女優よ、祝福の日に演じる必要はないんだ
俺は黒い手袋を眺め、あることを考えていた。この手袋は千聖が俺に誕生日プレゼントとしてくれた大事な物だ。今度は俺があいつを祝ってやらないといけない。だが、プレゼントは何にするか、という壁が立ちはだかっていた。
丸山から聞いた話だと、パスパレは紅茶セットにしているという。そのために、紅茶を淹れる練習までしている。薫と松原もプレゼントを決めに買い物に向かっている。
かくいう俺は何も決めていない。迷ってばかりだった。あいつは今は仕事でいない。誕生日まであと2日しかない。時間がない、早く決めなくては!
「千聖、楽しみにしていろよ。飛びっきりのプレゼントを贈ってやるからな」
眼鏡を掛け、手袋を填め、黒いコートを着て俺はプレゼントを探すための買い物へと向かった。誰かに相談するのは無しだ。自分で決めないと意味がないんだ。
「とは言ったものの……なかなか決まらないな」
デパートに着き、プレゼント決めの買い物をすること1時間、あんなことを言っておきながら全く決まらなかった。落ち込んでいると、薫と松原の姿が目に入った。
「やぁ千秋、何を落ち込んでいるんだい?」
「こんにちは千秋先生」
「松原に薫、こんなところで会うとは……お前達もあれか?千聖のプレゼントを買いに……」
そうさ、と薫は頷いた。松原は何か言いたそうにしながら俺の顔を見つめた。何だ?俺を嘲笑うつもりか?いや、松原に限ってそれはあり得ないか。
「千秋先生、千聖ちゃんのプレゼント決まらないんですよね?」
「よくわかったな。そうだ、1時間掛けて探したが、全然決まらないというのが今の状況だ」
「……千秋、そんなに深く考えなくてもいいと私は思うんだ」
「俺は深く考えているつもりはない。薫、お前は何が言いたいんだ?」
「私はねこう思うんだ。千聖が単純に欲しい物、要は好きな物とかだね」
好きな物か、千聖は紅茶が好きだったな。だが、そうなるとパスパレと被ってしまう。聞いたところ、松原は紅茶のマグカップ、薫は紅茶のティーバッグにしたそうだ。二つとも滅多に手に入らないものらしく、探すのに苦労したそうだ。
俺は二人と別れ、プレゼント探しを再開した。単純に欲しい物、好きな物……。薫に言われたことを思い出しながら探す。なるべく被らないようにしたいな。
▼▼▼▼
パスパレの仕事の休憩の時間、私は彩ちゃんを眺めながら何か怪しいと感じた。話をしてもなかなか教えてくれない。ここまで彩ちゃんが焦るのは珍しいわね。いや、それはいつものことか。
「ねえ麻弥ちゃん、何か私に隠してることはない?」
「え!?あ、ありませんよ!隠してることなんて特にありませんよ!フ、フヘヘ……」
「その笑い方をしてるということは何かあるわね。まぁいいわ、いつか教えてね」
私は麻弥ちゃんにウィンクしながら言った。さて、仕事に集中しようかしら。練習もあるんだ。ここで休憩を取っておかないと後で支障を来すし、スタッフの方にも迷惑を掛けてしまう。それは気を付けないとね。
「ち、千聖ちゃん!」
「何、彩ちゃん?」
「明後日って何の日かわかる?」
「明後日?何だったかしら……」
明後日、確か私の誕生日だったかしら。誕生日となると、色々あるわね。その日は仕事があるけど、午前中で終わる。誕生日は番組でも祝ってもらったけど、仕事ではいつものことだから動揺はしない。
「わかっているわ彩ちゃん。その日は午後空いてるから」
「よかった!千聖ちゃん、楽しみにしててね!」
「ええ、楽しみにしてるわ」
休憩時間が終わり、私達は収録の続きに入った。千秋、誕生日プレゼント楽しみにしてるからね。私は貴方に手袋を渡した。貴方はどんなプレゼントを私にくれるの?
