千聖から買い物に誘われた。それは突然の事だった。彼女曰く、この前のハムスター選びに行けなかった埋め合わせをしましょう、とのことだった。
「買い物……だと……?」
「貴方、先週埋め合わせをするって言った筈よね?」
「確かに言ったが、買い物でいいのか?」
「私は貴方と一緒ならどこでもいいわ」
千聖は微笑みながら言った。それを言ったら勘違いされるだろ。俺は言い方がおかしいだろ、と彼女に呆れながら言った。しかし、買い物か。何を買いに行くんだ?
アールとグレイの餌なら間に合ってるが、紅茶なら見に行こう。あとは新しい手袋か。いや、これじゃあ自分の事しか考えてないな。今回は千聖が優先、自分の事は後だ。
「松原や薫は誘わなくていいのか?」
「二人共ハロハピで打ち合わせがあるから無理よ。私と千秋、二人きりよ」
「俺と千聖だけか。しかし、バンドの事なら仕方ないか」
「
そうなると、後は予定をどうするかだ。俺は千聖とどういう予定にするかを聞いた。千聖はスケジュールは後で話し合いましょうと言った。今じゃなくていいのか、何か不都合があるのか。
「ここで話をしたら噂になっちゃうでしょ?そうなると厄介だわ」
「なるほど、それなら後の方がいいか。分かった、仕事が終わったら電話するが、大丈夫か?」
「ええ、問題ないわ」
俺と千聖はまた後でと言って別れた。さて、職員室に戻るか。教材が無いと授業出来ないからな。千聖の奴、話をしていた時表情が明るかったが、いいことでもあったのか?
千聖はハムスター選びに行けなかったことで事務所の愚痴を言っていた。最初は普通に愚痴っていたが、途中からロシア語になっていたため、内容が頭に入らなかった。あいつ、疲れてるのか……心配だ。
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授業を終えた後、私は事務所に向かった。彩ちゃんとイヴちゃんがいたから電車の乗り継ぎは大丈夫だけど、乗り継ぎは未だに慣れないわね。千秋がいたら車で送ってもらえたけれど、彼に迷惑を掛けたくない。アイドルが教師と一緒にいたらスキャンダルになるし、色々とヤバくなる。
「ホント、スキャンダルは厄介だわ」
とりあえず、千秋には帰りは遅くなるとメールを送っておこう。夜の9時には終わるから、帰ったら電話をしよう。なるべく、迎えは頼まないようにしないといけないわ。
「千聖ちゃん、笑ってるけど何かいいことあった?」
「いいこと?と、特に何もないわよ」
「ニノミヤ先生ですネ!」
「イヴちゃん、よくわかったわね……」
「やっぱり二ノ宮先生なんだね」
イヴちゃんと彩ちゃんはほっこりしながら言った。何か調子が狂うわね。ここまで分かりやすいなんて、私って隙だらけなのかしら。これじゃあ隠しても意味がないわね。ここは素直に言いましょう。
私は二人に千秋と出掛ける約束をしていることを打ち明けた。それを聞いた二人は私に可愛い、と言った。
――何か照れるわね。
「千聖ちゃん、それってデートだよね?」
「まぁそうなるわね」
「チサトさん、カワイイです!」
「あ、ありがと。イヴちゃんも可愛いわよ」
何だろう、素直に言ったら肩の荷が軽くなったわね。普通なら噂が広がらないように伏せた方がいい。でも、千秋のことはバレてるんだから隠す必要は無いわね。
そろそろ事務所だ。この仕事が終わったら千秋と話をするんだ。千秋は私にとって癒しであり、大切な想い人なんだ。そのために、今ある仕事を終わらせましょう!
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アールとグレイを眺めながら、俺は埋め合わせのことを考えた。俺と一緒ならどこでもいいと言ったが、あの言い方ではいろんな意味に捉えてしまう。デート……一緒に帰省……。
「いや、駆け落ちは無いか。俺は何を考えてるんだ。つか駆け落ちだとあいつが俺に気があるみたいだな」
千聖が俺に気がある、あまり考えたくないな。もしあったら洒落にならん。幼馴染であっても、教師とアイドルだ。俺と千聖が結ばれたとしても世間は許さないだろう。
――昔を思い出す、あれは心の奥に仕舞おうと決めたんだがな。
「何で今になって思い出すんだ、アレは忘れようって決めたのに……」
忘れよう、俺は首を左右に振った。そうだ、これは封じるべきだ。あいつが知ったらどんな顔をする?もし、悲しませたらどうする?どうすればいい?
