今年の投稿はこれが最後かもしれません。
二章最初の拠点フェイズは春蘭・秋蘭編でございます。お楽しみください。
<春蘭>「おい、
<秋蘭>「ああ、姉者。その皿は菓子と一緒にこちらにまとめておいてくれ」
<春蘭>「承知した」
<秋蘭>「……ふむ。茶の支度としては、こんなものか」
<春蘭>「なに? ……おいおい秋蘭。この程度で、本当に
<秋蘭>「どういう意味だ、姉者?」
<春蘭>「茶と茶菓子の準備をしただけで、華琳さまに喜んでいただけると思っているのか? と聞いたのだ」
<秋蘭>「祝いの席や酒宴なら、余興の一つでも考えるだろうが……この席はそういうものではあるまい? いつもの日課だぞ?」
<春蘭>「その考えが既にいかん。日々の穏やかな生活の中にもちょっとした驚きと楽しみを仕込んでこそ、日々に
<秋蘭>「ふむ。……なら、菓子に季節の花でも添えた方が良いか?」
<春蘭>「その程度で喜んでいただけるものかっ! もっとこう、華琳さまが満面の笑みを浮かべて……『よくやったわね。偉いわ
<秋蘭>「ほほぅ。姉者には、とんでもない妙案があるとみえる。後学のためにも、ぜひ聞かせてもらいたいな」
<春蘭>「……戦ばかりのこの時代、何もない穏やかな日常をただ楽しむというのも、悪くないな」
<秋蘭>「だろう?」
<春蘭>「全くだ」
<秋蘭>「まあ、そうだな。強いて何か仕込むとすれば……」
<春蘭>「すれば?」
<秋蘭>「……
<春蘭>「何故そいつの名前が出てくる!」
<秋蘭>「別に不思議では無かろう。檜山のこと、華琳さまは気に入っていらっしゃるようだし……姉者も
<春蘭>「なっ!? 華琳さまはともかく、どうしてそこにわら……っ、わたしのままえも出てくるのだっ!」
<秋蘭>「……姉者。噛み噛みだぞ」
<春蘭>「……くぅぅ」
<秋蘭>「で、どうする? あ奴がいれば、華琳さまには少々新鮮な驚きを提供できると思うが?」
<春蘭>「ふむ……そうだな、わたしの好みは置いておくとして、華琳さまに喜んでいただけるならば、あいつを呼んでやるのも一興かもな」
<秋蘭>「なら檜山を呼びに行こう。確かこの時間は
<華琳>「あら、今日はここでお茶にするつもり?」
<春蘭>「はいっ! 華琳さまっ! 既に準備は万端に整っておりますっ! ささ、早く早くっ!」
<秋蘭>「…………姉者」
<司>「ふう。貰ったのはいいが、多かったな」
少なめに貰ってきたつもりだったが、いざ運んでみると結構な量だった。今更返しに行くわけにもいかないため、このまま運ぶことにした。
<司>「ん?」
中庭の近くを通っていると、ふと
<司>「あれは……」
庵をよく見ると、
<司>「よう」
<華琳>「どうしたの、司。そんな大荷物で」
<司>「これか? 庭師たちが庭木の手入れをしてたから、花の咲いてる枝を貰ったんだ」
庭師が言うには、花や実に養分が行き過ぎると木の生育が悪くなるようで、剪定したそうだ。
<華琳>「そう、一つ貰えるかしら?」
<司>「いっぱいあるからいいぞ」
華琳は俺の抱えた枝から小振りな一本をひょいと取り上げ、それをゆっくり回して眺め始めた。
<華琳>「……なるほど。季節の花を愛でるというのも、悪くないわね」
お茶会の最中に季節の花を観賞するのも悪くないな。そんな華琳とは裏腹に、何故か俺を睨んでくる春蘭に気付く。
<司>「なんだ? 春蘭も欲しいのか?」
<春蘭>「いるか馬鹿者っ!」
<司>「……どうしたんだ? そんなに怒って」
<春蘭>「怒ってなんかないっ!」
いや、馬鹿者とまで言われて怒ってないなんてないだろ。俺は彼女が何故怒っているのか分からない。まあ、大体のことは分かっているけど。とりあえず俺は秋蘭に視線を向ける。
<司>「……なあ、秋蘭」
<春蘭>「…………っ!」
<秋蘭>「……だ、そうだ」
なるほど。大方俺が華琳に褒められたことが気に食わなかったに違いない。
<司>「まあ、そんなことは置いといて……お茶会でもしてたなら俺も誘ってくれよ」
<華琳>「来たいなら、それなりの意思表示をしておくことね」
<司>「今度からそうする。良いか?」
<春蘭>「良い訳がなかろう、とっとと帰れ」
今でも気に食わないのか、春蘭が邪険にしてくる。
<司>「ひでぇこと言うなよ」
<春蘭>「ひどいのは貴様だ!」
<司>「意味が分からん……」
本当にどうしたんだ? 華琳に褒められただけで、ここまで邪険にされるようなことしたか?
