アライさんマンション・二次創作   作:たつおか

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某所のメリーあきさんより、挿絵をいただきました。
作中の【挿絵表示】 をクリックして表示されます。

本当にありがとございましたー♪





【 繁殖場 】

 エレベーターのドアが開くと──眼前に広がったものは水の光景だった。

 その眺めはさながら『水中』といってもいい。水族館の水槽さながらにドアとの境界で水が分断され、その透明な断面を俺達の目の前に晒しているのだ。

 

 このマンション特有の場というか力の影響により、水がエレベーター内へ侵入してくる様子は無い。

 俺達はここから、エレベーターの先の青き世界を眺望した。

 

 見渡すその世界は何処までも広く、そして眩くも澄み渡っていた。

 その中を泳ぐ数匹の魚影を確認するにまさに水族館だ。初夏の蒸し暑さも手伝ってか、そこのもたらす清涼感にしばし俺達は時を忘れて見入る。

 しばしして、

 

『なぁ、入れるんじゃないかココ?』

 

 突如として相棒がそんなことを言う。

 語り掛けながらもその視線は水中廻廊の中一点に注がれており、その眼は素早く動き続ける魚の動きを目で追っていた。

 フレンズとしての狩猟本能がそうさせるのか、彼女は先ほどから魚の存在が気になって仕様がないようである。

 

 しかしながらと俺は再び目の前の回廊に目を戻す。

 目の前のそれは見た通りの状況である。

 怪異以前に水中へなど入ってはいけない。呼吸が続かないからだ。

 そう、思った通りに伝える俺に対し──

 

『ハハハ、行ってみる。ヤバかったらすぐに引いてくれ』

 

 いつの間にやら腰元へロープを巻き付けると、その一端を同じくに俺の体へと巻き付ける相棒。

 当然ながら俺も制止するが、もはや完全に興奮状態へ陥っているオオカワウソにその言葉は遠い。

 やがては飛び込むようにして──彼女は目の前の水面へと身を投じた。

 

 まるでそこだけ重力が反転しているのかのよう、彼女の潜水に合わせ、水平方向直角に水しぶきが上がる。

 しかしながら見守る水中廻廊の中、相棒はエレベーター内の重力と同じように直立した。

 最初の頃は未踏破の階に警戒をしている風でもあったが、周囲に危険となる仕掛けや怪異が無いと判断するや、徐々に彼女の動きは活発さを増していった。

 

 地を蹴り飛翔するかのようにして水中へと舞い上がる。

 身を細く流線形に保ち、大きく背を反らせては水中で弧を描く相棒の姿には、野生動物が持ち得る生物としての美しさがあった。

 

 ──と、その姿に見惚れていた俺ではあったが、相棒がここに潜ってから既に数分が立っていることにも気付く。

 元より水棲のフレンズゆえに潜水時間には自信があるのだろうが、いかんせん興奮状態の時の相棒は我を見失いがちだ。

 一度戻ってくるよう手元のロープを手繰ると、一・二度引いてやっては帰還を促す。

 

 それを受け、水中を泳ぎ続けていた相棒もあからさまに不満の表情をこちらに向けるや、しぶしぶといった体で戻ってくる。

 再び大きく水しぶきを上げてエレベーター内に戻って来るや、相棒はその中で大きく身をふるっては髪の飛沫を散らした。

 

「大丈夫か? 苦しくは無いのか? ずいぶん潜ってたぞ」

『んー……大丈夫。っていうか、たぶんお前も平気だ』

 

 声を掛ける俺を横目にペットボトルの飲料を一息に煽るや、大きく息をついてから相棒は俺の手を取った。

 そして、

 

『今度は一緒に行こう!』

 

 思わぬ提案をする。

 当然のことながら困惑した。

 

 今の水中廻廊は確かに興味深い場所ではある。

 知的好奇心はもとより、純粋にこの澄んだ水に入ってみたいという気持ちも確かにはあるが……それにしたって現実問題の方が俺には大きい。

 所詮はヒトであるところの俺にとって、この中での滞在時間など一分にも満たないものであろう。その一時の為に装備を濡らすデメリットに俺は入水を躊躇したのだ。

 

 しかしながら相棒は強気だった。

 