「アール、グレイ。俺を見ても何もないぞ」
二匹は俺を心配してくれてるのかもしれない。ペットに心配されるとは思ってなかったな。
――アール、グレイ、心配してくれてありがとう。
机から振動の音がした。千聖からだな、俺はスマホの画面を指でタッチし電話に出た。多分謝るかもしれないな。もし言われたら大丈夫だって言っておくか。
「遅くなってごめんなさい千秋」
「いや、大丈夫だ。千聖こそお疲れ様。埋め合わせの件で電話したんだろ?」
「ええ。さっき貴方と一緒ならどこでもいいわって言ったわよね?」
「ああ、どこか行きたいところでも決まったのか?」
「あのね、マグカップを見たいのだけど……いいかしら?」
「
全然構わないさ。マグカップは俺もちょうど見たかったからな。明日は千聖を迎えに行き、買い物となる。なるべく、バレないようにしよう。ここでバレたら俺と千聖は地獄行きになる。それだけは阻止しないと。
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「千秋、私変じゃないわよね?」
「ちゃんと変装は出来てるだろ、心配は無用だ」
「心配は無用って不安しかないわね。貴方は髪形を変えただけでしょ?」
まあな、千秋は自信満々に言った。褒めてないわよ馬鹿。ここでバレたらおしまいだわ。今日のデート、上手くいくか心配だわ。
それにしても、私と千秋は周りからどんな風に見えてるのかしら?気になるけど、聞けないのが凄く残念だ。恋人みたいって言われたら嬉しいけど、私達だと兄妹にしか見えないわよね。あまり高望みをしない方がいいわね。
「まずどこから行く?」
「まずは……紅茶から見ましょ」
「いきなりだな。まぁ千聖が行きたいならいいがな」
彼は微笑みながら言った。今の千秋、何か楽しそうね。そんな貴方の顔を見ていると、私まで笑顔になる。普段は白衣を着ていて、理系擬き何て言われてるけど、今の貴方は私の幼馴染だ。
だから、今だけはこの時間を堪能したい。短いようで長いような時間を堪能したい。幼馴染である貴方を、私は独占したい。
私と千秋は紅茶店に入った。二人でいろんな茶葉を見たり、花音が好きそうな茶葉を選んだりした。花音と薫にも紅茶の茶葉をプレゼントしよう。日頃の感謝としてあげるのがいいわね。
「そういえばアールとグレイは元気にしてるかしら」
「ああ、二匹共元気にしてるぞ。たまに二匹で見つめ合うのが多いがな」
「あら、可愛いじゃない。何か微笑ましいわね」
「それを言われると、飼って正解だなって思うよ」
「そうね。ねえ千秋、このマグカップとかどうかしら?」
「どれだ?これかぁ、凄い物を見つけたな……」
私が見つけたマグカップはペアルックだ。赤と青というシンプルなデザイン、可愛い物でもよかったけど、派手過ぎると千秋が可哀そうだ。
私はペアルックのマグカップを買うことにした。千秋は俺が払うと言った。千秋にばっかりイイ恰好はさせないわ。たまには私が良いところを見せないとね。
「私が買うから、千秋はいいわ」
「いや、ここは俺が奢る」
「そこまで言うのなら、割り勘して買いましょ。それでいいわね?」
「……分かった。ならそうしよう、ここで言い合ってはダメだな」
「茶葉も私が買うから、財布は仕舞っていいわよ?」
分かった、私と千秋は割り勘をして会計を済ませた。その後、私達は買い物を楽しんだ。買い物といってもウィンドウショッピングだ。
ねえ千秋、貴方は私のことをどう見てるの?生徒?それともただの幼馴染?どっちなの?
彼を振り向かせたい。でも、それをやってしまったら終わってしまう。今が無理であっても、時を待てばいい。だから、今は″幼馴染としての彼″を独占しよう。
時間が掛かっても私は待つわ