読者様参加企画のSSとなります。
参加キャラクターのプロフィールをご確認いただけると、より一層楽しめるかと思います。https://syosetu.org/novel/216576/30.html
今回お付き合いいただきましたお二人には、この場をお借りしてお礼申し上げます。
【 1 】
通称『怪異マンション』などという場所に住んでいるのだから、ある程度のことには驚かない自信があった。
それでも今、目の前に現れたそれに阿久間 狂介(アクマ・キョウスケ)は身を乗り出して見入るばかりである。
炊き出し用に設置した長テーブルのカウンター越し……見降ろすそこに居た者は8匹からなる鼠達のグループであった。
とはいえその特徴は狂介の良く知る日本の鼠とは明らかに違う。
何よりもまずはその大きさだ。猫ほどはあろうかと思うその体躯の頑強さは、後ろ足の筋肉が陰影を浮かせるほどに発達しており、一目でそれが一方的な被食者などではないことを教えてくれる。
加えて頭頂部から鼻先に至る頭蓋の輪郭もシャープで、それゆえに丸みを帯びた耳介がなおさらに大きく見えて、どこか愛嬌もまた感じさせていた。
そんな見慣れない鼠が数匹、いま狂介が炊き出しを行っている列の先頭にいた。
しかしそれは野生のネズミがエサの匂いをかぎつけて集っているという風情ではない。
彼の鼠達は食料を受け取るべく、容器の類を神輿よろしくに肩へかついていたのである。
未だ我に返れずにいる狂介をよそに数匹がカウンターの上まで駆け上ると、そこから階下の仲間から容器二つを受け取り狂介の前に置いた。
その段に至り、ようやく狂介もまた自覚する。
この鼠達は確固たる意志を以て、狂介の炊き出しに集ってきたのだ。
「あ……わ、わかりました。しばしお待ちを」
驚きからしどろもどろに対応してしまう自分を滑稽に思いながら、狂介は用意した容器それぞれにトン汁とおにぎりを二つ盛りつける。
差し出されたそれをどうするものか興味深く見守っていると、鼠達は実に起用に前足を駆使し、あるいは肩車に鼠梯子などを作ってはトン汁の注がれた容器をリレー式にカウンターから降ろし階下の仲間へと渡す。
さらにおにぎりのそれも同じようにおろしたかと思うと、彼らは来た時と同じよう数匹の肩にそれらを担いでこの場を後にした。
トン汁をこぼさぬよう慎重深く店を後にするその様子に、ついには狂介の好奇心が限界を迎えた。
「申し訳ありません、少しお店を頼めないでしょうか? 適当に配ってもらってかまいませんので」
『ハァ? ──あ、おい!』
依然として視線を去り行く鼠達に結んだまま前掛けを取ると、狂介は次の客であったオオカワウソの一人にそれを放った。
そうして後を追いだして小走りになる狂介へ背後から幾人かの声が掛けられたが、もはやそれらも狂介の耳には遠い。
この時の彼の興味は、完全に目の前の鼠達へと注がれていた。
炊き出しを行っていた雨水貯留施設から派生する下水道の一本へと進んでいく鼠達──2m四方ほどの半円の開口部ゆえ、長身の狂介では身を屈めなければいけないがそれでも進めないわけではない。
前屈みに腰を折って僅かに伸ばした両手で暗がりの中を掻く様に進む狂介を背後に、鼠達は数度の曲がり角を折っていく。
やがて数メートル先の突き当りの奥から、淡い光が漏れている気配を狂介は前方に見て取る。鼠達はその突き当りを曲がり、光の中へと消えていった。
その跡を見失わんと同じくに突当りを曲がった狂介の眼に入ってきた世界は──下水道の一角とは思いもつかない何者かの住居であった。
吊るされたカンテラから降り注ぐ明かりは、壁に反射して間接的に空間全体を程よい光量に満たしている。
暖色の柔らかな光が満ちるその世界は見渡す壁面のこと如くに数段の棚が設置されており、そこには磨かれた細長のガラスボトルやペットボトル、さらにはワイヤーやフックといった金属部品の類が几帳面に並べられている。