『いーから来いって! ぜったいにたのしーから♪』

 

 ついには両手を引かれ水面へ引き摺り込まれそうになり俺も覚悟を決める。

 何事も経験か──と割り切り、背にしていた荷物を下ろしエレベータードアの隙間にくさびを挟み込んでは、コレが動き出してしまわないように固定する。

 

「最初に言っておくけど、俺はお前ほど息が持たないからな? ヤバくなったらすぐに戻してくれよ」

『ハハハ、大丈夫だいじょうぶ! きゆー、きゆー♪』

 

 どこで覚えたものか「杞憂」などと言いながら、俺の手を取った相棒は水面へと歩み進んでいく。

 やがては彼女が完全に水の壁の中へと沈んでいき、俺の手もその中へと入る。

 水の冷たさにその一瞬体がこわばったが、徐々に水中へ進んでいくと──やがては俺も全身を水中廻廊の中へと投じた。

 

 頬を膨らませ、これ以上になく腹筋を固くしては水中で身をこわばらせる。

 やがてその息は三〇秒も持たずに限界へと達し、息継ぎに来た道を戻ろうとしたその時だった。

 

 相棒が──強く俺の手を引いた。

 

 その行動に俺自身も目を丸くする。

 呼吸が続かないことはあちらとて分かっているはずだ。

 このままでは窒息してしまうことを身振り手振りで伝えるも、俺とは対称的に落ち着き払った相棒は、口角を大きく吊り上げてはニヤニヤと俺の慌てふためく様を見守るばかり。

 

【挿絵表示】

 

 やがては限界に達し、いよいよ以て俺の肉体は本能的に息継ぎをしようと肺を痙攣させる。

 

──なにを考えてる!? このままでは本当に死ぬぞ……もしや、すでに怪異が相棒の精神を侵食してしまっていたか……!?

 

 取り留めなく考えながらもがいていると、やがては耐え切れず肺の中の空気を吐き出してしまう。そして次なる反射として、肺は呼吸器から水を吸い上げた。

 体液とは浸透圧の違う水による鼻腔の鋭い痛みと、喉や肺を圧迫される苦しみを覚悟した次の瞬間──

 

『ハハハハ、大丈夫だってば♪』

 

 水中に、澄んだ相棒の声が響いた。

 同時に……吸い込んだ水は、まるで地上の酸素と同じように抵抗もなく肺へ充満しては正常な呼吸を俺にさせた。

 

「……? あ、あれ……?」

『な、大丈夫だろ? ここ、息できるんだ』

 

 再びの相棒の声に、俺も彼女の方を向く。

 さぞ間の抜けた顔をしてたことだろう。それを見てさらに相棒は得意げに続けた。

 

『この水、息が出来るみたい。さっき潜った時に二秒で気付いた。普通の水と違うからな』

「そういうものなのか……俺には違いが分からないよ」

 

 改めて自分を取り巻く水の感触を確かめる。

 言われる通り呼吸は出来ているようだがそれ以外はやはり、自分のよく知る水と変わらないように感じられた。

 この中における軽減された重力や、一方で体にかかる抵抗や負荷も、プールや風呂に浸かった時のものと似ているように思える。

 しかしながら──

 

「……たしかに悪くないなコレ」

『だろぉー? ハハハハ!』

 

 何にも増して、この澄んだ美しい世界の中を満喫できるという充実感は何物にも代えがたい体験だった。

 

 それからのしばしを、俺達は水中廻廊の探索に費やした。

 とはいえ今の無重力の中を相棒と一緒に泳いだり、はたまた潜水法を教えてもらうなどといった時間の過ごし方はもはや、探索というよりは余暇に近い。

 事実俺達はこの一時を満喫していた。

 

 同時にこの空間に俺たち以外の生物もまたいることを確認する。

 それこそがここへの入水前、エレベーター内からも確認できていた魚達だ。

 

『ハハ、「ぼっこ」だなコレ』

 

 ここで言う『ぼっこ』とは、このマンションに生息する特有の魚である。

 淡水魚のそれはニジマスに似た斑模様を背負った魚で、癖のない肉質は鮭に似た味わいを持っている。

 マンションにおいては地下駐車場の一角にある水たまりで釣れることから入手がたやすく、釣り上げたこれを販(ひさ)いでは生計を立てている者すらいる。

 

