最期の旅路の果てに 作:夕闇
武器入れに隠れた女の名前はアルシュといい、将来設立する神機使いの達の支部にて事務員となったそうだ。競争率は高かったそうだが、努力したらしい。記憶力だけでなく、優秀な部類の人間であった。
まず私は彼女に首輪を付けることにした。文字通りに。錬血で創造した首輪をかっちりと嵌める。
「えっ、……えっ? 突然何ですか? というか、何処から出したんですか?」
「細かいことはいいじゃない。事務員なんでしょ、貴女。この建物の資料をひっくり返すのを手伝いなさい」
「で、でも、守秘義務とかあって……い、痛っ」
彼女の小指を掴む。
「昔のことをネチネチと言うのもどうかと思うのだけれど、生身一つで放り出されて大変だったのよね。寒冷地域で野宿も一苦労。目の調子も見ての通り悪化してしまってね……ところで、この細い指をへし折ったら私の留飲って下がるのかしら? ねぇ、どう思う?」
普通に嘘も混ぜてお喋り。笑顔は攻撃の表情だというのは誰が言ったか。目元は包帯で覆っているので口元くらいしか見えないだろうけれど。
「や、優しい人だった――い、痛い痛い痛いっ! お、折れる! 指が折れちゃいます! 手伝いますから止めて下さいぃ!!」
「そう、素直でよろしい」
アルシュの指から手を離すと、彼女は涙目で痛んだ指を擦る。余計な動きをしたなら本当に折れていたのだから、素直に痛かったのだろう。
暴力で従えるとは最低な部類だけれど、以前の仕返しとして許容してもらおう。
「死にたくなかったらしっかり働いてね。その首輪爆発するから、アルシュの首くらい簡単に吹き飛ぶわよ」
「ふ、ふええ……」
私は怯えるアルシュを連れ出し、食べ物を漁ってから事務所へ向かった。
事務内のパスワードを解除させ、資料を閲覧する。上司の情報などは、荒らした荷物から彼女に分析させた。優秀というのは本物で、アルシュが知る上司の性格と彼女の持つ知識から上司の資料を得るまでに至った。
ついでに、医務室や武器施設も漁る。出来る限りデーターを起こさせ、私に提出させた。難題ばかり押し付けたので、精神的にも摩耗したようだ。頭から煙が出ている。
「素敵。下手したらシステムトラップでデータごと消えるかもしれなかったのに、想像以上の成果だわ。事務員の能力を越えているわね。きっと、エンジニアとしてもやっていけるわよ」
「そしたら、カル君に会える時間減っちゃうから……」
知らない男の名前を出されてもわからない。おそらくは野盗の頃の仲間だろう。
「ふぅん? まぁ、いいわ。食料を現地調達したこれでも食べて休んでなさい」
「あ、ありがとうございます……」
持ってきた食料を机の上に広げると、アルシュは少し信じられないというような目で見てくる。食料を独占するとでも思っていたのだろうか。脱出の際に栄養不足から行動できなくなることを懸念して、わざわざ食料を回収しに寄り道したというに。逆に満腹になられても困ってしまうが。
けれど、気にしたって何か変わる訳でもないので、私はアルシュの反応を気にせず、タブレットからデーターを呼び出し確認を行う。
膨大な数の資料を捌くのに時間を要したが、面白いことが判明した。また、まとめた資料を閲覧させるため、私はアルシュに声を掛ける。
「……う、うん? おはようございます……」
「寝ていたの? 化け物のいる渦中なのに豪胆ね」
「ご、ごめんなさい。人がいると安心しちゃって」
「別に責めている訳ではないわよ。資料のこれ、見てみなさい。詳しいことまで目を通してはいないんでしょう?」
「は、はい……! 少々、時間を下さい!」
断片的なデーターをまとめたものを閲覧する彼女は、途中で体が固まる。内容を理解したくないのか、何度も同じ資料を読み返す。
それもそのはず、神機使いを統括する組織を立ち上げた一人が、地球を呑み込むほどの巨大なアラガミを創り、終末補食という地球の環境をリセットする計画を立てていたのだから。当然、計画の成就のあかつきには多くの人間が死ぬだろう。
「……あ、総括の名前もある」
「総括?」
「えっと、ここでフェンリルの人員を統括している人です。将来の支部長とも言われていました」
「そう、なら、選民思想的な”アーク計画”の信憑性は高いのね。こんなデータを残しているなんて、ダイゴという人物はヨハネスと何かしらの確執があったのかしら?」
「ど、どうしよう。カル君も私達も死んじゃう……」
「そのフェンリル全員がグルだったら、もう完成してるかも」
「ううう……」
「ヨハネスという人物に加担するにせよ、反抗するにせよ、まずはここから生きて出ないとね」
体力回復のため食事をさせたものの、アルシュを気絶させて荷物ごと外に運んだ方が面倒ごとがなさそうだ。
「じゃ、じゃあ荷物をまとめちゃいますね!」
「私も手伝うわ……いえ、その前に隠れましょ。何かが近づいている気がする」
複数ある電子機器や床に散らばった資料を整理している隙に彼女を気絶させようと思っていたのに間が悪い。
(いいえ、気配をやり過ごしてからアシュルを運べばいいもの。もう寝かせてしまいましょう)
余計な行動をされる前に。
ピロピロピロピロピロ♪
私から大音量の電子音が鳴った。アルシュから奪った携帯だ。
(……最悪)
私は彼女から手荷物を回収したが携帯の中身まで見ていない。つまり、そういうことだ。私がアルシュから手荷物を奪う間、アルシュが何か弄る暇もなかったはずだ。携帯の設定はそのままである。少し前ならARAGAMIに気づかれ、胃袋へ直行だろう。
余計なことをしでかした気配の主が、私達のいる部屋へと入ってくる。扉を開いて現れたのは、片腕に大きな腕輪と大剣を肩にのせた神機使いの男だった。アルシュのボーイフレンドだろうか。
「アルシュ、無事か!」
「カル君!」
二人は駆け寄り抱き合う。一体、彼らに何を見せられているのだろう。虚無感が私を襲った。