるのは柴原の悪い癖であった。このままでは朝までやりかねないので緒方も手伝いと言う名目で柴原の側にいたのだ。
「もうそんな時間か、すまんな緒方。付き合わせてしまって」
「いえ、大丈夫です。…しかし中々に難しい注文ですね。これは」
緒方も設計図を覗きながら軽く唸る。エンジン同士を合成してチューンアップすると言う事は、超一級品の改造技術と知識が必要となる。触り慣れているガソリンエンジンならば柴原もさほど苦にはしないのだがWWⅡ時代のディーゼルエンジンは柴原も初めて触るが故、かなりの苦戦を強いられていた。
「ハァ、前山が居れば多少は進むと思うんだがな…」
「アイツはディーゼルエンジンも弄れますからね…」
技術なら宮舞ピカ1の前山であれば何とかなるかもしれないが、生憎彼はアンツィオの研修に行っているので呼び出すことも出来ない。
「…と言っても10日はこの状況だ。そろそろ何とかしないとマズいな…」
「…ですね」
研修が始まってからニ週間、ディーゼルエンジンの改造は、全くと言って良いほど進展していない。
「ハロー、イツキ。随分と浮かない顔ね」
「…元々こんな顔だ」
翌日、よく眠れなかった柴原にケイが声をかける。表情が分かりにくい彼だが、ケイには何故か分かるらしい。
「そんなに煮詰めなくてもいいわよ。お願いしてるのはこっちだしね」
「いや、一度引き受けたんだ。最後までやらなきゃ失礼だろう」
「あら、真面目さんね。でもちゃんと睡眠は取りなさい。凄いクマよ?」
どうやら寝不足も見抜かれていたらしい。昨晩のあの後、どうしても眠る事が出来ず、柴原は宿舎に戻るとひたすらにまた設計図と睨めっこをしていた。それ故の寝不足である。
「それじゃあ間に合わないかも知れない。もう二週間も進展が無いんだ。少しでも時間が惜しい」
そして柴原の中では焦りが見え始めていた。まだ5週以上残っているとはいえ、この二週間、全く進展が無いと言うのは柴原を焦らすには十分だった。正直、寝不足気味なのも一度や二度では無い。
「そう言う事じゃ無いの。無理をして体を壊しちゃったら元も子もないでしょ?」
「…それはそうだが…」
「大丈夫よ。絶対成功するわ」
柴原の目を見て力強くそう言うケイ。あまりにも真っ直ぐ見つめられるので柴原もたまらなくなって視線を逸らす。
「…どうして言い切れるんだ」
「それは…秘密よ。とにかく、今日は終わったら帰って寝なさい」
柴原の疑問にウィンクをしてそう答えるケイ。何の根拠があってケイが大丈夫と言うのかは分からないが妙に説得力がある様に柴原は感じた。
「何だよそれ…まあいい。ところで、改造にはそろそろ慣れたか?」
柴原はもう一つの頼み事、サンダースに戦車の改造技術を教えると言う話題に変える。
「そっちは順調よ。元々ウチには良い整備士が沢山いるの。イツキも教えててやり甲斐があるでしょ?」
「ああ。正直、あんなに吸収が早いとは思っていなかった」
嬉しい誤算だったのはサンダースの整備士達がかなり呑み込みが良かった事だった。普段の整備がしっかりしている分、パーツなどの理解なども深く、後は応用を利かせるだけで、改造も難なくとこなしていた。
「最初、イツキが改造してくれたシャーマンに乗った時はビックリしたわ。あんなにも変わるのね。こうなるならもっと早く改造の良さに気づくべきだったわ」
どこか悲しそうな顔をしてそう呟くケイ。彼女はもう三年生。次の全国大会はもう無い。後輩に何か残すためとは言っているが、本心ではやはり自分が現役の時に気付くべきだったと後悔しているのだろう。
「…後輩がいる。過去を悔やんで何もしないよりかはよほど良い」
「ふふっ、余り上手じゃない慰め方ね」
少し気に病んだのか、柴原がフォローの言葉を掛ける。しかしケイはそこまで落ち込んでいる様子は無かった。
「いいのよ。終わった事は仕方ないわ。それに…」
一呼吸置いてケイは視線をを一人の少女に移す。
「期待している後輩もいる事だしね」
視線の先、アリサの方を見て、薄く笑うケイだった。
「ホントに驚いたわね。まさか5キロ増しただけでこんなに戦術の幅が拡がるとは思わなかったわ」
「そりゃあどうも。他にも色々ありますよ。装甲を厚くしたり、砲塔を強化したり。次の戦いを見据えて改造するのも一つの手です」
そしてそのアリサは今、シャーマンの前で緒方と打ち合わせをしていた。どの様な改造をするのか。また、それをどうやって戦術に反映するのか。そしてそれを実行する事で戦略の幅がうんと拡がる。策略家のアリサにとって戦車改造と言うのは、叩けば叩くほど宝の出る打ち出の小槌の様なものだった。
「手を出し始めたらキリが無いわね…全部チューンアップとか、そう言うのは出来ないの?」
無茶を言うアリサに緒方も苦笑いになる。
