ガールズ&パンツァー 宮舞高校戦車整備科 作:キングコングマン
「こう、ですか?」
「あー、もう少し左だ。そっちの方がメーターが見やすい」
狭いシャーマンの車内の中、そこには戦車改造の説明をしている柴原とそれを受けるアリサの姿があった。
研修が始まってから3週間。一つの目標であるサンダースに戦車改造を教えると言う目的は順調も順調、偶にサンダースの整備士同士でああ言う改造がしたい、こう言う改造がしたいと言う意見もちらほら飛び交う様になったていた。
知識が付いてきた証拠だろう。
「あ、ホントだ……こっちの方が戦車の操作がしやすいですね!」
「ああ、改造を施すのも良いが、操作性を下げてはせっかくの改造も無駄になる。いかにロス無く、普段の操作の感触から離れない様にパワーアップするのも肝だ」
「おぉー、なるほど……」
3週間と言う時間は、少し気難しい性格のあるアリサでも信頼を得るには十分だったのだろう。今では宮舞の整備士の言う事なら一言も聞き逃さまいと熱心に話を聞いているし、自ら聞きに行く事も多い。
「ありがとうございます!ちょっと違和感があったんで助かりました!」
そして現在も、アリサが改造によって操作性に少し違和感が出たと言う事で柴原に助言を求めていた。柴原も頼られて悪い気はしないし、何より見た目と反して面倒見はかなり良い方だ。その真摯さもアリサの信頼を得るに至ったのだろう。
「Hi、お二人さん。熱心なのは良いけどそろそろお昼よ。ご飯にしましょ」
するとキューポラから顔を覗かせてケイが笑顔でそう言って来た。
「……もうそんな時間か、取り敢えず午後に試運転してみろ。問題無さそうだったらそれで良いぞ」
「は、はい!ありがとうございます!!柴さん!!」
柴原の助言に元気よく返事を返すアリサ。対して柴原も殆ど表情は動かなかったが満足そうだった。
「そうだ、ケイ、改造ディーゼルエンジンについて話したい事があるんだが、この後いいか?」
柴原がキューポラから出ると、思い出したかの様にそう言う。
「……うーん、そうね、お昼を食べながらで良いかしら?」
少し考えてケイはそう提案する。食事中でも話せる内容なのか、柴原も提案に頷く。しかし、それとは別にケイの言葉に柴原は何処か違和感を感じていた。
「ああ、構わない……それとケイ、なんだか怒ってないか?」
「怒ってないわよ。ほら、お昼行くわよ」
「お、おい!無理矢理引っ張るなって!」
「イツキが遅いのが悪いんじゃない」
無理矢理、まるでアリサから引き離す様に強引にケイは柴原の袖を引っ張る。ポツンと1人残されたアリサは、その光景を呆然として見ていた。
「あ、隊長!こんにちはー!!」
お昼ご飯を食べに食堂へ向かう途中、2年生のサンダースの整備士の子がケイに挨拶をして来た。
「ハロー、貴女もお昼?」
「いえ、アタシはもう食べ終わったんで、あ、柴さん!!こんにちはー!!」
すると後ろに付いていた柴原にも気付いたのか、同じく挨拶をする。
「おう、これから整備か?」
柴原も気さくに挨拶を返す。立場上、サンダースの整備士の子と接する事が多いので、挨拶も小慣れたものになっていた。
「はい!!あと2台ほど残ってるんで……あ!!この前言ってたグラントの改造、柴さんの言う通りにしたらすっごい速くなりましたよ!!」
「へぇ、そりゃ良かった。やり過ぎると制御が効かなくなるからほどほどにしとけよ」
「了解ですー!じゃあアタシ、シャーマンの整備しなきゃいけないんでこれで!!」
整備士の子はそれだけ言うと一礼して小走りで格納庫の方へと向かって行った。
「……アリサもそうだったけど、"柴さん"なんて随分と信頼されてるのね」
整備士の子が見えなくなると、ケイが小声でそんな事を言って来た。
柴原はアリサだけでは無く、サンダースの整備士からの信頼も厚い。アリサと同じく、懇切丁寧に説明してくれるので、特に年下からの柴原に対する評価はかなり高かった。
「言えば聞いてくれる素直な子が多いんだ。やり甲斐がある」
