8月1日、学生達は夏休みに入った。しかし、部活に入っている者や教師に夏休みは無い。理不尽だが、当たり前なのが腹立つ。そう考えると、毎日が憂鬱になる。口に出せば、スッキリするだろうが、他の奴に聞かれると、面倒になる。
特にこの夏休みは部活をやっている学生にとっては大事な時期でもある。運動部にとっては大会、文化部にとってはコンクールがある。野球部は凄く重要だ。甲子園がある、彼らにとっては人生を左右する大会だ。
文化部なら吹奏楽部、この夏では地区大会と県大会がある。これらを通過すると、秋に東関東、西関東大会があり、通過することで全国大会に出場出来る。部活をやっている学生よ、健闘を祈っているぞ。
「……こんなことを心の中で言ってもしょうがないか」
「千秋、何を言っているの?頭大丈夫?」
「辛辣だな。というか千聖、何故ここにいる?仕事があるんじゃないのか?」
「貴方に会いに行こうと思ったのよ」
「そうか、言っておくが行きは送らないぞ?」
「
千聖はロシア語で物憂げに言った。こんな明るい中で千聖を事務所まで送ったら噂になる。スキャンダルが起こり、噂になり、二人共表に出れなくなる。そうならないように、俺は彼女に警告した。
千聖の表情が少し暗くなっているのを俺は見逃さなかった。申し訳ない事をしたが、これは俺と千聖のためだ。
ーー千聖、ごめんな……。
「そういえば、彩ちゃんは補習は無いの?」
「丸山はギリギリだったから大丈夫だ。あいつ、危なかったよ、何て泣きそうになってたぞ」
「彩ちゃん……後でお説教が必要ね」
「程々にしとけよ」
その後、千聖は事務所に向かった。さて、休憩はおしまいだ。これから補習になった奴らの面倒を見ないといけない。現代文で補習になるなんて、どうすればそうなるのか……。
補習が終われば、昼休憩だ。白衣はクリーニングに出してあるため、今は半袖、白衣が無いと落ち着かないが、しょうがないか。早く煙草が吸いたい。
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夏休みであっても、私は仕事がある。私は女優でアイドルだ。休みの日は花音や千秋と出掛けたい。休みが取れるか心配だわ。
午前の仕事はロシア語の語学番組、午後はバラエティー番組の出演となっている。ロシア語の語学番組が始まったのは先月からだ。マネージャーさんからロシア語を喋れる人を探しているという話を聞き、私はその仕事を引き受けることにした。
出演したところ、SNSではロシア語の千聖と言われた。私の予想していた通りだった。中にはクマに乗ってそうだったり、柔道やってそうだったり、パスパレの皇帝とまで言われた。理不尽だわ。
「やっぱり、ロシア語を学んだのが原因かしら……」
「千聖さん、どうしました?」
「ああ麻弥ちゃん、何でもないわ。世間は理不尽だなって思っただけよ」
「な、なるほど……」
ちょっと圧を掛けちゃったかしら。偶に目付きが悪くなる時があるから、気を付けないといけないわね。仕事が終わったら、千秋に家まで送ってもらいましょう。今は仕事に集中して、帰りは千秋と話をしよう。それで、夏休みはどうするか話し合おう。
「そういえば麻弥ちゃん、遠征はいつだったかしら」
「遠征ですか?えっと……来週ですね」
「来週か……。ありがとう麻弥ちゃん」
「え、ええ……どういたしまして」
遠征といってもイベントの場所が遠いだけだ。そうなると、千秋には言っておかないといけない。あと、花音や薫にも言わないといけないわ。千秋が寂しがらないか、心配だわ。
「あー疲れたー」
「日菜ちゃん、女の子が出していい声じゃないよ」
「皆さん、お昼にしまショ!」
ドアが開く音がした。日菜ちゃんの声は確かに女の子が出していい声じゃなかった。濁点が付くような、そんな声だった。もうお昼なのね、とりあえず休憩にしよう。
「千聖ちゃん、何か考え事?」
「何でもないわよ。彩ちゃん、本当に何でもないからね?」
「う、うん!」
「千聖ちゃん、もしかしてアレかな?例の先生かな?」
「これは……ラヴな匂いがします!」
「
千秋のことになると、恋愛話になってしまう。私の中では定番になっているし、もう諦めている。でも、こうしてアドバイスも出してくれてる。私としてはありがたいけど、程々にしてほしいわ。
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千聖を待つこと1時間、彼女はちょっと遅くなると言った。電話越しだったが、他の奴の声が聞こえたな。丸山や若宮の他にもメンバーがいると聞いているが……。確か、大和と氷川だったか。氷川には双子の妹がいると千聖から聞いた事があるが、他の声とはその二人なのか?