「だとするとこの場所はあの地下駐車場に繋がってるんだろうか?」

『かもな。ハハ、ここに来ればもうぼっこには困らないぞ。儲けた!』

 

 眼前を横切るぼっこを捕まえてはポケットに詰める相棒をよそに、俺の思考は何故にこの「ぼっこ」がここへ集結しているのかをつい考えてしまう。

『生息域なのだから』といわれればそれまでだろうが、餌らしい植物も見当たらないこの一か所にこうまで魚たちが集まっていることには何か理由があるような気もしたのだ。

 とはいえしかし、それが解明されるにはまだ少しの時間を要しそうだ。

 これに関しては今後の研究案件とし、水中散策へ復帰しようとしたその時であった。

 

 ふと胸元に苦しさを覚えた。

 

 しかしながらそれは、臓器不全による内面的なものではない。もっと表面的な窮屈さだ。

 さながらサイズの合っていないシャツを着こんでいる時のような違和感にふと胸元を見下ろした俺は──我が身へ起きているその変化に戦慄を覚えた。

 

 首筋から下の胸元は胸部周辺の肉がむくみ上がり、シャツの襟元から膨張した肌を溢れ出させていた。

 その初見に戸惑うも暫ししてそれが、自身の乳房が凝縮されているのだと気付く。

 慌てふためくあまり詰襟のボタンを解き、その下の肌着を下からまくり上げて全面を解放するとそこには──たわわに実った両乳房が水中に浮き上がった。

 

「なッ……なんだぁ!?」

 

 驚愕のあまり思わず叫ぶ。

 その声に反応して相棒も振り向くや、

 

『おぉ! オッパイ!』

 

 一方で相棒は大きく目を輝かせた。

 すぐさま俺のそばにつけるや、その乳房を両掌ですくい上げては揉みしだく相棒。

 

『ハハハ! いーなぁ、ボインボインだ! どうしたコレ!?』

「どうもこうも分からんよ……気付いたらこんなのが付いてて……」

『……ん? お前、顔の形も少し変わってるぞ。ヒゲ取れてる』

 

 会話するべくに目を合わせた相棒はそう告げては小首をかしげた。

 その報告にさらに俺の不整脈は強くなる。

 

 腰元のバックパックを探ると、そこに収納していた折り畳みの手鏡を取り出す。

 本来は通路の死角を確認したり、はたまた救助を求める際にはこれへ光を反射させる目的で持ち歩いていたものだが、まさか自身の容貌を確認するために使用するとは思いもしなかった。

 

 恐る恐る覗き込むそこには──『女』がいた。

 セミロングの緩くウェーブがかった金髪と青い瞳の面相はどことなく母に似ている……そしてそれこそは、今の変質した自分の顔であることもまた自覚できた。

 突如として膨張した乳房と無精ひげが抜け落ちて唇の厚くなった面相……おそらくは生殖器にもこの変化は現れていることだろう。

 

 以上を踏まえるに今の俺は──性転換が成されていることが分かった。

 

 となると更なる疑問が生まれる。

 それを確認すべく、未だに俺の乳房を揉み続けていた相棒を引き剥がし自分の前に立たせた。

 

『な、なんだ?』

 

 訝しがる相棒を頭からつま先まで観察する。

 元より中性的な見た目の相棒には、傍目から確認できるような肉体の変化は見られなかった。

 がしかし──数刻前の相棒とは確実に違う『決定的なその変異』を見つけ、俺は深くため息をつくのだった。

 

 相棒の下半身、前面の股間一点が盛り上がっている──言わずもがな、勃起していた。

 

 さすがに服を脱がしてまで確認することは気が引けて、装備越しにその先端をさすったり握ったりで確認する。

 

『あ、あぁッ!? なにコレぇ? むず痒い……ッ!』

 

 薄布一枚越しに形を確認するそこには、触り慣れた男性生殖器の特徴がありありと見て取れた。

 以上を踏まえるに俺達は、この階において『性転換』──いわゆる『トランス・セクシャル』の変化を果たしていたのだ。

 