「………ふーん、そう……」
いつものケイとは違う、素っ気ない態度でそう返す。ここ数日、柴原に対してこんな態度を取る事が多くなっていた。
「……やっぱり、何か怒ってるんじゃないか?」
「だから、怒ってないわよ」
さっきと同じ回答をするケイ。表情はいつもの通りだが、声色が何だか苛ついている様に思える。
「さっさとお昼行くわよ」
再度柴原の袖を引っ張って食堂へと歩みを進める。少し、袖を握る力が強くなった気がした。
「それで、どうなの?」
「え?」
「ディーゼルエンジン。イツキが話したいって言ったんでしょ?」
サンダースの無駄に広い食堂の一角で小さな丸テーブルに2人、ケイと柴原が、お昼ご飯をつまみながら会話をしている。
ケイは先程とは違い、言葉の角が取れている様に感じた。
「あ、ああ。そうだったな。少し進捗が進んだんで報告しようと思ってな」
いきなりいつものケイに戻った事に困惑しつつも、柴原は本題に入る。
「ワオ、やっと良い報告が聞けるのね」
「と言っても、本当に少し進歩しただけだからな」
肩をすくめて困った様に笑う柴原。食堂で頼んだハンバーグ定食を一口入れると、詳細を話し始めた。
「まず、色々試したが、改造に当たってベースとするディーゼルエンジンは、ソ連製の物にする事にした。T-34に搭載されていたエンジンだ。他国のディーゼルエンジンは民間のトラックの物をそのまま載せたり、ガソリンエンジンを改造した物が多いが、それだと出力不足になってしまう。しかしこのT-34のディーゼルエンジンは元々航空機用のモノを流用したものだ。出力がデカイ。これだけでも充分戦えるだろう」
アメリカ色の色濃いサンダースがソ連製のエンジンをベースにしたものを使うとは皮肉なものだが背に腹はかえられぬと言ったところか、そもそも実践でまともに使えそうなディーゼルエンジンがソ連製のものしかないと言うのが実情だった。
「へぇ、ならそのエンジンをそのままシャーマンに移植すれば良いじゃない?」
至極真っ当な疑問。そこまで質のいいディーゼルエンジンがあるのならば、それをそのままシャーマンに移してしまえばいいと言うのがケイの考えだった。
しかし柴原は顔を顰める。
「……入り切らないんだ。ベースにするT-34のディーゼルエンジンは車体の半分をエンジンで埋めるほどに大きい。それに加えてシャーマンは同じ中戦車の括りではあるが、T-34より一回り小さいんだ。エンジンを置くスペースがかなり限られる」
「それじゃあ……」
シャーマンにディーゼルエンジンを載せることは不可能なのだろうか?そんな考えもケイの脳裏によぎる。
「だから、俺達の当面の目標は、このディーゼルエンジンの"小型化"。これに尽きる」
柴原が行うディーゼルエンジンの改造、その最終地点は、エンジンの"小型化"を成功させる事だった。元々のシャーマンのエンジンはガソリンエンジン。T-34のエンジンより数段小さい。その小さなエンジンスペースにディーゼルエンジンをぶち込むには、小型化が必須なのだ。それも元の出力のまま。
「……具体的には、どのくらい小さくなるのかしら?」
「……見立てでは今の大きさの1/3以上小型化しないと収まらないだろう」
1/3以上の小型化に加えて出力はそのまま。もはや改造では無く開発に近い。それも第二次世界大戦で開発、使用されたパーツに限ると言うおまけ付きだ。
「しかし終着点は見えた。シャーマンにディーゼルエンジンを載せるにはこの方法しかない」
「……行けそうかしら?」
「……問題は時間だ。1ヶ月と言う短い間で完成するかは分からない」
改造の具体的な計画は整った。しかし研修が終わるまで1ヶ月。あまりにも少ない時間で柴原達は難易度で言えばS級を超えるレベルの改造を成し遂げなければならない。
「だが全力は尽くす。幸い、サンダースの整備士達はもう自分達だけの力で改造できる能力を持ち始めてるからな。ここからの仕事は自分達の持てる力の全てを出して、ディーゼルエンジンの小型化を成し遂げるだけだ」
