【 5 】
『どうした!? 仕留めたんじゃなかったのか!?』
改めて16号を見遣るやソワカが声を上げた。
『確かにダメージは通ってたさ……でも奴さん、即座にそれを再生させたんだ』
依然として16号を見据えたまま、グンソーは応え嘆息する。
今日に至るまであの16号がこうまで凶悪な成長を──否、爆発的な肥大化と身体機能の増幅を果たしたというのならばそれはもはや『進化』に近い変化を果たせた理由こそは……
『蓄積したダメージに応じてその耐性を得てきたからだ』
グンソーはそう判断する。
一連の進化はオオカワウソ達を捕食しただけに留まらなかったのだ。
成長の過程において、ある時激しく打ち据えられた16号はその衝撃と痛みとを記憶し、次はそれに耐えられるだけの耐久力を得て成長をする。
ある時に激しく殴打されれば次の成長ではそれをものともせぬ筋組織の発達を果たし、またある時に刃で身を引き裂かれれば次の成長においては刃をはじく弾力と硬性を宿した外皮を身にまとわせた。
斯様な課題の習得と再生を繰り返すことで16号は今日ここまでの凶獣へとなり上がることが出来たのである。
そして今16号はここへ至るまでに受けた別動隊の多種多様な攻撃のダメージと、さらには今しがたの狂介の攻撃を受けることでさらなる高みの生物へと進化を果たしてしまっていた。
今回狂介をはじめとする討伐隊との戦闘で得た課題は、臨機応変かつ縦横無尽に場を駆け巡ることの出来る機動力の確保、である。
そしてそれを叶えるべくに肉体が選んだ進化こそがこの『翅の獲得』に他ならなかった。
狭所であっても動きを限定されぬよう、新たに翅を獲得することで宙空という3次元のステージまでも含めた機動力を手に入れたのであった。
[ Arghhhhhh!!! ]
一喝し無数の翅を振動させると、不協和音のさざめきが場に満ちる。
見守り続ける中16号の体が僅かに浮遊し次の瞬間には、爆音と共にグンソー達への突進を敢行した。
「危ない!」
寸でで狂介が前衛に立ち、一同の壁となるべくに防守に勤めるも──その衝撃に弾かれては狂介も激しくにもんどりうつ。
『デビィ! 大丈夫かい!?』
「気を付けて、グンソーさん! アイツ……確実にパワーアップしてます」
駆け寄り傷を確認するグンソーに起こされながら狂介も止めていた息を吐き出す。
ファーストコンタクトの際には完全にその突進を受け止めては打ち負かした狂介ではあったが、今の体当たりにおいては16号が狂介の膂力を上回った。
そして斯様にして狂介を弾いてもしかし16号が止まることは無かった。
新たに獲得した翅を足掛かりに、今となっては縦横無尽にこの下水内の空間を16号は飛び回る。
その速さたるや、巨躯にも限らずようやく残像の尾を目で追えるほどの速力である。
『ぎゃッ!? くっそぉー……ッ!』
その中で不意に攻撃に転じた16号の牙がソワカの右肩を割いて飛び去る。
メンバーの中においては一番の機動力を誇るソワカでさえもがこの有り様だ。
もはや一同に打つ手など残されていないと絶望したその時である──グンソーが一歩前に出た。
「ぐ、グンソーさん……なにを?」
『二人とも聞いて』
依然として16号の飛び交う戦況に晒されながらグンソーは狂介とソワカに言う。
『なんとかしてアイツの動きを止めてみせるから、その時は作戦通りにお願い』
何か案があるのかそれとも捨て身か、見守るグンソーの背からはその意図が図れない。
今回の討伐において3人が練った作戦とは、16号の口中に火炎瓶を放り内部から焼き払おうとしたものであった。
当初はどうにか16号を捻じ伏せてそれを強行するつもりではあったが、今のよう制止させることすら出来ない状況となってしまってはそれも難しい。
しかしそれでもなお、グンソーは諦めていなかった。
依然として猛攻に晒されながらも、前方一点を凝視するグンソーの横顔からは不安や迷いは一切感じられない。
腹をくくるしかないのだ。
もし本当に一瞬のスキが──勝利へのチャンスが微塵でも到来した時には欠かさずそれに乗り込む。そこへ全力を注ぎ込むことの覚悟を一同が胸に刻む。
そしてその覚悟の中、さらに前へとグンソーが歩み出た。
一人先んじてくるグンソーを見止め、16号の標的もそこへと定められる。
空の一角で身を翻すや、16号はグンソーへの突進を敢行した。
一直線に迫ってくる16号を正面に捉えたグンソーもまた、鋭利なフックショットの内蔵された義手をそこへ向ける。
目に追えなかった16号が直線状に捉えられている今この瞬間はグンソーにとって最大最後のチャンスだ。
