幻想の果てに届きし願い   作:KKS

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九 道化となった管理者

 揚州丹陽郡。そこには、当代の文人たちがこぞって足を運ぼうとする地が存在していた。黄山(こうざん)。その一帯には、峻険な峰々が数多く連なっている。訪れれば誰もが息を呑み、その雄大さに圧倒されることだろう。

 足場の心許ない岩山の頂上に立ち、雲海を見下ろしているふたりの男。仙。纏った神秘的な雰囲気からして、そう表現するべきなのかもしれない。

 男の片割れが、指で眼鏡の位置を直した。その男を于吉、もうひとりを左慈という。見下ろしているのは、本当に広がる雲海だけなのか。その視線の先にある地上。それすらも小さきことだというように、左慈は腕を組んだまま鼻を鳴らした。

 

「虫の居所がよくないようですね、左慈。もしいっていただければ、いくらでもお慰めするのですが。ふふっ……」

 

「ちっ……。気味の悪いことをいうなよ、于吉」

 

 左慈に気持ちを真っ向から拒否されて、于吉は戯けるように笑った。

 その背後で、ふたりとは別の気配がしている。さらに表情を苛立たせて、左慈は吐き捨てるように言った。

 

「なんの用だ、貂蝉、卑弥呼。闘いたいというのであれば、いくらでも受けて立ってやるが」

 

「いやあねえ、左慈。いくらわたしたちが世界を照らすほどの美しさを持っているからって、そうカリカリしないでくれないかしら」

 

 仙人の如き雰囲気を纏う左慈や于吉とは対照的に、後からやってきたふたりは異形の存在感を放っている。

 盛り上がった全身の筋肉と、それを申し訳程度に隠す下着。街中で遭遇することがあれば、卒倒する者がでてもおかしくないくらいの異様である。

 

「ふざけたことを抜かすのはやめろ、筋肉ダルマめ……」

 

「ああんっ!? だあれが、筋肉モリモリなうえにマッチョマンの変態ですってえ!?」

 

「やめんか貂蝉、だからお前はアホなのだ! いかなる場合であっても、明鏡止水の心をもって平静を保つ。それこそが、我ら漢女の道というものよ」

 

 卑弥呼と呼ばれたほうが、怒り心頭といった様子の貂蝉をたしなめている。ふたりは、師弟関係にあった。

 

「それで、結局あなた方ふたりは、こちらになにをしに来られたのですか。よもや、またしても北郷一刀に肩入れをするつもりではないでしょうね」

 

「はあぁあん……。于吉ちゃんのその視線、なんだかゾクゾクしてきちゃうわ……。でも、それは誤解よ。この世界でのご主人様をひと目見ようと思っているのは、事実だけどね」

 

 貂蝉が、腰をくねらしながら表情を赤らめている。その姿をあまり正視していたくないのか、左慈はため息をついて明後日の方向をむいている。

 

「むむむ……。いいのう、貂蝉よ。わたしとしたことが、この外史におけるだーりんの姿を拝んでみたくて、ドキがムネムネしてきおったわ」

 

 外史。平行世界。パラレルワールド。それは、本流である正史から外れた世界。決して、支流以上の力を持つことの許されない世界だ。

 突風吹き荒ぶ岩山に揃った四人は、いずれも外史の管理者と呼ばれることのある者たちだった。左慈と于吉、貂蝉と卑弥呼。その考えは、同じ管理者でありながら根本から違っている。

 そもそも、このような外史などは生まれるべきではない。左慈たちは、そう憎んですらいる。反対に貂蝉と卑弥呼は、生まれたからにはその世界の行く末を見守ってやるべきだ、と考えているのだ。

 

「……腹立たしいが、時々思い出すことがある。あのとき、俺が銅鏡の回収をしくじったりしなければ、とな。奴が邪魔してくれたおかげで、いまではこのザマだ」

 

「北郷一刀が発端となって作られた外史世界。まさか、それがこの十年と少しで、これほどまでに大きくなるとは思いもしませんでした」

 

 新たに誕生した外史。それを破壊しようと、左慈と于吉は暗躍することとなった。しかし、そこで紡がれた絆は貧弱だった欠片同士を繋ぎ合わせ、より強固なものへと変えていったのである。

 

「ふふん、さすがはわたしのご主人様ねえ。さすがに、左慈ちゃんも認める気になってきたんじゃないのかしら。数多の外史を生み出して、革命の波まで巻き起こしたご主人様の力、侮っていたら火傷するわよん!」

 

 一刀を起点として息吹いた外史は、さらなる分岐を伴って広がっていった。あるときはハッピーエンドを向かえ、あるときは悲しみとともに物語の終幕を向かえた。しかし、その結末を打ち破ろうとした想いが、また別の外史を呼ぶことにも繋がっていった。

 誕生した全ての外史が、望まれた通りの最後を辿れたわけではない。当初は宿していた熱も、なにかがきっかけとなって失われる可能性だってある。けれども、どこかであがき続けている。その感情こそが、外史たちを強く結びつけるはずだ。

 本来意図していない終幕を向かえたとしても、それは足跡となって確かに刻まれていくのだ。細くてか弱い枝葉であっても、まとまりとなればやがては大木へと変化していくこともあるのだろう。

 様々な想いの入り混じった歴史。それを阻める人間など、どこにいようか。

 

「厄介な男ですね、まったく……。この外史は、わたしを登場人物の于吉として求めている。これに付き合わなければならない滑稽さが、あなた方にはわからないのでしょう」

 

「がははっ! よいではないか、于吉。そのおかげで、お前はこうして左慈と一緒に行動できておるのだからな。わたしであれば、好機を逃さず手練手管を発揮しているところであるぞ」

 

「ふむ……、なるほど。たまにはいい事を言うのですね、あなたも。気色の悪い露出狂とばかり思っていましたが、多少は評価を変えてあげるとしましょうか」

 

「ぐっ……、言うに事欠いてこのクソジジイ……っ!」

 

 于吉と左慈の言葉に、ぴくりと卑弥呼のこめかみが痙攣する。

 立ち昇る闘気。その強大さを感じてか、これまで不遜な態度を取るだけだった左慈が思わず身構えた。

 

「貂蝉ッ!」

 

「もう、明鏡止水の心をもてっていったのは、どの口なのよ。いつか華佗ちゃんに呆れられても、わたしは知らないんだから」

 

 仕方がないとばかりに、貂蝉は鎧のような筋肉に力を込めていった。

 これでは、どちらが馬鹿弟子なのかわかったものではない。そう思いつつも、熱の込もった視線を于吉に向ける。

 

「やはり、こうなってしまいましたか。くくっ……、ですがそれもいいでしょう。退屈しのぎに、ここは存分に楽しませてもらいますよ」

 

 不敵に笑う于吉。

 怪しげな道術が、仙境の如き地に放たれていった。

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