【 7 】
『いらっしゃい、出来てるよ』
場所は某所下水道の一角・グンソーの工房──そこにて狂介はかねてよりグンソーへ依頼していた品々を受け取った。
それらはかの16号の素材を用いて制作した皮手袋や新たな斧といった武具の数々であった。
「軽い……それに今まで以上に手に馴染むようです」
僅かに湾曲の見られる斧の柄を幾度となく握りしめながら狂介は感嘆の声を上げた。
『あの16号の骨から削り出した柄だからね。従来の金属や樫木のものなんかより遥かにしなやかで強度がある。しかもその骨ってのが未だに生きてるんだよ』
「生きている?」
『言葉通りの意味さ。その骨が単体で代謝を続けていて、多少のキズや損壊なら自分で再生して直すんだ』
説明を受けてもまだ信じきれずに狂介は手の中の斧を見下ろす。まさに怪異が満ちるこのマンションならではの武器だ。
「グンソーさんも報酬は受け取られたのですか?」
貰い受けた斧の刃にカバーをかぶせてしまいこむと、狂介もまたグンソーの近況を尋ねる。
あの嵐のようであった大討伐から一週間が過ぎようとしていた。
そんな狂介の質問にグンソーも取り出したタバコに火を灯しては大きく吸い込み、そしてさも旨そうに紫煙を吐き出した。
『あぁ。各部位の皮と肉、それから無傷の牙からこんなものまで作ったさ』
言いながら取り出された流線形のナイフは真珠の如き光沢と純白さをランプの光に反射(かえ)しており、その様は息を呑むほどの美しさであった。
切れ味もまた鋭く、狂介の斧の柄同様に刃こぼれや刃の丸みも自動で再生修復することから研ぎ要らずだとグンソーは笑った。
あの一件を契機に狂介とグンソーの名はマンションへ広く知れ渡ることとなった。
それを信頼され二人の元には様々は仕事の依頼が舞い込むようにはなったが、
「何故か僕の場合は、弁当や炊き出しの依頼が多くて……どうやら大討伐の時に振舞った炊き出しをオオカワウソ達が喧伝してくれたようです。それに今回の討伐成功も重なって、むしろそっちの方が有名になってしまったようで」
加えて狂介の悪魔然とした見た目とも相成り、いつしか彼の店は悪魔の力を授かれる炊き出しというジョークのような付加価値まで付随されるようになっていた。
しかし同時にそれは自分の居場所が此処に持てたような気がして、狂介自身悪くはない気分だった。
その悪魔の如きな見た目の凶悪さから、差別然とした扱いの果てに辿り着いたマンション──この場所に置いて今は、この見た目がマンション攻略に挑む攻略勢達の活力と加護になっているのだから皮肉な話ではある。
『アタシの一番の収穫は16号の肉だったかな。それをこいつらに食わせてみたんだけど、思いもよらない効果があってね……』
言いながらグンソーが指笛を中出ると一匹の鼠が狂介用ののコーヒーなどを運んできた。
しかも驚くべきことに彼の鼠は、前足でカップの乗ったソーサーを持ち、さらには後ろ足で直立してはヒトの如きにコーヒーを運ぶという振る舞いを見せた。
驚愕のあまりあっけに取られてそれを受け取る狂介に、鼠は一礼してその場を去っていく。
『あれを食わせたらハンパじゃなく筋力の強化に繋がったんだよ。おまけに頭の良い個体も発生した。今後の交配でその特徴が引き継がれるかは分からないけど、もしそれが可能になったら大変なことだよ』
故郷にいた時同様、この場所で自分の隊が持てるかもしれないと言ってグンソーは笑った。
笑いながらもしかし、去りし故郷の銘柄(タバコ)を燻らせるグンソーの表情はどこまでも穏やかで、そして一抹の寂しさのようなものも感じられた。
『今回の討伐じゃアンタにも世話になったね。改めて礼を言うよ』
「そんな……! 正直、今回は僕だけじゃどうにもなりませんでしたよ。……きっと、皆さんがいてくれたから成し遂げられたんです」
『みなさん、か……』
根元近くまで灰になったタバコを地に擦り付けてもみ消すと、グンソーは意味ありげに狂介の言葉を反復して鼻を鳴らした。
『そういやデビィは、あれからソワカに会ったかい?』
「いえ……実は、僕もそれが少し気になっていて」
