「よ!婆さん今暇してる?」
「…………」
横島くんは言葉通り、腰の曲がったお婆ちゃんに声をかけた。
でもその当人はギロッと音がしそうな程、鋭く睨みつけて横島くんを無視して歩きだす。
「おいおい無視はひでーな、俺は横島忠夫。婆さんの名前はなんてーんだ?」
「…………」
構わず話かける横島くん。いや駄目よ。さっきの二人より明らかに拒否のオーラが出てるわよ。
それから何度か懲りずにお婆ちゃんに話しかけるが無視される……が、いい加減お婆ちゃんも限界が来たのだろう。
「そんなぶっきらぼうな顔しねーでさぁ……あ、何か困った事とかねぇか?」
「うるさいよアンタっ!さっきから何なんだい!わたしゃ忙しいんだ、話しかけないでおくれ!!警察呼ぶよ!!」
と、罵声を浴びせ肩を鳴らせながら早足で歩きだす。
流石にこれ以上は不味いと思ったのか横島くんは困ったように頬をかきながらお婆ちゃんを見送る。
そのお婆ちゃんはすれ違い様、私の事も軽く睨んで去っていった。
人に睨まれるのは慣れているから平気だけれど、お婆ちゃんの体のあちこちが少し汚れていたのが気になった。
このまま突っ立ってていても仕方ないので横島くんの傍まで歩き、気になっていた事を訪ねた。
「横島くん……まさかあんなお婆ちゃんまで対象に入るの?」
「違うわー!!俺が好きなんはピッチピチの姉ちゃんやーー!!」
「だったらなんで声なんてかけたのよ?」
「……しゃーないだろ、頼まれたんだしよ」
「頼まれた?頼まれたって誰に――」
にゃ〜。
っ!?また聞こえた!もう間違いない。勘違いじゃなく、猫の鳴き声がした。
「……ねぇ横島くん。今、猫の鳴き声がしたわよね?」
「ん?猫の鳴き声っていうか……もしかして夏目ちゃん、見えてないのか?コイツのこと」
「……え?」
横島くんが足下を指差す。そこに視線を向けるが何も見えない……あれ?違う、何かいる。
薄く透けているけど黒い何か……あ。
「猫……」
『にゃ〜』
そこには私を見上げる体の透けた黒猫がいた。
「嘘……さっきまで見えなかったのに」
「まぁ何でか分からんけどこの世界の霊体はかなり存在が薄いみたいなんだよなぁ」
「霊体?妖怪じゃないの……この子?」
「ちゃうちゃう。言ったら幽霊だよ。最近死んじまったらしい」
その黒猫はヒョイッと妖の女の子に抱えられ、頬ずりされている。
アナタにも見えてたのね……。
「コイツに朝頼まれたんだよ。あの婆さんに声をかけてくれってな」
「この子に……?」
「詳しい話は歩きながらでいいか?コイツにこの場所で待ってれば婆さんが来るって聞いたから待ってたんだけど、当の婆さんがあの調子だしな。もう一個目的地があるからそこに向かいながら説明するよ」
「う、うん。分かったわ」
と、言う訳で色々ツッコミたい事はあるのだけれど、とりあえず横島くんの言う目的地まで向かうことになった。
事のあらましはこうだ。
昨日、横島くんは結局バス停にある長椅子の上で夜を過ごしたらしい。つまり野宿だ。昨日どうしたのか気になってはいたので知れて良かったけど、この真夏だ、体は大丈夫なのかしら?
