今年は雨が降ることが多いな。梅雨の時期だから当たり前か。外は雨一色、これでは煙草を吸う気分にはなれない。今日は学校で吸うのはやめて家で吸うか。
「今日の授業はここまで。中間テストが迫っているが、現代文で分からないことがあれば俺に聞くように。ただし、理系教科については聞くなよ」
ここで警告しておかないとまずいことになる。中間の現代文の問題は俺が担当になっている。当然、このことは生徒には言っていない。テストに出るような物は全て教えたし、テスト用のプリントも配った。ここまでやっておけば大丈夫だろう。
現代文のテキストと板書用に纏めたノートを持ち、教室を出る。さて、昼飯にするか。俺は職員室に向かい、白衣を脱いで椅子に掛けた。丸山の相談の時は半袖に白衣だったが、あの時は寒かった。なので、長袖に白衣といういつものスタイルに戻した。
――このスタイルの方が落ち着くな。
今日の弁当は自分で作ってみた。自分で作るのは久しぶりだ。普段は千聖に作ってもらっていたが、たまには自分で作るのもいいな。
「まずは玉子焼きから……」
箸で掴んだ玉子焼きを口に入れた。うん、いい感じだ。今回は頑張った方だな。今度、千聖の分も作ってやるか。いつか、千聖の胃袋を掴んでやる。
しかし待てよ?よく考えるとあれだな。弁当は千聖に作ってもらっている、そして俺が今言った胃袋を掴んでやる。ちょっと待て、これって――
「……夫婦じゃねえか!」
「……二ノ宮先生!?」
「な、何でもないです!読んでいた本の台詞を思い出しただけですので」
気づいたことを言った瞬間、周りの視線が俺に集まった。俺は咳払いをし、何でもないです、と言って椅子に座った。とりあえず、見た目とかで誤魔化すか。周りは納得してくれたようだな。
全く、俺は何をしているんだ。今の千聖は通い妻同然、学校では生徒だが、プライベートでは幼馴染みだ。そもそも千聖は俺の彼女ではない。彼女ではない以前に、合鍵を渡してある時点でアウトか。
▼▼▼▼
千秋、大丈夫かしら?今日はお弁当は自分で作るなんて言ったけど、心配だわ。千秋が料理をするのって想像出来ないわね。お弁当作りに失敗してたら、購買とかでお昼ご飯を買ってるかもしれないし……。
「チサトさん?」
「千聖ちゃん、どうしたの?」
「何でもないわ。ちょっと考え事をしてただけだから」
「もしかしてニノミヤ先生ですか?」
イヴちゃん!?貴女はどうして分かるの!?私は二人に千秋の事じゃないことを必死に否定した。イヴちゃんってたまに鋭い時があるから本当に困るわ。ブシドーって怖いわね。
もしここに日菜ちゃんがいたら確実に私は死んでる。それも、穴があったら入りたいくらいのレベルで死んでる。日菜ちゃんが羽丘でよかったわ。というより、今はこの場をなんとかしないといけないわね。
「ち、違うのよイヴちゃん。二ノ宮先生のことは考えてないからね!?」
「本当にそうかなぁ?千聖ちゃん、先生のこと好きでしょ?」
「彩ちゃん!?言っておくけど、二ノ宮先生のことは"先生として"好きだからね!」
「そしてコイに発展するんですね!分かります!」
――イヴちゃん、分からなくていいから!
私は焦った。もしかしてバレてるの?ちゃんと顔に出さないようにしてるのに、どこかで失敗したのかしら?ここまで来たら全部言うか?いや、そうなったらイヴちゃんが千秋に私のことを好きかを聞きに行く。それだけは防ごう、だから言ってはいけないわ!
「あ、二ノ宮先生!」
「こんにちはニノミヤ先生!」
「
「
ああもう千秋の馬鹿!何で今来るのよ!私は日本語で挨拶をしようとしたが、焦ってロシア語で挨拶をしてしまった。彩ちゃんとイヴちゃんが振り向いた。え、何が起こるの?しかも二人とも向き合って頷いてるし、もしかして、私を置いていくつもり!?
