あの日の思い出を、作り直せ。
なんだ。毎日一体何なんだ。どうしていつも俺がこうなるんだ。
「お前はどうしていつもそうなんだ──」
「ハイ。申し訳ありません」
「コレ、よろしくお願いしますね。俺定時なんで──」
「ハイ。やっておくよ」
どうして俺が、アイツらの尻拭いをさせらなきゃいけないんだ。俺が何をした。いつお前らを害した。
「ハイ」
今日も
「ハイ」
今日も
「ハイ」
今日も!
毎日毎日誰かの目線に怯えて!自分の意思を無理矢理押し込めて!何が社会人だ。何が良く出来た人間だ。何の為に毎日働いているんだ。何の為に自分を削っているんだ。
いや、そもそも俺は何をやっているんだ──?
あぁ、疲れた。本当に疲れた。
今日も今日とて社会の歯車として、会社と言う機械を動かすだけのつまらない1日を過ごしてしまった。
神浜市は中央区の商社マン、なんて言ってもその実態は使いっぱしりと何も変わりやしない。パワハラ気質の上司と保身が得意な同僚に挟まれて、苦しい思いをするだけだ。
そしてそんな事の為に、毎日大東区の寂れたアパートと狭苦しいビル街を往復する。
端的に言って、全てに疲れていた。
『アラもう聞いた?誰から聞いた?キレーションランドのそのウワサ──』
こうして電車に揺られていたって何一つ良い事は無いのに、どうして俺は生きているんだろう。
何を支えに、何の為に生きているのか。きっと人にとって1番大切なものを、俺は見失っていた。
苦しみから解き放たれたかった。全てから逃避して、自分だけの安息に浸りたくて仕方が無かった。
『ノンビリ、ダラーッとハッピーになれちゃうストレスフリーなテーマパークがグランドオープン♪』
ふと顔を上げると、電車の窓に嵌め込まれた景色が「それ」を写し出した。
錆びて、朽ちて、打ち捨てられた円環状の物体は、紛れもなく観覧車だった。
確か、随分前──俺が8才の頃にはもう閉園していた遊園地の、目玉アトラクションだったと思う。なんでも再開発の失敗の名残とかで、解体される事すらなく放置されているらしい。
『帰りたくなくなるコト間違いナシで、いつまでもずーっといられちゃう!』
ここ神浜市では「西」と「東」で格差が激しい。それは今に始まった事じゃなくて、ずっと昔から、噂では戦国時代から
そんな神浜に起死回生の一手として華々しく登場した遊園地も、格差の前では手も足も出ずにあっという間に閉園に追い込まれた、と言う訳だ。
俺も行ってみたいと子供の頃は親にねだった事もあったけど、結局行けず終いだった。
あの頃は良かった。
何にも考えずに駆け回って、友達もいて、自分が自分らしくあれた。
大きな観覧車を門の外から眺めるだけで、遊園地に入れもしなかったのは心残りだけど、それでも今よりずっと良かった。
『だけど満員の時はアテンションプリーズ
出たくない人はこの世から退場させられるって、神浜市の人の間では専らのウワサ』
俺の未練はずっとそこにあった。
毎日見える筈の景色なのに、俺はそれを忘れていた。
ああ、思い出の観覧車。
何故今更思い出したのかも分からない。けれども、思い出せたらそれはラッキー。
最後の未練を、晴らしに行こう。
暗い夜闇に塗り潰された、子供の夢の成れの果てを見上げる。
観覧車は思っていたよりも、あの頃よりもずっと遠かった。もう何年も運動なんてしていなかったから、ただ歩いただけなのにすっかりヘトヘトだ。
あの頃はあんなに輝いて見えた遊園地も、今となっては雑草も生え放題で、一面を緑が埋め尽くしている。そもそも遊園地だった証拠が観覧車しか残っていないから、越えられない壁だったあの門がどこにあるかすら分からない。昔より観覧車が近くに見えるからきっともう敷地の中なんだろうけど、それが逆に残念だった。
時は無情にも、思い出の名残を地面の下に埋めてしまった。
観覧車もボロボロに朽ち果てていた。乗せる人もいないゴンドラが、風に揺られてぎいぎいと不愉快な音を垂れ流している。
まかり間違っても動きはしないし、乗れもしないだろう。
無念だ。本当に無念だ。
せめて最後に昔の思い出に浸りたかったのに、それすら時間は許してくれないのか。
思わず目頭が熱くなる。本当にろくでもない人生の、たった1つの未練はいつの間にか崩れ去ってしまった。
あぁ、出来る事なら──
「1度で良いから、乗ってみたかったなぁ……」
意味の無い愚痴が思わず口を衝いて出てしまった。無い物ねだりをしたって仕方が無いのに、一体俺は何を言っているんだろう。
止めよう。帰ろう。帰って、それで全部終わらせよう。
詰まらない人生に、詰まらない終止符を打ってやろう。未練はもう失くなったんだから、それで良い筈だ。
ちょっとだけ溢れた涙を拭って、顔を上げた。
「泣いてるグル?」
「──ッ!?」
あまりの驚きに、思わず腰を抜かしてしまった。
だって、だって──
「まぁ喋る観覧車なんて言うのも珍しいから、驚くのも仕方ないグル」
俺の目の前にいるのは朽ち果てた観覧車なんかじゃない。
喋っている。動いている。
あの日乗れなかった観覧車が、俺を覗き込んでいる。
──踏み出せない俺の代わりに、観覧車の方から来てくれたんだ!
