ガールズ&パンツァー 宮舞高校戦車整備科 作:キングコングマン
黒森峰での古葉賢介という存在。それを問われると明確な答えは出ない。
黒森峰のある生徒は"頼れる先輩"と答えるし、ある生徒は"唯の外様の部外者"と答えるし、ある生徒は"いつも何か考えてそうな人"と答える。
しかし、無視できない存在なのは事実であった。この前の江藤と逸見の一件、隊長であるまほとの妙に近い距離。それもあって存在感は存分に発揮されている。
派遣研修が始まってから2週間、すでに黒森峰の生徒たちにとって、宮舞の整備士達は無視出来ない存在となっていた。
「……さて、これからどうするかねー?」
黒森峰の格納庫で整備されているドイツ戦車を見ながら、憂うように古葉が呟く。
「……どうって、何をだ?」
いつも通り隣にいたまほが疑問の声を上げた。
「しほさんから言われた事だよ。正直、戦車整備よりそっちの方が重要」
「………」
古葉の憂う様な言葉にまほは無言を返す。
正直、宮舞の整備士と黒森峰のゴタゴタは古葉にとってそれほど大きな問題では無かった。
しかし、しほに頼まれた『黒森峰の戦車道を変えて欲しい』と言う要望。これをどうするのか、古葉の中では最重要事項だった。
「……黒森峰のメンバー達も、宮舞の整備士達の事を信頼し始めている。そろそろ良いと思うが……」
まほはそろそろ黒森峰の戦車道に介入しても良いと思っている様だ。しかし古葉は依然として首を捻る。
「んー……まだかなぁ……」
「……何が引っ掛かるんだ?」
相変わらず何を考えているのか掴めない。まほは怪訝な表情を浮かべる。
「キッカケ、かな?今でこそ『整備』に関してはお互い信頼し合って話せる様になったけどね。『戦車道』に関してはまだ一つも
「……時期が早いって事か?」
「うん。でもまあ、対策はあるよ」
そう言うと、古葉は視線を逸見の方へと向けた。
「また、いつみんには頑張って貰いましょうかねぇ」
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「そこからレンチを左に回してみてください」
「え、でも、それだとボルトがなめちゃうんじゃ……」
「ええ。なんで感触を確かめながら少しずつ、逆側に噛ませていく様に……」
「……こう、ですかね……あ、出来ました!!凄い、こんなやり方あるんだ……」
一方こちらは江藤。
黒森峰の整備士に対して、宮舞流の整備を指導していた。
やはりと言えばそうなのだが、黒森峰の整備は質が高い。しかし、アイデアが無いと言うのが、江藤の率直な感想だった。全てマニュアル化され、その通りにやれば戦車のスペックを落とす事はまず無い。
それはそれで正解なのだが、江藤としてはそれでは面白く無い。自分のやり方で、スペック以上の物を。そんな理想的な整備を目指すのが、江藤のモットーだった。
「……相変わらず、無駄な事を教えているのね」
それに突っかかってくる少女が1人。
この研修で、もう散々と聞かされた小言。思い切り顔を顰めて江藤は声の方向へと顔を向けた。
「……無駄かどうかは逸見さんの決める事ではありません。整備するのはこの子ですから、僕はこの子の為になると思ってやってます」
「アタシは黒森峰にとって無駄だと言ってるのよ」
「そう思ってるのは貴女だけかもしれませんよ?」
「……ッチ」
舌打ちを残し、苛立った様子で逸見はその場から離れる。巻き込まれた形となった黒森峰の整備士は、自分に責任があると思っているのかオロオロしていた。
「ああ、すみません。雰囲気悪くしちゃいましたね」
それに気付いたのか、少し困った様に笑って江藤はフォローを入れる。
「い、いえ……こちらこそすみません……」
黒森峰の整備士も申し訳なさそうに謝ってきた。