<秋蘭>「だが、初めは姉者も
<司>「ん? そうなのか?」
秋蘭から以外なことを言われた。まさか俺を誘うつもりだったようだ。恐らくここまで怒るのは素直になれないからだと理解した。しかし———。
<春蘭>「…………何?」
当の本人は拍子抜けた表情を浮かべて秋蘭を見る。
<秋蘭>「忘れたのか、姉者。華琳さまに喜んでいただけるならば、檜山を呼ぶのもまた一興、などと言っていたではないか」
<春蘭>「…………?」
<司>「おいおい……忘れたのか?」
<春蘭>「何を言う! 忘れてなどおらぬ!」
いや、妹に言われても思い出せないなんて重傷だぞ。
<司>「だったら呼んでくれれば良いのに」
<春蘭>「そもそもそんな事、考えるはずなかろう!」
<秋蘭>「やれやれ……」
言い切りやがったぞコイツ……。
<華琳>「そんなことを考えていたの? なら、もう少し遅めに来た方が良かったかしら」
<春蘭>「そんなことはありません華琳さま! 我々は華琳さまのために茶の支度をしていたのです! そこに華琳さまが都合を合わせるなどっ……!」
<司>「大体秋蘭も覚えてたなら、言ってくれれば良かったのに」
<秋蘭>「姉者がどこで思い出すか見てみたくてな」
<司>「……お茶会が終わっても絶対思い出さないと思うけど?」
<秋蘭>「まあ、そうだろうな」
たまに思うが、秋蘭もひどいな。春蘭とは別の意味で。
<秋蘭>「華琳さま。お茶のお茶のお代わりは如何ですか?」
<華琳>「そうね。もらおうかしら」
華琳はコップに注がれたお茶を一口飲んでから口を開いた。
<華琳>「ただ、この件…… 忘れた春蘭にも問題はあるけれど……忘れられた鎗輔にも、ある意味問題はあるわよ?」
<春蘭>「だそうだぞ、檜山!」
<司>「お前も褒められてないぞ?」
<春蘭>「……な、なんだとっ!」
春蘭は驚愕の声を上げる。まさか気付いてなかったとは……。
<華琳>「ええ。別に春蘭を褒めている訳ではないのよ?」
<秋蘭>「うむ。本来なら姉者が忘れなければ済んだ話だしな」
いや、その件は秋蘭にも原因があるんだけど……。
<春蘭>「そ、そうなのか……」
<華琳>「実際、司が春蘭に忘れられるような人物だったことが問題なのよ。春蘭が絶対忘れないほどの人物になれば、全ては丸く収まるでしょう?」
仮面ライダーというこの世界には無い力を持っているのに、それでも忘れられるなんて悲しいぞ。
<司>「普通忘れるか? 自分で言うのもなんだが、個性的ではあると思うが……」
<華琳>「それ以上に凄くなるように努力することね」
<秋蘭>「どうしたんだ、姉者。そんな真剣な顔をして」
<春蘭>「うむ。どうすれば、こういうことを忘れずに済むだろうか……と考えてな」
どうやら本人も気にしているようだ。
<秋蘭>「ふむ……。私はそうそう忘れたことがないから、何とも言えんが……」
<春蘭>「華琳さまは如何ですか?」
<華琳>「私も忘れたことがないから、その辺りの助言は出来ないわね。ただ、今回の件は司のことだったから問題はないけれど……大事な報告や任務を忘れないようにする工夫は、考えておいても良いかもしれないわね」
まあ、忘れないようにする方法は一つある。
<司>「まあ、メモでも取るしかないな」
<春蘭>「……めも?」
<司>「小さな紙片とか、手の平とかに、忘れそうなことや大事なことを書き残すんだ。それを後から確認すれば忘れずに済むだろ?」
<春蘭>「なるほど、貴様にしては悪くない案かもしれん」
