もう6月か。俺はベランダに出て煙草を吸い、辺りを見回した。曇りか……降水確率は30%とのことだが、あまり信用出来ないな。
「千聖の奴、行きはまだしも帰りは大丈夫なのか?まぁ雨が降ったら迎えに行くか」
煙草を携帯灰皿に入れ、リビングに戻る。髪は未だにボサボサ、外に出ない限りはこの格好だが、ここに千聖がいたら髪を梳いてくるな。あいつの手梳、好きだから毎日してほしいがな。
両手を組み、伸ばしながら手のひらを上まで上げる。俺は三秒程唸りながら伸びをし、組んだ両手を勢いよく下げた。更に、両肩も上げる。右の肩がボキボキ鳴るな。これは近いうち、千聖に肩を揉んでもらった方がよさそうだな。
「いや、千聖に肩を揉んでもらうより、あいつの肩を揉んだ方がいいよな?まぁ働いてるのはお互い様か……」
時間は11時か……寝過ぎたな。今日は休日だからまだいいが、平日なら間違いなく死亡確定だな。とりあえず、飯を作ろう。もう昼飯になるが、仕方ないか。
昼ということは千聖が出てる番組が始まるか。休みの時はいつもこの番組を見ている。昔から昼にやっていて、俺が学生の頃、よく見ていた番組だ。千聖が子役時代の時も出ていた。今回は久しぶりに出るとのことで、千聖からも見なさいよ、と釘を刺されている。
千聖、お前は今何をしている?どんな仕事をしているんだ?俺は芸能界にいる千聖を知らない。だが、プライベートの千聖は知っている。幼馴染みだから当たり前か、こんなことを薫に知られたらからかわれるな。
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ああ緊張する。まさか昔出ていた番組にまた出るなんて思わなかったわ。マネージャーから出演の話を聞いた時、私は動揺した。もちろん、出演は了承した。出るということは昔のことを聞かれる可能性がある。そこは何とか乗り切ろう。
「千秋、見てくれてるかしら。心配だわ、まだ時間はあるからメールを送っておきましょう」
私はスマホのディスプレイを開き、メールのアプリを開いて千秋宛てにメールを書いた。ちゃんと見てくれてる?、と送った。すぐ返事が返ってきた、早いわね。
「楽しみに待ってるぞ、か。ふふっ、嬉しいわね。何か元気が出てきたわね、愛の力かしら」
愛の力だなんて、私は何を言ってるのかしら。ノックの音がした。スタッフさんだ。もう時間のようね、彩ちゃん達はそれぞれ別の仕事で頑張っている。私も頑張らないといけないわね。
――
心の中でこんなことをロシア語で言うなんて私らしくないわね。色んな人が楽しみにしてるんだ。期待に応えないと!私はアイドルなんだ。アイドルであり、千秋に恋をする乙女でもある。私は気持ちを切り替え、舞台袖へ向かった。
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千聖の出演していた昼番組を見終わり、俺はソファーに
「しかし、次のゲストは丸山か。テレフォンで次のゲストを迎える所はあまり見なくなったが、あの番組は今でもやっているんだな」
そもそも番組名がおかしい。なんだ笑○ていいですとも!って。昔やってた昼バラエティと幻想的なアレに出てた鎧のあいつの名言を組み合わせただけじゃねえか。番組は好きだから別にいいが……。
時間は1時か、千聖は夕方には終わるからと言ってたようだが、その時は連絡寄越すように言っておくか。俺は外の様子を見ようと窓に目を向けた。未だに曇り、雨が降るのは確定だな。
それまでは読書でもするか。しかし、ここまでくると趣味もクソも無いな。紅茶淹れに関しては千聖から鍛えてきなさい、と言われている。外出の場合だと本屋に寄るくらいしかない。
「読み掛けの本があるから読書でいいか。紅茶淹れは……また今度にしよう」