これでどうにか出来なければ後は無い──ギリギリまで16号を惹きつけて標準を定めると、
『いい気になるのも……これまでだ!』
爆音と共に射出されたフックがワイヤーを引きながら16号へと迫る。
直撃でなくても構わない──要はワイヤーが16号を捉え、その身の自由を一瞬でも奪えればそれでいいのだ。
そして撃ち放たれたフックの軌道は完全に16号を正面からとらえていた。こうまで引き寄せられては突進の勢いも相成り、もはや16号にも回避の手段は無い。
そう誰もが確信したその刹那──16号が哂った。
目も無ければ、筒状の開口に牙が並んだだけというシンプルな作りの面構えには本来表情など宿るべくもない。
それもしかし、グンソーはそこに16号のほくそ笑む様を間違いなく感じていた。
直後、迫りくるフックに対し16号は身をよじりそれを交わした。
のみならず、まるで目に見えぬ筒に対して身を沿わせるよう直進するワイヤーの周囲を取り巻きながら突進を続けた。
鳥類の持つ二枚羽根とは違い、無数の重なりを持つ16号の翅は一度飛び立った宙空においてでさえ急停止・急制動・急発進といった実に様々なアクションを可能としていた。
その16号においては今さら正面に迫った攻撃の一点だけを避けることなどは造作もないことであるし、さらにグンソーの絶望を煽るべくにワイヤーへ触れぬようその周囲を取り巻くなどといった無意味な挙動まで見せて16号はグンソーを煽った。
そして遊びは終わりとばかりに突進をさらに加速させる16号。
最大の武器であったフックも射出されてしまったとあっては、反撃は疎か防御に移行することすら危ういこの状況──もはや全ての望みが断たれたと、誰の目からも明らかなに思えたその瞬間、
『莫迦はお前だよ………丸出しだ』
グンソーが、哂った。
刹那、16号の動きが瞬時にして制止した。
本人が意図して停止したわけではない。
見えざる何かに絡めとられ、16号の自由は今完全に封じられているのだった。
[ !!!??? ! Graffff……!!??! ]
『キミにも目があれば気付けたんだろうけどね……』
ようやく16号は今自分がワイヤーによって雁字搦めに宙へ貼り付けられていることに気付いた。
しかしそうなると新たな疑問が浮かぶ。
コレを施したのがグンソーなのだとするのならば、彼女は何時これらのワイヤーを張り巡らせたのか?
ほんの数秒前までは自分こそが縦横無尽にこの空間を飛び交っていたのだ。
もし準備されたワイヤーなどが設置されていたならば否応なしにも気付いたはずだ。
それが何故?
その時になって16号の耳は僅かな空気の振動と音を感知した。
それこそは小動物が壁を天井を問わずに駆け巡る気配である。そしてその正体と思惑に気付いた時には全てが遅かった。
この場には既にグンソーの調教した鼠達が配置されていた。
一連の戦闘の合間、鼠達はグンソーのフックワイヤーが中継するべきカラビナや金具の設置を工作していたのである。
先のフック射出からしてが既にグンソーの戦略のひとつであった。
フックを交わした16号はそれにてグンソーの攻撃が全て終了したと勘違いをしたが、その裏で撃ち放たれたフックは中継ポイントの一角において方向を変え次なるポイントの経由を繰り返しては、蜘蛛の巣さながらの包囲網を編みながら16号へと迫っていたのだった。
さらには、
『まさか……これで終わりだなんて思ってないだろ?』
さらなるグンソーからの語りかけに16号は周囲に警戒を発する。
目の見えぬ16号が察知したものそれは、宙に揺れる小さな金属物の気配だった。
しかもそれらは単体ではなく、気付けば今自分を緊縛するワイヤーのそこかしこにぶら下げられているらしかった。
円盤状の物から、楕円に無数の溝を刻んだものに至るまで、ワイヤーから垂れる多種多様のそれらが16号の動きに合わせて揺れ動く様はまるでクリスマスツリーのオーナメントのような有り様である。
それを見定めながらグンソーはフックのアタッチメントを外すと大きく背後へと飛び退った。
大きく弧を描いて飛び退るその中で、グンソーは落ち着いた動きで腰に刺していたハンドガンの一丁を手に構える。
そして動脈へ針を立てるかのような精密さと冷静さを以て──撃ち放つ。
原子生物ゆえの研ぎ澄まされた感性ゆえか、あるいは死を悟ったからなのか、16号には打ち放たれたその弾丸がひどく緩慢なものに感じられた。
螺旋に空気を削りながら近づいてくる弾丸はやがて、ワイヤーのオーナメントのひとつに炸裂する。
その瞬間、それが爆ぜた。