俺にしてはって言葉がムカつくが、これなら誰でも出来る。
<秋蘭>「そういえば姉者、この後街へ新しい装備の品定めに行く予定だったよな」
<春蘭>「おお、忘れるところだった。ならば早速、そのめもとやらを試してみるか……
春蘭の呼びかけに季衣が飛んでやってきた。
<季衣>「はいっ! ってあー! みんなでお菓子食べててずるいですっ! ボクも食べたいー!」
<春蘭>「やれやれ。後でちゃんと分けてやるから」
<季衣>「約束ですよ? で、何ですか?」
<春蘭>「うむ。筆と
<季衣>「はいっ! で、書くのは紙ですか? それとも竹簡でいいですか?」
<春蘭>「いらん! 手に書く!」
…………は?
<華琳>「…………」
<秋蘭>「…………」
春蘭の言葉を聞いた華琳と秋蘭は呆れた表情を浮かべる。
<季衣>「…………はい?」
<春蘭>「めもというやつだ! 紙はいらんから、筆と硯だけ持って来い!」
<季衣>「はぁ。それでいいんなら……」
そう言って季衣は春蘭の指示に従って筆と硯を取りに向かう。
<司>「おい、春蘭……」
<春蘭>「声を掛けるな! めもをする用件を忘れてしまうではないか!」
<華琳>「…………」
<秋蘭>「…………」
しばらくすると、季衣が筆と硯を持って戻ってきた。
<季衣>「春蘭さまー! 持ってきました!」
<春蘭>「うむ、良くやった!」
書道用の筆と硯を受け取った春蘭は筆にどっぷりと墨を含ませて、己の手の平に押し当てる。
<春蘭>「ええっと、街へ新装…………」
<華琳>「…………」
<秋蘭>「…………」
<季衣>「…………」
まさか本当に手の平に書くなんて……。
<春蘭>「檜山!」
<司>「……何だ?」
<春蘭>「用件が全部書けんではないか! 街へ新装では意味が分からんぞ! 新装開店か!」
春蘭はこっちに
<司>「おい、掌から墨垂れてるぞ」
<春蘭>「うおっ! これでは手の平が真っ黒になっただけではないか!」
<司>「いや、普通紙に書くだろ……」
百歩譲って手に書くとしたら細い筆でもう少し小さな字で書くのが普通だ。
<秋蘭>「……檜山。あれは正しいめもとやらの使い方なのか?」
<司>「いや、絶対違う」
この時代にはボールペンがないからこちらの感覚で言った俺も悪いが、墨を使うなら普通は紙だろう。
<華琳>「そもそも、筆と一緒に紙も持って来させれば済む話じゃないの」
<春蘭>「……むぅぅ。確かに」
春蘭は華琳の言葉に納得した後、俺の方へと向き直る。
<春蘭>「檜山。貴様の案、全く役に立っておらんぞ……」
<司>「たった一度失敗しただけだろ? 今度は紙に書いておけばいいよ」
<春蘭>「そうか……」
<季衣>「あの、春蘭さま? 難しいお話しをしてるところすみませんが……ボクのお菓子……」
<春蘭>「ああ、季衣はよくやってくれた。わたしの分で良ければ、好きに食べて良いぞ」
<季衣>「やったぁ。じゃ、いっただっきまーす!」
満面の笑みを浮かべて春蘭の皿のお菓子を口に運ぶ季衣。空気を読んでないけど、今はこの空気の読まなさ加減が逆に
<季衣>「あ、これ美味しいですね! どこのお菓子なんですか?」
<秋蘭>「この間、南の市に新しい菓子屋が出来ただろう。そこで買ってきてみた」
<季衣>「ああ、あの端っこに出来たお店ですか? あそこ、まだ行ったことないんですよねー。今度行ってみようかな……。あ、これも美味しいっ!」
<華琳>「それは私も聞きたいわね。どこで買ってきたの?」
