Never, never, never, never give up!   作:処炉崙霸β

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Act1

 雨天。

ぽつ、ぽつと雨が降り注ぎ、雨粒は荒廃した都市の抜け殻を打ち濡らす。

 

 人が一人も歩いておらず、ただ雨と曇天と壊れた道路…かつて人が数多く歩き営み繁栄していた日本国の首都は、もはやとっくの昔に死に絶えていた。

 

 そんな、ただの亡骸となった東京の廃ビルにその男はいた。

 

 ボロボロの布をきつく銃身に巻き付けたハーフライフル銃……サヴェージ220Fを握り、真冬の冷雨の中……砂埃で汚れたジャケットに包まり、男はただひたすらに寒さと、自身に撃ち込まれた銃痕の痛みに打ちひしがれていた。

 

 

 

 十余年前…コーラップス(崩壊液)と呼ばれる汚染物質が流出した北蘭島事件により世界は汚染され、その結果、国家同士の摩擦により始まった第三次世界大戦により、世界は戦乱の渦に飲み込まれた。

 当然、元西側諸国であり有数の軍事力を保有していた日本も、その戦禍に巻き込まれていくというのはある種自然の明だったのだろう。

 

 そして第三次世界大戦の結果、多数の核の炎が地球へと降り注いで、後に残ったのは未だ残留する核による電磁パルスとコーラップス……あらゆる物を腐敗させ狂わせる天災だけだった。

 

 

 北蘭島事件により日本国の西半分は地獄に塗れたものの、第三次世界大戦時では辛うじて東日本は生き残っており、日本の心臓であった東京は過密な防空体制のおかげか核の被害で死の大地となることはなかった。

 

 しかし、それでも無傷にすることは不可能だった。

元々コーラップスによりある程度汚染された大地へと、核が撃ち込まれたのだ。

 西日本程ではないにしろ、もはやその大地は1945年当時の日本よりひどい状態であり、当然復興にはとてつもない時間がかかる。

 

 なにより、死の大地とは言えずとも当然ながら放射能やコーラップスによる被害は出ており、結果的に東日本では現状安寧な生活を送ることが不可能と判断した日本政府や殆どの日本人はほぼ無傷であった北海道へと国家自体を移転。

 

 なし崩し的に無政府状態となった東京に、残っているものといえば、狂った人間、犯罪者、セーフエリアたる北海道へ行くような力のない弱者……コーラップスに濡れ狂った化け物だけだ。

 

 ーーーーそんな東京で、男は生きていた。

もっとも、男の息の間隔は短く、腹部に空いた銃創からはとめどなく血が流れ出ている。

 

 油断。

その2文字が男の脳をよぎり、男はパラパラと粉塵を落とすコンクリート製の天井を見つめる。

 

「俺、ここで死ぬのかな…」

 思えば必然なことだった。

この崩壊した東京では、明日を生きるにはまず食料と水が必要だ。

 しかし、コーラップスに汚染された川の水を飲むわけにも行かないし、もっと言うならそんな川に住んでる魚やそこらへんの野生動物を食うのは危険だ。

 

 ならば、既製の安全な食料を手に入れるしかない。

だから男は今の今まで、この壊れきった新宿で猟銃を携えて食料を漁り、時には略奪して生き残ってきた。

 

 いつもみたいに平和ボケした奴らに銃を突きつけ食料を奪うか運良く食料を漁るか。

 だが、今回は違った。

”商売敵”がいたのだ。

 

 日課の食料調達のため、デパートに入った男が食品コーナーに行った瞬間、突如銃声が男の耳に鳴り響いた。

 当然男もハーフライフルで反撃するが、脅しの道具でしか銃を扱ったことのない男の射撃の腕など素人同然であり、当たるはずもない。

 

 そして相手の銃弾が当たり、辛うじて逃げついたのが今男のいる廃ビルだった。

 

「うまく生きていけると、思ったのになぁ……やっぱ甘く、ねぇよなぁ」

 男は左手に握りしめていた、今日唯一の戦利品である子供用のビスケットを痛みに顔を歪めながら掲げると、これが最後の晩餐かと思わず苦笑する。

 

 すると男は愛銃の220Fを床に置き、デフォルメされた動物の顔がプリントされたビスケットの袋を痛みで震える指先で開けると、ゆっくりと右手を袋に入れてビスケットを掴み、それを乾いた口へと運ぶ。

 