栞を挟んだ本を手に取り、ソファーに座り、俺は読書を始めた。2、3時間程度だ。千聖から連絡が来るまでの間だ。それまでは、ゆっくりしよう。
読書を始めて1時間が経った。ポツンポツン、と音がした。雨か、俺は栞を挟んで本を閉じ、コーヒーを淹れようと台所に向かった。千聖を迎えに行くときに水筒持っていくか。水筒にコーヒーを淹れて労ってやらないとだな。
「アイドルは大変だからな。仕事休みの俺が労わないと駄目だよな……」
俺は口元を緩ませながら独り言を言った。薫だったらこう言うだろうな。千聖は私にとって大事な大事な子猫ちゃんなんだ。休ませてやらないと冷めてしまうだろう、ああ儚い、と。
「
俺は机にコーヒーを置き、スマホに目を通した。メールが来ている、千聖からか。4時辺りに仕事が終わるから、迎えに来てもらってもいいかしら、か。当たり前だ、雨が降るんだから、濡れたまま帰るのは駄目だろ。
わかった、3時半には出る、とメールを返した。さぁ、読書を再開するか。行く前に水筒にコーヒーを淹れておくか。3時になったら準備を始めるか。
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仕事を終えて彩ちゃん達と別れ、事務所を出た。やっぱり雨が降ってるわね。千秋には4時に仕事が終わると言ってあるから大丈夫だ。迎えに来てくれてる筈、あとは駐車場まで向かうだけね。
私は千秋に電話を掛け、いつもの駐車場に行くわね、言った。私は傘を差し、急ぎ足で歩きながら駐車場へと向かった。早く行かないと濡れちゃうわ……。
「お待たせ千秋」
「そんなに待ってない、濡れる前に早く乗れ」
お疲れ様の一言くらい言ってくれないのかしら、私の幼馴染みは。いつものようにベースを車に入れ、助手席に座った。扉を閉めた後、千秋から水筒を差し出された。
「千聖、お疲れ様。コーヒー淹れたから暖まれ」
「ありがとう千秋。お疲れ様はせめて最初に言ってほしかったわ」
「それは悪かったな。さて、家まで行くぞ」
車の中は暖房が効いて暖かかった。ちょうどいい温度ね、千秋は相当私のことを休ませたかったのかしら?私は千秋に今日のことを聞くことにした。
今日のお昼の番組はどうだったかだったり、家で何をしていたかを聞いた。とても楽しそうだった、本を読んでた、それだけだった。もう少しあると思うのだけど、千秋って趣味無いのかしら?
「千秋、もう少しあってもいいんじゃないの?」
「もう少し?何のことだ?」
「えっと、お昼のことよ!よく頑張ったなとか最高だったよ、とか!」
「俺はそこまで言わない。だが、千聖」
「何かしら?」
私は千秋の横顔を期待するかのように見つめた。あともう一声、もう一声よ!さぁ千秋、私に頑張ったなって言いなさい!さぁ、早く!
――
「……ロシア国歌事件」
「ちょっと千秋!」
「すまないな。昔のことを語っていた千聖を見たら言いたくなってな」
「わざとよね!?それわざと言ったのよね!」
「ああわざとだ。さっきも言ったがごめんな千聖。今度喫茶店巡りに一緒に行ってやるから許してくれるか?」
許す、と私は顔を少し赤らめながら言った。それはズルいわ千秋。そんなこと言われたら許すしかないじゃない。でも、ロシア国歌事件は流石に酷いわ。
千秋と二人きりの時間、私にとって大切な時間だ。幼馴染みである私達が、教師とアイドルとしてではなく、普通の幼馴染みとして話せる貴重な時間。今の私は千秋に告白する勇気はないけれど、せめて……せめて今だけは千秋と話がしたい。
――ねえ千秋、テレビに映ってた私は貴方から見てどんな姿だったかしら……。
そんなことを思いながら私は水筒に入っているコーヒーを飲んだ。喉を潤すコーヒーは、私の心を暖めるにはちょうどいい熱さだった。
告白の時はいつか訪れる