その光景に狂介が瞬時連想したものは、昔噺に出てくる魔女の工房だった。
そしてイメージする世界そのままに、
『──おや? お客さん?』
来訪者を向けられる声がひとつ。
その声に我へ返り改めて正面の声の元に視線を向ければ……
『アタシのネズミ達を追ってきたのかな?』
そこには何者かが一人、片膝に座しては前屈みの狂介を見上げていた。
視線が合ったその人物は、側頭部からふくよかな耳を放射状に広げたフレンズであった。
栗毛のボブカットは前髪の毛先に色素が沈着しており、その毛並みや色合いは今しがた追ってきた鼠達のそれとよく似ていた。
しかしながら彼女のもっとも身体的な特徴それは、肉体の損傷に他ならない。
改めて正面から観察する彼女の顔面そこには、右頬から額に渡り大きな傷跡が見て取れる。
傷の淵が鋭角ではなく、どこか痣のように輪郭がぼやけている様子を見るに、それは創傷というよりは火傷と思しかった。
そしてその傷の衝撃は斯様に彼女の半面を横断した後に右耳へと至り、耳介を溶けたように大きく欠損させているのであった。
『ふふ……珍しいのはアフリカオニネズミのフレンズかい? それともアタシの美人顔かな?』
見入っては言葉を無くしている狂介に対し、その『アフリカオニネズミ』のフレンズは僅かに笑いを含んでは鼻を鳴らした。
その段に至り狂介は再び我に返ると同時、ひどく自分が無礼な振る舞いをしていたことにも気付く。
「も、申し訳ありませんッ。つい、その……」
視線を振り切ると狂介は右の棚の一角を見つめたままそう詫びた。
そんな狂介の不器用にもしかし、善良な人間性を見抜いてかアフリカオニネズミは今度は笑い声を上げた。
『いいさ、気にしてないよ。それよか、キミのたっぱじゃその姿勢はつらいだろ? 良かったら座りなよ』
席を勧められ、狂介もまた正座に腰を落ち着ける。
そうして改めて見遣る目の前では、件のフレンズが鼠達に運ばせてきた食料を受け取っていた。
そんな彼女の手元にまたしても狂介は視線を奪われる。
伸ばされる彼女の左手もまた欠損しており、そこには掌の代わりに鉤爪のフックが見受けられたからだ。
よくよく観察するにどうやら左手の欠損は肘あたりから始まっているようだった。
──ひどく傷跡を残した顔とこの左腕……いったいこの人は何を経験して今に至るんだろうか?
自然と発生したそんな考えに狂介がため息をつくと、
『アタシはね、フレンズになる前身は爆発物探知の軍用ラットだったのさ』
まるでその心中を読んだかのごとくにアフリカオニネズミはおにぎりのひとつを咀嚼しながらに応えた。
もはや読心術にも近い洞察の鋭さに驚く狂介ではあったが同時に、彼女の話す前歴にはおおいに興味を惹かれた。
「ということは『軍人』だったんですか?」
『なったつもりはないけど、まあ部隊に所属して仕事をしてたっていうのならそうかもね。向こうじゃ『軍曹』なんて呼ばれて可愛がってもらってたよ』
そこから語られる彼女の半生それは、少女然としたフレンズの見た目からは予想も出来ぬ過酷なものであった。
元は一匹のアフリカオニネズミであった彼女は、前述の通りに爆発物処理のために訓練された動物であり、ある時に地雷の爆破に巻き込まれ瀕死の重傷を負った。
その頃は小柄な鼠であったから本来ならばそのまま死んでしまっても不思議ではなかった彼女であったが、どういう運命の悪戯か……
『フレンズ化したのさ、その時に』
彼女は今の姿に転生を果たし、九死に一生を得た。
しかしながらそれが幸運であったのかは分からないと彼女は笑う。
フレンズ化しても、あの爆発の際に失った左腕と耳の一部は戻ることも無かったし、その後も彼女は新たに軍籍を得て部隊に残り続けたのだから。