段々と黒森峰に信頼されてきた宮舞の整備士達だが、依然として逸見だけは受け入れられないでいた。
宮舞の整備士が黒森峰の生徒と戦車の話をしているところを見かけようものならば、その光景を睨め付ける様にして絶対に良い顔はしない。
特にこの前大喧嘩をかました江藤に対しては、事あるごとに小言を言う様になっていた。
「……こう言うのは、どこの高校に行ってもあり得る事ですから」
少し残念そうな表情を見せて、暗い口調で江藤は吐き捨てる様にそう呟く。
「……やっぱり、最初は受け入れられないんですか?」
「僕らは男です。やっぱり、そう言う目で見られちゃうんですよ。……しょうがない事なんですけどね」
『戦車道は女の武道』
その固定概念が、世の戦車道に関わる男達の肩身を狭くしてしまっている。派遣研修の裏の部分とも言えば良いだろうか。皆出会いを期待して研修に行くが、その実こう言う実態が未だに根深く残っている。
「まあ、ここで愚痴っても仕方ないんですけどね」
「………」
再び困った様に笑ってそう言う江藤に対し、黒森峰の整備士は何も言えなくなってしまう。
この派遣研修の裏の部分が一番顕著に出ているのは、黒森峰で間違いなかった。
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「「「はぁー………」」」
宿舎に戻り、宮舞の隊員達は一様にため息をつく。
「お疲れ皆んな。やっぱり気疲れするよね」
そんな隊員達にフォローを入れる様に古葉が労いの言葉を掛ける。
「……なんか、雰囲気が独特って言うか、『これ以上は踏み込まないで』みたいな雰囲気なんですよね……」
整備士の1人が少々疲れた顔でそう言う。それに別の整備士が同調する様に口を開いた。
「そーそー。整備の話だと結構反応良いんだけどさぁ、俺が宮舞では『模擬戦』してるって言うと、途端に顔が強張ってさぁ……キツいよ、アレ」
どうやら古葉以外の整備士達も、黒森峰に対する『壁』は感じているらしい。
「まあ、黒森峰の戦車を触らして貰えるだけならそれで良いんですけどね。……やっぱり、なんか悲しいと言うか……去年のサンダースじゃ、こんな事無かったんですけどね」
「9連覇する程の名門様って事だよ。戦術に口を出すなって、プライドがあんだろーよ」
プライド、名門、古豪。凝り固まった黒森峰の思考は、新しい物を取り入れると言う行為を蔑ろにしてしまっている。
この数週間。宮舞の整備士達はそれを痛感していた。
「……隊長は、このままで良いと思いますか?」
江藤が少し深刻な表情でそう聞いてくる。
「………」
対して古葉は腕を組んで考える。もちろん対策はしなければならない。古葉としてはもう少し後にしようと思っていたのだが、整備士達の反応を見る限り、早めに手を打っておいた方が良さそうだ。
「ちょっと、まほと話してみるよ」
一言、神妙な表情でそれだけ伝えた。
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学園艦と言うシステムを導入している以上、洋上へ出ると色んな事が本土にいた頃とは勝手が違って来る。買い物はに行く場所はもちろん限られるし、娯楽も殆ど無い。
しかしその中でも魅力的な部分も存在する。
夜になれば星が綺麗に見えるのだ。
「悪いね、こんな時間に呼び出して」
「いや、構わない」
星空の元、学園艦の甲板には2人の男女が居た。
「本当ならもうちょっと後に話そうかと思ったんだけどね。ちょっと我慢出来そうになくて」
男の方、古葉は困った様に笑ってそう言う。
「構わないと言ってるだろう?賢介は偶にまどろっこしいところがあるからな」
女性の方、まほも僅かに微笑んでそう返した。
「いやはや、こう言うのはタイミングが重要だからさ。……それに他の人に聞かれたく無い話でもあるしね」
