最期の旅路の果てに 作:夕闇
結論から言ってしまえば、私の肉体が他人の姿になったのか、もしくは他人の肉体を乗っ取ったのかは不明だった。自分がクイーンと刺し違えてからの記憶がとんでいる上に、この村には人一人もいなく、こうなった過程の情報を得ようがなかったからだ。憶測からくる仮説ぐらいがやっとである。
それとこの村は廃村だった。人間や吸血鬼の影すらなく、破壊されたもしくは埃の積もった建屋ばかり。食べ物なんかは腐っているというよりは風化して長らく手付かずであった。
山岳地帯にあるこの村は緑が数えるほどで過酷な環境だ。本当は森林豊かな山だったかもしれない。何せ人類を追い詰める化け物は、堕鬼と違って何でも喰らうのだし。
私は一度村から出て、傾斜のある山岳を登り、下界を見渡す。視界には、人が暮らしていないと断言できるひび割れた大地が広がっていた。私の実家のあった地域とも、国にも無い、記憶に残っていない景観だった。
代わりに化け物がちらほら見えた。こちらに気づいていないか、それとも縄張りがあるのか察知されないのは僥倖であった。
(本当に私は何処にいるのかしらね。皆目、見当もつかないわ……)
堕鬼はおらず、化け物はいる。素直に受け取るなら、つまりは私は国外にいるのだろう。ため息が出そうだ。
見知らぬ地域。見知らぬ国。身体のこともあるのに悩みの種ばかりが増える。一先ず、『クイーンだ!殺せ!』とならないのは救いだろう。と、前向きに捉えて自分を慰め、私はナイフ片手に村へ戻った。
ちなみに、衣類はしっかり着ている。シーツをワンピース風にしたのだけれど、それなりに身体を動かしても問題なかった。まさか冥血を消費して小さな針を造り、裁縫をしようとする日がこようとは思いもしなかったが。
それから、長髪であった髪を切った。もしもこれが敬愛する母の面影のある自分の身体なら絶対に髪を切りはしない。しかし、今は思い入れの無いどころか、暴走状態だったとはいえ少なくなった国民を殺戮した女の姿だ。そのままの容姿でうろつくなどリスキーな行動はしたくなく、バッサリと切った。
バッサリと切って、切断された髪の毛が消失してゆく様と短くなった髪が急速に同じ長さに再生されるのを見て、育毛に悩んでいたあの家の男爵ならどの程度金額を出すだろうかと現実逃避もした。
何はともあれ、この廃村での情報はある程度出切ったように思える。私は教会に戻った。
「難儀ね……。家々を漁る行為もそうだけど、実をもぎ取って丸齧りしようだなんてはしたない行儀、お母様が見ていたら卒倒しそう」
強い人ではなかったけれど、優しく清楚で人に好かれていた。大好きな人を思い浮かべてほんのり心が温かくなるが、それも過ぎると寂しさから郷愁の念に囚われる。もう戻れない日常だから尚更に。
白い巨木からもぎ取った赤い実を片手に教会の長椅子に腰を掛けた。次に、実を小さく齧ると舌に血の味が広がった。どうやら食べれるようだ。
ほら食べろよとばかりに実っていたので一つ頂戴して口にしたが、美味である。これなら、目前にいる死にかけの化け物から採血して摂取しても口直しができそうだ。
更には、食べている内に、この林檎ほどの実は身体に必要な血と同価値であると体感で理解した。毒を懸念していたが、これは幸いだ。
気分も上向きになってきたので、嫌な事はさっさと終わらせてしまう。冥血を消費して、力を付与したナイフで化け物を傷つける。摂取した血液は獣臭が酷く美味しくもなかった。摂取効率も悪いと体が訴え、量でカバーするしかなさそうである。
(それにしても、ヤドリギだったかしら? 何なのかしらね、これ。明らかにサイズが大きすぎるし、赤い実も実ってなかったし。クイーンの血で活性化させて周囲の瘴気を浄化する話だったけれども、こんな能力があるなんて聞いたことがないわ。
ん~……似ているだけで別物なの? ………………あーもう、考えてもさっぱりね。でも、生存に必須な血液が手に入るのだから助かったかな。これ一つで一週間は持ちそう。輸血パックよりずっといいわね)
ヴァジュラの生き血は体感で1日。今後を考えるなら、なんとかして巨大なヤドリギを維持するべきだ。
堕鬼以前、化け物達に荒らされる地球は動植物が急速に減少し、はたまた絶滅していった。資源の少ない世界で生きるのに、この巨木の維持は今後生きる上で死活問題になりそうだ。
巨木を維持する方法は丁寧にも養分とされているヴァジュラがいるのだから察しはつく。辺りに生息する化け物を狩ってここまで運搬すればよいと思われる。
碌な装備はないが、エンチャントナイフはさっくり通用した。殺すことはできなくもない。何よりも、廃村を探索している間にこのヴァジュラの生命力は弱り、死期が近いように思える。私も自発的に動かなければ緩やかな死が待っている予感があった。
(狙うとするなら孤立した一匹かしらね)
死にたくはないが、試すだけ試してみよう。