完成するかは分からない、と柴原は言ったが、その目は絶対成功させると言った覚悟に満ちていた。
「……ホント、今回の研修はイツキ達お世話になりっぱなしね。頭が上がらないとはこういう事を言うのかしら」
少し目を伏せて申し訳なさそうなそう言うケイ。彼女としても将来のサンダースの為、何か力になりたいが戦車乗りである自分が知識不足により柴原達の力になれない事が何よりも歯痒かった。
悔しそうに地面を見つめている。
「……少し前、ケイが何故自分に協力するのかと、俺に聞いた事があったな」
すると、それを見た柴原が突然話題を変えて来た。ケイも予想外だったのか、目を丸くしている。
「え、ええ。確かに聞いたわ」
「前も言った通り、請け負った仕事は成し遂げなければならないと言う責任もある。だが……」
すると、柴原は何か言いにくそうに口籠る。恥ずかしさを隠す様な、そんな仕草だ。
「……何?」
対してケイは真っ直ぐ、柴原の目を見て返事を待つ。その視線を感じ取った柴原は覚悟を決めた様に口を開いた。
「その、何て言うんだ、……正直に言おう。俺はケイと言う隊長のために全力を尽くしたくなった。それだけだ」
あまりにも簡潔。ロマンチックのかけらも無い不器用な一言。しかしその一言はケイの心臓を一瞬で跳ね上がらせるのには十分だった。
「そ、それって、わ、私の為にって事?」
いつも余裕綽々で隙を見せないサンダースの隊長が頬を赤らめて取り乱している。彼女を良く知るサンダースの隊員が見たら目を疑う様な光景だ。
「……そうだ」
一言、ぶっきらぼうな柴原の肯定の発言にケイの体温が更に上がる。
「で、でも、何で?理由を聞いても良いかしら……?」
おずおずと、しかし理由が気になるのか、落ち着かない様子のケイ。まるで恋する乙女の様だ。
「……初日、俺が本当に改造をやるのかと問い質した時、ケイは『後輩に何か遺したい』と言っただろう?」
柴原の問い掛けにケイは無言で頷く。
「……こう言っちゃ悪いが、もう大会も無くて引退するだけの人間が後輩の為にまだ何かを成し遂げようとしている。……普通なら出来る事じゃない。モチベーションを失って堕落するのが関の山だ」
「No、それはないわ。私はサンダースの隊長だもの。果たすべき責務というものがあるわ」
力強くそう返すケイ。対してやはりなと、柴原は微笑む。
「それだけじゃないだろう?ケイは本当に後輩想いだ。自分の為じゃなく、他人の為に行動出来る人間はそう多くない。ケイが後輩の事を本気で考え、想っているからこそサンダースの隊員はケイに付いて行くんだろうな」
「………」
「そして、そんな君に俺も尽くしたくなった。……これが理由だ」
柴原が最後にそう言うとケイの瞳が微かに揺れた。対して柴原は恥ずかしさを誤魔化す為なのか、もう冷め切っているであろうハンバーグ定食を一気に食べ切る。
「ごちそうさま!じゃ、そう言う事だ。確か午後から訓練だったろう?ケイも早めにご飯食べないと遅刻するぞ?」
「あ、待っ……」
遂に柴原の方が耐えきれなくなったのか、赤くなった顔を隠す様に足早に席を立ち、ケイの制止も聞かずにトレーを食堂の返却口へと持って行った。
「………」
仕方が無いと、ケイも1人になったテーブルで残りのお昼ご飯を食べる。
しかし心ここに在らずと言った感じで、料理の味も殆ど分かっていない様だ。
「お、ケイ。珍しいな。一人でご飯なんて」
すると、空の食器を乗せたトレーを持ったナオミが話しかけて来た。
「……ええ、偶には一人で食べてみようかと思って」
付き合いの長いナオミは、ケイの異変にすぐ気付く。
「……そうか、何でも良いがもうすぐ昼休みも終わるぞ?早めに食べないと訓練に支障が出るぞ?」
しかし深入りはしない様だ。
「ええ、No probrem、大丈夫よ」
「分かってるなら良い……ああ、それとあと一つ」
「……何?」
トレーを返そうとしたナオミが思い出したかの様に足を止める。
「その緩みきった顔、訓練が始まるまでに何とかしとけよ」