 ビスケットをゆっくりと味わうかのように咀嚼すれば、じわりと小麦の甘さと粉糖の甘さが男の舌に染み渡り、空っぽだった男の胃袋を少量ながら満たしてくれる。

 

「うめぇ、うめぇ。畜生、畜生」

 ぽたり、ぽたりと。

ガラスのない窓枠の向こうで降り注ぐ雨のように、男の瞳から涙が溢れ出した。

 

 ーーー男とて、最初からこのような生活をしていたわけではない。

 第三次世界大戦が始まる時、男は単なるごく普通の中学生だった。

 

 コーラップスによる被害は聞いていたが、現在ほど東京も汚染されておらず、当時としては普通の生活を送っていた。

 だが、男の平穏な生活は終わった。

第三次世界大戦で父母は死に、身寄りがなくなった男に待っていたのは、先の見えない絶望だけ。

 

 それからは地獄だった。

単なる中学生のガキが多くの大人と競うかのように食料を集め、盗んだもので命をつなぐ。

 

 闇市もあるにはあったが、男はその当時そんなことも知らず、ただひたすら愚直に物を盗ることしか生き延びる術を知らなかったのだ。

 

 

 16年。

16年だ。第三次世界大戦が始まってからの16年間は男にとっての地獄だった。

 

 そんな地獄も終わる。

この湿気たビスケットを最後の晩餐にしながら、俺はゆっくりと死んでいく。

 

 医療品なんぞ持ってるわけがない。

持ってたとしても使い道など知らない。銃弾を抜く方法もしらないし知ってたとしても勇気を出せない。

 

 しょうもない人間だ。

本当に、しょうもなくてゴミみたいで、乞食以下の人間だ。

 

 でも、でも。

もしあの戦争さえなかったら、もしコーラップスなんぞが流れ出なかったら。

 

「パパ、ママ。俺、もっとマシになれたのかなぁ」

 ビスケットがもう無くなる。

それでおしまいだ。瞼を閉じて、あとは、ゆっくりと……ゆっくりと死ぬだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこのアンタ、なに男のくせに泣いてんの」

 声がする。

幻聴だろうか。ついに俺も失血死の寸前みたいだ。

 

「ねぇ、そこのアンタよ。そこのぼっろいジャケットのアンタ」

 幻聴が近付いてくる。

それと同時に俺の死も近付いてくるんだろう。

 

「なに無視してんの。生存者でしょ、アンタ」

 ぺちっ、と軽い衝撃を頬に感じた。

そこまで衝撃もなかったのだが、数年ぶりかの衝撃で、思わず仰け反ってしまい、目を開けてしまう。

 

「やっとこっち見たわね。改めて聞くけど、生存者?」

 そこに立っていたのは、銀色の長髪にベレー帽を被り、右目の下に水色の涙のようなタトゥーをしており、青と緑のオッドアイで、顔は相当に整っている高校生ほどの少女だった。

 

 だが、何より目を見張るのはその両手に携えたゴツい黒鉄色の銃……軍用だろうか?子供の頃したことのあるFPSで出てくるような品で、僅かに反り曲がった着脱式の弾倉が有り、照準器とフォアグリップのみが取り付けられているものの、その重厚感は俺のハーフライフルとは訳が違う。

 

「げほっ。せ、生存者ってなんだよ!」

「生存者は生存者よ。細かく言うなら、ああいうのになってない人間」

 思わずその威圧感で声が震えてしまうが、女は気にする様子もなく淡々と返事をし、窓枠の外を指差す。

 

 するとそこには、奇形に隆起した筋肉にところどころ皮膚が剥げ、白目でよだれを垂らし、まるでゲームの中にいるゾンビのような化け物がふらふらと徘徊していて。

 

「ひっ!」

「E.L.I.D。クソッタレなコーラップスに汚染されたらああなるのは知ってるでしょ。私はそういう汚染されてない人間を探してるわけ。…あと協力的な人間ね」

 E.L.I.Dになった化け物はどうやら俺たちのいる廃ビルの3階には気づいてないらしく、そのままふらふらと道路の果てへと通過していって。

 

「さっきあっちのデパートに行ったんだけど、残念ながら化け物じゃないのにそいつらは協力的じゃなくてね。弾を数発無駄にしちゃったの」

 直接的な表現ではないが、男にもその程度のことはわかる。

 殺したのだ。この女は。

あっさりと。俺が対抗できなかったやつらを。たった”数発”で。

 

