アライさんマンション・二次創作   作:たつおか

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【 ゾンビ階・3[完結] 】

 

 かつて『人間』であったその男は今、緩慢に頭を揺らしながら足元を見ていた。

 

 腐敗から眼筋の緩んだ眼では一点を集中して見つめることが難しく、幾度となく頭の角度を変えては眼球を求めるものへ向くように調整しなければならない。

 

 男は生きる屍であった。

 

 精神的支柱の喪失といった比喩ではなく、鼓動も脳波も、男のあらゆる生体反応は全て停止している。

 それにもかかわらず、この男が生者同然とは言わずともこうして自立歩行し、なおかつ嗜好品を愛でるだけの精神力を残しているのは、この階の怪異によるところが大きかった。

 

 いま男のいる階は、そんな怪異がまかり通る場所だ。

ここで死亡した者、あるいは特定の経路を得て感染した者は、いわゆる『ゾンビ』といった存在に変貌しこの階を徘徊することとなる。

 

 かくいうこの男は生前、『攻略勢』としてマンションを探索していた者だった。

 ゆえにゾンビと成り果てた今もそんな生前の嗜好から、物珍しい物体や現象を発見すると観察せずにはいられなかった。

 

 しばし足元の錆びた機械部品を観察していた男は難儀してしゃがみこむとそれを拾い上げる。

 そうして顔のすぐ前にそれをかざし、さらに入念に観察する男へと、

 

『ハ~ハ~ハ~……な~に~……み~て~る~……?』

 

 何者か第三者の声が掛けられた。

 それに反応し緩慢に振り返れば、傍らには同じくにゾンビ化したフレンズの雌が一匹立っていた。

 

 こちらも男同様にゾンビ化して久しい様子で、右肩に傾いた座りの悪いた首が、喋ったり動いたりするたびに大きく旋回した。

 男もその雌の存在を見止めると改めて向き直り、雌の頭を両手で包んで持ち上げると環椎に嵌め直し、元の首の位置に戻してやる。

 

『ハ~ハ~……も~と~に、もどっ……たぁ~』

 

 首の座りが良くなるや、視界が正常に戻ったことへ笑いを上げるその雌──彼女は元・オオカワウソのフレンズであった存在だ。そして男にとっては、生前にコンビを組んでマンション攻略に当たっていた、謂わば『相棒』である。

 

 図らずもパートナー共々この階でゾンビ化を果たしてしまった訳であるが、生前の良好な関係はゾンビ化した今となっても解消されることはなく、依然として二人は行動を共にしていた。

 

「こ~れ~……なんの~、ぶ~ひ~ん~、だぁ?」

 

 一方で男は先ほど拾った鉄塊を相棒の前にかざす。

 相棒もそれを受け取り視軸の定まらぬ眼球の前で二転三転させては眺めるも、やがてはまったく理解できずに男へと押し返す。

 

『し~ら~な~い~。……そ~れ~よ~り~、も~すぐ~、メ~シ~だぁ~……』

 

 言いながら男の手を取ると、相棒は引きずるように先だって歩き出す。

 

 今ふたりがいる場所は、ゾンビ達の間でも『食堂』として認知される場所であった。

 

 屋内野球場を思わせる広大な敷地内にはすでに何十ものゾンビ達が集まっている。

 そのほとんどはオオカワウソではあるのだが、時折りその中には男のような元・人間やはたまた……

 

『ん~あ~……フェ~ネ~ックぅ~……て~が~と~れ~た~、の~だあ~』

『ありゃ~。またやってしまったねぇ、アライさ~ん』

 

 オオカワウソとは別のフレンズも幾人か見受けられた。

 

 そんなこの階のほとんどのゾンビ達が集う理由は、『食堂』の呼び方からも分かる通り此処が、定期的な『食事』の提供が為される場所であるからに他ならない。

 部屋の天井に近い上部には幾本もの巨大なダクト菅が垂れ下がっており、しばしして部屋全体が重低音を伴い振動し始めたかと思うと次の瞬間──件のダクトからは、大量の土砂を思わせる何かが吐き出され始めた。

 

 床に落ちて飛沫を散らせるそれらは、ミンチ状にされた何者かの血肉であった。

 

 たちどころに鮮血と肉片に満たされる一室はこれ以上になく猟奇的な光景ではあろうが、ことゾンビ達にとっては新鮮な食料を堪能できる極上の『食堂』この上ない。

 男と相棒も肉片の山の一角に陣取ると、今日の食事をありつくのであった。

 