「遅くなってごめんなさい千秋」
「
「ただいま、千秋」
「よく分かったな」
「前に教えてくれたでしょ?覚えてないの?」
「すまん、覚えてないな」
酷いわね、千聖はそう言った後、溜め息を吐いた。何か申し訳ないことを言ったな。覚えてないのは事実だ。フランス語でおかえりと言うのはごく稀だ。だが、ただいまと返してくれたのは嬉しいな。
「何二ヤケてるのよ、気持ち悪い」
「二ヤケてねえよ」
「本当に?」
「本当だ。嘘はついてない」
「まぁいいわ。そうだ、話があるのだけどいいかしら?」
話だと?何なんだ一体?何かあったのだろうか、心配だな。事件とかスキャンダルじゃなきゃいいんだが……。
俺は千聖に先に車を出すと言った。まずはここを出よう。ここで止まっていると、誰かに見られちまう。それで噂になったら、二人共おしまいだ。
「それで、話ってなんだ?」
「来週なんだけどね、パスパレのイベントで遠征に行くの。それで、一週間いなくなるの」
「一週間か、随分長いな」
「ええ、このことは花音と薫にも言っておくわ」
「分かった。土産話、期待してるぞ?」
千聖が遠征か……。寂しくなるが、家にはアールとグレイがいるから大丈夫か。二匹で寂しさを埋めればいいが、正直心配だ。俺にはハムスターと煙草と紅茶がある。だから……だから……平気だ。
ーー大丈夫だ……多分……。
「千秋、顔色悪いけど大丈夫?」
「だ、大丈夫だ!何も悪い所はないぞ!」
「本当に?ここで事故を起こすのは御免よ」
ここで事故とか洒落になんねえことを言うなよ、俺は心の中でツッコんだ。しかし、ここまで寂しいと感じるとヤバいな。いくら千聖のことを好きだったが過去形だとしても、これは重症だ。完全に未練がある。
やはり、俺は千聖を諦め切れないな。釣り合わないと思っていても、無理だと思っていても、無理なのか。チャンスがあれば告白をしたいが、千聖が俺の事をどう思っているか分からないんだ。だから、俺は祈ろう。
遠征で男に誑かされないように祈ろう。もしスタッフとかだったらぶん殴ってやろう。いや、殴ったら教師人生終わり、千聖に見限られる、これはおしまいだからやめるか。やっぱり祈るしかないか……。
「さあ着いたぞ」
「いつもありがとね千秋、じゃあ遠征が終わってからね」
「ああ、頑張れよ。何か困ったことがあったら言えよ?」
「千秋こそ、やらかさないようにね」
「そんなことしねえよ。じゃあおやすみ」
「ええ、おやすみ」
千聖を家に送り終え、俺は再び車を走らせた。さて、一週間か。俺の身が持つか心配だが、何とか耐えよう。帰ったらアールとグレイと話をしようか。てか二匹共言葉返せねえから独り言になるよな?はぁ、不安しかねえ。
ーーマジで憂鬱だな。
擬きは耐えられるのか、鷺は頑張れるのか