アライさんマンション・二次創作   作:たつおか

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【 49階 】

 

 

 

 最初に異変を感知したのは相棒だった。

 

 呼び止められ振り返れば、相棒は珍しく慌てた様子で右に左に忙しく視線を往復させていた。

 さては周囲に何か現れたのかと俺も視線を巡らすが、回廊然としたこの階には俺と相棒と、そしてもう一人の俺以外には何も怪しい気配は無い。

 それでも警戒を続けているとついに、

 

『お前! なんでお前、二人いるんだ!?』

 

 相棒は大きな声を上げた。

 その声にようやく彼女の注意が俺達に向いていたことに気付いて、俺は改めて自分の体を見下ろす。

 

 見下ろす胸から下には別段異変は見られない。目の前で手も広げて両手の確認をし、さらにはもう一人の俺にも声がけをして互いの変化を確認し合うも、そこに異変の類は見られなかった。

 

「どうしたんだ? 特に変わった変化は見られないけど……」

『ハハッ!? じゃあ隣のヤツ誰だ!? っていうかお前がニセモノか!』

 

 ついには背のバールも抜き取り、警戒心もあらわにこちらを威嚇してくる相棒へ俺達もどう対応したらいいものか思案に暮れる。

 

『隣のヤツ』『ニセモノ』……相棒の言い方から察するに、俺たち以外の第三者を彼女が察知していることは明らかだが、俺にはその誰かがまったく見えない。

 情けなくも右往左往するばかりの俺を前にしながら、興奮していた相棒も徐々に沈静化しては落ち着きを取り戻す。

 

『んん? ……二人とも『お前』なのか?』

 

 依然として手にはバールを携えていたが、それでも相棒は俺達に近づくと左右の俺の腹をそれぞれに嗅いでは何かの確認をする。

 

「本当に意味が分からないよ。お前には何が見えてるんだ?」

『……マジか? お前が二人いるんだぞ?』

「ふたり……ねえ」

 

 本当に相棒の言っていることが分からなかった。その言動はむしろ、相棒こそが何らかの怪異で正気を失っているかのよう思えるほどだ。

 彼女は俺が『二人いる』ということに疑問を感じているようだが、そんな当たり前のこと言われても困惑するばかりである。

 例えるに、手も足も眼も俺には左右それぞれが存在している。もう一人の俺だって同じことだろう。その存在を問われたところでこちらは何と答えたらいいものか応えあぐねるばかりだ。

 

 しばしそんなやりとりをしていると、相棒もまた交互に俺達に触れては彼女なりの検査を開始する。

 

『おい。お前は前からアタシを抱きしめろ。お前は後ろから』

「なんだ? それはどういう……」

『いいからはやくしろー!』

 

 言われるがまま前後から相棒を挟み込む。

 もとより小さい体とあって二人で抱き込むと相棒は完全に俺達の中に埋もれてしまう。

 その中心で、

 

『ハハ……ハハハー♪ 潰されるー』

「本当にどういう意味があるんだよコレ?」

『じゃあ次! 次は二人でアタシを撫でろ! お前はほっぺたを手で包んで、お前は頭をなでなでしろ!』

「いや、だからこれ……」

『はやくしろ! ………うわー♡ ハハハ~♡♡』

 

 もはや検査ではなく、単に二人がかりの愛撫を受けたいだけだということに気付いてげんなりとする俺。なんだこれは?

 抗議のタイミングも逸し、言われるがままに背から相棒の頭を撫でていた俺ではあったがふとその異変に気付く。

 後頭部を撫でていたはずが、いつの間にか目下には目を細めた相棒の顔があった。

 

 気付いたその瞬間は彼女が振り返ったものだと思っていたがふと視線を巡らせれば、そんな相棒の背後にはもう一人、何者かの後頭部が見えた。

 背丈のほどは相棒とまったく同じその第三者…‥・突如として現れたその存在に俺の不整脈は大きく高鳴る。

 

──誰かいる……俺たち以外の誰かだ! いつの間に……!?