そうして数多の戦場を駆け巡り、やがては紛争の終結とともに部隊が解体されると、彼女もまたお役御免となり引退を余儀なくされた。
しかしながらそれはけっして気楽な自由の獲得などではなく、むしろ彼女にとっては居場所を奪われることの宣告に他ならなかった。
『基本的にアタシは野生動物じゃないからね……解放されたところで帰る場所なんて無いのさ』
会話の合間合間で器用に握り飯を頬張りトン汁で流し込みをしながら語る彼女はそう結んでは快活に笑った。
『街に降りて「普通の暮らし」なんてのを楽しんだこともあったけど、結局はアタシにとっての「普通」はそこじゃ無いんだ。すぐに疲れちゃったよ』
いよいよ以て退屈を持て余し始めたそんな折に聞きつけたのがこのマンションの存在であった。
そうしてその居をここへ移すわけではあるのだが、それでも移り始めの頃は半信半疑であった。
死と隣り合わせだったあの日常以上のスリルなど戦場以外にあるものかと訝る彼女ではあったがしかし──それも杞憂に終わる。
それからはこの場所が彼女の第二の故郷となった。
以降ここでの暮らしを楽しむ彼女は今回、そんな生活の中でも一際刺激の強そうなこの『大討伐隊』に志願し、そして此処にてその始まりを待ちわびているのだった。
話し終えると共に食事もまた終わった。
トン汁の器を傾けて残りの全てを平らげると──
『さあ、次は君のことを聞かせてもらおうか?』
彼女は差し出した器を狂介に向けては大きく鼻を鳴らした。
さあと促されて狂介も面食らう。
どう話をしたらいいものか……上手い自己紹介というものはいかに自分を俯瞰できるかに依る。
そういう意味では、まるで他人事のように話していた今の彼女のそれは実によく出来ていた。
いかに客観的に、すなわちは自分語りに酔うことなく自己を説明する手順を考えるうちに思いついたものは、
「そうですね……今しがたあなたが召し上がられたその食事は僕が用意したものです」
そこから切り込むことにした。
そんな狂介の語り出しに彼女もまた意外であった様子で僅かに瞼の淵を上げる。
「今回の大討伐隊に参加為される皆さん……といいますか、主にオオカワウソ達へ施す目的で食事の仕出しなどをしてみたのです」
『へぇ、大したもんだ。しかしオオカワウソ以外の連中も並ぶだろうに、これだけ大量の料理なんてどうやって準備したんだい?』
「それは……秘密です。むしろ聞かない方がいいかもしれませんよ」
アフリカオニネズミとのやり取りをしながら不意に狂介が笑みを浮かべた。
おそらくは場を繕う為の愛想笑いではあるのだろうが、その笑顔の凶悪さに思わず息を飲んだ。
同時に、自分がいま得体のしれない者をこの逃げ場のない場所へ引き入れてしまったのかもしれないことにも思い至る。
自惚れではなく一対一の状況であるのならば、勝つにも逃げるにも対処できる自信があった。
今までにも幾度となく多種多様の窮地を潜り抜けてきた彼女には、どんな状況にも適切に対応できるという自負があったし、その為には我が身の一部を犠牲にしてもいとわない覚悟もあった。
しかしながらいま目の前に対峙する狂介に対しては、いったい自分がどのような対処をしたらいいものなのかの予想がまったく思いつかない。
その感覚はさながら、深さの分からぬ大穴を覗き込んだ時に感じる不安に似た。
そして同時にこの狂介が途轍もない大巨漢であったことに今さらながら気付く。
天井高2m程度のこの場所において首を折り前のめりにして座る狂介の状態は天井に両肩を着け、さながら影が回り込むようにしてほぼ真上から彼女を見下ろしていた。
その身長に比肩して体躯も広く厚みを帯びており、膝の上に両手を置く狂介の体はこの通路を扉の如くに塞いでは大きく影を彼女まで伸ばしているのだった。
──コイツ……元からこんなに大きかったっけ……?