そう言うと、古葉は真剣な表情でまほを見つめる。
「な、なんだ?改まって」
対してまほは普段出さない古葉の雰囲気に珍しく動揺していた。
「そうだね、単刀直入に言おうか」
何の言葉が出てくるのか、まほは身構える。
「模擬戦、やらない?」
「……………は?」
何を言われたのか一瞬分からず、数秒遅れてまほの口から言葉が出る。
「だから、模擬戦」
「模擬戦」
「そう、模擬戦」
「………」
「………」
何だか妙な沈黙が流れる。
「……ダメだった?」
まほから返事が返ってこないので、古葉は再び聞き返す。
「あ、ああ、そうか、模擬戦か、そうだよな……」
ほっとした様な、残念がる様な声色でまほはそう返す。そして、気持ちを切り替える様に一つ咳払いをした。
「母様の言ってた事か?」
そしていつもの凛とした表情に戻る。
「うん。本当はもうちょっと後にしようと思ったんだけどね。このままじゃウチの整備士が持ちそうに無いからさ、急遽」
困った様に古葉がそう言うと、まほも少し申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「……ウチの者が度々迷惑を掛けるな。すまん」
「いや、それはいいよ。立場もあるしね。まほ1人だけじゃどうにか出来ないのは俺も分かってる」
「しかし……」
「だからこその模擬戦だよ。ちょっとテコ入れしようかなってね。お互いの『戦車道』を見せれば、理解してくれる人も増えるでしょ?」
模擬戦の狙いとしては、宮舞側の戦車道を相手に見せることによって、理解を得ようと言うものだった。反発も出てくるかも知れないが、確かにそれが一番手っ取り早い。
「……賢介が言うならそうなんだろう。でもどうするんだ?そっちは5人しか居ないだろう?」
模擬戦をするのは良いが、どの様な形で行うのか。宮舞VS黒森峰をするにしても、宮舞側の隊員が少なすぎる。
「何人かそっちから借りるよ。人選は適当にまほの方で選んでくれるかな?戦車はお互い4両ずつ。お互いの隊長はまほと俺。この条件でどう?」
古葉がその条件を出すと、まほは少し考える。
「……それでも良いが、こちら側に分がありすぎはしないか?」
古葉としては初めて扱うドイツ戦車。それに半数以上の隊員は黒森峰から借りる形となる。有利なのはどう見てもまほの方だ。
しかし、古葉は挑発的な笑みを浮かべる。
「俺がそうしたいんだよ。……ようやくまほと戦える機会が来たんだ。ハンデなんて付けたら、勿体無いでしょ?」
お互いの『戦車道』を理解してもらう為。と言う名目のこの模擬戦だが、古葉の個人的な思いとしては、今の自分の実力がまほにどれほど通用するのか知りたかった。古葉のその言葉に、まほも身震いする。
「……あまり、黒森峰の戦車道を舐めないで欲しいな」
言葉とは裏腹に、まほもワクワクを隠しきれない様子でそう言う。彼女とて、古葉流と呼ばれる戦車道がどの様なものか、興味がある。
それに小さい頃から認めている幼馴染がどの様な戦い方をするのか知りたかった。
「模擬戦の件、了承した。こっちで隊員は調整しておく」
「うん、よろしくね」
話がまとまると、まほはその場から自室へと戻ろうとする。一刻も早く、作戦を立てなければ。
「え、まほ帰んの?」
すると、古葉が呼び止めた。
「?、まだ何かあるのか?」
まだ話しておく事があるのだろうかと、まほは古葉の方へと振り返る。
「いや、せっかく2人きりになったんだし、もうちょっと一緒に居ようよ」
あっけらかんと、当たり前かの様に古葉はそう言い放つ。
それを聞いたまほは急激に顔の温度が上がる。
「……ほんと、そう言うとこだぞ……」
ボソッと、誰にも聞こえない声でそう呟くと、再び古葉の隣へと向かっていった。