あの日、共に討伐を果たした日のことを二人は思い出していた。
討ち果たした16号の死骸を前に、一同は戦利品の品定めを始めた。
マンション主体で募集が掛けられる討伐隊などの報酬は、基本的には公平に分配されるのが決まりではあるのだが、直接のトドメを刺したものが優先的に獲物の希少部位獲得にあやかれるのはこのマンションでの慣例でもあった。
それに倣い一足先に16号の解体を始めた時、その胎の中から不思議なものを一同は発見していた。
大きさにして幅30cm・長さにして1mほどはあろうかという、金属製の箱が16号の腹から堀り起こされたのである。
取り出し改めて観察するそこには複数のダイヤルやボタンといったパーツがびっしりと配置されており、その様相はこのマンションに住む者ならば誰もが良く知る物であった。
それこそはエレベーターのコントロールパネル……それが単独の箱として16号の体内に埋められていたのだ。
それを一目見るなり、
『アタシ、これでいい。──いいだろ?』
ソワカは強く興味を惹かれた様子でそれを抱き上げた。
狂介やグンソーにしても必要性のないものであったから異論はなかったが、それを所望した時のあの、ソワカの瞳に爛とした光が宿る様子がどうにも気になって仕方が無かったのだった。
「意識して探したわけではないですが、僕も個人的に探してみようと思います。今回の件について改めてお礼や、ソワカさん自身のことも聞いてみたいですからね」
『あぁ、ならば任せるよ。──それじゃこいつを連れて行ってほしい』
言いながらグンソーが再び指笛を鳴らすと一匹の鼠が走り寄ってきて、示し合わせたかのよう狂介の肩に登った。
『伝言用にそいつを預けておくよ。そいつは人の言葉も分かるから何か用がある時や私が探せない時にはそいつにことづけをするといい』
「分かりました。それじゃソワカさんのことについて何か分かった時には彼に頼みますよ」
『彼じゃない、そいつはメスだ。さらに言うならアタシの子供だよ』
思わぬグンソーの言葉に狂介もまた怪訝な表情を浮かべた。
それを受けグンソーもまた僅かに当惑したような顔を見せ、
『みんなこれ言うとそういう顔するんだよね。──アタシのところで扱ってる鼠達は、アタシがフレンズ化する前に生んだ子供達なんだ』
それを繁殖して使役していると結ぶグンソー。
「それは……僕も含めて皆さんの反応が正しいと思いますよ?」
改めてヒトとフレンズの考え方の違い、あるいはグンソーの特殊な感性に狂介は苦笑いを禁じ得なかった。
「それではまた」
『あぁ、また会おう』
暇を告げた狂介はグンソーの工房を後にして帰路についた。
途中左肩の上に件の鼠がいたことを思い出して人差し指を突き付けると、鼠は数度鼻を引くつかせた後にそんな指先に頬を擦り付けた。
自分の血族鼠を使っていると言ったグンソーにあの時は気まずく感じたりもしたが、もっとも生まれた時から『軍隊』という組織の中で生きてきたグンソーにとっては、姿形は違えども血の繋がりのある者達とともに生きるということ──家族と生きるということが何よりも重要なことなのかもしれないと思った。
けっして褒められた倫理観ではないがその根底にあるものは誰よりも純粋な家族愛であるのだ。
そう思い至った狂介の顔に、思いもせずに微笑みが満ちた。
何と素晴らしいことか──改めてそう思った。
そしてそんな考え方や生き方はなんだかとてもグンソーらしいと思い、狂介は肩の鼠を撫ぜる。
いつかは自分も家族など持てるのだろうか──そんなことを自問すると同時に、それを得た未来もまた脳裏には鮮明に浮かんだ。
自分の家族の手を引き、そして引かれながら歩む世界──そんな妄想になんだかひどく気恥ずかしくなってしまい、狂介はさらに笑うのであった。
『 大討伐隊 』・完
──以上を持ちまして、『大討伐隊』は終了となります。
お付き合いいただきました参加者様を始め、この物語を読んでくださった皆さんへ感謝を申し上げます!
また次回、このような企画がありました時にはご参加していただけると幸いです。
ありがとうございました‼