「じゃあ千聖ちゃん、私達教室に戻るね!」
「それではチサトさん、また後ほど!そしてゴユックリ!」
「ちょっと二人共!?何処に行くのー!?」
本当に置いていったわ!あの二人、明らかに狙ったわよね!?ここで千秋と二人きりにするなんて、私にどうしろというの!?嬉しいけど、気まずさのあまりに倒れそうだわ。
――話をするしかないわね。
▼▼▼▼
丸山と若宮、そして千聖と会った瞬間に二人きりにされるなんて、あまりに酷いな。俺はさっきの弁当のことで色々恥ずかしい想いをしたのに、その後に千聖と遭遇する。タイミングが悪過ぎるだろ。
「え、えっと……千秋……」
「な、何だ千聖」
「今日のお昼は、どうだった?」
「弁当は自分で作ると言った筈だ。千聖、何かあったのか?」
「千秋こそ、何を動揺しているのかしら?隠せてないわよ?」
いやいや、お前こそ隠せてないぞ。演技しててもバレバレだ。まぁ、俺も冷静に千聖と話をしているが、動揺しているのは事実だ。俺は右手で眉間を摘まんだ。はぁ、何でこんなことになったんだ。誰か説明してくれ。
それにしても、視線を感じるな。人影か?チラッと見えているが、隠れているのは丸山と若宮だな。お前ら、バレバレだからな?
「それはさておき、弁当は上手く作れたさ。心配は無用だ」
「あらそう。それなら、何に力を入れたのか、聞かせてくれないかしら?」
「何にだと?玉子焼きに決まってるだろ」
「玉子焼きね。それなら納得ね」
納得だと?こいつは何を言っているんだ?俺は千聖にどうして納得なんだ、と聞いた。彼女は顎を手に乗せ、探偵にでもなったかのようにキメ顔で言った。
「千秋は卵料理得意だったわよね?」
「よく覚えているな」
「当たり前でしょ。貴方の料理は忘れられないもの」
「そうか。それを言われると、嬉しいものだな」
千聖は覚えててくれてたのか。俺が千聖に卵料理を作ったのは三年前だ。その頃の千聖は中学生で俺は大学生だ。懐かしいな。千聖が俺の料理を食べたいと言って、そこで俺は得意の卵料理を披露した。
あの時の俺は千聖が喜ぶくらいに料理を作っていた。そして千聖は笑顔で美味しいと言ってくれた。思い出すと涙が出そうだな。俺は千聖にバレないように涙を堪えた。
――俺は千聖の胃袋を掴んでいたんだな。
▼▼▼▼
私は千秋にどうしてお弁当を作ろうとしたのかを聞いた。たまには自分で作りたいんだ、彼は微笑みながら言った。最近は私が作ってばっかりだったけれど、千秋にそう言われたら何も言えないわね。
「ねえ千秋」
「なんだ?」
「また私に料理を作ってくれないかしら?」
「今度の休日でいいか?その時にまた作ってやる」
「ありがとう千秋。楽しみにしてるわね」
私は彼にお礼を言った。千秋は顔を赤くしたのか、眼鏡の真ん中、ブリッジを上に押し上げた。これは照れてるわね。私は微笑みながら、彼に照れているのかを聞いた。
「千秋、もしかして照れてるのかしら?」
「照れてなんかない!」
「ふふっ、嘘ね」
「嘘じゃない!あと、笑うな!」
だって、今の貴方、可愛いんだもの。私は心の中で言った。さっきは気まずくなったけど、何とか話が出来たわ。後で彩ちゃんとイヴちゃんにはお礼を言わないといけないわね。
私は千秋と話をしている最中、柱に誰かがいるのを感じた。あれ?気のせいかしら?見覚えのある人がいるような……。
私は柱に視線を送った。そこにいたのは、彩ちゃんとイヴちゃんだった。もしかして、全部見られていたの!?
「どうした千聖?」
「い、いえ何でもないわ!」
「そうか。じゃあまた後で話をするか」
私は千秋と別れた。そして後日、私と千秋が名前で呼び合っていることがバレた。幼馴染みであることは薫のせいでバレてるけど、今度は名前で呼び合ってることまでバレるなんて、想定外よ!
料理が出来るはポイント高い