「…………」
「…………」
「〜〜♪」
日が落ち、夕暮れに変わる頃。私達三人は出会った場所から町がある麓へと歩いていた。
足取りは横島くんと手を繋いで歩く妖怪の女の子だけが軽く。私と横島くんの足は重かった。というか私の何倍も横島くんの足取りは重い。
「殺される……文珠を上手くコントロール出来ずに違う場所、しかも過去の平行世界に来るなんて美神さんに殺されてまう」
何か私にはよく分からない言葉を呟きながら項垂れる横島くん。
……殺されるって大袈裟な。
「夏目ちゃんは美神さんの恐ろしさを知らねぇから言えるんや……。あの女ほんまにおっそろしい女なんや」
美神というのは私と同じ名前がレイコという横島くんの上司らしい。
しかし横島くんにそこまで恐れられる美神という人はどんな人なのか?
少しだけ興味が湧いちゃうな。だけど今はその事よりだ。
「ねぇ、本当なの?横島くんが未来……しかも妖怪たちが一般的に認識されてる世界から来たって」
「ん?ああ本当だよ」
「……やっぱり信じられないわ。妖怪が見える私が言うのも何だけど非現実的すぎるもの」
「って言われてもなぁ」
困ったように頬を掻く横島くん。
私に年数を聞いて叫んでから落ち着いた横島くんから聞いた話によると、彼は今より未来、それも妖怪や幽霊なんかが世に蔓延り一般的にその存在を認知されている世界からやって来たそうだ。
さらに横島くんは悪さをする妖怪や幽霊を退治する祓い屋で働いていたらしい。
その話を私が信じるには材料が足らな過ぎた。
そもそも祓い屋……横島くんがいうにはゴーストスィーパーだが……はこちらにも存在する。
まぁ会った事はないのだけど、今まで会った妖怪たちから何度か聞いたことがある。
横島くんが祓い屋だと聞いて目の前の女の子も怯えていた。その後すぐ退治するのは悪さをする妖怪たちだけと横島くんが説明し、今では手を繋いで歩いている。
こちらの祓い屋はどうやら妖怪なら問答無用で退治しようとする連中が多いそうだ。
一応証拠として霊力で創ったという光る手を見せて貰った。もちろん二人して驚いたがそれはあくまで横島くんが祓い屋であるという証拠であって平行世界から来たという証拠ではない。
「まぁあれだ。結局説明できるもんでもないってこったな」
「……開き直ってない?」
「ハハ。でもさ、最後は夏目ちゃん次第だからな」
「何がよ」
「俺が何処から来たとかさ、信じるも信じないも夏目ちゃん次第ってこと」
ニカッと屈託なく笑う横島くんに思わず肩の力が抜ける。
信じられない。信じられないけれど、横島くんが嘘を言ってるようにも思えないのも事実だ。
「その話が本当だとして……よ。これからどうするつもりなの?」
平行世界から、しかも過去の世界へ来たというのなら身寄りもないと言う事。お金もあまり持ってなかったようだし、そのお金も製造年が未来の年になっていたわで使えない。八方塞がりというやつだ。
「あー……ま、何とかなるだろ。むしろこんくらいなら今までに比べたらマシなもんだしな」
「どれだけ酷い目にあってきたのよ……」
「……色々あった。今までホンマ色々あったなぁ」
ダーと滝の様な涙を流す横島くん。そんな彼をまぁまぁと、妖怪の女の子が慰める姿はシュールだ。
ちなみに暫く後のことになるけれど、色々のほとんどが横島くん自身による自業自得だと知り、大変呆れることになる。
「……ねぇ横島くん。聞いていい?横島くんの世界のこと」
「別にいいけど、面白い話なんてないぜ?」
「今までで既に話としては十分に面白いわよ。その、知りたいのよ。妖怪が認知されている世界のことを」
私も!私も!と、妖怪の女の子も彼の服を引きせがむ。私の数歩先を歩く横島くんが一度こちらを振り向く。
私はどんな顔をしていただろう?横島くんは私に初めて見せる優しい顔をし前を向き話を始めた。
妖怪や幽霊が一般的に当たり前にいる世界。
