眠いわね。瞼を上げ、身体を起こす。昨日は千秋のベッドで寝たんだ。彼は布団で寝ると言っていた。幼馴染みとはいえ、一緒に寝るというのは無理だ。今の私ではハードルが高いし、恥ずかしくて死んでしまう。
布団の方を見ると、千秋はいなかった。どこに行ったのかしら?私はベッドから出て、千秋を探すことにした。
千秋を探そうと、私はリビングに入った。おはよう、と誰かの声がした。声の主は……私の探していた人、もとい千秋だった。
「千秋……」
「千聖か。今朝飯を作っているから待っていろ。その間に顔を洗って着替えてこい」
「わかったわ。というか台所にいたのね」
「ああいたさ。朝飯を作らないといけないからな」
「そう。着替えてくるけど、覗いたらシメるからね」
覗かねえよ、千秋はそう言いながらフライパンにある目玉焼きをお皿に移した。私は目を擦りながら千秋の自室に入った。今日は化粧はしなくていいかしら。すっぴんは千秋に見られても構わない。むしろ、見てほしいくらいに構わない。着換え終わり、私は洗面所で顔を洗うことにした。
いい匂いがする。これはコーヒーかしら?そうすると、珈琲豆を挽いたのかもしれない。私は気になった。朝食の置いてある机に彼はいた。手動でやってたのね。
「随分と上手なのね」
「そこまで上手くはない。インスタントもいいが、たまには自分でやるのもいいと思っただけだ」
「でも、上手よ。様になってたし、かっこよかったわ」
「……そこまで言わなくてもいいだろ」
いただきます、私と千秋はそれぞれ両手を合わせて言った。今の私達って夫婦に見えるかしら?千秋も同じことを思ってくれてると嬉しいわね。千秋の顔をチラッと見たが、彼が何を考えてるのかは全くわからなかった。
――朝御飯はパンと目玉焼きとサラダとヨーグルトなのね。定番ね。
「千聖、化粧しなくて平気なのか?」
「よく気づいたわね。今日はいいのよ」
「何故だ?普段は化粧してるのに、今日はいいって……」
「女の子には色々あるのよ。この話はやめにしましょ」
私がそう言うと、千秋は追求しなくなった。私がすっぴんなのは気づいてくれた。それだけでも嬉しい、けど見てほしいということは気づいてくれなかった。そう簡単に気づくわけないわよね。
――気づいてくれたら、どれだけ嬉しいか。この人、わかってるのかしら……。
▼▼▼▼
今日の天気は快晴だ。ここまで晴れているのならどこかに出掛けるのがいいと思う。しかし、千聖は今日は出掛けるつもりはなかった。千聖はどうやら、一緒にいたいと言っているのだ。どうしたものか。
「千聖、お前が出掛けないとは珍しいな」
「そうかしら?私だって、家で過ごしたい時はあるわよ?」
「そうだったか?」
「ええ、そうよ」
そう言った後、千聖は優雅に紅茶を飲んだ。見た目もいいせいか、優雅に見える。俺と千聖が飲んでいる紅茶はリゼだ。それも輸出量が非常に少ないと言われている紅茶だ。探すのに凄く苦労したが、千聖と味わえるのなら苦労は報われたも同然だ。
このまま静かに、何も話さず過ごす。それでは駄目だ。千聖にアイドルのこととか聞いてみるか。ちゃんと頑張れているか、丸山達と上手くやれてるか。俺はそこが心配だ。
仕事もそうだが、今日は別の話をしよう。せっかくの休みなんだ。そんな堅苦しいことではなく、千聖の癒しになるようなことをしないと。
「ねえ千秋、私のベース聴きたい?」
「ベース?どうしてそんなことを……」
「私のベース、生で聴いたことないでしょ?」
「言われてみるとそうだな。TVでは聴いているが、生では聴いたことはないな」
ぜひとも聴きたいな。俺がそう言うと、千聖はベースを取りに向かった。そういえば持ってきてたな。癒しになるようなことをしないといけないのに、立場が逆になるとはな。
