自分の部屋で報告書を書いている最中に、背後からバタンと激しい音が聞こえた。
<司>「ん?」
ノックもせずに開かれたのは、部屋の扉。足音高く入って来たのは……。
<春蘭>「
<司>「…………」
入ってきたのは夏侯姉妹。一人は馬鹿の春蘭で、もう一人は妹の秋蘭。
<司>「……秋蘭? どうしたの?」
<春蘭>「まて檜山。なぜ秋蘭に聞く?」
<司>「慌てて入ってきて、
<春蘭>「おいまて! わたしもいるぞ!」
<司>「……あっ、いたんだ」
<春蘭>「いるに決まってるだろ! わたしを馬鹿にしてるのか!」
冗談はそのくらいにして、二人とも武装こそしていないものの……戦に出る時みたいなピリピリした雰囲気だ。
<司>「それで? 二人してどうした?」
<春蘭>「そのようなこと、貴様が知る必要はない!」
<秋蘭>「うむ。大人しく、我々についてきてもらおう。悪いようにするつもりはないが……逆らえば、分かっているな?」
まるで俺が悪いことをしたかのような言い方だ。しかも、威圧感に近いその気配は明らかに俺に向けられている。
特に春蘭なんか、肌がピリピリするほどの殺気さえ漂わせている。
<司>「言っておくが、何もしてないぞ?」
<春蘭>「うるさい! 言い訳は後で聞く。付いてくるのか、来ないのか!」
そんな殺気を突き付けられれば、誰でもノーとは言えない。というか、ここで断ればコイツに真っ二つにされるのがオチだ。
<司>「分かったよ。だからそんなに殺気立つなよ……」
しかしここまでの剣幕で来られると、何か問題でもあったのかと心配にはなる。
<春蘭>「そうして欲しければ、大人しくキリキリ歩けっ!」
そのまま俺は引っ立てられるようにして、与えられた部屋を後にする。
◇
<司>「それで? どうして俺を連れ出したんだ?」
連れて来られたのは街の中。何か怪しいところでもあったのか、それとも怪人が現れたのか。
<春蘭>「買い物に決まっているだろう。普通、今までの流れで分からんか?」
<司>「…………は?」
<春蘭>「言葉が通じなかったか? 買い物だと言ったのだ、買い物と。分かるか? 言葉は通じるのだろう? か、い、も、の!」
<司>「馬鹿じゃないの?」
<春蘭>「なんだとっ!」
どこにあんだけ殺気全開の誘い方があるんだと聞きたいぐらいだ。果たし合いか道場破りの誘いのほうかま、まだマシだ。
<司>「あれだけの剣幕で来られたら、買い物なんて誰も思わんだろ」
<春蘭>「……秋蘭。わたしは何か間違っていたのか?」
<秋蘭>「いや、ごく普通だと思ったが……?」
<春蘭>「ほら! 秋蘭が普通だと言うなら、わたしは間違っておらん!おかしいのは貴様の方だ!」
いや、明らかにおかしいのは春蘭の方だが……。
<司>「そうなのか?」
<秋蘭>「うむ、そうなのだろうな」
<司>「おい秋蘭、笑ってるぞ?」
表情薄い秋蘭の、口端あたりがピクピクしている。実の姉を遊んでるようだ。
<春蘭>「貴様がどこの国に住んでいたのかはどうでも良いが、我が国には我が国のしきたりがあるのだ! 貴様も華琳さまに拾われた身ならば、その流儀に慣れてもらおうか!」
<司>「それは構わないが、今度誘うときはそんな殺気丸出しじゃなくてもいいからな」
<春蘭>「……別に、殺気など出してはおらん!」
<司>「自覚はないのか?」
<春蘭>「単に貴様が嫌いなだけだ!」
<司>「……それ、もっと悪くないか?」
<春蘭>「なんだとぅ!」
本当にこの人は怒りの沸点は低い。嫌いな相手でここまで怒る奴は初めてだ。
<秋蘭>「やれやれ。二人とも、
<春蘭>「む、それは一大事だな」
吟味する時間がかかるという事は、選ぶのに相当気を使うのか。特別な物でも買うのだろう。
<司>「そんなに大事な買い物なのか?」
<春蘭>「当然だ。本来なら、貴様など連れてくるような買い物ではないのだ。私は気に食わんが、秋蘭がどうしてもと言うのでな……」
<司>「……なら、連れてこなきゃいいだろ?」
<春蘭>「なんだとぅ!」
だからどうしてそんなに怒りっぽいんだ?