 この場にて定期的に提供される肉片は、そのほとんどがフレンズのものと思われた。

 肉片の中に衣類を思わせる毛皮が混入しているのだが、何故か『オオカワウソ』と思しきものが多く見受けられる。

 

 そしてそれを決定づける事象もまた、すぐ目の前で発生する。

 

 突如として肉塊の一部が蠢いたかと思うと、

 

『……ッう、うぅぅ……ハハ~……?』

 

 今しがた吐き出された血肉の中から新たなオオカワウソのゾンビが起き上がってきた。

 察するに、ほとんどの者がミンチにされる中において、原形を留めたオオカワウソに限ってはこの場にてゾンビに転生を成すというのがこの階の怪異であり役割でもあった。

 

 そうして今また、新たに生まれたオオカワゾンビを眺めながら、

 

──このオオカワ達はどこから送られてくるのだろう……?

 

 漫然と食事を続けながら男は考える。

 すでに腐敗が進んでしまっている脳細胞であっても、斯様な疑問と探究の芽は依然として男の中には芽生え続けていた。

 

──あのダクトはどこに繋がっているんだろう? 大量のオオカワウソが処分……あるいは『製造』される場所なんてどこにあるだろうか?

 

 オオカワウソの大量消費あるいは製造──と思いつき、自分の思考にふとひらめきを感じる男。

 確かに自分は知っている……それを可能とする場所があったことを。

 

しかしながら、

 

「……ん~? お、し~ん~ぞ~……おまえ~、す~き~だ~ろ~?」

『ハハ~……♪ す~き~……♡』

 

 ふと食事の中に「心臓」をみつけ、男はその部位を相棒に与えることで頭がいっぱいになってはすぐに前の思考を忘れてしまう。

 もはや先の疑問を再び思い出せるかどうかも怪しい……尽きぬ探究心とは裏腹に、脳細胞の腐敗と損傷は、男の思惟をとりとめなくさせてしまうのだった。

 

 

 しばし各々が食事を続けるとあれだけ広間に溢れていた肉塊は綺麗に無くなってしまい、場に介していたゾンビ達も三々五々に散っていった。

 

 後は男と相棒だけが残されるばかりとなり、自分達もそこを立ち去ろうとしたその時──男はある者の存在に気付く。

 

 最初それを『ヒト』……あるいは『フレンズ』と認識することが男には出来なかった。

 暗がりの彼方で前傾姿勢に身を屈め、両手を所在なげに垂らしたその姿──頭部に灯る二点の赤い光と相成っては、その者に対しどこか『虫』のイメージを抱いたからだ。

 

 しかしながらよくよく観察するにそれは人型であり、紛れもない何か『フレンズ』であると判明した。

 そこまで分かると更なる興味が男の中に生まれる。

 食事以外の目的でこんな場所にいるそれが何者であるのかと、その正体を探るべくに男は彼の人物へ歩み出していた。

 

『ん~……? ど~こ~い~く~?』

「あ~れ~……だれだ~?」

 

 後について尋ねてくる相棒に男も目指す先の人影を指差す。

 しかしながら男同様の滞在期間しかない相棒がその存在を知るはずもなく、結局は直接確かめる以外に方法はない。

 

 しばし歩き、ついに互いの姿形が鮮明に確認できる距離まで近づいたその時──

 

『……んん、オバケちゃん? 近づいてきた? うん、そう。私に興味持ってるみたい』

 

 そのフレンズもまた、男と相棒の存在に気付いては視線を向けた。

 

 暗黄緑地のパーカー然とした毛皮に濃緑の横縞が幾重にも並んだ毛皮のフレンズは、どこか間延びした声で語り掛けてきた。

 緩慢とした言動ではあるものの、見たところゾンビではないらしい。

 俵型の巨大なデイパックを腰に負い、両の前足はその先端が焼き焦げたかのよう黒く染め上げられている。

 

「あ~……あんた~、だ~れ~だ~?」

 

 多少不安定な印象を受けるものの、意思の疎通が図られそうなその様子に男も話しかける。……が、その半面では言いようもない違和感もまた感じていた。

 それこそは、目の前のフレンズに一切の『食欲』が刺激されないことにあった。

 

 ゾンビに身を窶してからというもの、ここを訪れる生者は種の差別も無く皆『肉』であった。

 事実、生者から感じる生命力には抑えようもない食欲を感じてはいたが、目の前のこのフレンズに限ってはそれが全く起こらないのである。

 そしてそれは相棒も同じらしく、

 

