井上さんすげぇや。
「申し訳ありませんでした、レイコの孫。あまりにレイコと瓜二つでわかりませんでした」
「いや、いいんだ」
少し時間がたち、夏目は落ち着いた妖の少女と向かい合い座っていた。
妖は正座をし、姿勢よく座っている。
「それにしてもレイコがもう……。ああ、人の命の時間とは本当に短いものなのですね」
人と妖の間では流れる時間が違う。いや、感じ方が違うと言った方がいいのだろうか。
人の何倍も長く生きる妖にとって、人の人生とはあまりに短い時間と言える。
目の前の妖のように、夏目レイコが亡くなっていることを知り、悲しむような、切なそうな声をだす妖を夏目は幾度も見ている。
「……おや?それは友人帳ですか?それも懐かしいですね」
と、夏目の後ろにある机の上に乗った友人帳を妖が見つける。
「お前の名前もここに載ってるのか?それなら名前を返すことも出来るけど……」
「いえ、私は力のない低級。なので名はありませんでした。レイコと遊んだ事はありますが名前は奪われておりません。奪う名前がありませんから」
メンコって知ってますか?と、メンコを振る仕草の妖に少し笑みを浮かべる。
本当にレイコとの思い出を楽しそうに話す妖怪だ。
「レイコや友人帳の話を別の妖に聞き、懐かしくなり会いに来ましたが残念です」
そういえば、と夏目は思う。
友人帳でも名前を返してもらう事でもなく、レイコ自身に会いに来た妖怪は久しぶりだと。
「最近譲り受けたんだ、友人帳は。……ごめんな」
「いえ、レイコの孫。アナタが謝る事ではありません。……ですが、本当に残念です。久しぶりにレイコに――タダオに会えると思っていたものですから」
「…………え?」
心臓が跳ねた。
今しがた目の前の妖怪から出た名前。レイコの後に零した名前に夏目は覚えがあった。
しかもつい最近だ。
「レイコが亡くなっていたということは恐らくタダオも……」
「ち、ちょっと待ってくれ!タダオってもしかして横島忠夫って人の事か!?」
「タダオの事を知っているのですか?」
キョトンとする妖怪に、慌てながら友人帳を開き例のページを見せる。
「今日、偶然見つけたんだ。ほら、此処に書かれている。人間の字で『横島忠夫』って」
「私、人の字は読めないのですか……。この形見たことが……それにヨコシマタダオは確かにタダオの名。……あ!そうです、これはタダオの名だったような気がします」
「本当か!」
「ええ、ええ!思い出しました!確かにあの時、タダオは友人帳に名前を書き残していました!」
思わぬ展開につい前のめりになる夏目。まさか、こんな直ぐに手掛かりが見つかるとは思ってもいなかった。
「その横島忠夫……さんのこと、詳しく聞きたいんだ。教えてくれないか?レイコさんとの関係も知りたい」
「タダオの事ですか?別に構いませんが……」
左の人差し指を顎にあてる妖の少女。少し思案し、口を開きかけたその時、タイミングが良いのか悪いのか斑が窓から夏目の部屋に戻ってきた。
「夏目ぇ戻ったぞー飯だ飯ー」
「あ、おかえりニャンコ先生」
「……なんですか?この不細工な白豚饅頭は?」
「誰が白豚饅頭だ!失礼な奴め……ってまた別の妖が入りこんでるではないか!」
斑がニャンコ先生の姿のまま威嚇のポーズをとり、妖の少女も冷めた目で斑を見る。
「まぁ落ち着いてよ先生。この妖は別に友人帳を狙ってきたわけじゃないんだ」
「何〜?」
疑わし下な斑の視線を受け、妖の少女は面布の下で少し眉をしかめた。
「レイコの孫。この珍獣は?」
「先生は僕の「誰が珍獣だ!」居候というか、相棒というか「おい!私を無視するな!」まぁ、そんな感じかな?」
「ちがーう!私は頼りない夏目の護衛をしてやってるのだ!」
「そんななりでですか?」
「なんだとー!」
これもよくある事なのだが、夏目を訪ねてくる妖怪と斑はよく喧嘩をする。夏目には礼儀正しい妖怪も、何故か斑相手には取っ組み合いの喧嘩をしたりして、夏目を呆れさせていたりする。
しかし、今回は妖の少女の話を聞きたいので早めに夏目が止めた。
「だから落ち着いてよ先生。今はそれどころじゃないんだ。友人帳に書かれていた人の名前、その人の事をこの妖が知っているらしい」
「何!それは本当か!?」
「うん。今、その人の話を聞こうとしていたんだ」
「むむむ」
渋々と威嚇の態勢をやめ、夏目の隣に移動し腰を下ろす。とりあえず話を聞く気にはなったようだと、夏目も妖の少女に話を聞くため姿勢を正した。
「それで、聞かせてくれないか?友人帳に書かれていた横島忠夫さんのこと。そして、出来ればその人とレイコさんの関係も」
「はい、構いません」
ですが。と、妖は続けた。
「レイコの孫。一つ、アナタにお願いがあります」
「おれに?」
「はい。友人帳は名を書かれた者を呼び出す事が出来ると聞いた事があります。ですので、話を聞き終えた後で構いません。呼び出して欲しいのです。タダオを」
