最期の旅路の果てに 作:夕闇
人々が安全を求めて集うロシア最大のハイブ。人命優先のため、最低限のみ揃ったフェンリル施設の執務室にて一人の男性が入室する。
「支部長、人員の集まりどうですか?」
「ダイゴ君、君か。まぁ、難航しているね、権力者の方々は血生臭い現場を自分の子供に強いるのは嫌うしさ。加えて、派遣された身だと自由勝手できないときた。こんな時世で、まだまだ軍の権威が強いのも厄介だね。それと君、支部長はまだ未定だよ」
書類作業の手をとめてダイゴを迎え入れた男は、謙虚を装いつつも、将来の支部長と言われて頬が緩まっている。ハイブの事情もあり、派遣というスタンスにより、フェンリルロシア支部の完成は程遠いが、未来を思うと嬉しさが湧き上がるのだろう。
「ヨハネス氏からはそう伺っておりますが」
「ははっ、嬉しい事に目を掛けて貰ってるからねぇ。そちらの検査はどうだい?」
「膨大な数のカルテや各個人の検査書類など手に入りましたから、具合のいい適正者を発見次第といったところでしょうか」
「なるほど、それはとても良いことだ。ハイブは分母が多いけれど、適正のある子がゴッドイーターを目指すとは限らないからねぇ」
そうですね、と大車ダイゴは未来の支部長に同意する。ダイゴの活動地域はハイブに及ばす、近隣の街や辺境の村と多岐に渡っていた。
「ああ、それと、丁度良さそうな子がいたら主従医をしたいと思っております。色々と試したいこともありますので」
その話題を聞くと、支部長と呼ばれた男は声の音量を下げて、小声で話す。
「うーん……ヨハネス氏の機嫌を損なうような悪いことはしないでくれよ?」
話している最中に、普段より室内が明るくなる。
「……おおっ? 窓から光が。何だ、あれは?」
「火球――っ!?」
窓の外から強烈な光が差し込む。安全であるはずの土地で、爆発と熱放射を浴びた二人は、一部の建物ごと塵芥と化し、それ以上言葉を紡ぐことはなかった。
突如上空から降り注ぐ火球の雨に各地で爆発が発生、ハイブ内が騒然とした。空にいる敵の姿を追えば、白い巨躯に背に大きな翼を生やしたハンニバルが制空権を奪い、滑空している。ドラゴン、白き竜といって差し支えのない造形だった。
ハンニバルが上空でハイブ全体を揺らすほどの咆哮を轟かすと、彼の率いる精鋭や下僕達がハイブの近くの地中から穴を開けては現れ、一斉にハイブを目指して突き進んだ。
壁に到着まで約10分、人類側の迎撃態勢はまだ整っていない。
「くそ、アイツは第1種接触禁忌種HANNIBALじゃねぇか! また進化したのか! いい加減にしてくれよっ!!?」
「准尉、さっさと戦車に乗るんだ! あのバケモノを撃ち落とさんと被害が拡大する一方だぞ!!」
「
神機使いもまた、無線でグループ通話を行いながら一つの集合場所へと駆ける。
「最悪の事態だ。進化し、制空権を奪取したHANNIBALが攻撃を仕掛けてきた。現在の高度は約1800メートル。今まで戦ってきた戦闘データーを鑑みて、遠距離神機であっても有効射程距離外。当たっても豆鉄砲程度。頭がいいARAGAMIと言われるだけあって、空を飛ぼうとするヘリは集中狙いで即撃墜される。つまり俺達があのARAGAMIにできることはない。まずは地上から攻めてくる奴等を抑えるぞ!」
女の神機使いが、通話越しに眉をひそめた。
「で、向かってくる数は?」
「それぞれ3方向から大中小合わせておおよそ1000体。加えて、接触禁忌種12体だ。こっちは俺達4人の神機使いと国軍、それから各地に散らばった仲間に救援要請を送っている。心して、それこそ死ぬ気で臨んでくれ」
女の神機使いが建物を横切り、全力で走りながらも怒鳴る。
「12も!? 馬っ鹿じゃないの!? どれだけ隠れ潜んでいたのよ!!?」
「いや、禁忌種はグループ単位でも難しいですからね!? っていうか、ARAGAMIが1000!?」
「は? ……は? 禁忌種討伐ノルマが一人当たり3……?
グループ通話に、男女の悲鳴が一斉に入り乱れた。
「予測では禁忌種は最大でも3体だったんだがな、大外れだったようだ。ARAGAMI殲滅作戦の前段階のおかげで軍隊の質こそ揃ってる。ニホンジンの神機使い達がまだこちらに着任していないのが残念だったがな。まぁ、手柄は立て放題だ」
「立てる以前の問題よ!」
「それでも俺達がやらなくちゃいけない。なぁに、一方向の敵を潰せば、味方も到着するだろ」
このグループでも大型1体ですら苦戦する時もある。近隣に散らばった仲間を合わせても、禁忌種2体が限度。単体でも街を廃墟にできる禁忌種はそれほどまでに強敵だ。
絶望的でしかない会話の中、爆音と共に建物と地面が大きく揺れた。住民の阿鼻叫喚の声が響く。
人々の悲痛の声を耳に、全員がハイブの出入り口の一ヶ所に集結した。
「よぉし、全員揃ったな、お前達ぃ!! 敵を全力でぶっ潰すぞ!!!」
他の3人も、それぞれやけっぱちな声で気合を入れる。
逃げることなどできない。地下を含め、大都市ほどの面積を有するハイブ、彼等の肩には総勢約100万人の国民の命がかかっているのだから。
霧の牢獄:クルスが創造した錬血。透明な霧によって外の世界からも見えなくなり、断絶された隔絶の地となる。