『ハハ~……コイツ~……なんか~、へ~ん~だ~……』

 

 その違和感と、伴って生じる不信感とを隠しもせずに男へと伝えた。

 

「私が変? おかしいの? ふふ、変だって。でも話しかけてくるなんて珍しいオバケちゃんだねぇ」

 

 相棒の言葉に応えたものではあるのだろうが、どうにもこのフレンズとの会話は要領を得ない。

 彼女の話しぶりはそのことごとくが自己完結していて、例えるに存在していない『もう一人の誰か』を想定してそれと会話しているような印象を抱かせた。

 

 とはいえそれをゾンビである自分がとやかく言えた立場ではない。実際のところ、そんな違和感も最初だけで、すぐに男は原初の疑問をかのフレンズへとぶつけていく。

 

「あんた~……な~に~も~の~……だ?」

「私? そういや私ってなんなんだろうね? 分かる? 知らないか~。そうだよね、私が知らないんだから知らないよね」

 

 またしても自分一人で笑いだしているフレンズを前にただ男は納得のいく返答を待つばかり。

 やがて、

 

「私はね、宝さがしとかしてるの。でもこの場所は違くて、ここに集めてあげた可哀相なオバケちゃん達の様子を見に来てるんだ」

 

 以降は、男達の理解も待たずにフレンズは語り出した。

 

「そこのオバケちゃんがね、赤い扉を使っちゃうんだ。それで何人も死ぬ。そうなんだよ、死んじゃうんだ。死ぬのが……殺されるのが分かってて増やすんだから、何を考えてるのか分からない。だからね、せめてこの場所で生まれ変われるように私がダクトを繋げてあげたんだ」

 

 フレンズから語り出されるそれはおそらくこの場所の、しいてはこの階の存在そのものの真相を明かす内容であろうはずだが──いかんせんゾンビと化した男の脳細胞では全てを理解することは叶わない。

 

「オバケちゃんとは友達になれなかった……。当然だ、あんなことを考える存在は危険だ。でも悪気があってやってるんじゃないってことも、なんか分かるんだよ。でももう関わり合いたくない……そもそも『同じ』存在なんて在ってはいけないんだ。それも分かってる、でも放っておけないでしょ?」

 

 語り掛けているのか独り言ちているのか判断に困る話しぶりではあるが、いつしかそんなフレンズの視線は男の背後に控える相棒へと向けられていた。

 

「だからね、同じ存在はこの場所に集めてあげれば少しは救われるんじゃないかなって思ったんだ。でも結局は何の助けにもなっていないかもしれない……この先もこいつらは永遠に増え続けるんだ……同じ年齢のまま、同じ精神状態のまま増え続けるってことは、この状態が永遠に続くってことだ。そうだね怖いよね……でも生み出されちゃったオバケちゃん達に罪はないでしょ? …………」

 

 やがてはフレンズから近づいてきたかと思うと、彼女は相棒と鼻先を触れ合わさん距離にまで顔を近づけた。

 

「現にこの子はもう違うよ? ………。もうあんな怖いことを考えるような子じゃないよ? ……そういう存在なら友達にもなれる、と? そうだよ、もしかしたらこの子みたいな子が赤い扉を使うことを止めてくれるかもしれない」

 

 しばし相棒の顔を覗き込んでいたフレンズは背を反らせて顔を離し、やがては男と相棒に道を譲るよう半身を開いた。

 

「もし、新しいオバケちゃんになってくれるならここから出ていくといいよ」

 

 見渡す闇の彼方に一点、灯るように光が溢れた。

 それがエレベーターから差し込む室内灯の昼光ランプのものであると理解するや、男と相棒は引き寄せられるようにそこへと歩み出す。

 

 そんな二人を見送りながら、件のフレンズは小さく微笑んでは鼻を鳴らす。

 

「ふふ、転ばないように気を付けてね」

 

 やがては辿り着き、エレベーターの中に二人が入るや背後の扉は音も無く閉じた。久しく感じていなかった上昇の重力を二人の両肩に乗せて箱は動き出す。

 

『ハ~ハ~ハ~……ど~こ~い~く~?』

「わからん~……た~ぶ~ん……帰る~……」

 

 もはやあの場所で会ったフレンズはもとより、ゾンビ階の存在すら今の二人には記憶に薄い。

 おそらくは生涯思い出すことも無いだろう。

 ふとそう考えた時、男は一抹の寂しさを覚えたような気がした。

 