 

 正面の相棒を撫でていた手を止めると、俺はそこにある何者かの後頭部へと手を伸ばす。

 そしてその指先が髪の中に潜り、その感触に件の第三者が振り返った瞬間──

 

「ふ、二人ッ? 二人いる!?」

『ハハ?』

 

 目の前には、相棒が二人いた。

 顔を揃えてつぶらな瞳で見上げてくる二人の表情──まったく同じであることの違和感が恐怖として俺の目には映っていた。

 弾かれるよう俺達は後ずさると、改めて二人の相棒がその場には立ち尽くしていた。

 

「お前……いや、お前ら……いや、やっぱりお前なのか? だ、誰なんだ?」

『ハハ?』

 

 依然として並び立つ相棒達を前に、声を掛けるべき対象を決めあぐねては不明瞭に俺も口ごもる。

 

「どっちが……どっちが本物なんだ?」

 

 そうして半ば懇願するよう尋ねる俺に返された答えは──

 

『ハハ、どっち?』

『ふたりともアタシだろ?』

 

 さも不思議そうに応える怪訝な表情の相棒達にようやく俺は気付きつつあった。

 もしかしてつい先ほどに相棒が取り乱していた理由はコレなのではないか?

 自分にとってはさも当然のことのように思える事例──今回においては分裂する自分こそが、この階における怪異ではないのか。

 

 ならばその目的は何なのだろう? 

 複製階のような機能も考えたが、それにしてはやり方が遠回り過ぎる。

 もっと別な思惑……何か悪意を孕んだものが隠されていやしないだろうか?

 

 答えなど分かりようもない思索にふけっていた俺は、突如をして発せられた相棒の声に顔を上げる。

 そうして目に入ってきた光景に唖然とした。

 

 目の前には──視界一杯に相棒が溢れていた。

 まるでサッカー場の客席よろしくに見渡す限り、辿ってきた通路の奥先まで場にはいつの間にか分裂したであろう相棒達でひしめき合っていた。

 

「んなッ……な、なんだぁ!?」

 

 もはや悲鳴然として声を上げる俺に対し、

 

『お前らなんなんだ!? いつ増えた‼』

 

 一方では、その大量の相棒達が一様に驚きの表情を浮かべている。

 その反応に俺もまた冷静さを取り戻す。

 なるほど……まったく実感はないがどうやら俺もまた、この光景と同じよう大量に分裂しているようだ。

 

 大量の俺と相棒とで埋め尽くされた通路にすし詰めとされながら、俺は傍らにいた相棒の手を取る。

 

「と、とにかくこの階から出るぞ!」

『わ、分かった! ──ってお前、ホンモノなのか!?』

 

 相棒の疑問ももっとだ。しかしそれは俺にとっても同じこと。

 それでもしかし、俺には確信があった。

 

「この階にいる奴らは、お前も俺も含めて全員が『本物』だ」

『なんで分かるッ?』

「行動が一緒だからさ」

 

 俺の答えに大量の相棒は、皆が一様に怪訝な表情を浮かべた……この反応こそが答えだ。

 どんなに増えようと意志は一つ──この階の怪異は『ただ増えること』であり、それは第三者が現れることではない。

 いかに無限に増えようとも、この階において一人は『一人』なのだ。

 

「とはいえ、留まり続けていては何が起こるか分からない。とにかく一刻も早くこの階から出るぞ」

『おぉー!』

 

 無数の相棒から一斉に返される声はまるでライブ会場のコール&レスポンスだ。

 

 既に辿ってきた道には無数の俺達がひしめき合っていて、戻る選択にはリスクがあるように思えた。

 ならばこのまま進行して新たなエレベータなり非常階段なりの脱出方法を探る方が効率的であろう。

 俺達は一斉に走り出していた。

 

『うわ、うわわ! すごいなコレ! ここから出るはいいけど、誰が出ればいいんだ!?』

 

 流れる大量の俺の雑踏に揉まれながら相棒の一人が声を上げる。

 

「この場合は誰でもいい! 俺たちそれぞれの、誰か一人ずつが出られればいいはずだ!」

 

 俺もまた相棒の手を取って引き寄せると、混雑の騒音にかき消されぬよう声の限りに応える。

 同時に、いつしか階そのものの様相が一変していることにも気付く。

 モルタル一辺倒であった壁面は、今や生物の内臓を思わせるような赤暗色に充血した肉壁に姿を変えていた。

 いよいよ以てキナ臭くなってきたその様子に俺達はさらに足を速めた。

 

「ゴールするのは誰でもいい! 後ろの俺達は一番先頭の二人を押し上げろー‼」

 

 やがては目指す先に、周囲の生物めいた壁から浮き上がったエレベーターの無機質なドアが見えた。

 それでもドアはその周囲が肉に埋もれて飲み込まれつつある。

 