<秋蘭>「は。そちらも同じ菓子屋で、一番人気の饅頭だそうで」
春蘭は季衣が菓子を美味しそうに頬張る様子を見て、羨ましいそうな表情で見つめていた。
<春蘭>「……なぁ、季衣」
<季衣>「何ですか? 春蘭さま」
<春蘭>「わたしも一つ、もらっていいか?」
<季衣>「はい。もちろんですよ!」
季衣は最後の菓子を、ひょいと春蘭に差し出した。
<司>「……って、おいっ!?」
<秋蘭>「姉者……!」
春蘭は季衣の手にした菓子を受け取ろうとする。しかし、その手は先ほど墨で汚れていた。
<春蘭>「……なっ!?」
やっと気付いた。春蘭が掴んだ菓子は墨で真っ黒になった。
<春蘭>「檜山ぁぁぁっ!」
<司>「……何だ?」
<春蘭>「大事な菓子が墨で真っ黒になってしまったぞ! どうしてくれる!」
<司>「いや、お前の不注意だろ……」
流石に今のは彼女が悪い。
<秋蘭>「……姉者、手拭きだ」
秋蘭から差し出された手拭きを受け取った春蘭は、墨で汚れた手を拭きながら言葉を続ける。
<春蘭>「役に立たんばかりか、今度はこうしてわたしが菓子を食うのまで邪魔するとは……! めも、何と恐ろしい罠……!」
<司>「…………」
口調は真剣だが、やってることは格好よくない。
<華琳>「本当はどうやって使うものなの?」
<司>「細い筆で小さな紙や手の隅にちょっとした用件を簡単に書き留めるだけさ。忘れそうになったらそれを見て確認するんだ」
<華琳>「なるほど」
納得した華琳は春蘭の方へと向く。
<華琳>「……方法に致命的な間違いがあったようね」
<春蘭>「なんですとっ!」
<華琳>「秋蘭。貴女は理解した?」
<秋蘭>「は。概ね」
<華琳>「なら後で、正しいめもの使い方を春蘭に教えておくように。使いようによっては、仕事が捗るようになるでしょうよ」
<秋蘭>「御意」
◇
<司>「ふう、陳留に現れたか……」
数日後、俺は
<司>「被害はなかったからよかった……あ」
その途中、俺は廊下で春蘭と出くわした。
<春蘭>「おう、
<司>「どうしたんだ、
春蘭は両脇に大量に巻いた竹簡を抱えていた。
<司>「大荷物だな、それ」
<春蘭>「うむ、めもだ」
<司>「……は?」
その巨大な竹簡がメモとは思えなかった。
<司>「いや、そうには見えないけど……」
<春蘭>「必要なことを端からめもにしていたら、こんなになってしまってな……。紙はもったいないから、竹簡にしたら、このザマだ」
<司>「どのくらい長いんだ?」
<春蘭>「広げればあの曲がり角くらいなら届くと思うぞ?」
春蘭はそう言って十数メートル先にある曲がり角を指差した。
<春蘭>「やってみせようか?」
<司>「いや、しなくていい」
<春蘭>「…… それは助かる。これをちゃんと巻き取るのも、ひと苦労でな」
そういえばあのお茶会の後、
<司>「どうしてこうなったんだ?」
<春蘭>「うむ。秋蘭から聞いた使い方に、わたしなりに改良してみたのだが」
十中八九そんなことだと思っていた。
<春蘭>「これだけあっては、どこに何を書いたか分からんと来た。……めもというものは、本当に便利なのか?」
<司>「人には向き不向きがあるからな。春蘭は忘れたら困ることは、秋蘭や
<春蘭>「……うむ。わたしもそう思うんだ」
<司>「そっか……」
メモは誰でも出来ることだと思っていた。しかし春蘭だけは例外だと思い知る。春蘭が物忘れしないようにするには秋蘭たちに頼るしかないだろう。
次回は華侖・柳琳編です。お楽しみください。