「それは流石に無茶ですね。何処か一箇所をチューンアップすれば必ず何処かがパワーダウンします。例えば防御力を高めるために装甲を厚くしたら、重くなってスピードは落ちますし、エンジンの馬力を上げてスピードを上げても、操作性は落ちます」
基本、戦車改造とは一長一短。何処かパワーアップすれば、何処かがパワーダウンする。大事なのは戦う相手、環境、地形に合わせてどこを重点的にチューンアップするのかが大事になってくるのだ。
「だから市街地戦とかの見通しが悪く、狭い所では機動性を高める為に足周りを強化して動きやすくすれば良いし、平原とかの見通しが良い場面では砲塔の威力を強化すれば遠くの敵まで砲弾が届きます」
緒方の説明に納得しているのかアリサは必死にメモを取っている。こう言うマメで勤勉な所は彼女の強みでもあった。
「なるほど…それ、もうちょっと詳しく教えてくれる?」
まだまだ物足りない。そんな表情で緒方の言っている事を一言も漏らさないと言わんばかりに、話に聞き入るアリサだった。
「皆、お疲れ様!!そろそろ時間もいい所だし終了しましょうか」
パンっと、手を叩いて今日の訓練を終了する様にケイが声をかける。柴原は相変わらず設計図とエンジン達を睨めっこしていて、アリサと緒方はこんな時間になるまで意見交換していたのだろう。先程のシャーマンから全く動いてなかった。
「…もうそんな時間か…よし、皆、上がるぞ」
時刻は午後5時半。柴原も宮舞の整備士達に声を掛けると整備機材を片付け始める。そこにアリサとの会話が終わったのか、緒方が近づいて来た。
「あれ?ノッポさん、今日は残らないんですか?」
いつもなら学校の閉まるギリギリまで残っている柴原が帰る素振りを見せているので緒方が疑問に思う。
「…今日はケイに帰って寝ろって言われたからな」
柴原としては、どうにか目を盗んで格納庫に残りたいが、今日はケイが自分が格納庫の鍵を閉めると言っていたのでそれは叶わないだろう。
困った顔をしてそう言った。
「ハハッ、そりゃあケイさんが正解ですね」
「何だ?緒方までケイの肩を持つのか?」
「もちろん、最近のノッポさんは根を詰め過ぎですからね。ゆっくり寝てケイさんに感謝して下さいよ」
どうやら柴原の肩を持つ者は居ないらしい。周りを見回しても整備士全員が、緒方に同調している様だった。
「…参ったな、じゃあ今日は大人しく帰るか」
「そうしましょう」
片付けも終わってもう後は帰るだけと言う頃、整備士達に混ざって柴原も帰ろうとするが、何かに気付き立ち止まった。
「どうしたんですか?ノッポさん?」
疑問に思った緒方が柴原に声を掛ける。
「…レンチを置き忘れている。ちょっと取りに行ってくる」
どうやら忘れ物らしい。しかし緒方は疑いの目を柴原に向ける。
「…もしかして、また残ろうとしてませんか?」
「…そんなわけないだろう。鍵はケイが持ってるんだ」
柴原に居残りさせないためか、格納庫の鍵はケイが持っている。最初は柴原がやると言ったのだが、戸締りは自分でやると彼女が言って譲らなかったのだ。そうすると柴原の残る術はない。彼はただ単にレンチを格納庫に置き忘れただけなのだ。
「先に宿舎に戻っておいてくれ。俺も直ぐに戻る」
「…分かりました」
そう言って踵を返して柴原は格納庫の方へ向かって行った。
「あった」
レンチは直ぐ見つかった。幸い、ケイがまだ格納庫の鍵を閉めていなかったのですんなり入れたし、作業台の上に置いていたのを柴原が覚えていたのもあって、ものの数分で見つかった。後は帰るだけ。レンチを工具箱に閉まって今度こそ格納庫を出ようと思った矢先、柴原の目に何かが入った。
「…やっぱり、持って帰るか…」
二週間、ディーゼルエンジンの改造は一向に進んでいない。本来なら焦らなくてもいいのだが、柴原には1ヶ月半と言うタイムリミットがある。
彼の目に映ったのはディーゼルエンジンの設計図だった。
エンジン本体は格納庫に残れないので弄れないが、持ち運びの出来る設計図を持ち帰れば、宿舎でも改造の考察は出来る。
"ちゃんと睡眠は取りなさい"
彼女の言葉が柴原の中で駆け巡る。実際、設計図が目に入るまでは柴原も大人しく帰って寝る気でいた。しかしそんな事も言ってられない。ここでこっそり持って帰れば誰にもバレないだろう。そう自分を納得させて柴原は設計図に手を伸ばす。
「Hey、イツキ、何をしようとしてるの?」
柴原の手首がガッチリと掴まれる。彼の手が設計図に届く事は無かった。代わりに右手首をしっかりと、逃さまいと握っているケイの姿があった。
「…別に、レンチを忘れたから取りに来ただけだ」
「へぇ、レンチ以外にこの設計図にも用があるのかしら?」
