ガールズ&パンツァー 宮舞高校戦車整備科 作:キングコングマン
江藤と逸見の件から数日後、やっとと言うべきであろうか、ようやく黒森峰と宮舞のコミュニケーションも取れる様になってきた。
全くと言っていいほど無かった意見の交換なども活発に行われる様になり、ひとまずは安心して見ていられる状況だった。
「ドイツ戦車ってなんか、こう、無骨な感じだよね。徹底的に無駄を削ぎ落としてる感じで」
「…なんで私にそんな事聞くんですか」
そんな中、戦車格納庫では古葉と逸見が会話をしている。古葉は相変わらずヘラヘラしているが、逸見は心底嫌そうな顔をしていた。
無理も無い。数日前の一件で逸見は古葉に嵌められた形になったのだ。
ネット上には"対立煽り"と言う言葉があるが、古葉は間接的にその対立を意図的にさせる事で逸見と江藤を衝突させた。喧嘩ともなれば黒森峰の生徒達は何事かと様子を見に来るし、何より隊長であるまほが見逃す筈もない。そして全員の視線を一点に集中させだところで責任を負う双方の隊長が登場する。本来の対立煽りとは意味合いが違うが、古葉はこの二人を意図的に衝突させ、自身に注目が行くように仕向けた。
つまりこれは、全て古葉が仕掛けた"シナリオ"だったのだ。
まんまと古葉のシナリオに嵌められた逸見にとっては屈辱でしか無い。利用されて、尚且つあの一件で宮舞の整備士達を黒森峰の履修者達受け入れさせたのだ。それも一瞬で、違和感も無しに。
「そんな事言わないでよー、いつみん。仲良くしよって言ったでしょー?」
「いつみんはやめて下さい」
どうも逸見としてはこの男が苦手だった。自分があれだけの喧嘩を吹っかけておきながら、翌日には何事もなかったかの様にこうやって話しかけられる。それも毎日。普通なら躊躇する筈なのだが、この男には関係ないと言わんばかりにずっと先を見据えてる気がする。この底の見えない感じが彼女にとってどうも苦手なのだ。
「…全く、隊長は何でこんな男を…」
あまりの自分との相性の悪さに、悪態をつく様にボソッと小声でそう言う逸見だった。
そしてそんな二人を遠目で見つめる黒森峰の生徒が二人いた。
「あれ、またエリカさん、古葉さんに絡まれてますね…」
一人は赤星小梅という、黒森峰の二年生でパンターGの戦車長をしている少女。
「ホントだ。古葉さんも飽きないねー」
そしてもう一人、赤星と同じく二年生でヤークトパンターの戦車長をしている小島エミと言う少女だった。
「古葉さんもめげないですねー、ここ数日、かなりの頻度でエリカさんに話しかけてますよ」
赤星がそう言うと、小島も頷く。
「そうだね、でもこう見ると素っ気ない妹に構うお兄ちゃんみたいだねー」
小島がそう言って笑うと赤星も同感なのかクスクスと笑った。
「ふふっ、そうですね。でも、何でエリカさんに構うんでしょう?」
「確かに、エリカは鬱陶しそうにしてるのに…」
古葉に恋愛感情でもあるものかと二人は最初思ったが、よく見てみるとどうもそんな感じでは無い。どちらかと言えば思春期の妹に手を焼く兄みたいな感じだった。しかし、出会って二週間ばかりの間柄でそこまで古葉が逸見に気を掛けるのには違和感があった。
「賢介は、気に入った人間はとことん自分の懐に入れておきたい奴だからな」
「「わぁ!?」」
そんな二人の背後から突然声が掛かった。驚いた二人が勢いよく後ろを振り向くと腕を組んで自身らの隊長。西住まほが立っていた。
「た、隊長…!!」
「聞いてたんですか!?」
隊長の突然の登場に赤星も小島もあたふたする。まほとは作戦会議などででしか会話をした事が無く、こう言う雑談をする事などは殆ど無いからだ。
「まあ、そう慌てるな。そうか…観察眼の鋭いアイツの事だからエリカにも目を付けると思っていたが、かなり早かったな」
薄く笑ってしみじみとそう言うまほ。しかし赤星と小島は状況が呑み込めてない。
「ど、どう言う事ですか?隊長」