もう何年振りに見るかも覚えていない「回る観覧車」なのに、クソッタレな俺の目は溢れでる涙でぼやけてしまっていた。
「もう大丈夫パカ?」
「ああ、うん。見苦しい所見せちゃったな」
俺はメリーゴーランドの馬に案内されて、サイケデリックな空間を歩いていた。ふざけているのか、なんて言われそうだけど冗談でも何でもない、嘘みたいな本当の事だった。
どうやらこの「遊園地」ではアトラクションは喋るモノらしい。
この馬も、何処からともなく現れて気さくに話し掛けてくるものだから、それはもうビックリである。
しかし、コイツらは一体ここで何をしているのだろうか。「遊園地」だと言うのに観覧車とメリーゴーランドしか無いのもなんだか寂しい。
思い切って、聞いてみようか。
「あのさ」
「何パカッ?」
「俺、何処に連れて行かれんの?」
すると馬は、首さえ曲がらないからか全身を傾けて困惑を表現した。
なんだ。アトラクションの癖に、思ったより感情豊かじゃないか。
いつも般若みたいな顔してる上司よりも、能面みたいな笑顔を貼り付けてる同僚よりも、余程「生きてる」ように思える。
「パカのご主人が呼んでるパカ。聞いてないパカッ?」
「いや全く。そもそもご主人って誰だよ」
「この遊園地の──キレーションランドの管理人パカッ!」
キレーションランド。
キレーションランドって言うのか、この遊園地。信じられない位安直だが中々悪くない名前だと思う。
しかし足元も空も目に悪いし、アトラクションは2つだけ。まだまだ成長性を秘めた遊園地の原石だ。
そうして馬と他愛の無い会話を重ねていると、先程別れた筈の観覧車が遠くに見えた。
「戻ってるんじゃないのか?」
「観覧車もメリーゴーランドも、ここでは
「そう言う物なのか」
観覧車の足元まで行くと、何やら騒がしい。遊園地には喧騒が付き物だけど、これはそう言うのじゃない。
ああでもない、こうでもない。そうやって互いの主張をぶつけ合う、真剣な議論が観覧車と少女の間で行われていた。
「連れてきたパカッ」
「おー、ありがとー!」
ベンチに座っていた少女が立ち上がる。昏く淀んだ橙の瞳、横で結んだ栗の髪。見間違える筈も無い。
一体どういう事なんだ。どうして彼女が此処にいる。なぁ──
「──鶴乃、ちゃん」
「待ってたよ、おにーさん」
遊園地を作ろう。
誰もが頑張らなくて良い。誰もが無理をしなくて良い。心の底まで休める、夢のテーマパークを私が作ろう。
それが私の使命。私のやりたい事。抑えてきた自分の、本当のあり方!
マギウスが解放してくれて、ウワサが教えてくれた新しい生き方!
「──まぁそうは言っても、アイデアが足りないよねぇ」
「確かにそうパカッ」
「思ったより貧弱な想像力グル」
む。貧弱とは聞き捨てならない。
私はキレーションランドの管理人で、皆はスタッフだって言うのに中々辛辣な物言いだ。
「一通り遊園地に必要な物は思い付いたよ」
「ナイスパカッ!」
「出来る管理人グル」
でも。
でも、それだけじゃダメ。それだと皆帰っちゃう。
私が作りたいのは、
「せめてねむちゃんがいればもう少し話が進むんだけどなぁ……」
「帰っちゃったパカ」
「無い物ねだりグル」
それは知ってる。
「三人寄れば文殊の知恵」なんて言葉もあるけど、私以外が馬と観覧車じゃどうにもならない。
だけど、折角任されたキレーションランド。何より素晴らしい物にしたいじゃない。それに、「休むのはちゃんと仕事を終えてから」。
おにーさんもそう言って……
言って……
「そうだ!」
「パカッ!?」
「ビックリグル」
そうだ!そうだ!
発想の転換だ!人がいないなら引き込めば良いんだ!
何でこんな簡単な事を思い付かなかったんだろう。ししょーが「猪突猛進」って言う通り、思考が固まっていたのかもしれない。
だけど今からはもう違う。
キレーションランドの管理人は、機転も融通も利く優秀な女の子なのだ!
「アドバイザーを呼ぼう!」
「何処から呼ぶパカッ?」
「誰を呼ぶグル?」
それは勿論、決まっている。
彼はいつも疲れていて。
彼は自分にウソつきで。
彼は「今」から逃げていた。
万々歳でくだを巻き、お父さんに愚痴るその姿を私は誰よりも覚えている。
一緒に作ろう、遊園地。「今」から逃げればふらりと寄れる、本当の自分に会える場所。
いつもの疲れをいつまでも、忘れてしまえる夢の国。
きっとおにーさんなら来てくれる。
私が走らなくたって、おにーさんの方から来てくれる。
だって私は忘れてない。
おにーさんの夢を、覚えている。
アラ聞いた?誰から聞いた?
由比鶴乃の、そのウワサ