<秋蘭>「姉者」
<春蘭>「う……うむ」
<秋蘭>「
<司>「まあ、それは大丈夫だが……」
<春蘭>「だが何だっ! わたしたちの決めたことに不満でもあると言うのかっ!」
<秋蘭>「姉者」
<春蘭>「う……うむ」
いちいち怒鳴る春蘭を、秋蘭が
<司>「誘うなら事前に一声かけてくれないか? あんな強引に出さなくてもこっちから部屋を出るから」
<春蘭>「ふんっ、手間をかけさせおって。それならさっさとそう言えば良いのだれ」
<秋蘭>「姉者」
<春蘭>「う……うむ」
三度も似たようなことを繰り返しつつ、俺たちは目当ての場所へ向かっていった。
<春蘭>「あれはなかなかに掘り出し物だったな、秋蘭」
<秋蘭>「だな。次の会議に掛けて、華琳さまの判断を仰ぐことにしよう」
二人の買い物は、さっきの店で三件目。鍛冶屋で武器を少し見た後、露店で馬具を流し見て、乾物屋で保存食の話をしていた。もちろん全部、軍用の備品の話だ。
真剣な表情で軍事用語を飛び交わされる二人の間に、俺が意見を挟む場所なんかどこにもない。最も、話を聞いただけである程度は理解できたが。
<春蘭>「おお、秋蘭。あんな所にあったぞ!」
<秋蘭>「ほほぅ。これはなかなか……」
次の店は何だろう。武器に馬具に糧食と来たから、砦か城壁の工具でも見積もってもらう気だろうか。
<春蘭>「
<司>「ああ、それでここは服屋か?」
店頭には服がたくさんあることから、一目みれば誰でも分かる。
<秋蘭>「お前に見て欲しいのは、これなのだが……」
<司>「これか……」
<春蘭>「どう見る? 似合うか?」
そう言ってくるあたり、春蘭が着るものだと理解する。そりゃあ、性格的にお洒落なんてしてなさそうだもんな。
何重にも重なったヒラヒラの生地に、豪勢なフリフリがたくさんくっついている可愛らしい服。
恐らく秋蘭がガサツな姉のために、俺も一緒に誘ったのだろう。
<司>「可愛い服だな。だが、春蘭が着るとなると寸法が合わないぞ」
<春蘭>「な…………っ!?」
俺がそう言うと、途端に顔を真っ赤にする春蘭。
<秋蘭>「ふむ。それも悪くないな……」
<春蘭>「しっ! しししししっ! 秋蘭まで……っ!」
あれ? そんな台詞が出てくるということは、春蘭のためじゃないのか?
<店員>「お客さまの着られる大きな物、お出ししましょうか?」
<司>「あるんすか?」
<店員>「そりゃもう」
<秋蘭>「ふふっ、どうする? 出してもらおうか、姉者」
<春蘭>「くぅぅっ! 秋蘭まで馬鹿にして……っ!?」
俺はフリフリの服を春蘭の前に
<司>「……ぷっ」
<春蘭>「貴様っ! 今笑っただろ!?」
<司>「べ、別に……それで、さっきの話からすると、春蘭用の服を買いに来たんじゃないんだな」
ヤバイ。こんな服を春蘭が着れば笑いが込み上げてくる。
<春蘭>「あ、当たり前だ! 馬鹿か貴様は! わたしの服など、別にどうでもよいわ!」
<秋蘭>「いや、姉者ももう少し洒落た服を着て欲しいのだが……」
<司>「じゃあ、誰の……」
<春蘭>「この服は、華琳さまのだっ!」
春蘭のひと言で俺はようやく合点が一致した。
<司>「なるほど、そういうことか……」
<秋蘭>「うむ。この服が華琳さまに似合うかどうか、たまには男の視点からの意見が聞きたくてな」
<春蘭>「わたしはそんなものは必要ないと言ったのだぞ。だが、秋蘭がどうしてもと言うから……だな!」
<秋蘭>「姉者も、華琳さまがより魅力的になるなら、その方が良かろう?」
<春蘭>「そ、それはそうだが……男などの目から見れば、華琳さまはどんなお姿をしていても魅力的だろう!」
<秋蘭>「だから、より、と言ったのだ」
<春蘭>「ぐぅぅ……」
それで俺を連れてきたのかと納得する。武器や食料の意見ではなくて少しは安心した。
<秋蘭>「で、
<司>「男として、か」
俺は脳内で華琳がフリフリの服を着ているところを想像する。
<春蘭>「おい、言っておくが、華琳さまのお姿をそのイヤらしい妄想まみれの脳味噌で想像したら、今すぐ叩き斬ってやるからな!」
<司>「そうしないと、感想も意見もできないと思うけど?」
<春蘭>「……何だと? それは、叩き斬られても文句は言わんと、そういうことと取って良いのか?」
<司>「何でそうなる……この服を華琳が着たところを想像せずに、華琳が着たらどうなるかの意見を言えばいいんだな?」
<春蘭>「何だそれは。意味が分からんぞ! わたしが理解しきれんからと言って、適当なことを言っているのではないだろうな!」
どうしてこの人は話の内容を理解してないのだろう。そこら辺の馬鹿を相手にしてたほうがまだマシな気がする。
<秋蘭>「まあまあ。姉者のことは放っておいて良いから、
<春蘭>「秋蘭……」
<司>「そうだな……俺もお洒落には疎いが、華琳の髪型との調和も良いと思うぞ」