恐る恐る赤星が聞いてみる。
「あぁ、すまない。賢介は気に入ったものは全て手中に収めたがる。と言う意味だ。…彼は実は戦車道の名家の出身でな。"古葉流"って聞いたことあるか?」
まほの問いかけに赤星が頷く。
「はい、名前だけは。何でも心理戦を得意とする流派だと聞いたことがあります。…流派の規模が小さくて実戦で戦った事はないですが」
「ああ、それであってる。元々、古葉流は相手の心理を利用すると言う性質上、戦車道としての"形"が無い。だから我々西住流や島田流と違って流派を会得できる人間が極端に少ないんだ」
まほの説明に赤星も納得した様に頷く。予め戦車道としての戦術がある程度決まっている西住流や島田流ならばそれを元にして戦略も立て易い。しかし古葉流と言う流派は相手の心理を読む事を前提とする。それ即ち、西住流や島田流の様に決まった戦術の"形"では無く、隊長自身の"他人の心を読む素質"が重要になってくるのだ。そしてそれを可能にする異常なまでの観察眼を必要とするからこそ、古葉流と言う流派は他の2つの流派より浸透しない。
「なるほど、その古葉流の家系が、宮舞から来た班長の古葉さんと言うわけですね?」
赤星がそう言うとまほも同様に頷いた。
「察しがいいな。そう、賢介はその古葉流の直系だ。実際、彼の母親は名の知れた実業団の選手だったからな」
「「へぇー」」
意外だった古葉の出自を知って二人とも驚いている様だ。しかし、それとは別に小島には一つ気になることがあった。
「それで、その…"古葉流"の戦車道は強かったんですか?」
戦車乗りであればそこは気になる。試合では相手の心理を読むのが重要になる事もあると理解している小島だが、それに特化している流派なんて想像が付かない。もし対戦する側になった場合、どんな戦法で来るのだろうか?
「…私も直接は知らない。ただ、西住流師範、私の母は対戦したことがあると言っていた。と言っても対戦したのは彼の母親だがな」
赤星も気になるようで興味津々にまほの話を聞いている。
「…母様によると、対戦をしたらまず"恐怖"を覚えるそうだ」
「「恐怖?」」
赤星と小島の声がシンクロする。彼女らも戦車に乗りたての頃は飛んでくる砲弾や爆発音などに恐怖したものだが、それでも慣れればなんて事はなかった。そんなものを西住流を継ぐしほが今更恐怖を覚えるとは思えない。なら、まほの言葉の真意は何なのだろうか?
「言ったろう?古葉流は対戦相手の心理を読む流派だ。自分の考えや戦略が読まれ、駒を進めた先にことごとく敵が居たら君達はどう思う?」
「「あ……」」
それは絶対に考えたく無い事だった。こちらが見えない筈の相手が、まるでこちらの動きを全て把握しているかのように、戦車を進めた先々に待っていたかのように現れる。姿の見えない筈の敵に心を読まれ、自分達はジワジワと、侵食されていく様に、追い詰められていく様な感覚に陥る。
そこに覚えるのは、紛れもなく"恐怖"だった。
「あまりにも読みが当たり過ぎるから、審判に不正を疑われる事もしばしばあったらしい」
想像力が逞しいのか、赤星と小島は揃って身震いをする。今までサンダースやプラウダなど、いろんな強豪とは戦いたく無いと思ってきた彼女らだが、この"古葉流"と言うのは話を聞いただけでも異質過ぎる。"戦いたく無い"と言うのは同じなのだが、ベクトルがまるで違った。
「…話が逸れてしまったな。そう言う事で賢介も人の心理を読むのが上手いんだ」
淡々とまほがそう言うが赤星と小島の二人はまだ衝撃を受けていた。まさか戦車道の二大流派の他にこんなにヤバい流派があるとは思っていなかったのだろう。今後戦う事はごめん被りたい。
「す、すごい流派ですね」
圧倒されている赤星が何とか言葉を捻り出す。
「ああ、その特殊さから、元々古葉流は一子相伝の流派だったらしいからな」