「それで途方に暮れてたんだけど、たまたま見つけたのよ。血痕。それもご丁寧にここまで続いてるヤツ。アンタ、痛かったのは分かるけど、少し迂闊よ?」

「それで、どうするんだよ。お、俺を捕まえて何するつもりだ」

 見た目は普通の顔とスタイルのいい女だ。

サバゲーでコスプレしてんじゃないかってくらい。でも、そんな奴から普通硝煙の匂いなんてしない。

 

 こいつは俺なんて容易に殺せる。

手に持ったライフル銃で、頭をぶち抜いて、それでまた他の人間を探しに行くくらいはできるやつだ。

 

「そんなにビビらなくても、爪剥いだり目を抉ったりとかしないわよ。ただ私の言うとおりについてきてもらうだけ。それだけよ」

「ふ、ふざけんな。だいたい、お前何者なんだよ。政府の人間かよ!政府の人間だとしたら、わざわざ札幌くんだりからど田舎の東京まで来て、何するつもりなんだよ!」

 でも、俺だって拷問で殺されたくはない。

この女はこう言ってるが、どうせ俺は死ぬつもりだった。痛い思いして無惨に死ぬくらいなら、この女に一発撃たれたほうが何倍もマシなのは分かってる。

 

「そうね。政府の人間……いい着眼点ね。でも、ちょっと違うわ」

 女はわずかに微笑むと、ガチャリと銃を両手から右手に持ち帰ると、俺に顔を近づける。

 

「私は政府の"人形"さんよ。I.O.P製第二世代【独立型】戦術人形HK337。それが私の名前」

 戦術人形。

聞いたことはある。人間の形をして、AIを使って自分で考えて、行動するアンドロイド。そして自分の持っている銃と繋がり合って、その銃自体の化身みたいになるSFチックなやつだ。

 

「本当に、何もしないんだな?」

「用心深いわね。大体世界でもあまちゃんな日本政府の人形が拷問なんてするわけないじゃない」

「だけど、お前は協力しないやつは殺したんだろ!」

「語弊があるわね。確かに殺したわ。だって日本は専守防衛だもの。銃を撃たれたら撃ち返すのが礼儀じゃない?」

 女……HK337はニコニコと不気味に笑いながら、俺の言葉にまるで文章が事前に用意されていたかのように返事をしていく。

 

「それにアンタ。腹に一発撃ち込まれてるじゃない。言っておくけどソレ、正真正銘剥き出しの鉛よ。放っておいたら徐々に傷の周りからスポンジみたいに腐っていって、蛆が湧きながら死ぬの。拷問と同じくらい辛いんじゃないかしら」

 そういってケタケタと笑いながら、俺の傷がこれからどうなるかをまるで予知してるかのようにHK337は説明していく。

 それを想像すると、更に痛みが強くなって、思わず吐きそうになってしまう。

 

「でも良かったわね。私についてきたら治せるわよ。まぁアンタが死にたがりなら別。今ここでその頭を撃ち抜いて介錯するくらいはしてあげるけど……どう?」

 そしてHK337は自身の本体とも言えるライフルをこんこんと空いた手の甲でノックをするように叩くと、俺に選択を迫る。

 

 死ぬか、生きるか。

死ぬか……生きるか。

 

 ーーーーこんなクソッタレな世界でも。

どうやら神様ってのはいるらしい。

 

 自分でヘマこいて死にかけてたやつに、生存選択を与えてくれる神様ってのはなんて優しいんだろう。

 そうだ。この世界は、この地獄の底みたいな世界は。

まだ終わっちゃいない。

 

 

「分かった、ついていく。その代わり、お前の言ってることが違ったら……俺は舌を噛み切ってでも死んでやる」

「了解したわ。あぁ、そうね。アンタの名前聞くの忘れてたわ。教えてくれるかしら?レディの自己紹介を聞いておいて、自分だけ教えないっていうのは礼儀知らずよ」

 

「俺の名前は……」

 

「城井葵。これからエスコート頼むよ、お嬢さん」

 




 HK337
416のAIと素体をベースに作られた戦術人形。
 マルチロール性能を試すための試験機として作られた経緯があり、試験後は日本国へと売却された。
 
 416と瓜二つで口調も似ているが、目下の刻印の位置が左右反転しており、色も違う。また、目の色が左右オッドアイである。
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