公言していた『ギャグ』内容にはならなかったので、いつも感じで緩く読んでいただけると嬉しいです。
その光景は今までに遭遇したことも無いような……否、ブラウン管越しにおいては幾度となく目撃し、そして体験しているものではあった。
エレベーターの扉が開け放たれるや箱の中に雪崩れ混んでくる無数の掌──しかもどれもがひどく欠損していて、所々に尺骨が露出、あるいは穿たれた傷口から肉の断面を覗かせたそれらは、明らかに『死者』のものであった。
そう……この光景こそはまさに、
『は、ハハハー!? ゾンビ!? ゾンビだこれ‼』
期せずして俺と相棒の思考が重なった。
しかしながら衝撃の理由は、そんなゾンビの襲来だけではない。
よりにもよってこの箱に詰め掛けてきている者達というのがまた……
『は~は~は~……お~きゃ~くぅ~……』
『に~く~……!』
華奢な小柄の体躯に、黒の毛皮を持つフレンズ達──目の前に迫るゾンビ達は皆、『オオカワウソ』達の成れの果てであった。
何故に大量のゾンビがこの階に集中しているのかは元より、何故にそれが皆オオカワウソであるのかを脳が処理しきれずに、俺達は迫りくる脅威に対してもただ立ち尽くすばかりであった。
そして瞬く間に伸びてきた手の平に胸元をワシ掴まれるや我に返る。
瞬間的に相棒を背後に隠し、庇うように俺は間に立つと全てのゾンビ達の掌握を一手に引き受ける形となった。
この逆境に対しどうしたのかと思考を巡らせたのも束の間、脛に鋭い痛みが走った。
見下ろせば地を這ってきていたオオカワゾンビの一匹が俺の足にかじりついている。
すぐに足を引きそれを振り払う。見る間にスラックスの裾へ放射状に血が滲んでいく光景に俺は蒼ざめた。
傷自体は深くは無い。その表皮の数ミリ下を例の牙が僅かに穿いただけだ。しかしながら俺の脳裏には、そんな傷の大小ではないとある深刻な懸念が生れていた。
さらには矢継ぎ早に俺へと群がるオオカワゾンビ達……
「ッ!? ぐうぅ……ッ‼」
ついには後方から押し掛けるゾンビ達でエレベーターの内部は飽和状態となり、密接していた数人の牙が俺の肩口や胸元に突き立てられた。
こうなってしまってはもはや振り払うことも叶わず、俺はゾンビ達のエサとなるべく、生きたままに齧られ続ける。
『は、離れろぉ! 離れろコイツら‼』
そんな俺の背後では相棒がいつになく深刻な様子で前面のゾンビ達に向かい声を張り上げる。
どうやらまだ相棒にはゾンビ達の手は及んでいないようだ。
一方で俺は自分が既にあらゆる面でもう救いがないことを悟り、後は自分の最後の仕事を果たすべくに全身へ力をみなぎらせる。
「お、おい! 俺の背中にしっかりくっついてろよ! ここから出るぞ‼」
『ハ、ハハ!? わ、分かった!』
もはや齧られることも意に介さず両腕を前方へ伸ばすと、俺は渾身の力を足元に掛けては、その両手にゾンビ達を抱え前進を始めた。
元より四肢に踏ん張りの利かないゾンビ達は、数こそ揃ってはいても押し戻される力の流れに対し抗すること叶わず、反動からバランスを崩してはバタバタと背後に雪崩れ倒れた。
俺も最後の力を振り絞り、さらにそのまま前進する。
倒したゾンビ達を踏み越え、泳ぐように伸ばした両手で人垣をかき分け進むと──俺達は飛び出すようにエレベーターの外へと出た。
後は逃げの一手である。
「走るぞ!」
『ハハハ、了解!』
俺達は飛び出した廻廊の周囲確認もそこそこに、ただやみくもに走り続けた。
それからどれくらい走ったことだろう──突如として腿に痙攣を起こすや、俺はつんのめるよう派手に転ぶ。
すぐさま追いついた相棒が俺の肩を担ぎ上げては抱き起し、近くの壁面へと背をもたらせた。
『大丈夫か? ……なあ、なんか言え!』
心配のあまり大きくなる相棒の声もしかし、ひどく遠くに聞こえた。
視界にも赤い霧のような膜が眼球を覆い始めていて、いくら目頭をこすってもそれが鮮明になることは無い。
意識もまた眠りに落ちる直前の時のように途切れ途切れとなっていた。
おおよその予想通りというか……やはり最悪の事態に陥ってしまったらしい。
「はぁはぁ……き、聞け……」