それは私にはとても想像も出来ない話で、やっぱり想像出来なかった話だった。
「同僚に幽霊と妖怪。クラスメートにも机の妖怪や更には吸血鬼の友人…………信じられないわ」
これの何処がつまらない話なのだろうか。仕事の話、人ならざる者の友人の話。
元々横島くんが話上手なのもあるのだろうけど、聞く分にはとても面白い話ばかりだった。
認知されてるが故の冒険や感動がそこには確かにあるように感じた。
妖怪の女の子だって目をあんなにキラキラさせている。
「ありがとう横島くん。とても興味深かったわ」
「お礼はその体で……な、なんでもありません!サー!」
初めからわかってはいたが横島くんはスケベだ。しかもかなりの。
慌てて敬礼をする横島くんを睨みつけ、再び前を向いて歩き出した彼を確認してから、バレないように深く深く息を吐いた。
「…………」
楽しかった。面白かった。興味深かった。
それに間違いはない。
なのに、心はこんなにも暗い。
どうして。なんて思ってしまう。
ただ人ならざる者が見えるというだけで、こんなにも苦しい思いをしてしまう世界なのに。
横島くんの世界では、それが普通で一般的で当たり前だという。
どうして。
どうして私はこの世界に生まれたのだろう。
どうして横島くんの世界に生まれなかったのだろう。
「お、町が見えてきたな」
「何もない田舎だけどね」
ようやく町の入り口に着く。空も真上の方はもう暗くなってきている。私もそろそろ帰らないと連中に怒られるだろう時間だ。
ということは小学生くらいの子供ならとっくに家に帰っていないといけない時間な訳で。
「あっ!見つけたぞ化け物女!」
なんて子供の声が聞こえるのはおかしいのだ。
「あら?この間のクソガキじゃない」
「誰がクソガキだ!化け物女!」
「私も化け物女じゃないわよ。またぶん殴られたいの?」
私達の前に現れたのは10歳くらいの小学生の男の子。
つい先日、私に喧嘩を売ってきたので懲らしめてやった所だ。
「ひっ!……じゃなくてっ、僕のメンコ返せよ!」
「どういうこった?このガキンチョ、夏目ちゃんの知り合いなのか?」
「わっ!なんだよお前!頭触るなよ!」
男の子の頭をポンポンしながら横島くんが聞いてくる。男の子はそれが嫌なのか横島くんに噛み付いていた。
「…………」
「夏目ちゃん?」
「あ、ごめんなさい。この間の事なんだけどね……」
少しボーッとしていたせいで心配したような声をかけられたが、ごまかすように男の子とのあらましを横島くんへ説明する。
それを、聞いた横島くんは呆れたように私と男の子を見た。
「このガキンチョも失礼なやっちゃだが、子供からメンコ巻き上げるとか夏目ちゃんも容赦ねぇ……」
「関係ないわね。私に喧嘩を売ってきたその子が悪いのよ」
うへー、なんて声をだし苦笑いしたあと。膝を折りしゃがみ込み、横島くんは男の子と目線を合わせた。
「だいたいオメーも化け物女なんてなんで夏目ちゃんに言ったんだよ?つーか夏目ちゃんの何処にも化け物要素なんてないだろ?」
「ふん!僕知ってるんだ!そいつは誰もいない所で誰かに話しかけたり、変な行動ばかりしてるって!それに噂だけどそいつの近くにいると悪い事が起きるって!だからきっとそいつは化け物女なんだ!母ちゃんも周りの皆も言ってた!化け物女には近寄るなって!」
「ほーん、んなことがねぇ」
横島くんが私を見る。
何か見通すような瞳につい目を反らしてしまう。
「ガキンチョ。お前は間違ってるぞ」
「な、嘘なんてついてないぞ!」
「ちゃうちゃう。そーいうことやなくて……。夏目ちゃんを見てみろ。どう思う?」
「え?どうって言われても」
突然の言葉に戸惑いながら私を見る男の子。
当たり前だ。訳がわからない質問をしてどういうつもりなのよこの男?
「お前も男なら分かんだろ?夏目ちゃんはな……すっげぇ美少女なんだよ!」
「へ?」
「はぁっ!?」
い、いきなり何を言い出すの!?