その願いとは、少し前に斑に提案された事でもあった。
驚きに軽く目を開き、一息ついてから夏目は答える。
「どうして?と、聞いていいか?」
「私は今日、レイコと……もしかしたらタダオにも会えると思って此方に訪れました。だけど残念な事に既にレイコは亡くなっていました。だけど、タダオはまだ亡くなっているか分からない」
「それは……」
「私にとって、レイコとタダオ……二人と過ごした時間はとてもかけがえのない時間であり宝物なのです。レイコには会うことは叶わなくなりましたが、タダオはまだ分からない。生きているなら……会いたい。私はタダオに会いたいのです」
面布によって表情は見えないが、それでも夏目には分かった。妖の少女が本心でそう願っていることくらい。
少し考え、夏目は口を開く。
「一つだけ確認させてくれ。横島忠夫さんは……人間なのか?」
「もちろん。タダオは人間です」
「そうか……やっぱり人だったんだ。すまない、だったら呼び出すにしても一つ問題がある」
夏目は先程斑にも説明したことを話す。
人には人の暮らしがあり。急に術を使って呼び出したならば大問題に発展する可能性があり、そもそも人に対して有効なのかも分からないと。
「そもそももし横島忠夫さんが普通の一般人だったら……」
「その心配はありません。確かタダオは友人帳に名を書いた時、レイコに何時でも呼び出していいと言っていました」
それに。と……
「妖である私と関わりを持つタダオが普通な訳がありません。タダオもレイコと一緒で妖が見える人です。更に言えば強力な祓い屋でもありました」
「祓い屋!?」
脳裏には夏目がよく知る祓い屋の名取の顔が浮かぶ。
名取は頼りになりいい人という認識だが、その名取や斑に聞かされた祓い屋のイメージはあまり良くない。
「強力な祓い屋だと?どれ程の者なんだ?」
横島が祓い屋と聞き、目を鋭くさせた斑が問いかける。そんな二人に何故か自慢げに妖の少女は答えた。
「一番です。レイコも強い力を持っていましたが、タダオはそれ以上の強い力の持ち主でした」
「なっ!?」
「何を馬鹿な!レイコ以上の力の持ち主など私は聞いたことも見たこともないぞ!」
その言葉に二人共に驚く。斑なんて驚きすぎて一回飛び跳ねた程だ。
夏目も夏目で驚きを隠せない。レイコの力の強さを夏目は今まで出会ってきた妖怪たちに聞かされてきた。
あれ程の力を持った人間はいなかった……と。
「う、嘘だ〜!私は信じんぞ!そもそもそんな人間がいたなら人だけでなく妖達の中で噂になっている筈だ!」
「あ、確かに」
「私は嘘は言っていません。タダオは本当に強い力を持った人でした」
「…………」
やはり嘘を言っているようには見えない。だが、何がズレがあるような気がしていた。
妖の少女と、ではなく。もっと大きな……。
「それでレイコの孫……私の願い、どうか聞き届けてくれませんか?」
深くお辞儀をされる。
夏目は一度目を閉じて暫く考える。
「………………………分かった。やってみるよ」
「夏目!?」
「本当ですか?レイコの孫!」
「ああ。ただしまずは話を聞いてからだ」
「ええ!ええ!もちろん!」
嬉しそうに何度も頷く妖の少女。
反対に斑は夏目に食ってかかっていた。
「正気か夏目!どう考えても怪しいではないか!」
「そもそも呼び出してみろって最初に僕に言ったのは先生だろ」
「今は状況が違ーう!」
「先生、お願いだよ。……なんでかな?会わなくちゃいけない気がするんだ。横島忠夫さんに」
「夏目……、ふん!私はどうなっても知らんからな!」
「……ありがとう先生」
それに生きてるかも分からないんだし。なんて心の中で零し、改めて妖の少女を見る。
「じゃあ聞かせてくれ。横島忠夫さんの事を」
「ええ、ですがその前に」
トン。と、薄い胸に手をやる。
「まだ名乗っていませんでしたね。私の名はキコ。よろしくお願いします」
「え?でも最初名前もない低級だって……」
「ふふ、こうも言いましたよ。『名はありませんでした』と。キコと言う名は出会った後にタダオに名付けて貰った大事な名なのです」
「なるほど。よろしく……キコ」
「はい。あ、最初に言っておきます。当時の私は今より力も弱く、碌に話すことも出来ない赤子の様なものでした。なのでお恥ずかしい話ですが、レイコとタダオの会話も理解出来なかった事も多くありましたので、正確に全てを話す事はできません」
「分かった。それでもいいよ」
ペコリと、一度頭を下げて今度こそ妖の少女は話し始めた。
一夏の、レイコと、横島の話を。
「それでは重要な事から一つ……タダオは
とてもとても、すけべぇな男子でした」
ゴンッ!!!!
と、夏目と斑が畳の上に頭をぶつける音が部屋に響いた。
次回からまた過去の話です。
こんな感じで過去と現代を交互にやっていくつもりです。
まだ見てくれると嬉しいです。