 そうなると思考は、当然の如くにこの変化が起きた理由へと向かう。

 俺はこの怪異に、他所の階層では見られない違和感を覚えていた。

 

 それこそは、この怪異には他の場所で観られるような作為や悪意が全く感じられなかったことだ。

 たしかに特異な変化ではあるが、むしろ怪異というよりはこれは、仮眠室や複製階のような単なる『装置』の様な印象を覚えた。

 

「ならば……どういう目的がここにはあるって言うんだ?」

『はぁはぁ……もっとさわって……もっとさわれってー♡』

 

 すがりついては体を押し付けてくる相棒を抱いたまま視線を巡らせた俺の視界に、ふと『ぼっこ』の姿が目に移った。

 同時に俺の脳裏には、ある仮説が閃く。

 おそらくは正解と思しき仮説……それこそは、

 

「そうか。ここは、ぼっこ達の『繁殖場』だったんだ」

 

 ある種の魚には、繁殖期に性転換をする種がいる。

 それは様々な環境を生き抜いてきた魚達が、最後の繁殖において雌雄の比率を調整する為に行われる変化であり、そのメカニズムについては解明されていない部分もまだ多く残されている。

 さしずめこのマンションにおいては、この階こそが雌雄の調整をする場であるのだ。

 

「おい、急いで帰るぞ。ここに留まってたら危険だ」

『ふえ……? なにがぁ? それよりもっと触ってぇ………』

 

 相棒に声掛けするも、すっかり腑抜けてしまっている様子からはまともなコミュニケーションが取れるような状態ではなくなっている。

 気が付けば相棒の下一点を握りっぱなしだったことにも気づいた。

 

「後にしろ! もしかしたら、もう取り返しがつかなくなってる可能性だってあるんだ」

『ハハ……くらくらする……』

 

 俺を背負うや、相棒は矢の如きに水中を泳ぎ進んだ。さすがはオオカワウソの面目躍如といったところか。

 瞬く間にエレベーターまで辿り着くと俺達は飛び込むように箱の中へと戻り、再び元に戻った重力にしばし潰されながら大きく息をついた。

 

 支えるよう背後に両腕をついては、斜にした自分の体を見下ろす。

 依然として肌着のTシャツを角ばらせるように凝縮された乳房は元に戻っていない。

 加えてパンツの中においても尻周りの窮屈さは拘束衣さながらだ。

 

「……元に戻れるんだろうか?」

 

 結局はまだ、なんの問題も解決していないことに俺はため息をつく。

 

「帰りに仮眠室に寄っていこう。まずは長く廻廊に居たお前からだな」

 

 そうして帰路に就こうと立ち上がったその時であった。

 突如とし、正面から相棒に抱きつかれた。

 身長差から、相棒は俺の乳房を頭に乗せるような姿勢となる。

 そして俺がその行動の意味を問い質すよりも先に、

 

『帰ろう! 早く帰ろう‼』

 

 顔を上げた相棒は興奮も露わに鼻息を荒くしながらそう告げてくるのだった。

 

「いや……体とかこのままじゃマズいだろ。まずは治してから……」

『ダメ! このまま帰る! はやく帰る! はやく‼』

 

 激しく興奮しているであろう様子は傍からも痛いくらいに伝わってくる。

 最初はなぜにこうなってしまっているのか理解できなかった。……がしかし、相棒がこれに似たテンションになる瞬間を思い出して俺も困惑を覚えずにはいられない。

 

 忘れもしないその瞬間とは、二人の閨事──ということは今、牡の体となった相棒は発情してしまっているということになる。

 ……そしてその相手はよりにもよって俺に、であるのだ。

 

「お前……マジか?」

『ハハハ! マジ! だから早くしろ! オッパイ吸わせろ! ハハハハ!』

 

 よもやこんな結末になるとは思いもしなかった。

 あの『繁殖場』は牡を元気づける効果もあるのかもしれない……そんなことを考えながら、俺自身も困惑と混乱の極みにある自分をどうにか落ち着かせようとする。

 

 やがてはエレベーターのドアを閉じて俺達は帰路につく。

 3日後に体は元に戻ったが──俺達は一足早い夏バテに見舞われて、しばし寝込む羽目となった。

 

 

 

 

【 終 】

 

 

 

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