もはや呂律すら怪しくなってきている声の震えを御しながら、俺は意識のあるうちに自分の考えと今後とを相棒に伝えようとする。
「ゾンビ映画……知ってるよな? さっきのゾンビ達に、嚙まれて……俺も、そうなりつつあるらしい」
『ハァ? ゾンビぃ? マジか!?』
「このままじゃ……じきに、俺もゾンビだ……お前だけは、逃げろ……」
言いながらポケットを探ると、俺は財布とスマホ、さらには攻略の際に持ち歩くメモ帳とを押し付けるよう相棒に渡す。
『おまえはどうすんだ?』
手持無沙汰に俺の遺品となるであろうそれらを胸に抱いたまま、相棒はそんなことを尋ねてくる。
「………ここで、ゾンビに、なるんだろう、な」
そしてそれに応えながら俺達は、これが今生の別れとなるであろうことも察していた。
『仮眠室』も『複製階』も、その使用には復活あるいは再生させるべき『媒体』が存在しなくては機能しない。
今ゾンビに成り逝くある俺とあっては、そのどちらに運んでもらうことも到底不可能だ。
ならば相棒だけが今は逃げて、後日俺を迎えにくる方法も取れなくはないが、それもまた成功の可能性は0に近いように思える。
まずはそもそものこの階の番号が分からない。
加えて今も数分以上を走り続けた此処は、俺達が想像する以上に広大なようだ。
救出の準備をしている間にゾンビと化した俺がそんな場所を徘徊すれば、再びエンカウントできる確率などは不可能に近い。そうでなくともこの階には俺以外のゾンビが複数いる。
『…………』
いつしか俺を見下ろす相棒の顔からは一切の表情が消えていた。
どんな状況においても不安な顔を見せないところは何とも相棒らしい。そのことに場違いにもおかしくなって、俺は少し笑った。
「げ……げんき、でな………」
そうして別れの挨拶をし、再度相棒に脱出を促そうとしたその時であった。
相棒は胸に抱かえていた俺の小物の全てを落として立ち上がる。
そのまま走り去るのかと思いきや、相棒は身を前屈(ぜんくつ)させて俺の顔前に鼻先を突き付ける。
『……なあ。ゾンビ映画、知ってるよな?』
冒頭に俺が語り掛けたものと同じ問い──その思いもよらぬその問いかけに、戸惑うばかりの俺ははただ相棒を見つめ返す。
『ゾンビに感染するのってな、噛まれるだけじゃないんだぞ? ゾンビの汁とか飲んじゃっても感染(うつ)るんだ』
思わぬ発言の意図を問うよりも先に、相棒は俺の腹の上へ互いの体を直交させるよう横向きに座り込む。
そしてそこから両手を広げ俺の首根を抱き寄せるや──
「んッ……んん!?」
『…………』
深く口づけを交わした。
ほとんど体温と感覚が無くなりつつある俺の口中に、侵入してくる舌先の粘膜と暖かさがジワリと広がる。
──な、なにをしてる……!? こんなことしたら、お前も……!
キス前に相棒が語り掛けたことの意図を察し慌てふためくも、既にゾンビ化が進んで力の入らなくなった肉体では、そんな相棒を振り払うこともできない。
俺の口中を泳ぐ舌先は、頬の粘膜から唾液をかき集めては自分のものと混ぜ合わせ撹拌し、そうして互いの口中を行き来した体液を相棒は喉を鳴らして飲み下す。
こんな状況だというのに相棒からなされるその行為はまるで、一日の終わりに互いを求め合う『あの行為』を模しているようですらある。
斯様にして、為されるがまま俺は相棒に貪られた。
滑稽にもゾンビが生者に貪られているのだ。
しばしそうして俺の唇を堪能するや、ようやくに相棒は身を離し再び俺と視線を交わした。
その顔は先の無表情とは一変し──
『ハハハ……これで、いっしょ。もう死んでも離れられない』
嗤っていた。
いつものあの、下瞼を持ち上げた不敵でイタズラっぽい笑みだ。
そして再び俺の胸板に身を預けては抱きつくとそれ以降、相棒が何かを発することは無かった。
思惑通りに相棒もまた感染し、俺達は緩やかに生ける屍として再生を果たしていくことだろう。
そんな相棒を胸に抱いたまま、俺は想像する。
永遠に満たされぬ空腹を抱えることとなった二個の肉塊──そんな怪異としていつまでもこの場所の徘徊し続ける自分達の姿を想像しては、
──なんて素晴らしいのだろう
まんざらでも無く思えては、俺も相棒を抱き返して眠りにつくのであった。
【 続 】