いつも余裕の表情のケイが険しい顔をして問いただす。少し気圧されたのか、柴原も言葉に詰まってしまった。
「今日は帰って寝る様に言ったわよね?」
「…別に、設計図を持って帰ったっていいだろう」
開き直る柴原。拗ねる様にそう言う彼にケイも困り顔になる。
「持って帰ったら貴方は徹夜をするでしょう?」
「どうしてそんな事が分かるんだ?」
「貴方の素敵な後輩から教えてもらったの」
「…緒方め…」
どうやら緒方からチクリが入っていたらしい。一つため息をつくと柴原は設計図に伸ばしていた手を引っ込めた。それと同時にケイも掴んでいた柴原の手を離す。少し気まずい沈黙が流れた。
「…ねえイツキ、どうしてそこまでしてくれるの?」
ケイとしては柴原がここまでしてくれる理由が分からなかった。自分が頼んだ事とはいえ、出会って二週間程度の相手にここまで尽くしてくれるものなのだろうか?ケイにはそれが不思議だった。
「頼まれたからな。仕事を任された以上、中途半端は嫌なんだ」
「本当にそれだけ?」
ケイに真っ直ぐ見つめられ、目を背けてしまう柴原。彼女にこの目をされてしまうとどうしても柴原は恥ずかしさからか、目を逸らしてしまう。
「…それだけだよ」
「じゃあ、アタシの目を見て言って頂戴」
距離が近い。顔と顔との間が数センチくらいしか無いのではと思う近さだ。
「…本当にそれだけだ。…あと近いぞ」
「こうでもしないと本音を言ってくれないと思って」
いつもの軽やかな笑みを浮かべてそう言うケイ。しかし少しだけ頬が赤らんでいた様に見えたのは気のせいであろうか、何処か表情が扇情的に見える。対する柴原はドキドキしっぱなしだった。
「…まあ、イツキが言うならそう言う事にしておくわ。今の所はね」
ケイはそう言うと距離を取っていつものウィンクを決める。しかし柴原は先程の表情が脳裏に焼き付いているのかボーッとしていた。
「だけど、今日はもう大人しく帰って寝なさい。…イツキ、聞いてるの?」
「え…あ、ああ!聞いてる聞いてる!」
ようやく正気に戻ったのか、慌てて返事をする柴原。珍しく慌ただしい彼に首を傾げるケイだがその理由は分からなかった。
「ボーッとするくらい疲れているんでしょ?今日くらい休んだっていいじゃない。イツキが格納庫に残って頑張っているのは"いつも"見ているんだから」
「…そうだな…ん?見ているって…」
ケイの言葉に柴原は違和感を覚える。何故ならいつも残って作業はしているがその間、ケイの姿は一度も見かけなかったのである。そもそも何で彼女はいつも柴原が残って居るのを知っているのだろうか?そう考えると、柴原は一つの答えに辿り着いた。
「…ケイ、もしかしてコッソリ見ていたのか?」
「え?…あ…」
しまった、と言う様な顔をして片手で口を押さえるケイ。
「…見てたら声を掛けてくれれば良かったじゃないか」
「えっと、それは、その…」
みるみるとケイの顔が赤くなっていく。
「あ、貴方の後輩!そう!Mr.緒方からイツキが残っているって聞いてたから偶に様子を見に行っていたのよ!!」
「そうか?それでも声くらいは掛けてくれても…」
「そ、それは…イツキの邪魔しちゃ悪いと思って!」
「そ、そうか…」
いつも余裕綽々の彼女であるが、初めて見る慌てたケイを目の当たりにして柴原も驚いているのだろう。深くは追及出来なかった。
「そう!偶によ!偶に!!」
言い訳する様に必死に弁解するケイ。どうして偶にの部分を強調するのか柴原には分からなかったが、取り敢えず肯定しておいた方がいいと思い、ウンウンと頷く。
「そ、それよりもう帰りましょ!鍵は私が閉めておくから!!」
「あ、お、おい!」
ケイに無理矢理格納庫から出されて呆然とする柴原。後から出てきた彼女が物凄い速さで格納庫の鍵を閉める。
「じゃあ、これで!!言った通り今日は大人しく帰って寝るのよ!?良いわね!?」
「は、はい!」
早口でそう捲し立てると、鍵を返しに行ったのか、校舎の方へ逃げる様に消えていった。余りに突然ケイの様子が変わったので柴原も未だ呆然と立ち尽くしている。
「…何だったんだ…」
しばらくして出た言葉は、この一言だけだった。
校舎の影、柴原が追っていない事を確認したケイはようやく一息つく。顔はまだ紅潮していて、少し息も荒かった。
「…shit…失言だったわね…」
熱くなっている顔を冷ます様に手で仰ぐケイ。呼吸を整えると、ポケットからスマートフォンを取り出して、それで撮ったであろう写真を見つめる。
「イツキの事だから勘づいてはいないと思うけど…」
写真を見てそう呟くケイ。そこには柴原の横顔が写っていた。それを見て大きく深呼吸をすると、柔らかく笑う。
「作業をする顔に見惚れてたなんて、口が裂けても言えないわね」
そう言って、愛しそうに液晶の柴原に手をかざすケイだった。