 忘れ忘れられは世の常だ。生きている以上、歩き続ける以上は常に何かを追い越しそして置いていかなければならない。

 それでもしかし……願わくばこの次も彼女と共に在られることを、男は見えない何かに深く願う。

 

 そしてエレベーターが止まり、静かに開き始める目の前の扉……男は相棒の手をしかと握りしめるのだった。

 

 

 

 

 

※       ※       ※

 

 

 

 

 

 酷い匂いで目が覚めた。

 

 何事かと思い目を開けると、視界には見慣れたものが飛び込んでくる。

 なんてことは無い板張りの低い天井……二段ベットの底板だ。ということは、俺はまた『仮眠室』で目覚めたということになる。

 

 今回はいったいどんなヘマをやらかしたものか?

 覗き込んできているだろう相棒の顔を探すもしかし、仰臥した状態から見渡すそこに彼女の姿が見当たらない。

 

 この部屋に保存された『自分』は、自分自身に起こされない限り目覚めないはずだ。

 だとしたら何らかの変異をきたした自分には、その傍に必ず相棒が付き添ってくれているはずなのに……あいにくと目の前には誰も居ない。

 

 覚醒を果たしても、しばらくは状況を理解できずに困惑し続ける俺は、ふと懐に何かあることに気付く。

 

 暖をもたらせてくれる柔らかく小さな物体……ふと胸元にかけられていたシーツをめくれば、そこには俺の胸板に横顔を付けて眠りこける相棒の姿があった。

 

「どういうことだ……コイツまで一緒なんて? お、おい、起きろ……」

 

 ますます混乱した。

 ともあれ二人で情報を整理すれば何か思い出せるかもしれないと、俺は相棒を起こす。

 数度の呼びかけと共に体を揺すっていると、やがては相棒もまた緩やかに覚醒を果たした。

 

『ん~……んあ~ぁ。ハァ~……なんか、長く寝たぁ……』

「起きたか。ここが何処だか分かるか?」

 

 尋ねられ、依然寝ぼけ眼のまま俺と周囲とを交互に見渡す相棒も、やがては再びの大あくびと共に頭を振った。

 

『知らな~い。ここ、仮眠室か? なんで二人で寝てる?』

「それを聞きたかったんだがな。……どうやら、二人そろって怪異に巻き込まれたらしいな。そして二人一緒にここを訪れたってところか」

 

 自分なりに状況を把握しようと身を起こした俺であったが──すぐに胸元を掴まれたかと思うと、再び背からベッドに引き戻された。

 言うまでもなく相棒による振る舞いなのではあるが、それを尋ねるよりも先に……

 

『もう少し……もう少し寝てくう~……動きたくな~い……』

 

 訝しげな表情の俺を上目遣いに一瞥すると、相棒は再び俺の胸板に顔を押し付けては寝息を籠らせた。

 すっかり脱力したその様子からはいつもの拙速とした気配は微塵も感じられない。まるでゾンビだ。

 

 とはいえしかし、それは俺もまた同様であることにも気づく。

 言われてみれば、何故だか酷く体が重かった。

 

「害のある場所でもないし……もう少しゆっくりしていくか」

 

 やがては二度寝を決め込み、俺もまた深く細く息をついた。

 そうして再び眠りに落ちようとしたその時、ふとシーツの上に何か小さな物体が落ちていることに気付く。

 

 摘み上げ見てみれば、それは何かの部品を思わせる金属片であった。

 茶褐色にサビの浮いた円型のそれは、ゼンマイにも見えれば歯車の様にも見える。

 次いで鼻先に近づけて匂いを嗅ぐと、生臭い腐敗臭がほのかに感じられ俺は顔をしかめた。

 

「これが、俺達がここに居ることの原因なんだろうか?」

 

 暫し手の中で弄んで観察したが、次第にそれも怠くなってきた。

 あとは目覚めてからもう一度考えようとそれを胸ポケットに押し込み、再び俺も目を閉じる。

 

 手持無沙汰に相棒の頭をかいぐると彼女も強く抱きついた。

 そうして夢現の俺は、眠りに落ちる直前に不思議な光景を思い出す。

 

 それは相棒と二人で、不思議な双子のフレンズと会話をするこれまた不可思議な光景──頭の固い姉は楽天家な妹の言動に振り回されるばかりで、そんな二人のやり取りを俺達は不思議そうに見守っているのだ。

 

 

 そんな夢とも妄想ともつかない光景を、何故かに俺は落ちゆく脳裏へ思い描くのだった。

 

 

 

 

 

【終】

 

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