斯様な巨躯にも拘らず、初見にてそれを感じさせぬ物腰の柔らかさ……しかしながらいま見せたその笑顔の凶悪さは、これまでの戦場で会ったどんな兵士の強面にも及びつかぬ恐ろしさがあった。
否、その恐ろしさはもはや『人』の括りに当てはまるものではなく──例えるに古の挿話にて散見される悪魔や鬼のそれを連想させるものであった。
「──どうしました?」
不意な狂介の声に我に返り、アフリカオニネズミは顔を上げた。
正面から対話していたと思いきやいつの間にか、彼女は狂介から伸びた影と対峙をしていたことに気付く。
この人間への対応には今日までの経験則がどれも当てはまらないような気がした──否、果たして自分は今、本当に『人』と対峙しているのであろうかも怪しい。
灯が揺れ動くカンテラの昼光色に彩られた世界で巨躯の影と相対するこの状況は、まるで熱に浮かされた時に見る夢のよう彼女の心も不安に揺れ動かしていた。
そんな世界に、
「……僕の顔、怖いでしょう?」
深くも柔らかい声──意識せず気を強く持とうと眉間にしわを寄せるアフリカオニネズミに気付いてか、ふと狂介はそう声をかけた。
その言葉に瞬間、噓のように今までの不穏な世界が晴れた。
改めて見渡せばそこは良く知る自分のねぐらであり、いかに巨漢とはいえ目の前の狂介もまた悪魔ではない等身大の『人』として目の前に鎮座している。
『はぁ~……なんか、怖いねキミ』
悪気はなくとも思わずそんな言葉がため息とともに漏れた。
それを受けて狂介もまた別段ショックを受けた様子もなく、ただ己の強面を持て余しては当惑した笑みを浮かべた。
「どういうわけか……僕の顔は人を怖がらせてしまうようでして」
手持無沙汰に額をかいた右手をオールバックの前髪の中に埋めながら、狂介もこのマンションへ至るまでの半生を語って聞かせる。
堀深い眼窩の窪みに影を溜めては、薄い唇を吊り上げ口角の隙間から白い歯の嚙み合わせを見せる狂介の顔を──とりわけその笑顔を評する時、人は皆それを悪魔と評した。
それを前にした時、誰もが凍り付いたのだという。
狂介の見せる笑顔の恐さとは、けっして暴力を背景にした強面などではなかった。
肉体的な痛みを予見させる恐怖などではなくもっと根源的な、心を削るかのような恐怖──例えるに避けられぬ事故や災害に対峙した時に感じるような『途方のなさ』を観る者へ想起させるのが狂介のそれであった。
故に人は離れた。
加えて他者を脅かす狂介の存在は監視の対象とされ、彼は言われも無い容疑の元で警察組織からのマークを受けるまでになった。
そんな人間関係、如いては取り巻く世界の全てに疲れを覚えた時、彼の足は自然とこの場所へと向かった……このマンションへと。
「──以来ここに住んでいます。ありがたいことに、ここでの生活はだいぶ穏やかなものになりましたよ」
自嘲気味に話す狂介は、結びの言葉が僅かに自己憐憫を思わせるような響きを帯びてしまったような気がして苦笑いにはぐらかした。
「今回の大討伐隊に参加したのはこんな僕を受け入れてくれた恩返しというか……いや、違うな。この場所を脅かす存在を排除したい、という気持ちになったからかもしれません」
『キミにとっても大切な場所なんだねここは』
「『も』ということは、それはあなた……えっと」
改めて目の前のアフリカオニネズミを呼びあぐねて狂介は言葉を詰まらせた。
『グンソーでいいよ。昔いたところじゃそう呼ばれてた』
「あぁ、ありがとうございますグンソーさん。僕は阿久間 狂介と申します、お好きなように……──」
『じゃあ「デビィ」だ』
狂介が言い終わるよりも先にアフリカオニネズミことグンソーはそう狂介を呼んだ。
『やっぱキミは悪魔にしか見えないからね。でも気にしないで。こういうニックネームって縁起が悪いほどいいもんなんだ』
「はは、どういう理屈なんですそれ?」
『怖い名前にしておけば本物の悪魔や鬼が逃げるから死に難(にく)くなるんだよ。こういうジンクスだってバカにできないもんさ。……特に生死を分けるような場所じゃさ』
悪魔や鬼──永らく狂介を苛んできた劣等感であったはずのその言葉はしかし、今はなぜか耳に心地よかった。
それこそは目の前のグンソーが、今日までの人生において初めて好意を込めてそれを自分に名付けてくれたからに他ならない。
「じゃあ、そういうことにしましょう。改めてよろしくお願いしますよ、グンソー」
『あぁ、これでもう友達だねデビィ』
差し出されるグンソーからの握り拳に狂介もまた差し出した拳骨の先を触れわせる。
カンテラの淡い暖色が映し出すそんな二人の影絵はさながら、悪魔と少女が契約の握手を交わすが如き姿に似ていた。
『大討伐隊・2』へ続く……