そう聞いたら蚊が鬱陶しかったが野宿自体はなれてると言って笑ってた。……たくましいわね。
それから流石に汗を流すために昨日見つけていた妖の女の子が住む木の近くにある小川に入りに向かったそうだ。ついでにそこで川魚を捕まえ食べたらしい……本当にたくましいわね。
それからいつの間にか来ていた妖の女の子と魚を一緒に食べていた時、この黒猫が現れて横島くんに頼み事をしたという訳だ。
「え?ちょっと待って。でもこの子話せないじゃない」
『にゃ〜』
ほら。にゃ〜しか言わないわよ、にゃ〜しか。
「なんつーか商売柄何となく読みとれんだよ、コイツの事。そもそもコイツが俺に近づいてきたのも何か感じるものがあったらしいしな」
と言っても完全に分かる訳ではなく。誰かに会って欲しい事は分かったがそれがお婆ちゃんとまでは分からなかったし、この子がどうして欲しいのかもよく分かってないらしい。
「よくそんなあやふやな状態で頼みを引き受けたわね?」
「俺も美女や美少女以外の頼み事なんて聞きたかねぇんだけど……一応猫には恩があるからなぁ」
聞くと以前、横島くんの世界で猫又の親子に良くして貰った事があるらしい。……意外と義理堅いのかしら?横島くんって。
「でも、どうして最初、私には見えなかったのかしら?今はちゃんと見えるのに」
私達を先導する形で歩く黒猫を見て思う。
その姿はやっぱり透けているけれど、こうやって認識出来ているのに。さっきは声だけで全然見えなかった。
「うーん、さっきも言ったけどこの世界霊体がかなり薄いんだよ。形を成してないのばっかで見え辛いんだよな、今も何体か漂ってるんだけど……夏目ちゃん、見える?」
「…………見えないわね」
薄目にして見ても何も見えない。まるで横島くんが嘘を言っているみたいだ。だけど黒猫の件がある。本当なんだろう。
「妖怪はこんなにハッキリ見えるのに……」
そう言えば。と、気付く。
確かに私は今までたくさんの妖怪に出会ってきたけれど、幽霊に会ったことはなかった……と。
「ま、俺はこれでも除霊のプロだしな。夏目ちゃんが見えなくても仕方ないって」
「……うん、そうね」
言葉ではそんな事を言いながら。頭の中はこんがらがっていた。
見えることが当たり前だった。
他の人には見えない、妖怪という存在。
私だけにしか見えない世界。
煩わしく、苦しい世界。
そのはずなのに。
私にも見えないモノがあるという事実が、こんなにも胸をざわつかせるなんて思ってもみなかった。
「お、ついたみたいだな」
「どこからどう見ても普通の家ね……ここが目的地なの?」
『にゃっ!』
頷く黒猫が連れて来たのは何件か家が立ち並ぶ内の一軒。一般的な大きさの極ありふれた一軒家だった。
表札には『三船』と書いてある。
「そうか……ここがお前の家だったんだな。んであの婆さんの家でもあるってことか」
『にゃ〜』
どうやらその通りみたいだけど、此処に連れて来てどうして欲しいのかしら。
「あの婆さんはまだ帰ってないみたいだな」
「どうするの?」
「当人がいないんじゃなぁ。勝手に入る訳にもいかねぇし……んじゃ、出来ることからするか」
「出来ること?」
「おう、聞き込みだ」
そう言って横島くんと、横島くんについていくように妖の女の子が二件となりの家へと向かう。そこには庭で洗濯物を干している四十代くらいの女性がいた。
「お姉さーん。ちょっと聞きたいことがあるんだけといいッスかー?」
「あら?ふふ、お姉さんだなんてお上手ね。どうしたの?」
横島くんのお世辞に気をよくしたのか、機嫌良く応対してくれる。
「二軒となりの三船の婆さんなんすけど、最近変わったことなかったっすか?」
「三船さんって三船美津子さん?……もしかしてアナタも三船さんに何か言われたの?」
「いや、ちょっと怒らせるような事をしちゃったんすけど……いつもあんな感じなんすか?」
「最近特にねぇ……元々愛想のない人だったんだけど五年程前に旦那さんを亡くしてからはあんな感じで。それでも会話は出来る人だったんだけど一月程前から酷くなってねぇ。それに一日中町を歩き回るようになっちゃって、心配して声をかけても五月蝿い!ほっといてくれ!だもの」
「はぁ……そりゃまた……。一月前からって、その時に何かあったんすか?」
「さぁ……そこまでは。あ、でも最近猫の鳴き声が聞こえなくなったわねぇ」
「猫?」
「ええ、黒い猫。鈴なんかは着けてなかったようだけど飼ってたみたいで。でも最近見ないわ。……それくらいかしら」
ありがとうございます。とお礼を言ってこっちに戻ってくる二人。
それから何度か同じ質問を他の人にもしたのだけれど、得られる情報は似たようなものだった。
それにしても横島くんってコミュニケーション能力も高いのね。多分私じゃ同じように上手くやれないでしょうね……。
「よし、大体聞き終わったし。ちょっと場所移すか」
との一言で人気のない空き地へと来た私たち。
この子の頼み事、何か分かったのかしら。
「こんな所で何をするのよ?頼み事、分かったの?」
「んー何となくだけどな。……なぁ?」
よっこいしょ。と、膝を折って、妖の女の子に抱えられた黒猫と目を合わせる横島くん。
そこにはさっきまでにはない優しい色があった。
「お前の頼み、叶えてやるからさ……ちょっとお前の思い出、見せて貰うぜ?」
『にゃん』
頷く黒猫。え?何?思い出を見せて貰う?