 その前に取り付くと、俺達は数人がかりでまずは肉の蕾を四方から拡張しにかかる。

 それによりエレベーターのドアが露になると、ついで相棒達数人がそこに駆け付けてはドアをこじ開けた。

 そうして辛うじて人間一人が通れるであろう隙間を作り出すと──

 

『いけェー! 誰か、入れェー‼』

「誰でもいい! 続いてくれー!」

 

 相棒と俺の声──さらには背後からの力に押し出されて、俺達はエレベーターの中へと押し込まれた。

 中へと入り込みドアが閉じるその瞬間まで、背後からは見送る俺達へ掛けられる俺達の激励が波のようにエレベーターの中へと流れ込んでいた。

 

 そして直後、拡張の限界を迎えたドアが閉じると……箱の中は今までの喧騒が噓のような静寂に包まれた。

 取り急ぎ居住階へ向かう操作を行うと──動き出した箱の中でようやく俺は深いため息をついた。

 

「はぁー………不思議な気分だ」

 

 いつものエレベーターの重力の中でつい俺も呟く。

 九死に一生を得たのかもしれないが、この時の俺にはあの階を脱したことによる恐怖や生還の安堵というものが一切無かったからだ。

 不思議な話ではあるが、胸の内はこれ以上に無い充実感で満ちていた。

 おそらくは俺自身がゴールできなかったとしても、他の代表を押し上げたことが出来たならきっと同じような充実感を残された俺も味わっていたことだろう。

 

 そんな不思議な感覚を相棒もまた感じているのかと思うと、興奮も冷めやらぬことから俺は傍らの彼女へと声を掛ける。

 掛けるが………

 

『………………』

 

 一方の相棒はというと──片手を腹部に当てた姿勢のまま、硬い表情で己の体を見下ろしていた。

 いつにないその神妙な様子に俺も我へ返り、慌てて寄り添っては相棒の肩に手を掛ける。

 

「どうした? 怪我でもしたのか? 腹か?」

『…………』

 

 しかしながら相棒は依然、茫然自失といった体で微動だにもしなかった。

 見たところ相棒の体には目立った外傷も出血の様子も見られない。ならば精神汚染の可能性もまた考慮して仮眠室への訪問も考える俺へと、

 

『………こども、出来た』

 

 語り掛けたのか独り言ちたのか、相棒は呟くように言った。

 それを受けて俺もまたオウム返しに聞き返す。

 一方でようやく相棒もまた顔を上げたかと思うと、今度は一変して不安げな表情を見せてくるのであった。

 

 その様子からはジョークを言っているようには見えない。

 タイミングを考えるに、先ほど駆け抜けた階の影響であることは間違いなさそうだった。

 ならばどのような仕掛けがあそこにはあったのだろうか?

 

 通路の中を駆け抜けただけのあの瞬間に性行為などあったはずがない。

 ただ大量の俺達で出口を目指して走り続けたあの瞬間に……──

 

「大量の俺達、コピー……そうか、それらが遺伝子の擬人化なのだとしたら……」

 

 とある仮説に辿り着き、俺はすべてを悟った気がした。

 

 あの階は──相棒の子宮だったのだ。

 その中を俺達は互い無数の遺伝子となって辿り、そしてこの深部ともいうべきエレベーターへと辿り着いた。

 俺と相棒の遺伝子が共にここへとたどり着き、そして今──彼女は受精を果たしていた。

 

 考えを巡らせる俺の胸に、相棒は飛び込むよう額を押し付けてきた。

 いつもの悪ふざけかと思いきや、密着する体が小刻みに震えているのが分かった。

 

 どう対応してやればいいものか考えあぐね、包むように背へ両手を回してやると相棒は途端に抱き着いては強く両腕に力を込めた。

 深く顔を埋めた相棒の表情をうかがい知ることは出来ない。そうして互いの体温が感じられるくらいになると、もはや俺の腕の中で跳ねるほど勢いで相棒は震え出していた。

 やがて、

 

『……こわい…………』

 

 絞り出すように相棒は言った。

 その段にいたり、ようやく俺も事の深刻さに気付く。

 

 はたして今、相棒の胎内にいる者は何者なのだろうか?

 

 怪異であることに違いはなく、もしこれが相棒に害をなす者だとした場合──俺達はその生命を駆除することが出来るのか?

 死をも厭わぬ俺達が、新たに授かった生に怯えている……しばしそこはかとない不安にさらされながら、俺達を乗せたエレベーターは上昇していくのだった。

 

 

 後日、相棒の妊娠が確定した──一ヶ月目であった。

 

 

 

 

 

 

 

【 終 】

 

 

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