――
▼▼▼▼
4月6日、時間はあっという間に千聖の誕生日を迎えた。プレゼントは無事決まった。千聖は仕事は午前中に終わると言っていた。それから午後はパスパレや松原、薫とも過ごすという予定だった。
「千秋、貴方と過ごす時間は後になってしまうけれど、本当にいいの?」
「何度も言うが、全然構わん。祝って貰える友人がいるんだろ?友人が優先だ。大人である俺は最後でいいんだ」
「でも……!」
「でももそれはも無いんだ。俺のことはいいから、丸山達や松原や薫との時間を大切にしろ。お前のことを大事にしてくれる人がいるんだ。待たせては駄目だろ?」
「わかったわ。それじゃあ貴方は最後にするわね。じゃあまた後でね千秋」
「
そう言い、千聖はスマホを切った。俺は溜め息を吐いた。本当は1日過ごしたかった。だが、あいつには友人がいる。それならそいつらを優先させよう。せっかく出来た友人との時間が大事なんだ。
大人が駄々を捏ねては駄目なんだ。それも相手は女子高生だ。いくら幼馴染みであってもそれをやってはならない。やってしまっては教師としての威厳も失ってしまう。
俺は煙草を吸い、千聖と1日過ごしたかったという本心を煙を吐くと共に消し去ることにした。いいんだ、これでいいんだ。あとは千聖を待つだけなんだ。待つのはいいが、ケーキの予約もある。ケーキを取りに行き、特別な紅茶も用意しないといけないな。
▼▼▼▼
パスパレの皆や薫、花音から祝ってもらい、誕生日プレゼントも貰った。まさか紅茶セットが来るなんて予想してなかったわね。しかも練習までしてたなんて、彩ちゃん、凄く頑張ったのね。
今度花音と薫と千秋でお茶会をしようかしら。彩ちゃん達も招こう。それで、お菓子も用意して、皆で話をする。いつかやりたいわね。
「あとは千秋だけ。緊張するわね、幼馴染みに祝ってもらうだけなのに、何でかしら」
仕事の時のお祝いと友人や幼馴染みからのお祝いは感じることが違う。千秋からは何度も祝ってもらったけど、千秋の場合は凄く嬉しい。それは好きな人だからこそ嬉しいんだ。
歩くこと数分、千秋の自宅に到着した。入り口前のベルを押し、千秋が来るのを待つ。ドアが開き、私の想い人にして教師である幼馴染みが私を迎えに来た。
「お待たせ千秋」
「そんなに待ってはいないさ。さぁ、中に入れ」
靴を脱ぎ、千秋の部屋へと向かった。テーブルには紅茶のマグカップが置いてあり、更にケーキまで用意されていた。ケーキはチーズケーキなのね。
「紅茶を淹れるから待っててくれ。あと、渡す物もあるから」
「ええ待ってるわ」
千秋は紅茶のティーバッグをマグカップに淹れた。いい匂いだ。チーズケーキに紅茶だなんて、千秋はセンスあるわね。そう思っていると、千秋が白衣を着ようとしていた。しかも眼鏡まで掛けてだ。ここまでやらなくてもいいのに……。
「
「ありがとう千秋。母国語出てるわよ?」
「母国語じゃない、フランス語だ。こういうのは慣れないんだ、しょうがないだろ?」
私は口元を抑えながら微笑んだ。千秋からは笑うなと言われたが、どうしても笑ってしまう。ここまで装う千秋が愛しいと感じるのだ。笑うななんて言われても出来ないわよ。
千秋から貰ったプレゼントはリボンだった。それも黄色のリボンだ。私がいつも髪を結う時に使っている白いリボンとは別で、このリボン普通のリボンだ。それでも私は嬉しい、千秋が選んでくれたプレゼントなんだから。
「千聖!?抱き着くな、離れろ!」
「嫌よ、少しだけこうさせてもらえるかしら?」
わかった、と千秋は了承した。今の私は少しだけ泣きそうになったのだ。嬉しさのあまり泣きそうに……。だから、私は照れ隠し故に抱き着いたのだ。そして私は彼に聞こえないように感謝の言葉を贈った。
――
誕生日回をロシア語で締めるのはこの作品だけかもしれない