混乱する私を他所に、横島くんは空中に右手の掌を上にして広げる。
何をするのか見ていると、昨日見せて貰ったように手が光り始めた。
その光は昨日よりも強く輝いていて大きい。それから今度はその光が掌に収束するように絡まっていく。
そして――光が収まると、横島くんの手の中には小さなビー玉のような綺麗な玉が三つできていた。
「うし、三つ出来りゃ上出来か」
「何、それ?横島くんが……作ったの?」
「おう!『文珠』っつって、俺の技の一つみたいなもんだな」
「『文珠』……」
私も何個か術を使える。それは妖から聞いたり、我流だったりするのだけれど。
そんなものとは違う。今、横島くんが見せてくれた文珠はもっと何か大きな力なんだと、なんとなくわかった。
驚いて固まっている私や妖の女の子を他所に、横島くんは二つをしまい、一つを黒猫に近づけた。
「じゃ、見せて貰うな」
ピカッと文珠が光る。
そこに何か文字が浮かんだのを見た瞬間、何かが私の中に入り込んできた。
『にゃ〜……』
雨が降っていた。
どこか木の下で、怪我をしたあの子が鳴いている。
『なんだい……お前、こんな所で何してるんだい?』
声がかかる。見上げるとそこにはあのお婆ちゃん。
『爺さんの墓参りの帰りだってのに、変なもん見つけちまったね』
嫌味を言いながらも、彼女は黒猫を優しく抱いた。
『ほら、ミルクだよ。飲みな』
『怪我が治るまでは家に置いといてやるよ』
怪我が治っても、黒猫は家を出ていかなかった。
『アンタいつまで家にいるんだい……鈴なんて着けてやんないからね!たく、でも……まぁ、このまま家にいるんなら名前くらいつけてやんないとね』
『もう面倒だ、クロでいいか。……なんだい文句でもあんのかい?』
老婆とクロと名付けられた猫は日々を過ごす。
それは黒猫にとって、とても暖かな日々だった。
『わたしゃこんな性格だからね。人付き合いは苦手さ。爺さんに先立たれちまったもんだからどうしようかと思ってたんだけどねぇ』
『アンタが来てくれて独りぼっちにならずにすんだ……ありがとね、クロ』
でも、終わりの日はいつかやってくる。
そう……アンタ、寿命がきていたのね。
猫は自分の死期が来ると姿を隠すという。死んだ姿を見られないようにする為だ。
アンタもそうした。
そして寿命が尽き、死んだアンタは成仏する前に霊体となって一目、お婆ちゃんに会いにいった。けど……
『クロ……クロ?何処へいったんだい』
『ああ、もしかして怪我でもして帰ってこれないんじゃ』
『探さないと。きっとまた鳴いてる』
『ああ……クロ。早く戻っておいで』
『いない……何処にもいない。こんなに探してるのに』
『いない……いない。探さないと』
『クロ……クロ……』
『ああ……』
『私を独りぼっちにしないでおくれ』
視界が晴れる。
「…………今のは」
抱えられた黒猫を見る。
あれはこの子の……思い出?
「分かったよ……お前の頼み事。叶えてやるよクロ」
横島くんの力強い言葉に黒猫は一声鳴いた。
『にゃ〜』
「よ、婆さん」
「アンタたちさっきの……なんだい人の家まできて!!本当に警察呼ぶよ!!!」
場所はお婆ちゃんの家の前、時間は夕方、帰ってきたお婆ちゃんの姿はお昼に見た時より汚れていた。
よか見ると草や土がたくさんついている。
私はその姿を何だかこれ以上見たくなくて。
「あの子が待ってるわよお婆ちゃん」
「あの子?何を言ってるんだい!?」
「クロが待ってるわよって言ったのよ」
気づけばそんな事を言っていた。
「クロ!?アンタたちあの子が何処にいるのか知っているのかい!?言いな!さっさと言わないと只じゃおかないよ!!」
「心配しなくても教えるって。婆さんも知ってる場所だよ」
「なら早く教えな!あたしゃ気が短いんだ!!」
落ち着きを無くしたお婆ちゃんをなんとかなだめ、横島くんがあの子が待つ場所を伝える。
その場所を聞き、お婆ちゃんは驚いたように目を開いた。
そこは一本の木が立つ場所。少し歩くと墓場があり、墓参りへと多くの人が訪れる。
そう、此処は二人が初めて出会った場所。
あの子が拾われて、お婆ちゃんが拾った場所。
「ここにクロが……でもここはとっくに探した筈……。クロ!クロ!いるのかい!?」
お婆ちゃんが必死に呼びかけるが反応は無い。当たり前だ。クロは幽霊で、だから見えないお婆ちゃんには何も分かる筈がない。
でも、この子はちゃんとここにいるわ。今もお婆ちゃんを心配そうに見ているもの。私には見える。見えているのに……。
「あ、アンタたち!やっぱり嘘だったんだね!アタシを騙したんだね!!」
違うわ。嘘じゃない。嘘なんかじゃないの。