「曲は何がいい?」
「そうだな……ゆら・ゆらRing-Dong-Dance でいいか?」
「
「千聖今のは?」
「お安い御用よって言ったのよ」
お安い御用、か。千聖がベースを弾き始めた。千聖が歌い始める。本来は丸山とのデュエットだが、ここに丸山はいない。だから、今回は千聖が全部歌う。
やはり、全然違うな。千聖の隣で聴くというのは幼馴染みの特権だ。ファンには申し訳ないが、この隣は特等席だ。自分で言うのはおかしいな。俺はそんなしょうもないことを思いながら、千聖のベースと歌を聴いた。
――いい声をしているな。
「千秋、どうだった?」
「
「急にフランス語って……貴方、語彙力大丈夫?」
「すまない、あまりの素晴らしさにフランス語が漏れてしまった。ああ、ベースも声も良かったよ」
俺は千聖のベースと歌声を良かったと評価し、彼女の頭を撫でた。撫でるのは久しぶりだな。けど、それほどまでに千聖は美しかった。隣で聴いているだけなのに、こいつは楽しそうにしていた。いや、笑っていたが正しいか。
「ちょっと、急に撫でないでよ!恥ずかしいじゃない!」
「撫でたくなったんだ、許してくれ。これは俺に聴かせてくれた褒美だ」
「……ご褒美なんて言われたら何も言えないじゃない。ズルいわよ」
撫でるな、何て言ってるが、千聖は満更でもなかった。むしろもっと撫でてくれと言わんばかりに、俺のことをチラチラと見ていた。全く、可愛い幼馴染みだな。
▼▼▼▼
「千聖、何をするつもりだ?」
「なにって決まってるじゃない、耳掻きよ」
「み、耳掻きだと!?」
千秋は驚きながら言った。そう、私は今千秋に膝枕をしてあげている。千秋は先生だ。色んな相談を受けたり、授業や事務仕事もやっている。私とは違い、彼は教える側、私達生徒を導く側だ。
そこで私は決めた。千秋を癒してあげようと。泊まるのは明日までだけど、どうせなら休みの内に彼を癒してあげよう。まずは耳掻きをして休んでもらわなくてはね。
「じゃあ右からやるわよ。動かないでね」
「わかった。言っておくが、耳を舐めるのはやめろよ?」
「……次言ったら耳ぶっ刺すわよ?」
「ごめん」
千秋は申し訳なさそうに、言ったことを後悔しながら謝った。なんか縮こまってる犬みたいで可愛いわね。ふふっ、ちょっと遊ぼうかしら。
私は耳掻き棒をグリグリしながら耳掻きをした。千秋がビクン、と反応した。これ、楽しいわね。私はこのグリグリにハマってしまった。千秋の反応が楽しみだ。こんなことに期待するなんて、私ってSの素質あるのかしら?
「じっとしててね。ふぅー」
「っ!?千聖、くすぐったい」
「ふふっ、千秋って犬みたいね」
犬言うな、千秋がツッコミを入れた。私は彼に次左やるわよ、と言った。千秋が左に回った。次も同じようにやろう。私はそう思いながら、またグリグリを始めた。
彼は学校では先生だけど、私と二人きりの時は隙だらけになる。薫が一緒の時はどうしてるのかしら?多分、普通に幼馴染みとして接してるのかもしれない。素の千秋を知ってるのは私だけかもしれない。
左耳を掻き終え、息を吹き掛ける。耳掻きという、彼の反応を楽しむ一時が終わった。名残惜しいけど充分だ。
「終わったわよ千秋」
「ああ終わったか。千聖、ありがと」
「どういたしまして」
私は彼にまた頭を撫でられた。今日の千秋、どうしたのかしら?2回も撫でられるなんて、何かあったに違いない。嬉しいからいいけど……。
彼にどうして撫でたのか聞いたところ、単なるお礼だ、と返された。お礼にしてはでかいお礼ね。私は目を逸らしながら言った。もう、これじゃあ思い出しちゃって眠れないじゃない。
――千秋の馬鹿。
癒し合いは幼馴染みの特権