マリーゴールドが咲くかの如くに幾重にも爆炎を重ねてそれが弾けると、その衝撃に連鎖しては次々と他のオーナメントもまた同様に爆華を散らせた。
釣り下げられていたものは多種多様の地雷や擲弾の類である。
それらが今、最初の爆発を契機に一斉に破裂したのであった。
[ Arghhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!!!!!!!!! ]
16号の断末魔が響き渡る。
その爆風を背に、もはや着地したグンソーが背後を顧みることは無い──更なる16号の絶叫も、また更なる爆音に飲み込まれては消えていくのだった。
【 6 】
不幸中の幸いであったことは、即死に至らなかったということ──
無数の爆発物の連爆はダメージではあったが、その爆発物いずれもが地雷や手榴弾といった小型の爆弾であったことから、それらの衝撃は生命維持に必要な臓器へのダメージとなるほどの威力は有していなかったのだ。
とはいえ表皮の大半に重度の火傷を負い、骨肉の爆ぜた肉体の各所から大量に出血している状態とあっては生存の確立も五分へ届くかというところ……。
何にせよ、今16号が何よりも優先して取るべき行動はこの場所からの逃避であった。
備(つぶさ)に周囲の状況を確認するに、今居る下水道のすぐ脇には排水路となる側溝が設けてあり、そこには水の流れも生じていることが確認できた。
そこへ逃げ込むことが出来ればこの場所から離れることが出来るかもしれない──その最後の可能性に賭けた16号は、死に体の偽装を解き、全身の稼働できる筋肉を総動員するや弾けるかの如く勢いで地を蹴った。
原始生物の瞬発力たるや、もはや瞬間移動にも匹敵する速度である。
前方にて背を向けていたグンソーがそれに気付いて振り返ったその時にはもう、16号は排水溝の中へと潜水していた。
汚水が傷口を洗う感触に鋭い痛みを覚えるも、それを上回る安堵が16号の大きくない脳を満たす。
元来、水を嫌う自分の性質などこの捕食者達は熟知しているはずだ。それゆえに16号がこの窮地において自ら水中に身を投じるという行動は察知されないはずであった。
あとは下水の急流に身を任せ、この場からの脱出を試みようとした瞬間──想いもかけぬ声が16号の耳に届いた。
『ハハハ……コイツ本当に水に飛び込んだぞ。お前の「予想通り」だなキョースケ』
身を進める流れの下流から聞こえてきたその声──それこそは今までに幾度となく戦い、そして捕食してきたオオカワウソのものと酷似していた。
そして水流の先に明らかな障害物が立ちはだかっている水の感触と気配、その先に居た者は……──
「身を焦がされているとなれば、それを消そうと水に飛び込むのは道理ですよ……ソワカさん」
阿久間 狂介──この戦いの始まりに、人間離れした膂力を以て自分を捻じ伏せた男その者であった。
全ての行動が読まれていた。そのことに対し絶望よりも恐怖や焦りの感情が強く16号の心を占めた。
どうにか身をよじり前方の狂介達から逃れようと試みるも、もはやダメージと疲労の蓄積され過ぎた肉体では今の下水の急流に抗う力すら残されていなかった。
「フィナーレだ!」
この戦いの終わりを告げるべくに狂介は流れ落ちてくる16号を受け止める。
そうして歯牙の食いしばられた16号の口中に得物を打ち落としてエナメル層の防壁を粉砕すると、食い込ませた斧の柄尻を担ぎ上げテコの原理よろしくに16号の口腔部を解放させる。
そして開け放たれたその胎内目掛け、狂介の肩に位置していたソワカはありたけの火炎瓶を放り込む。
それを見届け狂介が斧による突っ張りを外し再び16号の口蓋が閉じられた次の瞬間──狂介の斧と、さらにはソワカのバールとが同時に16号の頭部を強撃した。
その衝撃で本来は真円であるはずの16号の口角が笑みの如くに大きくひしゃげて破壊されるや、胎内に残されていた火炎瓶のことごとくが破裂して激しい劫火の火柱を砕けた歯牙の隙間から吹き上がらせた。
もはや16号は呻く余力すなら無くして力尽きる。
規格外の質量から大きく水しぶきを上げて巨体を横たわらせるや、完全に沈黙した。
しばし一同は息荒く横たわる16号を言葉もなく見守った。
そして斯様な最後を見届け、改めて16号討伐の実感を心中に満たすや──狂介とグンソー、そしてソワカの3人は期せずして咆哮の如き勝鬨を上げる。
ヒトとフレンズの叫びが今、響き渡る。
その声は下水道を通じ、別の区画にて捜索をしていた本隊にも届くと3人の勝利と、そして今回の大討伐の終わりとを全ての参加者に伝えるのであった。
『大討伐隊・4』へ続く……