「大事なのは夏目ちゃんが美少女ってこった!いいか!美人ってことはな全てのマイナスを帳消しにすんだよ!俺があの女の下で時給二百五十円で働いてるのも、色んな依頼で体の良い囮に使われんのも、美神さんが美人だから許されることなんだよ!」
「いや全然何言ってるかわかんないよ!誰だよ美神さんって!?そ、それに美人とか美少女とか、そんなの、僕……よくわかんないし」
「顔赤くして何言ってんだマセガキ。仮にお前の言う通り、夏目ちゃんが一人で奇行に走る変態だったとして「おい横島」言った通り夏目ちゃんは美人だ。
覚えておけ、美人は全ての事柄を覆す!」
「す、全ての事柄を覆す!?「洗脳されてるわよアンタ」」
「それに話を聞くと夏目ちゃんって周りから避けられてんだろ?即ちライバルがいないってこった。そのすきに仲良くなれれば夏目ちゃんとくんずほぐれつ出来るかも「いい加減にしなさい、このスケベ!!」バキャンっ!!」
「兄ちゃん!?」
ゲンコツをくらわせて強制的に話を打ち切らせる。小学生に何を言っているのよ横島くんは!
ムカつきは収まらずニ、三発蹴りをゲシゲシとくらわせる。「おうっ、おうっ」と、情けない声に少しだけ気が晴れた。
それから怯えた表情の男の子を見る。ビクッと肩を震わせるなんて失礼なガキだわ。
「ほら、これ」
「え?……あ、メンコ!」
「返してあげる。取り返しに来たんでしょ?それ」
スカートのポケットに入れてあった奪い取ったメンコを男の子に渡す。特に欲しいわけじゃなかったし、気づいてはいたんだけど、私達の前に現れたのは男の子はあちこち汚れていた。
きっと私を探して色んな所を探し周っていたんだろう。
「それ持って早く帰んなさい。こんな時間まで外にいて親に怒られるわよ?」
「え?わっ!もう暗くなってる!やばい、母ちゃんに怒られる!!」
外の暗さに今気づいたのか男の子は渡したメンコをポケットに仕舞い、慌てて立ち上がり駆け出す。
それから数十歩走り、ふとこっちに振り返る。
「…………」
「……?何よ、まだ文句あるの?」
「……………………メンコ返してくれて、ありがと」
それだけ言って、男の子はまた走り去っていった。今度は振り返ることなく。
「……どういたしまして」
そんな私の言葉は、きっと男の子には届いていないだろう。
「おーいちちち。少しは手加減してくれよ」
「横島くんに関してはまだ殴り足らないんだけど」
「勘弁してくれぇー」
殴られた頭をさすりながら座り込む横島くん。
そんな彼に内心の動悸がバレないように静かに振り向く。
思えばその時、私の心は歓喜に震えていたのだと思う。
横島くんの世界の話を聞いた時の暗い気持ちも、少しだけ暖かくなった男の子とのやり取りも、今はどうでもよかった。
そう、どうでもよかったのだ。
横島くんが未来から来たということも、妖怪たちが一般的に認識されているという平行世界のことも。
私はそれが嘘でも本当でもどうでもよかったんだ。
さっきの男の子との一連のやり取り。もちろん一緒についてきた妖怪の女の子もいた。今も横島くんの隣で私に殴られた頭を擦ってあげている。
だけど男の子は妖怪の女の子には気付く素振りすらしなかった。横島くんのすぐ傍で一緒に騒いでいたというのに。
でも、男の子には横島くんは見えていた。
と、そこで横島くんが私が見ていることに気がつく。
「夏目ちゃん?」
私は答えない。
実は疑っていた。横島くんが人でないことを。
あんな、出会いだもの。人かどうか怪しいと思うのは当たり前だと思う。
でもあの男の子は女の子は見えず、横島くんは見えていた。
つまり、横島くんは人なんだ。
それもただの人でなく、人ならざる者、つまり妖怪が見える人。
初めて出会った。
私と一緒の―――――。
男の子の名前が出なかったのは再登場の予定がないからです。
妖怪の女の子の方はまだまだ出番あります。
また次回も読んでくれると嬉しいです。