最期の旅路の果てに 作:夕闇
その日、青い地球は赤い惑星へと変貌した。
人間は死に絶え、もしくは吸血鬼と化し、アラガミは白い巨木へと変わり、森と成り果てる。
かつて食物連鎖の頂点だった人間も、現在君臨するアラガミも絶滅した。今、頂きに鎮座するのは吸血鬼だ。
それを成した初めの発生源はエイジス島からである。人間を守るべく存在する島は、世界中の人間を死に絶えさせた島となった。
ヨハネス・フォン・シックザールは執務室にて失意のどん底に沈んでいる。
「ノヴァ……私の妻を、アイーシャを殺され、何もかもを滅茶苦茶にされて、残ったのが血を啜る人の世界とは……。せめてもの救いはアラガミのいない世界かね? ……ふっ、何とも馬鹿げた話じゃないか」
扉がノックされ、ヨハネスの許可と共に、人が入ってくる。
ペイラー・榊。ヨハネスの旧友であり、今は表面上の付き合いをしている元友人だ。
「君か」
「体調はどうかな?」
「すこぶる良好だ。嫌なくらいにね」
「ほとんどの人類が吸血鬼化に耐えられなかった。今は喜ぼうよ」
「はぁ、要件があって来たんじゃないのか?」
「3年かけて、エイジス島でリンドウ君達が頑張って発掘してくれたデーターの解析が終わったよ」
「そうか」
「おやおや、覇気がないね。君らしくもない」
「それでどうだったのだ?」
ヨハネスは語気を多少荒げた。
「これは酷いね」
「実に興味深いとは言わないのか? 君らしくもない」
「いやはや、言葉を返されてしまったね。けど、本当に酷いものだよ。その力も人間性も」
「まるで少数精鋭が広さを誇るエイジス島をあそこまで破壊し尽くしたと言いたげだね」
「少数というか、一人だよ。単騎だ。二十歳前後の女性なんだけど、人間にどれだけの恨みがあるのかと、問いたくなるほどに、人も物も破壊していったからね」
ヨハネスはペイラーが静かな怒りを灯しているの感じた。
「人間か、人のなりをした特異点のアラガミか。それとも吸血鬼か」
「吸血鬼なんじゃないかな。人類というものを人間から吸血鬼に置き換えてしまったんだし。それで彼女を追うかい?」
「追ってどうするんだというのかね? もし、刺激して敵対関係になってでもすれば最悪だろう。今は、1万を下回り推定4472人までに減ってしまった人類の、吸血鬼達の復興が最優先だ」
「……そうだね、そうだったね。全く、その通りだよ。私達にはやることが山のようにある」
二人は自然とため息をついた。
文明の残骸は掃いて捨てるほど残っている。生存したのはなにも大人だけではないのだ。子供もいる。それぞれが職の割り振りをしたとしても、人手が全くと言っていいほど足りていなかった。
私は赤い空の下、エイジス島から遠く離れた国で復興作業の手伝いをしている。
(各地の復旧、間に合ってないんですってね)
≪頑張ったからねー、人間に追われない安息の日々だよー≫
(そうね、住みやすくなったわ)
脳内で誰とも聞かれることのない会話をしながら、切り終わった野菜をアリサの母に渡す。今でも、私は相変わらず人前では目を晒していない。今回も包帯を巻いていた。
「できたわ」
「カルラさんが料理上手で助かるわ~。血だけで食べなくていいっていっても、やっぱりみんな食事が好きだから」
私は炊事係だった。
「ええ、わかるわ。私も手間のかかる子がいるもの」
≪それ、わたしのこと?≫
「離れ離れになったのよね? いつか会えるといいわね」
「そうね」
アリサの母とクルスの返答をまとめる。
(でも、随分いい子になったわ。こうして人と話をしていても平気になったもの)
≪えへー、そうでしょー?≫
頭の中で会話しながら他者との言葉のやり取りは大変だけれど、クルスがそこにいるだけで素直に嬉しかった。ちなみにアリサはここにはいない。医学生のお姉さんと仲良くなって、そちらで勉強しながら仕事に励んでいる。
平穏の日々だ。アラガミはいないし、人間に吸血鬼だからと排斥される可能性もない。クルスによれば、血は人間のときと同じ食事さえしていれば、ヤドリギに頼らず他人同士の吸血でこと足りるそうだ。生殖行為でつくった赤子も血を啜る鬼となる。
「吸血鬼達の楽園よね」
血滴る屍によってクルスが創り上げた世界。私は今、とても満足している。