「こんなことして何が楽しいんだい!こんな死にかけの年寄り虐めて何がしたいんだい!!!」
お婆ちゃんはそう叫びながら泣いていた。
膝をつき、悔しそうに叫びながら。
横島くんはどうするんだろう。この子の頼み事を叶えるなんて言ってたけど、どうやるつもりなのか……。
だって、無理よ。見えない人に見えないモノの願いを伝えるなんて……。
その時、ピカッと何かが光る。
それはさっき見た文珠が光った時の光だ。
お婆ちゃんもその光に気付いたのか伏せた顔を上げる。そして固まった。
「……クロ?」
『……』
「クロ!ああ、よかった!!」
今度は嬉し涙をながし、お婆ちゃんはクロを大事そうに抱き上げた。
「嘘……見えているの?これも文珠の力……?」
「見えるように出来るのは少しの間だけどな」
「思い出を覗けたり、姿を見せられるようになったり……何なのよ文珠って?」
「説明はまた今度な。今は……」
そう言って、横島くんはお婆ちゃんに近づいた。
「ああ……心配したんだよクロ」
『……』
「どうしたんだい?いつもなら元気に鳴き声を返してくれるじゃないか…………っ!クロ、アンタ透けて……!?こりゃいったいなんだってのさ!?」
「婆さん……ソイツはもう死んじまってんだ」
「クロが死んだ!?何言ってんだい!こうしてちゃんと――」
「じゃあ何で透けてんだ?」
「そ、それは……!」
確かめるようにクロの体を見るお婆ちゃん。
だけどいくら見てもクロの体は透けていて……。
「寿命だったんだ。ほら、猫は自分に死期が近づくと何処かへ行くっていうだろ?それでソイツは婆さんから離れたんだよ」
「クロが寿命……そんな」
「実は俺はそういう幽霊なんかが見える体質ってやつでさ、死んで幽霊になったソイツに出会ったってわけ」
「信じられない……信じられないけど……クロ、アンタ本当に死んじまったのかい?」
『……』
コクン。と、頷くクロを見て、お婆ちゃんの瞳が悲しみに染まっていった。
「クロ……そんな……」
「……俺に会った時、ソイツに頼み事をされたんだよ。多分……婆さんに伝えて欲しい事があったんだろうぜ」
「……頼み事?」
「でもそういう事って、自分の口から言わないと意味ねぇよな?だから……聞いてやってくれよ、ソイツの遺言」
「遺言……でも、クロは言葉を話せないじゃないか……おや?クロ、あんた何か咥えているのかい?」
クロの口。見るとそこにはもう一つの文珠が咥えられていて、同時に光を放つ。
今度は浮かんだ文字を見ることが出来た。
文珠に浮かんだ文字……それは――
『伝』
『ミツコさん……ごめんね』
『ボクの死んだ姿を見たらきっと悲しむと思ったから』
『悲しませたくない』
『だから家を出たんだ』
『動けなくなって眠りについて』
『だけどどうしても一目会いたくなって』
『元気でねって伝えたくて』
『ありがとうを言いたくて』
『姿を隠したことであんなに心配かけると思わなかったんだ』
『一日中ボクを探し回って』
『心配で……心配で』
『だから伝えたくて』
『探さなくていいよって』
『独りにしてごめんねって』
『先に逝っちゃうけど』
『あの時ミツコさんに拾ってもらって嬉しかった』
『名前をつけてくれて嬉しかった』
『たくさんの……数えきれない幸せを貰ったよ?』
『ありがとう』
『ありがとう』
『ボク、ミツコさんと出会えて』
『本当に幸せだったよ』
「…………」
『……』
「…………ああ、ああ、そうかい……そうだったんだねぇ。あたしのせいで随分心配かけさせたみたいだねぇ。そんなんじゃ……成仏も出来やしないよねぇ!」
『……』
「あたしもそうだよ。爺さんが死んで心細かったあたしにとって……クロの存在にどれだけ救われたか……!さようなら、クロ……あたしこそ、アンタと出会えて幸せだったよ」
『……にゃ〜』
お婆ちゃんの言葉に一声、嬉しそうに鳴いた後……クロは静かに消えていった。
私にも見えなくなっていて……。
妖の女の子も空に向かって手を振っている……きっと成仏したんだろう。
「っ……〜〜!!!」
それから暫く、まだ残っているクロの感触を噛みしめるように自分の体を抱いて……お婆ちゃんは静かに泣いた。
な、長かった。
今話でネコの話を終わらせるつもりだったので少し無理して長めにしました。
次回からまた今までくらいの長さでやります。
そして、オリキャラは暫く出しません。が、原作妖怪やキャラを加えたオリ展開はしていくつもりです。
ヒノエとか早く出したい……。ミスズちんは考え中です。
滋さんはもっと考え中です。
ではまた次回も読んでくれると嬉しいです。