そりゃそうだ。こんなヤバい流派が大量発生するなんて考えたくも無い。しかし一子相伝で無くなったあとも、その特殊過ぎる性質から、殆ど流派を会得出来る者が居なかったと考えると、そんな心配もいらなかったのかも知れない。
「賢介は恐らくエリカが本気で嫌ってないのを、彼自身も見抜いてるんだろう」
まほの言う通り、見えない敵の行動さえ予測出来る読心術を持つのであれば、それくらいは朝飯前かも知れないと赤星も感じた。
「…その話、エリカさんには、言えないですね」
苦笑いをしてそう言う赤星。素直では無い彼女にそんな事を言ったら反発するに決まっている。2年間、一緒に戦車道をやってきた身としては言わぬが花だという事を、彼女も理解していた。
「そうしてくれると助かる。しかし、あれは相当気に入ってるぞ。なんせ賢介が"あだ名"で呼んでるからな」
「え、そうなんですか?」
確かに古葉は逸見の事を"いつみん"と呼んでいた。赤星と小島には苗字にさん付けで呼ぶが、宮舞の整備士、江藤には"えっとん"と呼んでいる。
「ああ、気に入った者にはあだ名を付けると言う癖があるんだ。変なあだ名を付けるのは賢介の癖と言うより、古葉家の習性みたいなものだろう。彼の母親も人に変なあだ名を付けていたからな。"しぽりん"とか"ちよきち"とか」
親と子は似ると言った物だが変なところまで似る物なのだろうか?
「…とにかく、賢介は見た目や自身への従順さで人を選ぶ様な人間じゃ無い。恐らくこの前のエリカを見て何か感じるものがあったんだろう。観察眼の良さからか、人を見る目はズバ抜けているからな」
赤星と小島には今のまほの発言が、古葉賢介という男に全幅の信頼を寄せてる様に感じた。側から見ればナンパをしている様にしか見えない古葉を黙認しているのもそうだからであろう。しかし何故、まほがそこまで古葉に信頼を寄せているのか小島には分からなかった。
「えっと、隊長は何で古葉さんの事をそんなに知っているんですか?」
小島の言葉にまほは目を丸くする。なんだ、そんな事も知らないのかと言った表情だ。
「言ってなかったか?私と賢介は昔からの付き合いなんだ」
「えー!?」
まほの発言にいいリアクションをしてくれる小島。対して赤星は何となく察していたのか、そこまで驚く様子は無かった。
「それって!幼馴染って奴ですか!?」
「あ、あぁ。まあな」
妙に食い付きの良い小島に流石のまほもたじたじになる。お堅い生徒の多い黒森峰でも、やはり女の子。こう言う話題には反応してしまうらしい。
「まあ、とにかくだ。賢介が意味のない行動を取るとは思えん。エリカに話しかけてるのだって何か思惑があるんだろう。今はそっと見ておいてあげてくれないか?」
「「は、はい!!」」
伝える事を伝えるとまほは「ありがとう」と短く一言だけ言ってその場から離れて行った。
「ふー、緊張した。隊長とあんな話ししたの初めてだよー」
小島が冷や汗を拭ってそう言う。
「うん、雲の上の存在の人だと思ってたけど、結構フランクな人なんだね」
赤星も普段のまほからは想像出来ない姿を見て感心している様だった。
「でも驚いたー、古葉さんと隊長が幼馴染だったなんて。でも小梅はそんなに驚いてなかったよねー?」
「え?まぁ、何となく察してたからね」
赤星には彼らが幼馴染まででは無いにしろ、親密な間柄であるかも知れないと、まほの口から出る前から感じていた。
「へぇー、なんか理由でもあるの?」
「うーん、古葉さんって隊長が言ってた通り親しい人の名前を呼ぶときにあだ名で呼ぶでしょ?でもそうでない人には基本苗字にさん付けするじゃない?」
「うん」
赤星の言葉に小島も頷く。さっきも述べた通り宮舞の整備士達や逸見などにはあだ名で呼んでいるが、赤星や小島を呼ぶときは基本苗字にさん付けだ。
「でも、隊長だけは下の名前で呼んでるんだよね」
"まほ"という呼び名の特別扱い。それが赤星がそこまで驚かなかった理由だった。