そういえば、さっきの店員が春蘭用もあると言ってたが……まあ、それを口にするのはよくないな。デリカシーに欠けていると思われる。
<司>「しかし、華琳の服を探すなら、本人を連れてくればいいんじゃないか?」
<春蘭>「それでは意味がないだろう!」
<司>「……そうなのか?」
<秋蘭>「うむ。華琳さまもお忙しい身。買い物に出る暇も、それほど取れるやけではない」
陳留の太守を任されている華琳はプライベートな時間が少ないのは当然だな。
<司>「それで二人が華琳の代わりに似合う服を探してたのか」
<秋蘭>「その通りだ。渡すときはさりげなく、だがな」
<司>「でも、そういう気遣いってあまり好きそうには見えないそ」
<秋蘭>「
<司>「大変だなぁ、華琳の家臣ってのも」
<秋蘭>「ふふっ。こちらも華琳さまのためならばこそ。愉しくこそあれ、苦になどならんよ」
俺は二人、特に秋蘭は正に従者の鏡だと思う。
<春蘭>「よし。店主、それを一着貰うとしよう」
<店員>「まいどありがとうございます」
春蘭は店員に服の代金を支払う。その時俺はふと疑問を抱いた。
<司>「けど、実際似合うかどうかなんて、分かるのか?」
<春蘭>「それなら実際に試してみるしかあるまい」
<司>「ん? どういうことだ?」
<秋蘭>「その服は華琳さまの身代わり用に着せるのだ」
<司>「身代わり……もしかして、人形でもあるのか?」
<秋蘭>「ああ、華琳さまそっくりに作った等身大の人形に服を着せてみて、本当に似合うかどうか更に確かめているのだ」
なるほど、それなら似合うかどうか判断できるな。納得できるが、ここでもう一つ疑問が出来た。
<司>「その人形って誰が作ったんだ?」
<春蘭>「わたしだっ!」
<司>「は?」
予想外の答えに俺は驚き、俺は秋蘭に問いかける。
<司>「本当なの?」
<秋蘭>「私が言うのも何だが……凄いぞ」
<司>「マジっすか……」
秋蘭が言うならそうかもしれん。春蘭が良くても間違っていれば秋蘭がダメ出ししてくるからな。
<春蘭>「さて、ここでの用事は済んだ。次に行くぞ!」
<秋蘭>「うむ」
俺はこの後、二十軒以上も付き合わされることとなる。
◇
<司>「…………疲れた」
日も暮れてきて、ようやく俺は自由の身となった。結局、何軒回ったのか分からないが、二十軒は超えただろう。
<春蘭>「いまいちだったな、今日は」
<秋蘭>「うむ、めぼしい収穫はなかったな」
<司>「とか言いながらいっぱい買ってたくせに……」
春蘭なんて可愛い服があれば端から端まで買っていた。秋蘭も春蘭より多かった気がする。ちなみにその服の大半は俺が持っている。
<司>「大体、二人が元気すぎるだけじゃないか?」
<秋蘭>「やれやれ、これぐらいのことで音を上げるとは……」
<春蘭>「鍛錬が足らんぞ。華琳さまのために働いたのだから、もう少し嬉しそうにしたらどうだ?」
<司>「無茶言うなよ……」
どんだけ華琳大好きなんだ、こいつら……。
<春蘭>「だが、市井の服も質が落ちたな。この程度では華琳さまのお眼鏡に適うことは難しかろう」
<秋蘭>「そうだな……。やはり、国を大きくして腕の良い職人を多く招くしかないか……」
<春蘭>「ええい、そんな時間があるものか! 華琳さまはこの一瞬も、気高く優雅に成長しておられるのだぞ! 今この時を美しく着飾れる服を手に入れるためには、今を何とかせねばならんのだ!」
<秋蘭>「……ふむ。確かに」
そこは納得するんだ……。まあ、
<春蘭>「それで、
<司>「ここでしか役に立てないのはちょっとムカッとするが……そうだな、今日回った店にはメイド服やキャミソール、あとワンピースがなかったな」
<春蘭>「めいど服?」
<秋蘭>「きゃみそーる……わんぴーす?」
<司>「ああ、天の国にある服さ。えっと……こんな服かな」
俺は中学の友達の写真を取り出す。コスプレでメイド服を着た子、キャミソールやワンピースを着た女子の写真を見せると、春蘭と秋蘭は目を輝かせる。
<春蘭>「な、なんと……何で可愛らしい服なのだ」
<秋蘭>「うむ、これがめいど服、きゃみそーるにわんぴーすというものか」
想像以上に納得してくれたようだ。最も、まだ陳留は発展途上の街なため、その服を作れるのはまだ先になると思う。
<春蘭>「よし、今から職人に頼みにいくぞ」
<司>「はぁ!?」
<春蘭>「夜は長いぞ! 秋蘭も構わんな?」
<秋蘭>「見損なうなよ、姉者」
<春蘭>「うむ、それでこそ我が妹!」
<司>「えっと……」
どんだけ気に入ったんだよその服。今から行く気満々じゃないか。
<春蘭>「行くぞ! 秋蘭!
<秋蘭>「うむ!」
<司>「いや、俺は遠慮させてって引っ張るなよ! てかちょっと待ってくれー!」
こうして俺は春蘭に強制連行され、翌日は昨日が提出期限だった書きかけの報告書を急いで
次回は華侖・柳琳編です。お楽しみに。